コンティニュアム zoomクラスでは、
2つのシークエンスを 習った後に、
ダイブに入ります。
だから、基本的には
同じシークエンスを 1クラスで 2回(以上)
やることになります。
同じシークエンスでも、
最初に やったときと
回数を重ねていったときとでは
受ける印象、感覚、体験が 違う、
というのは、よくあること。
でも、この日は、
驚愕、という言葉を 使いたくなるほど、
1回目と2回目とでは
感覚が まったく 違いました。
そして、次の瞬間、
深いところで 理解したのです。
1回目と2回目を 比較することは
無意味なのだ、と。
だって、「さっきの私」と「いまの私」は
全然 違う 存在なのだから。
最初に シークエンスを 教わり、やってみる。
その後、質問をしたり、
お仲間のシェアや 先生のさらなる解説を
聴いたりして、
理解を深めていく。
そうやって、体験と情報を重ねることで、
「私」は、短い時間の中でも
どんどん 変化していきます。
主体、ベースである私が、
さきほどとは 違う状態で 臨むんですもの、
同じシークエンスをしたとしても、
違う体験や感覚を得るのも、
当然ですよね。
だから・・・
「さっき」と「いま」とを 比較すること、
それ自体が、無意味なんだ。
「比較」することって、本当に、本当に
意味がないんだ。
アタマでは わかっていたつもりでいたことが、
このとき、ずしん、と 腑に落ちたのでした。
生まれてから このかた、
常に 比較をしながら、されながら
生きてきたように、思います。
誰かと 自分を 比べたり、
なにかの基準と 比べ、
そこから 外れないようにすることで
自分の安全を 確保したり。
「比較」は、
生きていく上での 大きなモノサシだった
かもしれません。
だけど、それ自体に、意味が ない・・・。
絶対不可欠だと思っていた なにかが
崩れ落ちてしまったようで。
その直後は、
「比較」に関する 様々な思い出や 体験などが
次から次へと 超特急で 私の中を 駆け巡り、
10分ほど 動くことができずにいました。
消化する時間が、必要でした。
コンティニュアムでは、
同じシークエンスを 繰り返し やることを
「レイヤーを重ねる」 と 言うのだそうです。
(ちょっと うろ覚え。)
今回、この体験を経て、
「レイヤーを重ねること」の意味が
少し わかったように 思います。
ありがとうございます。
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