タクシードライバー徒然日記
雨が降ると決まって、早朝に予約の電話がはいる。深夜勤務のドライバーは、もう夜明けなので帰宅したい 気持ち がありあり。早朝の運転手は 年配さんか アルバイトの常宿のもの そうした類に僕は類する川漁師はきまって 早朝に強い というのも 起床は年中3時だからで。別段苦にならない 某牛丼チェ‐ンが衛生面でのトラブルで深夜営業を中断しているので、3時~4時は食事ができないこのためにセブンで 気に入りのフィッシュバーガーとプロテインドリンクを流し込む。 5時 早朝出勤の女性と談笑しながら、駅まで送迎その後は、8時過ぎから矢継ぎ早に病院行きのお客様を連発の無線 91歳のおばあ様と車中会話 「岐阜の空襲は小学生の5年の時、長良川で泳いで遊んでいたら、誰かかが、日本が負けたんだよと云って みんなで泣いた」記憶と その後 昭和になって 入れ歯や歯を直してもらいに墨俣に行った記憶を語り始められた。 それがなんと 現在ある 岩田歯科医院で勤務し、歯を成形していたのが 実の父だ「あそこのおかげで、60年経っても未だに自分の歯でごはんが食べられる」人間 食べるために歯は大事で・・・とおばあさん曰く なんと 昭和の父の技工の凄さだ。その後にご乗車の女性も 同じく 墨俣の歯科にかかった記憶を タクシードライバーとして勤務 父の偉業を日に二回も聞くとは かくて 人は死してもなお、人の役に立つことこれこそが人の役に立つという 教えに他ならない 医は仁術なり 父が生前にいっていた言葉「技術は誰にも負けん まねできない 自分で工夫することだ」「なにくそ根性」 この夏 父の新盆をむかえる2000年自作した船の前で 取材を受けた父岐阜新聞「自分で船をつくる」と言い出して、2か月で作り上げた。