オレンジ色は元気の色!
明日元気になるために昨日や今日を振り返って一言
…つれづれなるままに日暮らし電脳機器に向かひて…
唯一の夏の思い出
このご時世でできることは限られる。
fumikonです。
時代が変わって
世の中が変わって
休暇とコロナ問題で
人生で最も休暇をまとめ取りした夏。
まあ、そもそも休暇とらずに出勤していた過去を振り返れば
自分のアイデンティティを保つためだったのだと自嘲。
しかし、突発的なことには対処も必要で、
コロナのデルタ株のおかげで
今年も大きな予定変更を余儀なくされ、
休暇ぶっちぎって出勤して外回りした日もありました。
そんな中、
何もできないのも嫌だなと、
だけど、自分が好んで観たいジャンルの
映画ではないんだが…
しかし、休暇中だから舞台挨拶を見に行く
絶好のチャンスなんだよな…
どうしよう、どうしよう…と
悩みながら抽選に参加したら
ご縁あって当たりました。
宝くじとは違う価値。
ここのところ数年にわたって
ずっと応援している俳優さんの
渾身の演技とご本人参加のトークショー。
この抽選に当たればご縁があり、
当たらなければそこまで…と思っていましたが
何かのご縁がありました。
孤狼の血level2
昨日、舞台挨拶と映画、観てきました。
丸ノ内TOEI1 16時の部。
マスコミの皆さんもたくさん来ていました。
館内は暗く、
買ったパンフが読めない二階席に座りました。
ソーシャルディスタンスを保つため、
席は一つおき、目の前に人が座らないよう
互い違いという形。
すべてがよく見えるように、
たまにしかかけない
老眼ピンボケ矯正眼鏡をかけました。
マスク顔もあいまって、
パっと見が30~40代に見えるらしいfumikonも
すでに四捨五入すれば還暦なお年頃。
スクリーンが大きく見える位置で
よかったと思いました。
スクリーン前にはアクリルの大きな衝立が六枚。
誰かが立って並ぶのは一目瞭然。
そうして、ハリー杉山氏が登壇して
トークショーが始まりました。
もちろん、目当ての俳優、鈴木亮平さんは、
グレーのスーツでスラリとした立ち姿。
映画の中の凶悪なキャラが結びつかないようで、
しかし、
少しながら
演じた自分の中の残り香が燻る
顔つきになっているような瞬間も
あったような気が勝手にしていました。
亮平さんは、
自席の斜め右前に座っていた二人組の
亮平Tシャツを着ていたお姉様方に
気づかれたのかはわかりませんが、
二階席にも目線を流していたように
見えました。
たまに目頭を押さえていたのは、
感極まったのか、
それとも、コンタクトがずれたのか
それもよくわかりません。
でも、ファンとしては、勝手に
感極まったのだと解釈してます。
そういう姿を見ながら、
エピソードや
杉山氏の無茶ぶりな質問など
トークショーの時間は過ぎて
その後番宣スチルとVTR撮り。
マスコミの仕事の速さは、
帰宅するまでに
もう記事が何本も上がっていることで
知りました。
さて、
映画はネタバレしないように
感想を述べますと、
鬼気迫るシーンが多く、
お役を生きるうえで
こんなにしんどいものはないだろう
というのが、
亮平さんだけではなく
全体に対しての感じたもの。
R15だけのことはある、
という際どいシーン、
ここまでよく振り切った…ということ。
そして、
インタビュー記事の
亮平さんのコメントで
どれほどこの役と向き合うのが
たいへんだったのか、
ということは一旦置いといて
上林の姿を追いかけて観ていて、
ふと、
中学時代に
一緒に学級委員をやっていた
ある男子のことを思い出しました。
私の故郷は
広島ではありませんが、
そこそこ、
この映画で描かれるような世界の
ガチ勢の方々が
跋扈していた場所でした。
中学を卒業したら
当たり前のように高校進学をする人以外の
行き先は
まずは自衛隊。
私の世代はツッパリブームだったので、
クラスの三分の二が剃りこみか聖子ちゃんカット。
そうやってツッパリ続けて学業向きではないと
自覚した人がクラスで2、3人ばかり
自衛隊に進路を決めていました。
卒業後に制服姿で出くわして、
他人に全く興味がなかった自分の無知を
知った…ということがありました。
しかし、それよりも、さらに一年経ったあたりで、
中途半端(失礼ながら)に軽いリーゼント頭だった
中三後期学級委員の相方が
入学した高校の学ランではなく、
上林と真逆の色のスーツ(黒地に白ストライプ)で
いわゆる「ガチ勢」のバッヂをつけて
近所の橋を渡っている姿を見かけ、
高校の制服姿の自分は
声などかけられるわけもなく、
別世界に行ってしまったでっかい彼の背を
ぼんやり見送ってしまったこと。
・・・まず思い出してしまったのはこれでした。
そして、
些細なシーンかもしれませんが、
毎熊さん(この方も密かに応援していますが)演じる舎弟が
カチコミに行く前に、
犬を撫でまわして、上林にシバかれていたところ。
よく、「ガチ勢」の皆さんのことを知って作っていらっしゃる、
と思いました。
私の故郷の特性が前述のとおりなので、
噓偽りなく述べれば、
白波かぶって故郷を出奔するまでの
三年近い間、
住んでいたアパートのお隣が
「ガチ勢」の事務所だったことがあります。
そこの皆さんは、
とっても犬をかわいがっていて
セントバーナードとか雑種とか
大きかろうが小さかろうが
彼らなりの「かわいがり方」をするのです。
犬の方も人懐っこくて
バカなの?、バカじゃないの?、という
対応をする。(躾しといてほしかった)
母がセントバーナードに飛びつかれて
倒され、嘗め回されたことがあり、
ボディペインティングで
かわいがられていた雑種犬が
ひき逃げされて死んでしまったときは
骨壺をわざわざガラスケースに入れて
道ばたにおいていたりして。
いつもスーツを着ているわけではない、
ジャージ姿のアイパー頭。
でも、
もしかしたら、
孤狼の血の世界で描かれているような、
カタギの知らないところで
何をやっていたかについては
わかりません。
本当に、
観に行くのを迷った理由の一つは、
この記憶をもとに
映画のリアル感を評価しかねなかったから。
「お役を生きる」というエンターティナーの
俳優さんたちに
リアルの端っこを知っている自分は
出来上がった作品を
重箱の隅をつつくような見方をしては
いけないな、と思いながら観ていました。
知らなければ知らないなりに、
俳優の先輩方の映画や資料から
学ぶ役作り。
選んだ町のロケーションや歴史から
生まれた架空の町での出来事。
どれも、血の通った作りであったから、
つまらないと寝てしまうfumikonが
一睡もせず、
買ったコーラ一飲みもできずに
見入った約2時間でした。
観る後悔と観ない後悔。
観る後悔を選び、
そして、「後悔」は「何か別のもの」に
変わりました。
爽快感はないけれど、
そこに、
確かに、
上林組の存在がよく見えていました。
日岡は
先輩の後継として動くには
未成熟で見通しが甘い人であり、
また、違う意味ではかわいそうな人。
そして、
ホントの悪(わる)は
なるほどな、そうきたか…
という展開。
ごめんなさい。
上林に肩入れしてます。
ファンなので。
彼の人生をなぞって生きた
亮平さんは
さぞかししんどかったと思います。
ずっと抱えて、
作品が公開されるまでは、
今やっている仕事も積みあがるので、
人殺しと人助けのキャラと、
これからまた観られる
いくつかのキャラが
キャパオーバーしてたのかな、
と、
ふと思ったところです。
仕事に恵まれるのは幸せなことです。
私は故郷を離れたときに
心のよりどころを
一旦すべて失ったので、
その後、東京で職を得た時、
これでもう喰いっぱぐれない、
仕事は宝物だ、
と思って働き始めました。
コロナ禍で
仕事がなくなる恐怖は
当時の
心のよりどころを失った
私自身と重なるところも
あります。
だから、
いつもよりきっと
一つ一つの仕事を愛おしみ、
大切にしたいと思う
亮平さんはじめ、
俳優やスタッフの皆さんの
いつにも増した
熱のある姿が詰まった作品だと
強く感じています。
あとは、
世に生まれ出た
この作品から
どうか心を解き放って
手にした宝物の「仕事」に
精一杯、
けれど無理せず
向かってほしい。
ネタバレせずに
書けるコメントはここまで。
今年の夏の唯一の思い出。
fumikon@明日からフルスロットル仕事…でした。
2021年が始まりました…年始に思ふこと
あけましておめでとうございます。
とりあえず、生存しています。fumikonです。
今年の年始は静かに暮らしています。
自分の人生で55回目の正月。
ここは数年はすでに、正月の日々自体が
ある意味食傷気味ではありました。
しかし、
どう考えても、
自分の人生の白波よりも
そして、
昭和の終わり数日前の自粛の日々よりも厳しく、
世界中が試練に立たされている中での正月は初めて。
なんだか、粛々とやってます。
小さき者たちへの演劇の活動は
音読劇作成の授業と
部活動を粛々とやっています。
そして、
オンライン授業動画の構想を練っています。
旧年中にうれしかったことは、
二十年前まで足しげく通っていた歌舞伎座で
一番応援していた九代目福助丈が復帰して、
少しずつ元気な姿を見せてくださること。
励みになっております。
そして、
鈴木亮平さんの活躍を見ることができたこと。
お役を生きる姿を見られる
映画やテレビの演技もいいけど、
(もちろんまた見られるならば舞台も)
ラジオや語りとか、
心が温かくなる声がいいな、と思っています。
仕事柄、物語教材の音読で聴きたい声。
それほどこだわるのはなぜか
わかってきたことは、
年を取って顕著になった、
テレビの画面を見るのが辛く、
お芝居なども
聴覚第一、視覚はその次、
という接し方をしている自分。
人間、
生まれてくる前は聴覚で外界の音を探り、
土に還る時が迫る頃も、
目を閉じていても耳で周囲の音を聞いている
のだとか。
五感の中で、最も長く使う感覚は
聴覚なのだと、
個人的に思っています。
ならば、
耳触りのよい音と心地よい声に包まれたい。
それが、一番の贅沢。
生きているうちに、
どれだけの耳触りのよい音に出会えるか。
小さな楽しみにしています。
年賀状、これからお返しの支度中。
今年も未知との遭遇は続くようです。
今この時も医療の最前線で闘っている皆さんに敬意を表し、
私達にできることを探りながら、
明日を信じて生きていきましょう。
fumikonでした。
教員生活晩年に差し掛かっての新しい取り組み
今のところ最長で
あと10年もやっているかわからない
明らかに先の短い教員生活なのに
まさかの取り組みをしている
コロナ禍のおかげで
学校というところが
全面的には推し進めていなかった
on-line授業について
とんでもなく進んだり
とんでもなく躊躇ったり
とんでもなくパニくったり
している
学校から離れて久しい大人の方々は
もっと進んでいたと思っていたのか
それとも
相変わらず根幹は昭和レトロと思っていたのか
それはよくわからない
現場としては
通常授業ができなくなって
まずは何か学習材を提示するにあたり
IT整備状況の大きな差異を
埋めるべく動くのだが
on-line授業に寄せる期待は
高いと言えば高かったようだ
しかし
在宅でも通学時と変わらない授業を
するのはとんでもなく大変なことで
とりあえず
一方的な学習動画を作ることになった
双方向でできているところがあるとはきいているが
それは
もうすでに
生徒一人一人にタブレットが渡っていたり
通常登校できていた頃に
試験的に家庭学習のための
ICTソフトを導入していたところなど
学校単独というよりは
バックアップ体制が整っていて
初めてできることだ
現場は
踊りまくりだった
昨日の会議で暫定的に決めたことが
同日午後の
お上からのメールでbomb!と吹っ飛んでしまう
ソフトやツールを導入するにも
金と機器貸与どうするのか
とか
アカウント配付
とか
そもそも導入して
教員が授業ツール準備してなかったら
元も子もないのだから
動画準備だ
単元どこにする
クオリティは
…
…
…
そうして何度もbombしながら
今日に至っている
分散登校が始まっても
授業は平常に戻らない
そうして
教員生活晩年に差し掛かっている
私は
今
思いもよらず
新たな取り組み
つまり
自分の授業を
PCの中で黒板動画にして
声をつけて
どこまで再現できるかに
一方的に
挑戦している
いくら頑張ったところで
生徒が見てくれないと意味がない
on-line教育は
これからなのだ
問題山積でも
ピンチはチャンスなのだろうか
もう
句読点すっとばしてる
fumikonでした
日本語学者の端っこからみる「感染」と「保菌」、そしていろいろな違い
毎日、ニュースソースで確認する
「感染」という言葉。
ウイルスは自分で動かない
人が運ぶもの
と言うこともよく聞く。
しかし、
私達の中で
「人が運ぶ」ということは
運んだ人は必ず「感染」しているのか?
という疑問を持たずに
日々発表される「感染者」の数を見てしまうと、
ほんとうはもっと…
とか
国は対策が…
などと
不信と不満が膨らんでいくだけのように感じる。
かなり昔になるが、
学校の先生は「健常保菌者」だから
と、ホームドクターから言われたことがある。
常に一人で
40人近い生徒と
対面する仕事であるため、
流行性感冒(いわゆる風邪)や
インフルエンザなど、
生徒が学級閉鎖並みに複数罹患しても
教員の方では
予防接種をしている場合もある一方、
案外かかりづらい体質の人もいる。
かくいう私も
一昨年の1月末に
インフルエンザに罹患したが
それ自体
25年ぶりであった。
毎年必ず
生徒の誰かがかかっているのに
自分が毎年かかっていないのは、
たまに予防接種する年もあるけれど
そうでなくても
「健常保菌」で耐えてしまっていたのかも
しれない。
ネットで調べても出てくる程度のことで
比べてみる「感染」と「保菌」という二つの言葉。
「感染」には「感染性が高い」の意味があり
「保菌」には「感染性が低い」の意味がある
とのこと。
今の状況をとらえて考えると、
発症して、隔離を含む医療行為が必要となるのが「感染」
発症せず、隔離を含む医療行為には至らないのが「保菌」
と考えて言葉の使い分けを浸透させてもらえると、
自分のことも他の人のことも考えやすいのではないか。
そして、医療とライフラインに携わる人々も
そうでない人も等しく
発症していなければ
「感染者」ではなく「保菌者」である
という認識で互いを思いやりあいたい。
一見、自分も他人も
見ているものや感じていること、
そして読解力が同じであるという考え方に
勝手に陥りやすい私達は、
得てして
言葉の行き違いで
簡単に互いを傷つけ合っててしまう。
同じ教員同士でも
学校のルールをなぜ守らせるのか、
という問いに対して、
「ルールだから守らせる」という答えと
「生徒の身の安全を守るため」という答えに
分かれることもある。
順法精神を育むということを目的にすれば
前者だけでよいかもしれないが、
校外での身の安全のリスク回避であれば
後者というものの見方もある。
しかし、
ほとんどの人は一度に思い浮かべる考え方は
まずは一つであろう。
だから、自分と違う考え方や行動の人を
すぐには受け入れられないのだ。
ここに出した指導の仕方について、
私は圧倒的に後者の考え方になりがちで、
前者の考え方になる同僚とは
生徒を前にした指導のニュアンスが異なるため、
訝しがられることがよくある。
ルールを守るという理由だけで
立ち向かおうものならば、
あえてルールをやぶる生徒や
そもそもルールを知らない生徒への指導は入っていかない。
強面で指導のできる人は順法精神だけで押し切れるけれど
今は強い言葉も暴力扱いされて使うことはできない。
強面のない者にとっては
「生徒本人の身のためになる理詰め」で
諭していくしかない。
一時のストレスや怒りだけでルールを破り、
事と次第によっては噴火するがごとく周りを傷つけ、
我に返って冷静になれる場所も
安心ややすらぎを与えてくれる人も
失う絶望を迎えることのないよう、
ルールを作っている、ということを
伝えるのが生徒指導だと
私は勝手に思っている。
今の「感染者」のイメージが、
薬のない未知の部分が多いため、
恐怖と行動制限のストレスがかかり、
医療やライフラインの最前線で働いている人や、
発症した人たちが批判や差別にさらされたり、
症状が出ていても自分から言い出せない人たちを
増加させているところがある。
症状が出ている可能性のある人は、
批判や差別と自分の命のどちらが大切か、
ということを考えて、
自分の身体の安全を守る判断をしてほしい。
そして、
お医者さんや看護師さん、
宅配の人、
ゴミ収集の人、
止めることのできない工事の人や
ライフラインを守っている人の立場を
思いやりながら、
コロナに向けるべきストレスを
一方的にぶつけないようにしなければいけない。
今、
他人に対して口にする言葉が
否定的になっているならば、
うかつに声に出さないで
要らない紙に書いて封筒に入れて
ビリビリに破いてゴミ箱に捨てるだけでも、
ストレスは減ると聞いたことがありますよ。
そして、
「感染」と「保菌」という考え方で、
コロナに対するものの見方を整頓し、
今、日本中にいる人一人一人が
すくなくとも「保菌」はしているつもりで
生活をすれば、
気持ちの整理もしやすくなるのではないか。
自分にはできない医療の仕事や
ゴミ回収の仕事、
宅配の仕事、
家や道路の工事や修理の仕事、
不要不急でない
皆のための仕事をしている人は
最前線で命を張っている人々。
少なくとも
「いつもありがとう。
皆さんがいてくれるから
私達は生きていられるのです。」
と心の中で思って暮らそう。
fumikonでした。
本当は・・・
縮小しながらの卒業式を実施したとき、
すでに手に入りづらくなっていたマスク。
答辞の指導で代表生徒を呼んだ際も
ベージュやピンクしかもっておらず、
色にこだわっている場合ではない
生命第一だから・・・と当たり前のように思っていた。
そんなこと、3月の時点でわかっていた。
それを今、
白指定するのは完全に違う。
(「・・・気がする」というのではなく、言い切れること)
私達教員がそれを強要してはいけない。
滅多に会えない休校中。
次の登校日に言いたくないこと。
身だしなみは頑張ってほしいものの、
整髪ができていない可能性が十分にあるので、
髪の伸び具合は不問にしてあげたいと、
個人的には思っている。
しかし、
学校というところ、
この辺も従前のルールを適用しようとする可能性が
ないとはいえないので、
個人的には不問にしたいところ。
学校は「小さな井戸」のようなものであり、
教員は「井の中の蛙」のようなもの。
そういう状況に陥りやすい面がある。
私達教員は、
生徒に声をかける際
自分のおかれている社会の状況を鑑みて
生徒を思いやれる言葉を選びたい。
今の状況は、
現役教員ほぼ全員が
誰も味わったことのない国難の最中。
自宅でできることは、
授業再開へ向けての準備、
休業延長を見越した課題の準備、
といったところ。
公立学校の職場では
各家庭の電話番号は個人情報なので持出禁止。
個人情報を持ち出せない限り、
職員室から生徒への電話連絡は欠かせない。
ホームページの更新すら、
出勤しないとできない仕事なのだ。
出勤は命を張って自宅と学校の往復。
・・・もし、それが、
人との接触8割減に抵触するなら、
もう、それは、
生徒とコンタクトをとるすべての仕事を止めるしかない。
医療従事者の方、
消防・警察の現場の方々、
スーパーなどの販売員の方々や
運輸に関わる皆様、
電気・ガス・水道といった
ライフラインを守る仕事の従事者の方々、
ゴミ収集などの清掃活動を担う皆様が
今、休むことなくこの国を支えてくださっています。
その感謝、尽きることはありません。
命を張る最前線の皆様に比べると、
教員なんぞは後方支援にもなっているかどうか。
しかし、この状況にあっても、
私達は
生徒の未来を支える仕事があれば
やるだけです。
もし、それが、最前線の方々を支えている
ということになっていれば幸いです。
生徒の皆さん、
学校の先生と電話で話せる機会の中で、
困ったことがあったら、
小さなことでも遠慮せず
お話ししてください。
今なら、いつもよりは伝わると思います。
心に余裕があれば、
「心配いりません」と言えると思いますが、
そうでなければ、不安を言葉にしていいのです。
保護者の皆さんも同じです。
家庭学習での不明なことや
休校が続く中での不安なことも
あれば、まず、「あります」と伝えてください。
そして、改めて話せる時間を作りましょう。
一つ、しっかり話を伝えるコツは、
学校からかかってきた電話で
一度にすべてを話そうとするのではなく、
改めて話す時間がほしいということを
伝えることです。
教員からの定期連絡では、
他の家庭にも順番でかけているので、
すぐに長くお話をきけない場合があります。
申し出があれば、
改めて話しやすい日時や時間帯を
決めることができますので、
あらかじめ流れを考えてお話ししてください。
stay home
こういうことは
誰に言われるでもなく、
私達一人一人が実行するだけ。
fumikonでした。
どうやって・・・
5月7日になったら
急に止めた時間を動かすことなんて
できないのではないのか?
そう簡単に乗り越えられる
ものではないと痛感中のfumikonです。
生徒のいない学校に
生徒が戻ってくる日。
そうあってほしい5月7日ではあるが、
今もって
三密防止を是として
職員室も最低限の人数で
交代勤務。
自宅で
授業や課題の準備とシミュレーション。
そんな中で迎えるであろう
この日。
急に6時間授業再開で~す、
なんて、できるわけないと
個人的には思っている。
4月のたった一日の登校日に
時間制限の中、
クラス発表と教科書配布。
新入生は、
入学式をやったところでも
超短時間、かつ、教室には入れないで
教科書配布のみ、とか、
入学式延期となったところは、
まだ何も・・・
というところもある。
そんなわけで、
対応がまちまちの中、
今できること、できないこと、
やってはならないことは何か。
個人の私見ではあるが、
私は次のように考えている。
従前の形態で授業ができるのか。
・個人的には難しいと考えている。
生徒の人数が少ない、または、
空き教室の数がHRクラスと同じ数あれば、
全員を登校させて対応する方法を考えられるけれど、
そうでなければできないし、
分散登校となれば、
自ずと時間割も変則的にせざるを得ない。
また、飛沫や唾液感染を防止するならば、
同じ方向を向いても、給食も弁当もまだ厳しいと思われる。
ということは、午前・午後で分散・半日登校となるのではないか。
三密を防ぎながら授業ができるのか。
・クラスに全員収容すると少なくても30人は軽く超えるので、
二つのグループに分けて少人数授業にする?
・教員の一斉授業でのトークは
飛沫を怖がられることもあるので、
ICT機器であらかじめ内容を整頓したり、
音声や動画を録音録画して、
要点整理の授業にするべきか ?
(すでに動画アップしてる自治体もあるようですが)
・体育の授業は原則校庭で行い、
雨天などで体育館を使う際は
合同授業にしない方がよいのか?
・副教材のワークを活用し、
自宅での自学独習を徹底させるべきか?
昨年度の積み残しをどうするか。
・中3は入試もあり、なんとかしなければならない。
・中1・中2は行事を減らして授業をなんとかこなす。
・中1の小6積み残し課題どうする?
複数の出身小学校があるので、
一番多く積み残しがあるところに合わせる?
行事はどこまで精選していくのか。
・運動会や文化祭など、先に延ばしたとして、
従前の準備時間や当日のプログラムが組めるのか?
・外部講師を呼んで行うものについては
取りやめてよければ削るべき。
→コロナ禍以前は各学年または学校全体で
複数回入れていたが、授業保障(保証)のためには
それどころではないのが現状。
・校外学習どこまでやるべき?
→修学旅行は秋以降に延期または中止という選択肢。
すでに中1の宿泊は中止。中2も微妙。
職場体験は、事業所様のことを考えると、
確実にご迷惑になってしまうし、
今、アポイントもとれる状況でないため、
個人的には「今年は中止」という英断を待っている。
部活動はどうする?
・午前と午後の授業が正常化して、
「放課後」の時間が確保されて初めて復活か?
・すでに運動系は練習もできず、
大会もなくなってきている。
・いつ正常化するのか・・・まだ考えつかない。
高校入試どうするのか?
・ここまで休校した前例は、
戦時中までさかのぼるだろう。
当時は、まさに勉強どころではなかったわけで、
今はまだ、本人のやる気があれば
家庭学習で綱渡りをすることもできるだろう。
しかし、入試となると、
前年度までのようにはいかない点も
当然あるわけで、考慮願いたいところである。
その他
来年度から教科書が改訂されるし、
新指導要領に基づいた評価の準備もある。
やれテレワークだの、
リモート授業しろだの、
いろいろとニュースソースには上がっているが、
今の職場で考えても、
それはまだ、非現実的。
本気でそうしたいなら、
一日も早く生徒全員にタブレット配布してください。
って、誰がやるの、それ?
ちなみに、
子どもって、意外とツール使いこなしていて、
親にケータイ取り上げられても、
勉強用に与えられたIpadとか
ゲーム機とかの通信機能で、
友達とコンタクトとってたりしてます。
いっそ、nintendoとか
ゲーム機でもできるものなら
リモート学習の協力もらえばいいのに、
と、ど素人が勝手に思いました。
机上の空論を山のようにたてて、
その98%が使えなくても
2%が実行できれば御の字。
それが、今の教員の仕事。
fumikonでした。





