副業・兼業をしている社員さん。たとえば、A社で働いた後、B社に移ってまた仕事をする。すると、1日に、8時間以上働く日が出てくることもあるかもしれません。労働者に、1日に8時間以上働かせた場合は、使用者は、労働者に割増賃金を払わなければなりません(労働基準法第37条)。では、A社かB社か、どちらが割増賃金をはらわなければならないでしょうか。
たとえば、A社で7時間働いた後、B社で3時間働く社員さんの場合はどうでしょうか。この社員さんは、1日の労働時間が10時間になり、2時間の超過勤務になります。
たしかに、1日通算したら10時間にはなりますが、各会社では、8時間以内ですので、そもそも割増賃金は発生しない、と思われるかもしれません。しかし、そうではないんです。労働基準法第38条に、
「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。」
とありますので、その労働者自身の、1日の労働時間は、2時間の超過になり、誰かが割増賃金を払わなければなりません。
では誰が?
その日に、後に働いた会社が払う、と思われるかもしれません。たしかに、超過勤務は、本来の勤務をしたあとの勤務と思いがちです。ですので、8時間働いた後の、8時間を超過した労働時間ですので、後の会社、このケースではB社と考えられます。実際労働基準法第38条を素直に読んだら、そう考えてもしかたないですね。
でも、ことは、そう単純ではありません。厚生労働省労働基準局長「副業・兼業の場合における労働時間管理に係る労働基準法第 38 条第1項の解釈等について」(基 発 0 901 第 3 号令 和 2 年 9 月 1 日)を見てみましょう。
当通達第3「労働時間の通算」の2「副業・兼業の開始前」に、
「自らの事業場における所定労働時間と他の使用者の事業場における所定労働時間とを通算して、自らの事業場の労働時間制度における法定労働時間を超える部分がある場合は、時間的に後から労働契約を締結した使用者における当該超える部分が時間外労働となり、当該使用者における 36 協定で定めるところによって行うこととなること」
とあります。つまり、あとに労働契約を結んだ方が、割増賃金を払わなければならない、ということになります。このケースでは、A社と先に労働契約を結んでいたとすると、あとに労働契約を結んだB社が、B社が先に労働契約を結んでいたらA社が、2時間分の割増賃金を払うことになります。
では、この社員さんが、ある日、先に労働契約を結んだA社(所定労働時間8時間)で9時間働いた後、B社(所定労働時間3時間)で4時間働いたとします。通算して、13時間。5時間の超過勤務についての割増賃金は、やはり後に労働契約を結んだ方が払うことになるのでしょうか。
この通達に従って、考えてみましょう。当通達第3「労働時間の通算」の3「副業・兼業の開始後(所定外労働時間の通算)」に
「2の所定労働時間の通算に加えて、自らの事業場における所定外労働時間と他の使用者の事業場における所定外労働時間とを当該所定外労働が行われる順に通算して、自らの事業場の労働時間制度における法定労働時間を超える部分がある場合は、当該超える部分が時間外労働となること」
とあります。
まず、A社の所定労働時間は8時間(①)、B社の所定労働時間は3時間(②)、①+②=11時間ですので、法定労働時間を3時間(③)超えています。これは、先にあげた、当通達第3「労働時間の通算」の2「副業・兼業の開始前」に基づいて、B社が割増賃金を払います。
「自らの事業場における所定外労働時間と他の使用者の事業場における所定外労働時間とを当該所定外労働が行われる順に通算して」ということで、A社では所定外労働時間は1時間(④)、B社では1時間(⑤)ですので、所定外労働時間の通算は2時間。そして「自らの事業場の労働時間制度における法定労働時間を超える部分がある場合は、当該超える部分が時間外労働となること」ですので、A社の分での所定外労働時間の1時間(④)は、法定労働時間を超えていますので、A社は、1時間の割増賃金を払うことになります。
また、後に労働契約をしたB社については、同じように、所定外労働時間は1時間です。B社では、4時間しか働いていないので、法定労働時間を超えた労働時間はないように思いますね。しかし、すでに法定労働時間を超えた労働しているわけですから、元から超えている時間(③)と、B社での所定外労働時間(⑤)を加えた③+⑤=4時間分の割増賃金を払うことになります。
では、こういったケースはどうでしょうか。A社(所定労働時間3時間)で4時間働いた後、B社(所定労働時間4時間)で6時間働いたとします。労働契約は、B社が先に結びました。
まず、A社B社の所定労働時間を通算します。A社は3時間(①)、B社は4時間(②)ですから、①+②=7時間(③)。法定労働時間を超えていません。さて、A社はで4時間働きましたので、所定外労働時間は1時間(④)、B社では2時間(⑤)。③+④+⑤=10時間ですので、法定労働時間を超えています。そこで、所定外労働時間の通算をします。この場合、所定外労働時間が発生した順に通算することになります。④と⑤では、④の方が先ですので、法定労働時間を超えた1時間(8-③)については、④から通算するkとになります。このケースでは④は1時間ですので、A社は、割増賃金を払わなくてもよいことになります。一方でB社は、後で発生した所定外労働時間の⑤について、法定労働時間外となり、割増賃金を払うことになります。
先に労働契約を結び、わが社の法定労働時間を超えていない分でも、割増賃金を払うことになる場合があることに注意が必要です。
ということで、副業・兼業をする社員さんがいる会社は、その労働者が、よそでどれだけの時間働いているかも把握しなければなりません。当通達第2「 副業・兼業の確認」では、
「使用者は、労働者からの申告等により、副業・兼業の有無・内容を確認すること。その方法としては、就業規則、労働契約等に副業・兼業に関する届出制を定め、既に雇い入れている労働者が新たに副業・兼業を開始する場合の届出や、新たに労働者を雇い入れる際の労働者からの副業・兼業についての届出に基づくこと等が考えられること」
とあり、また当通達第3の1の(2)「通算される労働時間」に
「法第 38 条第1項の規定による労働時間の通算は、自らの事業場における労働時間と労働者からの申告等により把握した他の使用者の事業場における労働時間とを通算することによって行うこと。
労働者からの申告等がなかった場合には労働時間の通算は要せず、また、労働者からの申告等により把握した他の使用者の事業場における労働時間が事実と異なっていた場合でも労働者からの申告等により把握した労働時間によって通算していれば足りること」
とあります。つまり、社員さんからの申告によって計算するように、ということです。
副業・兼業する社員さんの労働時間把握について書きました。なんだか難しいな、めんどくさいなとお思いになったかもしれません。当通達では、簡便な労働時間把握の方法についても書かれています。これについては、また稿をあらためます。
当事務所では、具体的な計算についてはもちろん、就業規則など副業・兼業制度の構築についても、ご相談を承ります。気軽に、お声がけください。
蛇足ながら。「自らの事業場の労働時間制度における法定労働時間」とはなにかといいますと、法定労働時間は、通常1日8時間、週40時間なんですが、変形労働制をとっている場合、1日10時間働かせた日があれば、法定労働時間が10時間になります。当然、その分労働時間を短縮した日がある場合は、その時間が法定労働時間になります。(その社員さんの通算労働時間)-(その社員さんの法定労働時間)=(割増賃金がかかる労働時間)ですので、副業・兼業先の法定労働時間が変わると、割増賃金が変わってきます。ですので、社員さんが副業・兼業した先の法定労働時間も、こちらとしては把握しておかなきゃなりません。また、フレックスタイム制の場合は、清算期間が終わって労働時間の清算をして、割増賃金の計算をすることになります。
参照
副業・兼業の促進に関する ガイドライン わかりやすい解説
これは、とてもわかりやすく書かれています。ぜh、ご覧ください。