「敵は己にあり」や
「敵は我にあり」
といった表現があります。
たしか野村克也さんも
『敵は我にあり』という題名の著書
を出していたように記憶しています。
「敵は己にあり」と実感したことは
ありますか?
それは、具体的に、どのような経験だった
のでしょう?
これは格言なのか、ことわざなのか、
よくわかりませんが、
「敵は己にあり」を実感した経験
を次回の問いにしたいと思います。
「敵は己にあり」や
「敵は我にあり」
といった表現があります。
たしか野村克也さんも
『敵は我にあり』という題名の著書
を出していたように記憶しています。
「敵は己にあり」と実感したことは
ありますか?
それは、具体的に、どのような経験だった
のでしょう?
これは格言なのか、ことわざなのか、
よくわかりませんが、
「敵は己にあり」を実感した経験
を次回の問いにしたいと思います。
本日2023年5月21日
10:00~11:30、
第76回の哲学カフェin夙川
を開催しました。
いかにも初夏の感じで
いい天気に恵まれ、
9名の方に参加していただけました。
テーマは
「あなたはフィクションから
どのような真実を読みとったことが
ありますか?」
です。
前回は
うその情報にだまされた話、
うその情報にだまされない方法の話
でしたので、
反対に
うそとしてのフィクション
が真実を伝えていたり、
うそとしてのフィクションから
真実が読みとれたりすること
をテーマとしました。
ここでいう「フィクション」は
映画、小説、マンガ、アニメ、詩(歌詞含む)、童話
などなど、
いわゆる「創作」されたもの
のことです。
「真実」を描いているかどうか
にこだわらず、
こころに残る創作物
について
お話しくだされば
と説明しました。
ある方は
「事件記者」というドラマ
を挙げてくれました。
警察署の裏側で詰めている新聞記者たち
を描いたドラマだそうです。
事件やそれを捜査する警察官、
そしてその事件について
何か記事を書かなければならない記者たち
の「真実」が描かれていたのではないか
とお話しくださいました。
『風と共に去りぬ』の小説と映画の両方
を話題にしてくださった方も
いらっしゃいました。
スカーレットとメアリーが
女性の生き方の2つのタイプについて
何か「真実」を象徴しているのではないか
と若い頃に考えた
とのことです。
この方は
パール・バックの『大地』
も紹介され、
「私が死んでも
この大地は残る」
というセリフに考えさせられた経験
をお話しくださいました。
金子みすゞの「わたしと小鳥とすずと」
という詩について
ある方がお話しくださいました。
若い時に読んだことがあるけれども、
そのときは、あまりピンとこなかったのが、
60歳を越えて、ある会合で
この詩を紹介する人に出会い、
自分なりにこの詩を解釈したところ、
すごく楽になった
とのことでした。
それまで、すごく窮屈な生き方をしていた
のだけれど、
この詩に再会して
解放された気がした
とお話しくださいました。
つかこうへいの「飛龍伝」
を紹介してくださった方は
この作品によって、
みかけで人を判断することの浅さ
に気づかされたとのことでした。
農家出身の警察官が
涙を流しながら
運動家の学生を抑えつけている場面
を、特に取り上げてくださいました。
取り締まるという役割を果たしている人が、
みな、同じ動機でその役割を果たしているとは
限らない。
こういうふうに書けば、
誰もが「そんなの、当たり前」
と言うだろうことについて
心底から自分で納得した
という経験だったのではないかと
聞き手として勝手に想像しました。
映画『心の旅路』『明日の記憶』
が描く、夫婦の愛情
のお話や、
映画『七人の侍』の「スーパーリアリズム」と
石原裕次郎の「恋の町札幌」
のお話も、おもしろかったです。
※『七人の侍』については
ふんどし姿の三船敏郎の
お尻の躍動感
も話題にしました。
意味不明で
すみません。
事実と真実との違いや
「真実」と信じた偏見のおそろしさ
などにも話が及び、
話が尽きませんでした。
次回は
2023年6月18日(日)10:00~11:30、
場所はいつもの「洋麺亭 さんれも」
にて。
テーマは未定です。
なるべく早く決めて
お知らせします。