本日2025年8月24日10:00〜11:30、
第83回の哲学カフェin夙川を開催しました。
参加者は11名。
初めての方が一人いらして、
喜ばしいかぎりです。
みなさんが出してくださったテーマ案
を列挙します。
①ほどよく孤独になるとは
どういうことか?
最近、そういうタイトルの出版物があった
とのことです。
②自分を大切にすることで
つまらないことが増えてきている
のではないか?
③お祈りとご利益。
幽霊や宇宙人に出会った
と語る人、
あの世があると信じてる人
について。
④「暑すぎる」ことについて。
⑤居場所を作れ作れと言われるが、
ほんとに居場所は要るのか?
⑥「あたりまえ」について。
たまたま家の壁に
二匹のカマキリがいて、
それを捕まえてカゴに入れてたら、
共食いしていた。
食ってる側のカマキリは
相手を、お腹から食べていた。
やっぱり柔らかいお腹から食べるんやな
と家人に話したら、
「ふつうは頭からやろ」
と反論された。
それで、
「あたりまえ」や「ふつう」は
人によって違うのか
と考えさせられたそうです。
⑦コロナウィルス感染拡大に関すること。
⑧穏(おだ)やかさということばがあるけれども、
穏やかな人などいなくなった
のではないか?
それは「タイパ」や「コスパ」重視
の状況が蔓延した結果
ではないか?
⑨役割を失うこと
について。
最近退職なさった方からの
提案でした。
⑩「気」がつくことばについて。
元気、気力、病気、
気が済まない、気が気でない
などなど、
「気」のつくことばはたくさんある。
では「気」とはなんなのだろう?
こういった案が出てきました。
まず「穏やかさ」のことが気になりましたので、
これをテーマに話し合いを始めました。
穏やかだけど
思いやりや、やさしさがない人
について。
穏やかさとは
自分を守ることなのでは?
おとなしい人のことを
穏やかな人と勘違いしているだけではないか。
やさしさ➕安定性➕経験の深さ➕お金
→穏やかさ
なのか?
「和(なご)やかさ」との違い
とは?
こういった話の延長線上で
「他者のよろこびを
自分のよろこびとする人」
が話題となりました。
たしかに
そういう人はいるのだろうが、
他者によろこんでもらうために
あることをやっているとき、
そこには
「相手に必要とされたい」
という
ちょっとした利己的な欲求
があるのではないか?
その自覚がないと
「恩着せがましさ」に
なってしまうのではないか?
相手によろこんでもらおうと
あることをおこなった結果、
それをおこなった私にではなく、
別の人が感謝されることがある、
そんなとき
複雑な心境になってしまうこと。
相手のためを思って何かをおこなうとき、
その相手からの「見返り」
を求めてしまっているわけだが、
それは求めてはいけないのか?
※「見返り」といっても
金品ではなく
「ありがとう」のひとこと
のことです。
感謝されなくても
相手のためになったのなら
それで満足すべき
という意見があるが、
なかなかそんなふうに思えない
という意見も
ありました。
「穏やかな人」の減少と
「自分を大切にしすぎること」との関連
について
突っこんで考えることができたかもしれない
のに、
そのチャンスがつくれなかったこと
を後悔しています。
それはそれとして、
残暑厳しいなか、
ご参加ありがとうございました。
今回、もっともおもしろかったのは、
「頭からのことば(頭だけの理解)」
「心からのことば(心での理解)」
「肚(はら)からのことば(肚に落ちる理解、「腑に落ちる」こと)」
の話題でした。
毎度意味不明な紹介で
すみません。
次回第84回は
2025年9月21日(日)10:00~11:30、
いつもの「洋麵亭さんれも」にて
実施予定です。