最近、M&Aで会社が買収され、部長が社長へ、そして平社員の年長者が社長からの指示でマネージャーへと変わった。ところで社長には社長の仕事、マネージャーにはマネージャーの仕事があると思うが、やっている仕事は以前やっていた仕事と何も変わらないし、今まで平社員だった人間も仕事内容はあまり変わっていない。
そして社長は親会社の言いなりで昇給したりする権限も持っていない様子をみて、社長とは何なのか?マネージャーとは何なのか?ということを最近よく考えるようになった。
彼らは上司であり、リーダーであるはずだが、リーダーはこうあるべきだとか会社のあらゆる数値を分析し、指揮をとることもなく、自己研鑽のためのセミナーに出向いたり、勉強をされてる訳でもない。ただ前からいるだけの古株の社員というだけなので年功序列というヤツだ。仕事はこなすもの(作業)であり、努力するという概念がないのだ。彼らの仕事(作業)は近いうちにAIに代替され、仕事がなくなるだろう。
会社の仕組みにも問題がある。何が問題かというと会社が買収され、その過程で社長になった人間は給与面で相応の待遇を与えられたものの、何の権利もなく会社の人間を親会社に従わせるためだけの存在になっているため、すべての責任を放棄して親会社のせいにしている。その仕組みが部下にも適用され、全ての責任を放棄して社長のせいにしている。
今の会社の最高責任者である社長に給与を上げる権限は持っていない。つまり社員に役職を命ずることは可能だが給料は据え置きの上、取って付けたように与えられた役職?のようなものを付けられたからといって頑張ろうとする人間などいない。周りの人間に認められるような仕事もしていない人間が役職に着いても従おうとする人間はいないし、彼らは組織をまとめて統率しようという気が全くない。そもそも各社員が『個』として仕事をするものだから、『集』としての仕事と捉えてないのであれば統率という考え自体がないのかもしれない。
以前私は今の社長から先輩方を乗り越えて役職につける話をされたことがあった。でも給料が伴わない名ばかりの役職など興味がないので曖昧にして逃げた。肩書きが着くと歩合がつく仕事を減らされて、いかにも管理してる風のレベルの低い仕事をさせられ、実質給料が減ってしまうという訳がわからない仕組みになっているのだ。
管理職は人によって優劣はあれど、部下たちをまとめ上げて統率し、時には難しい局面の判断をして窮地を乗り切ったりと最前線で知恵を絞って戦っていく頼れる将軍のような存在という認識だったが、それができる上司が不在という状況もあるようだ。
こういう状況は人生初体験だが、逆にいうと周りに認められてる人間は正式にその立場ではなくても指揮を執ることは可能で、対外的に見てもそういう立場だと思われるらしいってのが自分の肌感だ。
今後自分のやりたいように物事を進め、しっかりと給料をもらうためには他の人間やAIに代替されないような仕事ができることが必須条件である。自分は今何がしたいのか、どれくらい給料をもらって、どんな仕事をして、どのように会社を動かしたいかをしっかり『自分事』として考えて行動すれば、リーダーシップを発揮でき、統率力も上がり、回りからの信頼が得られる。ライフワークとして仕事と生活が近い状況、つまり公私混同の状態で夢中で仕事をしてるとそれができるし、仕事から逃げようとすると仕事に追い回されドツボにはまる。若い世代を見るとライフとワークが離れてるから仕事が辛そうだがこれは本人の持つ価値観の相違なので助言のしょうがない。
最近新しい社員が数人入社した。これによって私がこれまで地道に行ってきた小さな努力の積み重ねが今の会社で行っているほとんどの業務に反映されてどんどん活躍し始めた。何年も前に今後の行く末を自分1人で考えて先回りして環境を整備してきたことが日常で運用されることが普通になり、5年程前に予想した通り結果になった。そしてこれは自分の仕事が周りの人間に正当に評価されたことと同義なのでかなり自信がついた。
まだ私の描いた未来予想図には程遠い状態だが、このままいけば実現できそうだ。面白そうなので次のステップの準備をしながら、スピードを加速させてもうしばらく楽しもうと思っている。私の次の目標は管理職になる!とかではなく、自分自身の商品を創造して商売をすることだ。難しいが諦めずに努力を続けて全ての時間を自分自身に投資する。私に残された貴重な時間はかなり少なくなってしまったので大事に使っていこうと思う。









