モバイルのデータカード(emobile)をカップに水没させて壊してしまい、しばらくスマホだけ状態になってしまったため、インスピレーションで頭に降りた考えをどんどん日記に書くタイプの自分的に、スマホで日記を書く気になれず、しばらくご無沙汰していました。

やりたいことでも、それをやり易くする環境作りって大事ですね。




さて、ちょっと前ですが、こんな記事がありました。

●しずる村上のラーメン二郎本がトラブル 「勝手に出したと店主が激怒」の情報
http://www.j-cast.com/2013/09/24184541.html?p=all


私は、食事に関して、自分で用意する時には、

1日2食にし、ご飯などでんぷん類は以前の半分以下、全体で約7割ほどに量を落とす。
油モノは少し意識して避け、塩分を減らしてスパイスで補う。
肉類よりできるだけ魚。
できるだけたくさんの種類の素材を少量ずつ用意。
海藻類+野菜+果物をたくさん食べる。
腹を満たすのは、野菜、果物、豆腐、こんにゃくなどで。
どうしても冷蔵庫に素材が足りない時は、常備しているナッツ類をつまむ。
砂糖はハチミツで代用し、魚はいりこ、りんごは皮ごと、など、できるだけ全体食になるように素材は選ぶ。
一つ一つの料理の美味しさをできるだけ引き出す。
カフェインはほとんど摂らずたまに紅茶、週に1,2回緑茶を飲む。
全力で食事の喜びを満喫するために、おやつは全く食べず、腹ペコペコで食事をいただきます。

そして、早寝早起き、ジョギング、ストレッチ、グリーンエクササイズ、筋トレ。



ドラクエステータス(HP、MP、体力、素早さ、運)を上げるべく、モリモリ節制し命を磨いています。もう習慣化されたので、やらないと気が済まない状態です。
やった時の力のみなぎり具合、命の研ぎ澄まされ感、満足感ったらないです。






さて話が変わりますが、外でお店に入った時の僕のポリシーとして、
店員さんが少し常識はずれに失礼だった場合、サービス改善のフィードバックのためきちんとツッコミを入れることにしているんですが、そのやりとりにモヤモヤが残った時はそれから一切そのお店には入らないようにしています。


そんなこんなな自分ですが、僕の大好きなラーメン二郎とはどんなところか。
http://www.geocities.jp/erufuxtupo/jiro/

関東を中心に50店舗以上あるチェーン店ですが、

でんぷん超過多、糖分超過多、塩分超過多、脂分超過多、魔法の粉(化学調味料)での味付け(笑)、そして食べ終わった後、腹がはちきれて王様歩きになりつつグッタリ疲れて何もできなくなる量。
無愛想な店員さん。




という感じですが、
ラーメン二郎は全然OKです。
ラーメン二郎のお店に入ったならば、欲望にまみれ流され堕落してOKです。

ただし、お店によって味付けやバランスや美味しさが全然違うので、無愛想が許されるのは、主観で総合得点100点満点で60点以上のお店のみです。




不健康の極地、人間の業(カルマ)をどんぶりいっぱいに盛り付ける店。


あらゆる存在を許し受け入れる、この宇宙の懐の大きさに感謝です。





お気に入りの「ラーメン二郎品川店」
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=426713245&owner_id=2480762 より。
$まなびーの『ドラクエ型人生』-ラーメン二郎品川店




◆◆◆◆◆

10月:110.6㎞/84km
11月:17.5㎞/84km

2013年:831.4/1000km
総計:1837.3/10000km(2021年末まで)
まだ足の状態30%という感じですが、かばえばいけそうですので、今朝から”早朝毎日ジョギング”をゆるやかに完全復活しました。

8月:45.5/84km  8月15日にケガ!
9月:10.8/84km
10月:8.3㎞/84km


2013年:711.6/1000km
総計:1717.5/10000km(2021年末まで)

残り3ヶ月弱で290㎞、挽回できるかな~。





さて最近、唯物論的な記述が多いですが、今回もです。


本を多読したり、いろんな人を見ていく中で、情熱を持って生きている人たちの、その情熱の源泉はなんだろう、とよく考えます。

どう生きたいのか。
何のために生きるのか。
自分の使命は。
何が好きなのか。
世界から何を求められているのか。
夢は。


こういうことを考えることがライフワークみたいになっている中で、いろんな切り口があると思いますが、こういうことだろうな~というのをふとまとめました。
基本的に情熱は、理屈にならない湧き上がる想い、という気がします。
私も含めて、多くの人が、自分を突き動かす情熱の源泉を、知りたいと思っていると思いますが、、、



「なぜそうしたいんですか?」

と問うと最後は、

「どうしても、そうしたいから」

となる。

理屈は後付けなのではなかろうか。



●細胞レベルの欲望

生物が生まれて38億年。
生物は遺伝子の複製と進化を追求してきた。
如何に自分の遺伝子を繋いでいくか。
それが生物としての根源的な欲望。
なので、細胞レベルで元気になれるような生き方や、食生活、生活習慣を行わせる。
宿主に対して、細胞が活性化することが気持ちいいように、欲望を操作し宿主の構造と機能を進化させてきた。


●脳の欲望

生物は脳を持つことで、外の環境に対する反応をより適正化させ、環境への適応を追求してきた。
その中で脳は、神経ネットワークをひたすらに拡げ、複雑化し、機能を強化していきたい欲望を持つことになった。

自分と、自分を取り囲む世界はどういうもので、どんな特性があるのかを知り、生きやすくする。
そのため、宿主としての個体に好奇心を持たせ、知識を得させ、それによってひたすらに脳神経ネットワークを拡げていく。
そうやって、人類は道具を使うに至り、さらに文明を進歩させ生き延びてきた。

ところで物理的な体は、脳に対する大きな制限となっているらしい。
だからこそ、体を隅々まで活性化し(鍛えたりして)、それも脳にフィードバックしながら脳の妨げにならないように限界を拡げていく。

(参考「進化し過ぎた脳」池谷裕二著)


●個体としての欲望

生き残りたい欲望。

マズローの欲求5段階説が当てはまりそう。

1.生理的欲求
2.安全欲求

個体が生き残るために必要な欲望を持たせ、それを追求させる。
自分のやりたいことをやる。
自分が気持ち良いと思うことをやる。
自分自身の生存を追求していく。


●社会的生物としての欲望

さらにその先、社会の中で生きやすくさせるための欲望を持たせる。

マズローの欲求5段階説の続き。

3.愛情欲求(所属欲求・社会的欲求)
4.尊敬欲求(承認欲求)

誰かのために役に立つことによって、自分がより生きやすくなる。
また人類は、人と協力し合うことでより生き残り繁栄を遂げてきた生物として、人と繋がることでも気持ち良さが増幅されるように進化してきた。
その”気持よさ”を追求する。

あなたのために、誰かのために、社会のために、世界のために。


そして、

5.自己実現欲求

生きた証、憧れ、志、感動。




生物の進化の流れの中で、ここからさらに新しい欲望(想い)が、万年億年の先に積み上げられていくのだろうか。
そして、その先には何があるんだろうか。

無数の想いが複雑に折り重なり、この世界が進んでいく。
こんな、ディズニーランドの何億倍も複雑でファンタジーな世界の中で、生きる面白さを追求していきたい。





マズロー2未満くらいまでで生きるクゥちゃん。
$まなびーの『ドラクエ型人生』-丸まるくぅちゃん
今自分は、病院のベッドにいる。


酸素吸入器で顔を覆われ、
点滴でかろうじて命をつないでいる。

わずかにまぶたを動かせるだけ。
体は動かない。



現実なのか、夢なのか、
時々区別がつかなくなるけれど、
意識だけは、ある。
まどろみの中で、
ぼんやりと過去を省みる。




良い人生だった・・・、と思いたい。
考え方次第・・・?

・・・でも、本当の本当は・・・・・・とても・・・、切ない。


・・・いや、本当は、・・・悔やんでる。

もっといろいろやっておけばよかった・・・。
本当は、本当は、やりたかったことがやまほどある。

自分をごまかして、ごまかして、ここまできてしまった。
なんで・・・。
なんでこうなったんだ・・・。

ほんの少しでも、勇気を出していれば・・・。




何のために生きてきたんだ?





もし、もし今、昔に戻れたなら・・・。
何だってやってやるのに・・・。

もっと勇気をだして、いろんなことに挑戦すればよかった。

そうしたら、また違った人生になったのかな・・・。


もう一度、やり直せたら・・・。
もう一度、やり直せたら・・・。
もう一度、やり直せたら・・・。







・・・



・・・


・・・



・・・

寝てたのか。






あれ・・・?
部屋の景色が・・・。


・・・

あれ?器械がない?


体が動く・・・?


夢?


手を口にやる。
グーパーグーパーする。



なんか変だ。


!?

あれ?夢じゃない?



この部屋、なんか・・・



部屋を見回す。

カレンダーに目が止まる。


・・・2013年10月1日・・・


あれ?どういうこと?




・・・・・・・・・なんか・・・戻ってる!!??



おそるおそる立ち上がって・・・、鏡を見てみる。

・・・昔の自分がいる。



なんで?






向こうで人の気配がする。


部屋の外に出てみた。


・・・





・・・懐かしい人たちがいる。

「おはよう~」








・・・

戻ったの・・・?


なんで!?


・・・




・・・本当に?!


戻った!?


戻ってる!!!



なんで!?

願いが通じた?!






・・・なんでもいいや!!!

願いが叶った!!!!
夢が叶った!!!!!
毎度、『ありがとう百万遍』の、今回は実践報告です。

『ありがとう百万遍』は、個人株主で日本No.1と言われている、竹田和平さんという方が提唱している取り組みです。

竹田和平さんHP
http://www.takedawahei.net/



終生、”人間性を高め豊かな人生を送りたい”なぁと思い、仕事や日常生活の中でどうすればいいかと考え、トライ&エラーをする中の一つとして取り組んでいます。
誇張でも見せかけでもなく、裏表なく、無理なく、頭の先から足の先まで、あらゆる要素において、竹田さんご本人がものすごい”成功者”だ、という説得力もある中で、時間的、金銭的コストもゼロですし、ジョギングと同じで、これはやらねば損だ(笑)と思って、信じて実行しています。

今まで何年か挑戦してできていなかったんですが、今年の4月から再度始めて、今度は順調に継続しています。今回は継続できるようにかなり工夫しています。 





さて、最近ふと気付いたことがありました。

それは、一人でいる時には、だいたいできていますが、誰かといる時には忘れている感じなのです。人とコミュニケーションをとっている時には、意識無意識にそれに全力で対応しているため、”ありがとう”まで気が回らないようです。
周りが自分に意識を向けず、例えば人ごみにいる時などはできていますが、人の意識が自分に少しでも向いている時には、私の意識もそちらにいってしまって忘れます。



ということで、

”ありがとう” は、自分で自分に言うのもいいですが、他人がいてさらに相乗効果でパワーを発揮する言葉ですので、これからは、さらにレベルアップさせます。即ち、

『誰かといる時に、相手に対して常に心の中で「ありがとう」をつぶやく、ありがとうを向ける』

神じゃないので、一生仕事だと思いますが、そんなあり方に挑戦していきます。
(できてなさそうに見えたらツッコんでください(笑))


良い話を聞いた時に、「スゲー!」「やったる!」みたいに興奮したり決意しても、いざシーンが変わると元に戻ってしまうように、”練習”の実力を”本番”に持ち込むのは時間がかかりますが、練習を積み重ねればスポーツも熟練するように、こういうのは心のスポーツみたいなものなので、いずれ身につくと思います。

あと、この『ありがとう百万遍』を半分ほど経過して、既にいろんな絶大なる効果を得ていますが、効果の具体例については、1年後くらいにたっぷりご報告(たぶん)します(笑)。




月日を重ね、じわじわと大地に力強く拡がっていく根から繰り出される大樹が、大空に向かってどんな豊かな葉を茂らせ花を咲かせるのか、楽しみで仕方がありません。






僕の大樹(ビジョン)。
まなびーの『ドラクエ型人生』-ビジョンツリー201309
ちょっと前、ものすごい幸福感を味わいました。

急いでトイレに行き、毎朝の儀式(これもとても幸福)を済ませたのですが、ふと気づくと、

「ああっ!!!紙がない!」

でババっと周りを見回したら、、、、、
予備がありました。


「ああ・・・良かった・・・。」


脳内の快感物質について、

”期待”で盛り上がるのはドーパミン。
苦しみを緩和するのがβエンドルフィン。
安心感を得るのはセロトニン。


でしたっけ。
ですので、この時の幸せ感はたぶんセロトニンですね。

いろんな幸せがあるのだなぁ、と実感しました。






閑話休題。


全然関係ないですが、今年から習慣化に加えたことの一つとして筋トレがあります。

ただし、早起きやジョギング(はまだ復活できず)に比べてどうしても毎日はできず、2,3日貯めては2,3日分やる、という感じで週の単位では継続できています。

いろんな部位を一週間の7ヶ所に分けて1サイクルで鍛えていますが、最近では筋肉痛があると、

「筋繊維頑張ってる!」

という感じで嬉しくて、2,3日サボってどこにも筋肉痛がないとちょっとムズムズして物足りなくなります。





さて、先日気持ち的にちょっと調子が良くない日がありました。

何だか体全体がダルく、「どうも力が出ない・・・」と思って原因を考えたんですが、その日の前日、ある観光地のホテルに泊まって温泉に入った時、他に誰もいなくて貸切状態で、且つ「そういえば、昨日筋トレできなかったなー」と思って、お風呂で筋トレをしました。

で、温泉なので汗が出ても気にならず、ハイテンションでいつもより激しく限界を超えて筋トレしてしまったので、今ダルいのだ、と気付きました(笑)。

気づかなければ、バイオリズムの低下かなぁとか漠然とした超自然的な理由を考えて迷路にハマってしまったところですが、やはり、気力は肉体的なコンディションにも大きく影響を受けるんだろうなぁと臨床的に感じることができました。




さて、せっかくダルいので、どのようにダルいのか、意味を持たせることはできるのか、何をしたらこれが解決できるか、いろいろやって臨床データを取るチャンスです。


それをやった時に(あるいは何もしないことも含めて)、


・今復活する
・明日復活する
・一旦落ちるところまで落ちるが後でイノベーションが起こる
・もっと悪くなる一方
・一旦良くなっても後でもっと悪くなる
・復活しないけれど別の部分でいいこと(学びや成長)がある
・1年後により力になる
・自分以外、あるいは後世にプラスになる


等など、いろんな結果を得られるはずです。

人類として共通項はあれど人は千差万別、個体としての自分の個性は自分で把握していくしかありません。




こうやって、自分は何が気持ちがいいのか。
より気持ち良く生きるために、日々試行錯誤していく。
そうやって、生きて死んでいく。


人生にはどんな意味付けも自由に付けることができますが、

生きては死に、タンパク質の合従連衡、雲散霧消が繰り返される地球上の生物の中において、それが一個体としての”人生の本質”なのかもしれないなぁ、と、自分の腕のタンパク質を揉みながら思いました。






まなびーの『ドラクエ型人生』-20130912野尻湖
「精神的なスランプからは、なかなか抜け出すことができない、根本的な原因は、食事や睡眠のような基本的なことにあるのに、それ以外のところから原因を探してしまうんだ。」

-落合博満






スランプでは全然ないですが、
もっとグワワッとほとばしるエネルギーが欲しいなぁ、と、
以前も日記に少し出てきましたが、ちょっとミトコンドリアについて復習しました。

細胞の中にあるミトコンドリア。
これが、人間が物理的に使うエネルギーの大半を生み出しています。

ならば、これが増えれば、物理的にエネルギーに満ちてしまっているので、最低限、なんかわからないけどやる気だけはある、という感じになるのでは、と(笑)。



で、

積極的に活動する細胞のところではミトコンドリアが増え、
ミトコンドリア自体も活発になり、
使われないところでは減っていくそう。

つまり、例えば運動すれば増えるそう。
瞬発力より持久力のゆっくりめの運動の方が増えるそう。
筋肉はついていた方がいい。
肥満や痩せすぎになるような生活習慣はよくない。
歩くレベルでは増えず、ちょっと軽めの走りを入れると良い。
寒いところに行くと増える。
断食すると増える。

等など、
ということだそうです。

自由闊達なるミトコンドリアを増やすのだ!


ということで、
やる気の科学?でした。








さて、



昨今、
不安な毎日を送ったり、
情緒が不安定でゆらゆらしていたり、
何か落ち着かない。
誰かを責めたい。
追われている感じ。
力が出ない。

そんな感じな空気に満ちている。



でも、
力強く生きるための全ての源、
心の奥底から湧き上がる「やる気」。
漲るパワー。

どうしたらそんな「やる気」が出せるのだろうか。
やる気とはなんだろうか。





1.

より良い、食事、運動、休息による肉体コントロール。
そして、より良い、考え方、知識、呼吸、瞑想などによる精神コントロール。

これらはやる気の下限、ベース、なのではないか。

地道に節制し、修練を続け、下限を安定的に上げていく。
最低限の、力強いやる気を醸成していく。

そういう生活習慣を続けていけば、
何かあっても、この下限で止まるか、ここに落ち着いてくれる。




2.

一方、やる気の上限は、
きっと、それをやりたいという想い、喜び、本当の夢、志、本気、覚悟。
これによって突き抜け、本当の力が引き出され、奇跡を生んでいく。




3.

そして、さらに限界を超えさせる奥の手が、
たぶん、気合と根性(笑)。






この3つを地道に地道に築いていきながら、
ミトコンドリア君と共に、
より豊かな人生を作り上げる挑戦をしていきたいと思います。

$まなびーの『ドラクエ型人生』-ミトコンドリア君



まだジョギング中断中です。
走りたくてウズウズしています。
ちょっと足を骨折しまして、早起きは継続していますが、ジョギングは中断しています。

傷を治していく生物の奮闘のドラマを、毎日楽しく観察しています。
刻一刻と変化していく貴重なノンフィクション映像。
TVドラマよりよっぽどおもしろいです(笑)。






さて、


自分の中に、

遥かなる夢に向かって突っ走る面もあれば、
道端に咲く小さな花を愛でる目も持っていることもある。



夫婦の間で、

神経質で細かい夫を、
大らかな奥さんが支えていたりする。(逆も)



組織の中で、

強烈な光を放ち続ける経営者の周りに、
陰を背負う人たちがいる。



人類全体で、

死ぬまで遥かなる夢に向かって突っ走りたい人もいれば、
死ぬまで道端に咲く小さな花を愛でたい人もいる。





豪勢なおせち料理を満喫したら、
七草粥で心も体も一休み。

七草粥で心を整え力を蓄え、
ラーメン二郎に挑戦。





TPOで、
どれも旨い。
捨てがたい。





骨折して翌日の、紫色にパンパンに腫れ上がった足。
綺麗な風景ならぬ、こんなもの載せちゃってすみません。
$まなびーの『ドラクエ型人生』-20130816骨折
今日、車を運転していたら、狭い田舎道で、前の方からスピードをあまり落とさない、且つ車をあまりよけることもしない、ちょっとデリカシーというか余裕のなさそうな車とすれ違いました。



ところで、「スタンフォードの自分を変える教室」という本によると、意志力を鍛えるためには、物事を受け入れ自制心を養うとよい、というのがあるらしいので、最近は、早起きジョギングや筋トレや、ありがとう百万遍のような自分のコントロール修練だけでなく、日常のあらゆるシーンで、例えば、車運転中であれば、


・狭い道では、どんな相手であれこちらがしっかりとスピードを落とし、相手に道を譲る。

・混雑中の国道で対向車が右折するスキマを作るために、後続車に迷惑のかからないレベルで車間距離を開けたり、後ろに配慮しながら、右折させてあげたり、車線に入りたい車を入れてあげる。

・追越し禁止の道で速い車が後ろに付いたら、ウィンカーを出してスピードを緩め前に譲る。




などなど、まるで修行僧のように自己コントロールをしながら、それができた時に、ドラクエのモンスターと戦った時のように、

「よし!経験値ゲット!」

ってな感じで、四六時中ウキウキしながらステータス「意志力」のアップ修練を楽しんでいます。





さて、冒頭のちょっと危険気味の車ですが、昔は僕も気が強いというか、負けず嫌いというか、バカというか、例えば、狭い道で相手がスピードを落とさないと、「コノヤローやるか?」と思ってこちらもスピードを落とさず張り合ったりするなど、バカな妄想をいだいて、自分の頭の中で作り上げた敵と戦っていたりしていましたが・・・、

今回も、「意志力アップのチャンス!」とばかりにしっかりとスピードを落とし、ググっと寄せて道を譲りました。
そしてすれ違いざま、相手が見ていても見ていなくても、ニコッと笑って会釈をする。

これでさらに意志力の上乗せです。




さて、妄想的なストーリーはさらに進み、ふと、その時に思いました。

「今、僕がスピードを落として車の進みが少し遅れたことによって・・・、すれ違わずスムーズに進んでいたら大事故に遭って命を落としてしまったかもしれない状態を回避できたのだ!あの車がすれ違ってくれたから助かったのだ、ありがとう!」




ということで、今生きて、日記を書いているので、おそらく死亡事故を回避できたのだと確信しています。


従って、今日は、人生で最大のラッキーな日でした。
しかし明日はもっとラッキーな日にするべく、さらに攻めていきます。


$まなびーの『ドラクエ型人生』-2013年8月2日




7月:88.5/84km
8月:5.8/84km

2013年:652.8/1000km
総計:1658.7/10000km(2021年末まで)
毎度、早朝ジョギングですが、また新しいことを始めました。

毎朝、4:25に起きて、Twitterでおはようツイートをし、
走りだしに外の写真を撮ってツイートする、

というシステムで、この半年維持してきましたが、
果たしてこのシステム無しで、完全に自分の意志で実行できるのか?
ツイートして周りに晒して自分を追い込むのをやめた時の、自分の定常状態はどこにあるのか?
習慣化が身に付いてきているのか?

を試したく、朝のツイートをやめました。


で、一週間くらいですが、眠り損ねて4時間睡眠くらいになってしまった時でも、エイヤっと自分の意志で起きれています。

人間の体も心も、全て物理的構造と機能、科学的反応によって起こっている、という唯物論に従えば、日頃の思考や言動の変更とその習慣化によって、人はいくらでも根元から変化し得る、という一つの証左になりそうです。








さて、全然関係ないですが、
先日、コンビニの本棚に、「トリコ」最新刊が並んでいました。

週刊少年ジャンプで連載中のマンガだけれども、甥の悠矢(中1)が、単行本を持っていたので、なんとなく部屋で読んだのが始まりで、最新刊を楽しみにしています。

で、即、「買って悠矢にあげよ~(もちろん僕も早く読みたい)」と思ったんですが、ここでいろんな思いが錯綜しました。



「悠矢にあげたら喜ぶな~。」

 あっ・・・でも。」


いつも、トリコ最新刊が出ると教えてくれて、僕に貸してくれるんだけれども、なんとなく嬉しそうなのだ。

それはきっと、ほとんど唯一、僕に対して悠矢的に”優位に立てる”瞬間だからなのではなかろうか。
何かをしてあげる側に立てる瞬間。


悠矢は、いつももらう側だ。
何かをしてもらう側であり、いつも正しい周りの大人から教えを受け、正される側であり、守られる側だ。


悠矢にとって通常その立場は、家ネコのクゥちゃんに対してのみ、発揮される。
例えば、小さい子のおママゴトもそうだろうか。

そして、おとなに対してそうしたくても、おとなはいつも”正しい”ので、悠矢のこの思いは、”反抗”でしか発露できない。



だとしたら、僕が「悠矢に喜んで欲しい」と思ってトリコを買って与えることは、僕のエゴではないか。
優位に立てる、という僕の欲も紛れ込んでいないだろうか。
悠矢の最大にしてほとんど唯一の、僕に“与える”という機会を奪うことにならないだろうか。


と思ったので、読みたかったけれど、買うのを我慢しました。


でも早く読みたかったので、悠矢に、

「トリコ最新刊出てたよ~。早く買ってよ~。」

とおねだりだけはしておきつつ、後日、



「に~ちゃん、トリコ買ったよ」

「マジで!読ませてくれ~!!」


ということで、無事読めました。



こうして、僕も悠矢も、大人になっていく。








ごく最近のマイブーム「まんがで読破」シリーズ。
教養として人生に一度は絶対に読んでおきたい、人類の叡智である歴史的な古典など有名どころを読む呼び水として、楽して楽しく(笑)、一気に読めます。

$まなびーの『ドラクエ型人生』-まんがで読破





7月:73.5/84km

2013年:632.0/1000km
総計:1637.9/10000km(2021年末まで)
早朝ジョギングを始めて半年が経ちました。

4:25に起きて、5時~半に走りだす、というくらいが、鍛錬になりつつ一生続けられる現実的な線かなーと思えたので、これを”維持”しようモードに入ったんですが・・・、
しかし、守りに入った途端に、徐々に、船底にウツボがこびりつくように、魔の手が・・・。

4:25にスパッと起きられず、10~30分くらいウダウダしたり、二度寝して慌てて気づいて走りにいったり、という感じになりました。


ウダウダが当たり前になったのに気づいたので最近いろいろ工夫して、再びスパッッッ!
と起きられるようになりました。

100年の老舗のお菓子やさんが、全く同じものを作っているように見えて、その実、常に工夫を積み重ね改善してきたからこそ続いている、というのと同じですね。

仮に人生に安定を望むにしても、日々の改善と挑戦が必要なのだ、と実感しました。






さて、毎朝ジョギングしながら、まるで修行僧のように、走り、神社や地域のほこらやご先祖の墓を通り、掃除をし祈り、精神を鍛錬する、という繰り返しをしていますが、時々「何のためにこんなことしてるのだ」と思います。

修行といえば、お坊さん。
稲盛和夫さんも引退したあとお寺で修行したそうですが、まさに日々の修行自体がお坊さんの仕事ともいえる。
ではなぜ、お坊さんは修行するのだ。


で、今朝、ふとその答えの一つが浮かびました。

お坊さんの仕事の一つは死者の供養。
となると、やってもらう側からしたら、心情として適当な人にはやって欲しくない。

ということで、自分にできない修行と供養を、お坊さんに代わりに極めてもらって専門としてやってもらう。安心。



そうか!
全てそうなのだ。

人それぞれいろんな個性や仕事があって、自分にできないことを人にやってもらう。



野球の才能があったらよかったけど、自分にはそれがなかったので、イチロー達にお任せ。

部屋に引きこもって本読みまくる人生もいいなぁと思うけど、他にもやりたいことがあって両立できないので、引きこもりは他の人にお任せ。

宇宙に行ってみたいけど、今はそんな時間ないので、若田さんやホリエモンにお任せ。

むやみにモテモテの人生も味わってみたいけど、そんな才能はないので(笑)、ジャニーズにお任せ。

完全無農薬自然栽培の奇跡のリンゴが食べたいけど、自分の使命は他にあるので、木村秋則さんにお任せ。

子供の時のようにゲームとかして遊びたい時もあるけれど、遂げたい志があって手がまわらないので、遊ぶことは甥の悠矢(中1)にお任せ。

食って寝てぼーっと何も考えず過ごすのも楽だなぁと思うけれど、それだけなのもつまらないので、のんびり過ごすのは家ネコのクゥちゃんにお任せ。


自分が1億人いたら、人生が1億年あったら全部できるけど、自分は一人で、人生は100年しかないので、自分にできる事以外は他にお任せ。
やってもらっちゃってるのだ。



代わりに、例えば自分が黙々とやっている修練は、そうしたいけれど他にもやることがあったり、やる時間がない人たちが、どこかで活用することもできるのだ。







宇宙は総体として完全体で、全てが詰まっているけれど、人間はその中の一部にしか過ぎないから、従って個々が持っている力も、部分でしかない。

しかし、それを繋ぎ合わせたら、ちょっと完全体に近づく。



自分の早朝ジョギングや志を持って生きることはもちろん、本を読むことも、景色を眺めていい気持ちになることも、クゥちゃんをなでることも、

今自分が持っている個性も、仕事も、どんな言動も、今日起こった出来事も、使命も、全て役割なのだ、と腹に落ちました。

せっかく得た役割を最大限果たすために、自分を極めていこう、と思います。







本を読むだけの生活も人生が10回あったらやってみたい。
まなびーの『ドラクエ型人生』-本




6月:91.5/84km クリア!
7月:13.1/84km

2013年:571.6/1000km
総計:1577.5/10000km(2021年末まで)