スリップ継続中です。

昨日も何もやることがなく、昼から缶ビールを飲み始め、気づけば500ML缶を3本、350MLの缶チューハイを1本飲み続けて、夜まで何もせずにすごしてしまいました。

 

休日なのに、街はクリスマスなのに、離婚調停中で妻と子供と別居している自分はいったい何をしているのか?とてもむなしく思えてきました。

妻の金遣いの尋常じゃない異常さに気づき、別居を申し出て、その話し合いの最中でつかみ合いの喧嘩となり、妻と子供は家を飛び出て、自分が家を出ないと帰らない感じになり、渋々始まった別居ですが、何が楽しくてこのような寂しい休日を過ごさないといけなくなってしまったのでしょう。

 

こんな暮らしになるぐらいなら、妻の金遣いの荒さも認めてやれれば良かったと後悔しても後の祭りです。

 

あのときの自分は、どうしても許すことができなかったのです。

本当にタイムマシンで、あの時の自分に戻って、言ってやりたいです。

 

我慢せよと。。。。

 

復職しようと会社と接触して、上司と面談すれば《主体性がない》と言われてしまい、さらに転勤まで匂わされ、かなり凹んでしまい、先週の木曜日と金曜日はベッドから動くこともできませんでした。

 

土日でスリップしながらでもなんとか体調を整えて、今日復職支援施設と病院にいってきましたが、病院の先生に復職にあたっての意見書に転勤することを書かないでくれとお願いしても、そのようなことは書けないと言われてしまい、更に凹んでしまい、昼から復職支援施設を早退してしまいました。

今は、復職支援施設の近くの漫画喫茶でこのブログを缶チューハイ飲みながら、書いています。

 

本当に何をやっているんだろう。

何のために生きているのだろう。

 

このまま離婚が決まって、男42歳バツ1、貯金なしで復職することもできない、しかもアルコールの過剰摂取気味なこんな自分生きている意味があるでしょうか?

誰か教えてください。

 

もう本当に死んでしまいたいのですが、その勇気を持つことができません。

友人たちは子供がいるじゃない、子供のために生きればというのですが、一緒に住むこともできない、意思の疎通を図ることができない子供のために生きようとなかなか思えないのが、現状です。

 

今、復職支援施設ではいろいろなことを教えてもらっていますが、何を着手したらこの状況を打破できるのかが、全く分からなくなってしまいました。

 

復職したいと言っている部下をなぜ快くお帰りと迎えることができないでしょう。

なぜ会社は金遣いの荒い嫁の見方になるのでしょう。

 

自分の周りの友人たちが唯一の心の支えなのですが、所詮友人といえども他人です。

まずは自分があっての他人です。

しかも転勤してしまったら、その友人たちとも会えなくなってしまい、一人になってしまいます。

 

自分を犠牲にしてまでも自分に尽くしてくれるのが、家族でしょう。

でもその家族を自ら手放してしまった自分には、今何も残っていません。

 

家族はありがたいのですが、嫁は嫌いという、自分でもよくわからない気持ちになっています。

何もかもが嫌になって、ただ漫画喫茶に逃げ込んで、アルコール飲んでるしょうがない奴です。

 

こんなどうしようもない奴をどうか卒業したいです。

 

そんな一日です。

12月2日に断酒がストップしてしまいました。

なぜかというと、先週とても辛い出来事が続きました。

11月30日に離婚調停がありました。

今回は、自分が復縁を求めているので嫁側からの開始です。

嫁側が終わって、自分の出番でした。

入ったら1回目と違い裁判官もいました👨‍⚖️

裁判官からの第一声は

「あなたの意見を聞かせてください」

でした。

てっきり、向こうの意見を言われるものだと思ってたのでびっくりしましたが、自分の意見を言いました。

「元の家族に戻りたいです。子供が一番に望んでいることなので。でも嫁がもう無理だというなら離婚も仕方がないと思っています。」

そしたら、裁判官から話がありました。

「身体は大丈夫ですか?大丈夫ならお話しますよ」

もう察しがつきました。

裁判官は続けて言いました。
「奥さんは離婚したいと言っています。ここからはあなたの選択肢次第です。離婚したいか、したくないか」

なかなか、短時間に厳しい選択肢を迫ってくるもんです。
短時間で色々な光景が目に浮かびました。

家族3人で行った
グアム、牛角、はま寿司、AEON、バーベキュー
、帰省旅行等

なぜかいい思い出しか、出てこないのです。
でもその思い出も所詮は、砂の上に立つお城と同じで、とてもモロい土台の上に立つ思い出なのです。
そのモロい部分を自分が知ってしまった(うちにはお金がないこと)時点で、既にこの結末は分かっていたのかもしれません。

でも、もう嫁が決めたことです。
一度決めたことをなかなか変えることはないでしょう。

だから自分は言いました。

「離婚で勧めてもらって構いません」

まだ悩んでいます。
この決断で良かったかどうかを…

でもなかなか人の心は変わらないのです。
周りの友人や後輩に聞いても、まず変わらないよとアドバイスをもらうのですが、その時はまだ何とかなるかもと思っていました。

その日の記憶は、後はほとんどありません。
離婚に関しては、後は親権とマンションと車をどう処分できるかの話がありました。

その週の土曜日の12月2日に、子供の学習発表会がありました。
調停で学習発表会の案内を調停員経由で貰ったので、見に行くことにしました。

なんせ、数ヶ月前までは仲の良かったパパ友やママ友と顔を合わせるのが、こんなに辛いとは思いませんでした。

無事に劇も終わって、子供に声を掛けて帰ろうと思って、子供のいる教室に行きました。

嫁の姿はなかったのですが、子供は自分の顔を見て、顔が少し強張っています。

先生の挨拶も終わって、子供が出てきたので声をかけましたが、目を合わせてくれません。

二言三言喋ったら、子供はママの元に走って言ってしまいました。
子供に「じゃあね」と言って挨拶をした後に、小学校近くのコンビニでタバコを吸っていたら、嫁と子供が家に向かって歩いていました。

なぜか自然にタバコを消して、足が2人に向かってました。
本当は自分の弁護士からも妻と会うことは止められてたのに、自然に声を子供にかけてしまいました。

子供に声をかけて、妻と子供が住む家まで3人で歩くことになりました。
自分が嫁のお金遣いに気づかなかったら、そして気づいても我慢できていたら、こうやって3人で歩くことは当たり前のことだったのです。

自分が至らないばかりに、子供に寂しい思いをさせているかもしれないと思い、自分が情けなくなりました。

子供からは、サンタさんにSwitchが欲しいことを聞けました。
思わず子供に言ってしまいました。

「家で猫を見せて欲しい」

子供は了解してくれましたが、嫁は渋々「玄関までなら」と了解してくれました。
本当は、猫なんてどうでも良くて、嫁と話がしたかったのです。
子供を利用してしまったことにも、帰り道にとても後悔しました。

玄関で子供が猫を連れてくる間に妻に聞きました。

「本当に俺たちもうだめなのか?」

嫁からは、今は先日の調停の答えが全てだって旨の話がありました。
すると自然に自分は妻に土下座をしました。

「どうしても戻りたいから、やり直したい。経済的にもとても辛いのでなんとかやり直したい。」

何度も何度も、そしてずっとお願いしました。

でも妻は首を立てにふることはありませんでした。

「気持ちは分かったけど、今日は帰って」

その日も辛い一日となりました。

幸い、その日の夕方に友人に会う機会がありました。
友人からは、なぜそのような土下座までしたのか、意味がわからないと言われました。
友人にも呆れられる始末です😰

その夜に別の友人と合流して一緒に串揚げを食べに行きました。
その友人と約60日ぶりにビールを飲んでしまいました。
全く美味しくなかったのに、今の自分が嫌でとても酔いたかったのです。

でも全然、酔えませんでした。
ビールも日本酒もハイボールも飲んだのに、全く酔えませんでした。

妻には二度とアルコールには手を出さないって誓ったのに、手を出してしまいました。

とても後悔しています。

それが12月2日の出来事でした。
それから、毎日のように飲んでます。

たまたま、家の引っ越しがあって、復職支援施設にも行かない予定でした。
男一人暮らしの引っ越しは、あっという間に片付けも終わって、火曜日から今日まで毎日毎日毎日離婚のことを朝から晩まで考えてきました。

あの時の自分が悪かったとか、もっと何かができないかとか…
今日は手を出さないって毎日思いながら、毎日飲んでました。

今日は、朝からストロング酎ハイ350mlを飲んで、母の法要の為に関西に帰省途中です。

昼過ぎに千歳空港に着いてから、またまたストロング缶チューハイ500mlを2本空けて、手荷物検査を終えてから更にビールを飲み、またベンチで離婚のことを考えたあげくに飛行機に乗り遅れて今、次の便までの待ち時間でブログ書いてます。

これも母からのメッセージなのでしょう。

自分もこんな自分とはおさらばしたいです。

また身体が悲鳴をあげるのも分かっています。



離婚することはもう避けようのない事実です。

もう回避しようがありません。
あとはその出来事とどのように向き合って行くかです。

今日友人にも言われましたが、前を向いてニコニコ離婚したいものです。

もう妻はお金の事実を自分が掴んでしまった時点でこうなることは、覚悟していたと思います。

あとは、自分の気持ちにどう踏ん切りをつけるかです🤗

どうせ時間を過ごすなら、楽しい時間を多く過ごしていきたいものです。

前を向いて、今から進んでいきたいです。

飛行機で関西に帰るとともに、今日までの自分は空の上に捨ててきて、新しい自分になって明後日に札幌に帰ってきたいと思います。
明日からまた断酒を頑張ります💪💪

今日も無事に一日が終わろうとしています。

 

10月1日からの断酒も50日を数えることになりました。

昨日、久しぶりにまだ家にあったノンアルコールビールを飲みましたが、全然美味しく感じませんでした。

良くこんなものが美味しいと思っていたなと思いました。

今の自分はノンカロリーコーラや炭酸水で十分です。

 

今日は全く何もしない一日でした。

日中は一日、ベッドの中で過ごしていました。

 

ベッドの中で撮りためていた2時間ドラマを見ていました。

見るというよりも、ただ流していた感じでした。

 

リワークに通うようになって、平日のリズムは生活リズムはできているのですが、休日は洗濯をしたりする以外はひたすら休むことに専念しています。

そんな週末は自分にとっては楽しいのですが、リワークで、毎週末に何をしたかを言わないといけない授業が多いことが辛いのです。

 

そんなの放っておいてほしいのが本音ですが、授業に出ている皆は嘘か本当か毎週、違うことを答えています。

明日からの授業では、昨日買い物に行ったことでも言って、適当にやり過ごすことにします。

 

今日はベッドの中で色々考えましたが、うつ病で休職して復職目指して、アルコール依存症とも戦って、更に離婚調停中で別居して、その間に母を亡くすという経験値を持った人間はなかなかいないだろうと思いました。

 

今が一番人生で底のような気がします。

これ以上、落ちることは無いでしょう。

 

逆に考えれば、これ以上落ちることはないので、上がることしかないのです。

 

この間、離婚の件で友人に言われたことがあります。

 

「自分の中で、なぜ離婚することができないの?」

「それがバツ1と言われるのが辛いのであれば、逆に自分が今までバツ1の人にそのように下に思って来たのだよ。」

 

その通りだと思いました。

自分は、心の中でバツ1の人を今まで下に見ていたことがわかりました。

 

それって、自分の中で決めた勝手な価値観ですよね。

 

同じようにうつ病の人も下に見ていたと思います。

うつ病になる人間は弱い人間だと。。。

 

だから、その病気で休職している自分が許せなくて、でも現実は休んでいて、その葛藤に苦しんでいるのだと思います。

 

もっと自分に甘くなる必要があります。

 

自分はバツ1になっても、うつ病で休職してても、仕方がないのです。

 

バツ1になるのは、妻と今まで向き合ってこなかった自分がいたからでしょう。

うつ病で休職しているのは、自分が抱え込んでしまった仕事を上司に報告することができずに溜め込んでしまった自分がいたからでしょう。

 

そんな過去の自分を自分の中で許してあげることです。

 

「やってしまったことは仕方がない」

「過去を悔いてもしょうがないやん」

「過去を悔いるよりも、それを未来に活かすしかないやん」

 

過去の自分を自分の中で許してあげて、今の自分を受け入れて、次に同じ過ちを繰り返さないことを気を付けていけば良いのでしょう。

 

今の逆境を乗り越えていくと、強い自分になることができると思います。

今できることは復職です。

 

離婚問題は、相手のあることで相手の気持ち次第なので、もう自分ではどうしようもすることができません。

自分が今、着手することができるのは、復職に向けて毎日リワークに通うことしかできません。

 

過去の自分を許してあげて、未来に向いて着実に歩みを進めていくしかありません。


今日も最後まで読んで頂き、ありがとうございます。