孫うまれ

産院の看護師さんに

「おじいさん、どうぞ」

と言われた今日は

おじいさん記念日。

※意味なし

 

ちなみに

昨日、さんれものマスターからは、

さんざん

「おじいちゃん」

と呼ばれましたが、

今日の方が

記憶に残りそうなので。

セミが鳴き始めた本日2025年7月20日10:00~11:30、

第82回の哲学カフェin夙川を開催しました。

 

倒れそうなぐらいの暑さの中、

11名の方で話し合いができました。

 

いつものように

ご参加くださった方々に

話し合いのテーマ案を

出していただきました。

 

①「すでにあるもの」に対して、

「なんで、こんなもんが、すでにあるねん?!」

「違うんでも、ええんちゃうか?!」

という疑問。

 

②おとついのこと。

仕事から帰ってきたら、

ドアの近くで、セミが羽化している最中だった。

その、成虫になりかけのセミと目が合った。

と思ったら、そのセミは死んでいるようだった。

明日の朝、埋葬してやろうと思って、

玄関から出てみたら、

セミがいない。

じつは、生きていたのか?

という話の延長で語られたのが

「現実と夢の区別」のあいまいさ。

 

③威厳って、なに?

※最初は「異言」のことかと

勘違いしていました。

 

④なぜ人はマウントをとりたがるのか?

 

⑤退職代行が気になる。

 

⑥「いい人」って、

どんな人のことなのか?

 

⑦「ここだけの話」と言われて話される「ここだけの話」は

ほんとうに「ここだけの話」なのだろうか?

 

⑧「対話」するのは

「善いこと」と思われているようだが、

ほんとうにそうなのだろうか?

「対話」には暴力の要素も含まれるのではないか?

 

⑨価値相対主義への疑問。

 

⑩話が深まらないことに対する

いらだちのようなものについて。

地域での活動に関するもののようでした。

※私にはまとめられない内容でした。

 

こういったテーマ案が出されたあと、

「話すこと」が

みなさんの提案に共通するテーマ

ではないか、と指摘し、

「会話禁止の喫茶店」

「独り言が多い、わたしの職場」

「カラオケ」

などなど、

参加していない方々には意味不明でしょうが

「ことば」「話し合い」「ただいっしょにいるだけ」

といったキーワードで、

話し合いが進みました。

 

私自身は

「ある場所にある時間いっしょにいること」

の意義を感じさせていただきました。

 

次回は

2025年8月24日10:00~11:30、

阪急夙川駅前「洋麵亭さんれも」にて

開催の予定です。

 

例年は8月に実施しないのですが、

試してみます。

 

この暑さに生き残れましたら、

お越しください。

 

 

 

 

 

 

 

例年でしたら

6月下旬ぐらいから

セミが鳴き始めてた

と思いますが、

鳴かないですね。

 

そもそも

地上に出てきてるのかどうか。

 

一匹鳴いてるな

と、ある場所で思っても、

単発的な感じで、

全然広がっていく感じが

しません。

 

どうしたんでしょうね。