3月29日、知覧にて。
「三角兵舎」
特攻の命を受けた隊員達が最後に過ごした場所である。
屋根だけ地面に出ていることから「三角兵舎」と呼ばれた。
偽装のため屋根に樹木が被されてたのでじめじめしていたという。
隊員達はここで”談笑”しながら、遺書を書いていた。
見学者が一人
(スルー!)
知覧特攻平和会館を背景に(中は撮影禁止)
知覧特攻平和会館を背景に(中は撮影禁止)
遺書の多くは、親より先立つお詫びと家族を案ずる内容。
「長い間、お世話になりました」
長い間・・ 皆、僅か20年前後だ。
桜がとても綺麗だった。
「あんまり緑が美しい。
今日これから死に行く事すら
忘れてしまいそうだ。
真っ青な空
ぽかんと浮かぶ白い雲
六月の知覧は
もうセミの声がして
夏を思わせる。
作戦命令を待ってる間に」
枝 幹二大尉 (22才で散華)
この他、人間魚雷等、多くの若者が戦地で散った。
政治屋達よ、知覧に行ってアタマ冷やせ~ぃ!
「知覧」、それこそ「必死」だった。


