こんにちは。
最近、とある修理の件でフン太が問い合わせをしていたのですが、
途中からだんだん
て雰囲気になってきて…

確かにフン太はちょっと理屈っぽいし、たまに意地悪な物言いはしてるけど

(まあそれは相手が突っ込まれるようなお粗末回答をしているからなんだけど

)
こちらはあくまで「問い合わせ」しているのであって、「苦情」を言ってるわけではないんだけど…
いわゆる「カスタマーセンター」に電話しても、
結局そこで結論出してもらえず…いったい何のためのカスタマーセンターなのか

そして担当者が変わることで、また同じ話を繰り返すはめに

(いちおう内容が引き継がれてはいるけど、細かいところは再度説明が必要だったりするので)
で、そうなるとこちらもかなり時間や手間を取られることでこちらもだんだんイライラしてくる

つまるところ、
担当者が変わったところで
フン太もアフター保証の約款をしっかり読み込んで問合せしてるのだけど、
そこに対してこちらを納得させてくれるような「根拠に基づいての説明」をしてもらえない…
しまいには
またカスタマーセンターに戻って、そこのお姉さんが
「これがわが社の回答です!!」と強めに言い切ってくる

フン太がいくら「お宅の約款に書いてあることと矛盾してますが…」と言っても取り合ってもらえない

最終的に
別の担当者との電話で、カスタマーセンターのお姉さんのおっしゃる「わが社の回答」は
間違ってたと判明したのですが

(ここで引き下がったお客さんはどうなっちゃうんでしょうね…)
私もフン太も、かつては仕事で苦情対応(理不尽なクレーマー含む)していたことがあったので、あえて言わせていただくと…
・理不尽なフレームに対し、明らかにこちらが正しい場合は「毅然と突っぱねる」ことも大事
・ただ、「毅然と突っぱねる」ためにはしっかりとした「根拠」(法的根拠含む)が必要
・説明する側としてその「根拠」をしっかり理解して、質問に対して相手が納得できるような回答をする
・そのために各方面から情報収集を速やかに行うこと(相手をなるべく待たせない)
・なるべく窓口は1つに絞る
・今後に備え組織内での情報共有を行い、一貫した対応をできる状態にする
個人的にはそのあたりを意識して仕事していましたが…
(実際、私も妻の代わりに無茶な内容で電話してきたおじさんに長時間、1人で対応したことあり

←「団塊モンスター」という言葉が知られ始めた頃)
今回に関しては、出てくる相手が揃いも揃って皆、「根拠(約款など)」を果たしてきちんと理解しているのかが、最後まで不明確だったんですよね

だってあまりに約款と矛盾した話するから…

何より…
今回の問合せ内容って、よくある話だと思うんだけど
なんで回答にそこまで手こずるの!?
というのが正直な感想。
ここのカスタマーセンターとしての経験値ってそんなもんなの??
ここのお客さんてそんな説明ですぐに納得して引き下がっちゃうの??
そんな人のいい&金払いのいいお客さんばかりなの??…びっくり。(今回は修理料金に関わることでした)
ある意味、昨今の「カスタマーセンター」の人材不足を感じた一件でした。
この仕事やるからにはもうちょっとしっかり対応してほしいわ

(かといって自分はもうクレーム対応の仕事する気はないんですけどね

)
2日にわたり、長時間の電話することになったフン太が可哀想でした

(先方も同じだったとは思うけど←でもこちらは1人だから!)
そもそも、GW前に最初の問合せをして、連休もあるし気長に回答を待とう…ということだったのに、連休明け1週間経っても音沙汰無いのでこちらから電話してみたらこれ

さて、このあとどんな展開になるでしょう

前置きが長くなりましたが…
さっそく本題へ
2025年12月~2026年1月の年末年始に帰省した際のレポを更新中です
前回の記事はこちら
2025年12月26日(金)
名古屋のコンパルで朝食を済ませたら、1泊したアパホテルをチェックアウト。
この日もフン太の運転で津山へ向かいます

この日、特に西日本方面には雪予報が出ていて、それは前日に自宅を出発する前から懸念材料ではあったのだけど…
なんとか小降りの間に実家へたどり着ければ…ということで半ば「賭け」状態で出発
とにかく、実家にさえ着いてしまえば、実家にはスタッドレスタイヤを履いた両親の車があるし、
最悪、年明けに戻って来る際に雪が溶けていればよいので。
そう、都会暮らしの我が家は思いっきりノーマルタイヤ。
今まで真冬に車で帰省しなかったのもこれが1番の理由だったと言える…
ということで
もし、実家へ向かう途中で無理そうなら大阪あたりでもう1泊するか…とか考えながら進みます
名古屋を出てさっそく、弥冨あたりにかけて工事規制による大渋滞があって2人で凹むも、そこを抜ければスイスイ。
この日の昼食は午後1時頃、大津SAで。
大津SAは毎回寄るのですが、今回初めて「ドライバーズコーナー」を利用してみました。
写真はありませんが、この「ドライバーズコーナー」は主にトラックやバスなどの運転手さんや添乗さん向けの場所ではあるものの、一般客も利用可能のようでした。
実際、我が家が利用した時間帯はいわゆるトラックドライバー的な人は見当たらず、3世代の家族連れなど一般のお客さんがちらほら利用している感じ
我が家は一部持込みの食品を食べたかったのでフードコートではなくこの「ドライバーズコーナー」を利用したのですが、おでんや豚汁の他、パック詰めのお惣菜(いなりずしとか)も販売されていました。
その他、大量の漫画が置いてあったり、有料のシャワーコーナーもあるようでした。
外食疲れや外食に飽きた人、手持ちの食品があったり、少しだけ食べたい人にはなかなかありがたい場所ですね
そう、ここ大津で早くも小雪が舞い始め…
でもまだ道路に積もる感じじゃないからまだ大丈夫!ということで、先を急ぎます
(実家の母からも心配のLINEが届き始める
)
大阪あたりはまだ大丈夫だったけど、兵庫の加西あたりでサービスエリアに寄ったら草の上にはうっすら雪が積もり始めてる…
でも路面にはまだ積もり始めてないから大丈夫

ただ、雪は徐々に強まってくる…
そして岡山県に入る手前、佐用ジャンクションから鳥取方面へ向かう「鳥取自動車道」が通行止めという表示

果たしてこの先どうなるか…!!
震えながらとにかく先へと進み、いよいよ岡山県に入ったら、最後に寄った勝央SAで吹雪になってきた

でもなんとか路面には積もってない!
でもワイパーはMAX

吹雪の中、実家最寄りのインターを降り、もうどこへも寄らず一目散に実家へと向かいます
(いつもならスーパーで最後の買い出しするんだけど)
…なんとか日没前に無事、実家へ到着

ホント、この日の道中は実家へ着くまで不安でいっぱいでした…
(着いた時は両親も安心してた)
翌朝、庭先にはうっすら雪が。



まあ、これはほんの序の口だと後で知るんですけどね
2025年12月27日(土)
フン太と母と3人でくらや本店へ。

津山の老舗和菓子屋さんです。
津山は元々城下町なので、和菓子が美味しいんですよ

この日は、実家へ年始用のお菓子を送ってきてくれた親戚に、母がお返しの手配をしてました。
B'zファンの方にはおなじみですが、ここ「くらや」さんは稲葉さんのお兄さんが社長を務めていることで有名。
稲葉さんモチーフのお菓子もいろいろ販売されています

2025年12月30日(火)
この日はお餅つきをしました。
年季の入った餅つき機。
後ろに見える本は去年、妹が息子を実家に預ける際に母へ渡したやつ…そんな妹なのよ
疲れる
この餅つき機は私が子供の頃から使ってるやつなのかな??
大学で家を出て以来、ほとんど餅つきに関わっていないので記憶が曖昧です…
田舎ですが、私が小学生の頃(40年ほど前)、自宅では電動餅つき機を使っていました。
臼と杵ではありません笑
我が家でもアメリカ生活を機に何度かホームベーカリーで餅つきしたので、なんとなく雰囲気が似てる
(サイズが全然違うけど)
餅を受ける準備も万端
毎年ついてる両親が、この時だけは協力して準備を進めています(普段は仲悪い)
母が前日にもち米を洗って用意し、当日の朝に外の釜で蒸す。
その蒸したもち米を餅つき機に投入

↑混ぜているのは父
記録の為に写真や動画を撮ってみたけど、自分ではやらないだろうな…
この後、ついたお餅を餅切り器で父がカットして、母とフン太と私で丸めました
(西なので丸餅です)
忙しかったので写真無し。
白いお餅ができたので、次は父と私の大好物豆餅の番
ちなみに家の外でもち米を蒸してます。

私が子供の頃、おばあちゃんがいた頃は庭で大鍋使っていろいろ作ってたな…
確か味噌も自分ちで作ってた気が。
湯気で何も見えませんが、蒸し上がったところ。
豆餅をついてるところ。
途中に塩を入れていきます。
加減が難しいのだけど、入れすぎるとしょっぱくて食べられないから、多すぎるよりは足りないくらいの方がいいかも…。
肝心の、出来上がったお餅を全然撮ってない
白いお餅はつきたての柔らかいうちに、あんこやきなこでいただきました

特にフン太が喜んで食べてました

豆餅はいくつかに分けて平べったく形を整えたら、ひと晩?ふた晩?かけてある程度固まるのを待ち、
その後、父がいそいそと包丁で切っていました

この日はその他に
・おでんの仕込み
・紅白なます作り
・栗きんとん作り(フン太担当)
・たたきごぼう作り(母担当)
やったりしてました。
そもそも毎日、
大人4人なので洗濯や3食の用意&洗い物、やたら広い実家の掃除など、皆でやってたらそこまでヒマすることなく時間が過ぎていきました。
買い出しは母も一緒に行くこともあれば、フン太と私だけで行くことも多かったかな。
すっかり写真を撮り忘れていますが、帰省後~年末までの夕食は
・すき焼き
・鍋焼きうどん、手作りポテトサラダ
・おでん
など。
そんなに凝った料理はしていませんが、皆でワイワイ作って食べるのはにぎやかでよかったです
帰省して2日くらい経って
年末年始の献立表を母やフン太と相談して作成、これを作ることにより、計画的に食材を使ったり買い物をしたりすることができました
2025年12月31日(水)
フン太作の栗きんとんが完成

厳密に言うと、
栗の甘露煮とサツマイモきんとん
美味しくできていました

栗は…父が収穫したのか、ご近所からいただいたのか、忘れました

(お正月用に冷凍保存してあったやつ)
さて、大晦日といえば紅白歌合戦。
地元の新聞(夕刊)には稲葉さんについて大きめに載っていました

実家では大晦日の夕飯が年越しそば。
ちなみにフン太は年越しの頃(夜中)に食べる派でしたが、私に合わせて夕飯派にしてもらっています~
フン太と大量のサツマイモ天ぷらを揚げました
あとエビ天もね。

とにかく、実家に大量のサツマイモがあったので!
フン太と大量に揚げたにも関わらず…翌朝見るとほとんど無くなってました

どうやら母が夜中に帰宅してからたくさん食べたらしい笑
(除夜の鐘のお手伝いに檀家のお寺へ行っていたのです…ご苦労様なことです)
今回の帰省で改めてフン太もびっくりしていましたが、我が両親、年齢の割によく食べる食べる

(決してボケているわけではありません、元々なので

)
あ、夜8時頃にお寺の手伝いに出かけた母を除き、父とフン太と3人で紅白歌合戦を観ていて、その後年が明けて母が帰宅するまではいちおう起きて待っていました(やっぱり心配なので)。
実家で過ごす久ーーーしぶりの年末年始。
年内に関しては割とバタバタと日々が過ぎた印象でした。
(そしてフン太も割と馴染んでた笑)
ではまた。