4月最初のコンティニュアムのzoomクラスで、
先生が、こんなようなことを おっしゃっていました。
エミリー(コンティニュアムの創始者)は、
よく 身体のことを system と 言っていた。
人間の身体には
皮膚という最初の境界線があるが、
もっと やんわりとした境界線は
身体の外にも 広がっており、
私たちの感覚は その部分にも 及んでいる。
そこまでを含んだ部分が
エミリーの言う身体(= system )であり、
その systemは、さらにその外側と、
いろいろな形で やり取りをしている。
それを聞いて 思い出したのは、
1ヶ月くらい前の、ある体験のこと。
ひとりで 無極功をしている最中に、
「ああ、この部屋、みんな、私の味方だ・・・」
と 感じたことが、あったんです。
数年前まで セッションルームとして 使っていた、
この部屋。
もともとは ちゅぅちゃんのお昼寝部屋であり、
彼女が最期を迎えた場所でもある、
この部屋。
いまは 瞑想部屋となっていて、
コンティニュアムも、ここで しています。
その、この部屋の空間全体
(そのへんに積み上げてある ガラクタも含め)
すべてが、私の味方でいてくれている・・・
そのとき、ふいに そんなふうに 感じたことを、
思い出したのです。
私は もともと、
動物、植物は もちろんのこと
車、電化製品など、いわゆる‘モノ’とも、
普通に日本語で会話します。
車で出かけるときは
「これから ◯◯へ行くからね、よろしくね。」
タイマーが鳴れば、
「ハイハイ、ありがとう。」
洋服を捨てるときは、
「ごめんなさいね。いままで ありがとね。」
ついでに言うと、
突発的な危険から 偶然 逃れることができたときにも、
「どなたか存じませんが、ありがとうございました。」
と、とりあえず 頭を下げておきます。
目には見えない誰かが
私を 力尽くで 引っ張って 避けさせてくれたのだ、
と、思うから。
ただ、20年以上 住んでいる
この家、この部屋、という空間との交流を
意識的に図ったことは、
これまで なかったように 思います。
それでも・・・
私が 意識を向けることがなくとも、
いままで ずっと、この部屋は、
私のことを 見守ってくれていたのでしょう。
そんな、この部屋の意識 ~‘気持ち’のようなもの
が、あのとき、
はっきりと 伝わってきて。
空間なるものとの明確な交流は それが初めてで
驚きはしたものの、
それと同時に 泣いてしまいそうにも
なったのでした。

あのときの あれも また、
いろいろな形でのやり取り のひとつなのかな。
先生のお話から、そんなことを 思い出し、
妙に納得していましたら・・・
後日、先生からいただいた
その日のシークエンスの説明文書を読んで、
さらに腑に落ちる体験が重なりました。
長くなるので、それについては また 今度、
気が向いたら 書くことにします。
ありがとうございます。
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