遅くなって
申し訳ありません。

標題の通り、
6月も哲学カフェin夙川は
中止します。

世間では
いろいろと自粛要請が
解除されつつあります。

ですが、
いわゆる「3密」を避けるには
会場の問題と参加人数の問題
を解決する必要があります。

いつもの場所で、
いつものような数の方が
参加してくださった場合、
「3密」になってしまいます。

別の会場の可能性も模索中です。

いつもの「さんれも」さんで実施する場合は
参加者数を制限せざるをえません。

その場合は
このブログで
参加希望の方を募集し、
先着順で参加者を決定する
などの方法をとることにします。

またご連絡いたします。


2020年5月10日現在、
感染拡大もやや衰えつつあるようですが、
油断はできないですね。

6月の開催については
依然、未定です。

決まりましたら、
早めにお知らせいたします。

お時間があるときにでも
ご笑覧ください。
https://www.note.kanekoshobo.co.jp/n/na47565ae476d?magazine_key=m1227e223eb28
外出自粛のなか、
ふだん読まないような(勝手に決めつけてすみません💦)本を読んでみては?

今回紹介するのは
服部文祥編
『狩猟文学マスターピース』
(みすず書房、2011)
です。

突然、ガンであることや
余命が数か月しかないことを
告げられたとき、
あなたはどう思うでしょう。

「なぜ、私が……」

そう思う人が多いのではないでしょうか。

「そんなはずはない」と。

狩猟をおこなう人は、
たとえば猟の対象である熊に殺されることもあります。

また、自分が殺した動物への敬意を
つねに忘れないようにもしているようです。

そんな彼らはふだん、
こう思いながら生活しているそうです。

「そろそろ自分が殺される番が来るかも」

ですから、死に遭遇しても、
「なぜ、私が……」
とは、考えないようです。

「あっ、自分の番が、いよいよ来たのか」
と思うみたいです。

それがわかるだけでも
本書を読む意味があるように思います。