以前観た『グリーンマイル』を

もう一度観てみました。

DVDで、ですが。

 

じつは1回目は

「ふーん」って感じで、

とくに感想もないぐらいでした。

 

今回観てみたら、

なかなかおもしろいですね。

 

3時間の長い映画ですが、

死刑囚や看守のさまざまなエピソード

ネズミのミスター・ジングルズの演技が

飽きさせません。

 

内容的にも

いろんなモチーフがあるようです。

 

その一つは

「もし現代にイエスが現れたら

どんなことが起きるか?」

のように思いました。

 

過去に実行したのと同じく、

ふたたび処刑してしまうのではないか。

 

しかも

それを実行するのは

キリスト教徒なのかも。

 

イエスが現代に現れてこまる

キリスト教聖職者は

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

の「大審問官」他、

何度も描かれてきたモチーフ

なのでしょう。

 

もしかしたら、

あちこちに、

私の隣にも

イエスはいるかも。

 

でも、

それに気づかない私。

 

予想もしなかった

そんなことを

考えてしまう映画でした。

 

 

吉本隆明「現代のむなしさと不信は越えられるか」

(親鸞塾編『親鸞は生きている』現代評論社、所収)より。

 

「なぜ親鸞がいちばんすぐれているかといいますと、

けっきょく仏教の様々な言葉をできるだけ使わないで、

じぶんの言葉でちゃんとしたことがいえていることが、

最大のポイントだとおもいます。

……親鸞の思想は日本の思想家の中で

じぶんの言葉をもっていたといえる、

ほとんど唯一の思想家だったのではないか

とおもいます」。

 

自分のことばで考え発言してきた

吉本隆明だからこその着眼点

なのでしょうね。

 

吉本隆明とか親鸞とか

おもしろい人がいてくれて、

この世も捨てたものではない

と感じます。

 

吉本隆明の

『今に生きる親鸞』(講談社)から。

 

「だいたい、善いことをしているときとか、

言っているときは、

図に乗ることが多いのでは

ないでしょうか。

逆に言うと、

他者が悪いことをしている場合には、

けしからんじゃないかと、

非難することになってしまいます。

 しかし、人間は、

善いことをしていると

自分が思っているときは、

悪いことをしていると思うぐらいが

ちょうどいいというふうに

なっています。」

 

「知識というものは

殺すものなのだ、

と親鸞は言っているのだと

思います。

知識など自慢するやつは

一番バカなんだ。

知識を極めるのはいいことだが、

極めたら、

あとはそれを殺すという道を通らない限り、

こんなものを自慢しているやつは

ダメなんだ。

知識を殺せなければ

嘘なのだということです。」

 

説明の必要が

ありません。

 

「よく知ってるでしょ」

って、

このブログも

知識を自慢していますし。

 

自分がいかに

バカか

自覚させてもらえたような。

 

永井均と並んで

清々しい吉本隆明。