今日も一日が無事に終わりました。

今日は午前中クリニックでの診察があり、午後は健診センターに行き、夜は気の合う仲間たちとのご飯会でした。

 

午前中の診察で、先生から勇気づけられる言葉をもらいました。

 

今週は関西から帰ってきてからは第一回目の嫁との離婚調停がありました。

前々日あたりからかなり緊張してしまい、手汗が異常に出たり、寝汗がいっぱい出たり、自律神経がたぶん乱れた日々を送っていました。

 

そのことを先生に伝えると先生からは以下のことを言われました。

 

緊張することはいいことです。

調停で緊張したのは、自分をよく見せたいと思ったからでしょう。

そのよく見せたいと思うことが人の伸びしろなのです。

どうでもいいやと思う人は緊張しません。

だから、緊張することはいいことなのです。

 

とても勇気づけられる言葉でした。

緊張することに対して、自分は今まで臆病になっていました。

学生時代から先生に当てられて発表することも苦手だったり、社会人になってからも人前でプレゼンすることが苦手でした。

 

苦手な理由は緊張でした。

でも緊張することは、自分をよく見せたいと常に思っていたからなのだと42歳になって、初めて分かることができました。

そのよく見せたいということは自分にとって伸びしろであることも。

 

うつ病で休職する前は、目の前にある問題から逃避するためにアルコールに逃げたこともありました。

多分、気持ちの中では緊張していたのでしょう。

でもその緊張から逃げてはいけなかったのです。

緊張は伸びしろなのに、その緊張から自分は逃げていました。

 

今日はとても勇気づけられる一日になりました。

緊張は良いことで、自分にとって伸びしろであることを学ぶことができました。

 

明日からの生活の中でも緊張することはあるでしょう。

でもその時には、緊張することはいいことで、自分にとって伸びしろがあることを意識して生活していきたいと思います。

 

 

昨日の夜に札幌に帰ってきました。

 

兵庫ではTシャツ一枚で過ごせていたのが嘘のような寒さです。。。。

 

昨日、帰りの飛行機の中でずっと考えていました。

明日調停を迎えるにあたって、自分の気持ちの軸をどこに置くべきなのか。

 

もう一度家族とやり直したい自分に置くべきなのか、別居を応援してくれた周りの友人たちに軸を置くべきなのか。。。

 

両方とも手に入れることは、ベクトルが違うので不可能なことがわかりました。

ではどこに置くのか?

 

約2時間飛行機の中で悩みました。

今まで別居する前の自分に戻れるなら、即座そうしていたかもしれませんが今は違います。

別居に到った状況踏まえ、新しい自分で妻と子供と接していかなければなりません。

その新しい自分を家族は了解してくれるかどうかはありますが、新しい自分で挑まないといけません。

 

友人たちは居心地はいいのですが、やっぱり友人なのです。

それぞれ家庭があり、子供がいて、そのうえでの友人なのです。

その友人たちに家族を求めるのは間違っています。

友人はあくまで友人なのです。

 

結論は空港についてから、一息ついて出ました。

 

やっぱり家族です。

 

もし妻が私の友人たちを良く思っていなくて、二度と付き合わないでと言われるても家族一番で動くべきです。

 

明日の調停に向けて、今から弁護士さんと打ち合わせです。

でも自分の軸は家族にあることを忘れずに、打ち合わせに挑みたいと思います。

 

今更ながらなのですが、なくしてから分かるのですが家族はありがたい存在です。

このブログを見て頂いている皆様も、ぜひ家族を大切にしてください。

 

家族を自分の手で壊そうとしてしまった自分からの思いです。

 

 

久しぶりの更新となりました。

先週はリワークのオリエンテーションや体験入学などで忙しく、更新することができませんでした。

リワークの事はSNSでは伝えられないのですが、来週から本格的にリワークを開始する予定なので楽しみにしています。

リワークを本格的に行う前に、ALSで闘病中の母を見舞いに先週土曜日から明日まで関西に帰省しています。

 

関西は9月末でも日中の気温が30℃もあり、北海道とは気温が全然違います。

帰ってきた初日は空港からの電車の中で、一人で汗をかいていました。

他の乗客からは異様に見えたと思いますが、3日経った今もまだ体温調整がうまくできずに困っています。

 

母は筋萎縮性側索硬化症=ALSにかかってしまい、昨年の10月に病院に入院して闘病生活を送っています。

 

昨年10月時点では口でしゃべったり食べ物を食べることは困難でしたが、それ以外は元気な母でした。

その後病状は進み、現在は寝たきりで手も足も動かすことができなくなっています。

 

それでも母は懸命に生きています。

今回はその姿を見られただけでも、自分にとってとても勇気づけられました。

 

日々やることが無く一日無意味に過ごしてしまったり、日中からアルコールの誘惑に惑わされることに悩む日々でしたが、そんな中でも母は健康な人では通常あり得ない検査値の中でも懸命に一日一日を生きているのです。

 

なんか、自分が日頃悩んでいることがとてもちっぽけに見えてきました。

自分が悩んでいることは、自分自身の気持ち次第でどうにかなるものです。

 

でも母は、不治の病にかかり、自分自身の気持ちではどうしょうもない中でそれでも懸命に生きています。

 

自分のうつ病とは次元の違うところで母は生きています。

その姿にとても勇気をもらうことができた帰省でした。

 

生きることがどういうことなのか、生きていられることがどういうことかを常に考え、自分が生きている事を意味があるものにしていかなければなりません。

 

やっぱり自分は家族のため、子供のために生きていると思っています。

 

そのためにも自分は前に踏み出さなければなりません。

 

そんなことを強く思えた帰省となりました。

 

本当は水曜日に自宅に帰る予定でしたが、水曜日の天気予報があまりよろしくなく、明日帰ることにしました。

 

自分が生きることの意味を考えなさい、強い自分になりなさいと母が教えてくれた帰省となりました。