橙色的粉筆~オレンジ色のチョーク~ -3ページ目

メガネを買い直す

昨日、久しぶりに

メガネを買い直しました。

fumikonです。


前回買ってからもう5年以上。

仕事に支障があるほど近くが見えず、

遠くもぼやける。

頼りたくないから

普通はかけないけれど、

致命的なのは、

仕事柄、

文字の間違いを糺すことが

厳しくなってきたこと。


プロジェクターを観るときは、

最前列にいないとぼやける。

これはもう老眼だろうと。

そもそも乱視だったので、

もうだめだ、

仕事も制限され、

もう余生の目的を模索して

いつ引退か、

とばかり考えていた。


亭主がメガネを新調するというので、

近所のメガネ屋へ行った。

おまえもどうだ、というので、

安いのでいいから誂えるか、という

軽いノリで、

視力測定に臨んだ。


左目の乱視が原因で、

全体的なピントがボケていたとのこと。

右目が存外正常なのだと知ったが、

左目が治るわけではないので、

3wayの遠近とサングラス付きの

変わり種なのを買うことにした。

元の乱視用のメガネに、

遠くを見るときと

近くを見るときで

別のレンズを

プラスして装着するタイプ。

サングラスにしたければ、

さらに別のを装着する。

常にかけるなら

とてつもなく面倒だが、

fumikonとしては、

頻度がそれほどでもないだろうから、

軽い着せ替えの気持ちで楽しむことにした。


今のところの楽しみ。


fumikonでした。

令和の夜明けに寄せて・・・二度の「改元」に立ち会って

【令和になった瞬間何してた?】と言われれば、

 

ボーッとして、

 

テレビが流すカウントダウンの喧噪に

 

「ああ、越えたね」

 

という感じ。

 

でも、世代の近い両陛下のお姿を見るにつけ、

 

自分の人生の残り時間を改めて計算しそうになる。

 

fumikon@複雑な感じ・・・です。

 

 

 

人生の中で二度目の改元。

 

前回は勤労学生の

 

大学三年の時。

 

物心もしっかりついていた。

 

でも、

 

とっても静か。

 

というか、

 

静かにしなければならない理由があった。

 

 

平成の時。

 

あれは一月。

 

松が取れる頃に先帝崩御の報道。

 

仕事も学校もすぐにどうかなるわけではなく、

 

報道を尻目に通勤・通学の再開。

 

たぶん、

 

いつもより少し静かな日常。

 

夕方、大学へ行くと、

 

国旗が半旗になり、

 

細い黒布が一緒にたなびいていたことで

 

そうか、そうだよな・・・と思った。

 

という記憶がある。

 

そして、

 

大学で受けた説明は、

 

「天皇不在のない我が国」ということ。

 

そもそも「天皇」は人ではなく、

 

先帝が崩御した瞬間、

 

皇統を継ぐべき方が「天皇」となるので、

 

人としての「死」は天皇のそれに非ず、

 

ということであった。

 

当時の説明から、

 

国の象徴だのなんだのと、

 

政や立法がどう変えていこうが、

 

古くからあるこの国の中心の考え方の根幹は

 

容易に変わることもなく、

 

容易に変えることもできないものなのだ、

 

と思った。

 

通った大学の特性から、

 

当時すでに、

 

「陛下」と呼ばれるお立場の皆様が

 

国民に見せない時間に捧げる「祈り」の時も含め、

 

気の遠くなる、という言葉ですら軽く感じてしまうほどの

 

「公」の時間の連続の中に

 

その身を置かれていることをよく耳にしていた。

 

そして、その皆様が、

 

絶やすことなく、毎日、

 

この国の平和を、平安を、

 

祈り続けている、ということも。

 

それなのに、

 

御身が人としての「死」を迎える時まで

 

その任を解かれることがあり得ない。

 

そうきいてしまうと、

 

何か、もの悲しく、もの寂しい印象しかなかった。

 

そういう意味をもつ

 

「一世一元」を習った昭和の人々の多くは、

 

他の方法を知らないまま、

 

二月の大喪の礼まで、

 

「自粛、自粛・・・」という言葉が目や耳に残るほど

 

自分もに静粛を求めていたような気がする。

 

そのせいか、

 

「改元」ということに対して、

 

そう簡単に明るい気持ちにはなりづらかった。

 

 

そういうわけで、

 

激動の昭和を歩んだ先帝と同じく、

 

この先何があろうと、

 

「陛下」と呼ばれる方々は「国に殉じる」

 

というイメージが強かった「改元」。

 

しかし、

 

上皇ご夫妻はよく考えたなぁ、

 

と改めてしみじみと思う。

 

 

比してどうだろう。

 

昨日から今日にかけての、

 

和やかな時間。

 

平成の大晦日と令和の夜明けは、

 

少し控えめに、でも明るく、温かく。

 

そういうイメージが漂う時間であった。

 

 

だから、

 

他の誰がどういう態度で迎えようとも、

 

それはそれ。

 

少なくともわかったことは、

 

改元の仕方は「一世一元」でなくてもよい、

 

ということ。

 

その時に生きる人々が

 

最善を考え、

 

陛下の御心に沿ってよいのだ、ということ。

 

 

穏やかな休日をありがとうございます。

 

 

今、この瞬間、この国の人で良かった、

 

と思っています。

 

 

fumikonでした。

 

 

 

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「時代」の大晦日

平成が終わる。

 

ある意味、今日は「時代」の大晦日。

 

 

春先から病み上がりのfumikonです。

 

・・・まあ、自分のことなので、勝手に記録してますが。

 

 

10連休に入る前の土日明け、

 

結婚記念日を吹っ飛ばす

 

人生で記憶にほとんどない

 

突然の夜の38℃超えの熱発。

 

歯の根の合わない強烈な悪寒は、

 

今年四半世紀ぶりに罹患したインフルエンザの方が

 

まだ優しかったと思えるほどの激しさ。

 

記念日吹っ飛ばされた亭主が

 

ガーン「救急車呼ぶか?」と何度も言うほどの

 

苦しみ様だったらしい。

 

(「だったらしい」と言わざるを得ないあせるのは、

 

その呼びかけ空しく、気を失ってしまったから。)

 

そうして、翌日。到底起き上がれない朝、

 

熱は下がっていたが、何にも食べられない。

 

吐き気は全くないものの、

 

冷たいものはダメで、常温でも水すら下す。

 

「病院行ってからまた連絡します」と、

 

休暇申請してから病院へ行ったら、

 

前夜の熱発があったので、検査。

 

インフルエンザB型流行中とかで一旦別室へ。

 

待たされがちな流れで、検査・・・

 

そして・・・インフル出ず。

 

でも、発熱きっかけで

 

何も食べられないほど内蔵ヤられていることがわかり、

 

気長な胃腸の漢方薬を処方され、

 

薬局へ出向きながらの二度目の電話。

 

就職して以来初の4月なのに一日休暇決定。

 

帰宅後も、ポ●リ(スポドリ)のみの生活。

 

夜、体温はまたもや37.5℃超える瞬間があり、

 

その後、36℃台になるも、

 

別の体温計で口の中を図ると、37.5℃を軽く超えている。

 

なんだこれは?

私はどうなってしまったのか?

 

・・・明日はどうなるのか?

 

・・・いや、気にしても特効薬ないし。

 

いろいろと逡巡する自分。

 

クヨクヨしても仕方がないが、なんだかぼやけている。

 

人間長く生きてると、いろいろとあるもんだが、

 

このテのことはようわからん。

 

 

しかし、人はスポドリだけで生きていける。

 

明日、朝熱なかったら出勤しなきゃ。

 

・・・ということでおとなしく就寝。

 

 

で、次の日、普通に出勤。

 

何も食べられないので給食はこの週2日いただかず。

 

(周囲の皆さま、本当にご心配おかけしました。

 

皆様のご配慮のおかげでこの週のダメージは

 

連休前日の4連チャン以外は全くなしでした。)

 

でも、

 

連休2日前には、

 

直帰できる悉皆の出張があって

 

そこが終わるまでは頑張らねば・・・というところ。

 

不思議と、倒れる気もせず、

 

病院へ行った一日と、翌日2時間ほどの休暇で凌いだ。

 

ようやく、連休直前の出勤で

 

給食のスープだけ口に運ぶことができるようになった。

 

しかし、

 

その日、スポドリ手に入れ損ね、

 

4連チャンの授業の後、

 

自席でひっそり腰が抜けかけた。

 

 

 

平成の大晦日。

 

私の人生の中では

 

出産以外はすべてが仕事だった

 

平成、という時代。

 

還暦まであと数年の自分が迎える

 

令和という時代は、

 

すべてが仕事、というわけではなくなるのだろう。

 

というか、そうありたい。

 

でも、

 

昭和の末から仕事をしていて、

 

平成全部仕事に染めた自分には

 

新しい時代に対しては、

 

過度の期待も過度の不安もない。

 

強いて言えば、

 

適度な不安くらいであろうか。

 

今回の病・・・みたいな

 

未知の「何か」があるかもしれない

 

令和になる明日。

 

私は静かにその日を迎える。

三連休 やっといけたよ初詣 だけど心は不意に「ぽっかり」

年齢のせいなのか

 

最近、気づくと「ぽっかり」な自分がいる。

 

…fumikonです。

 

 

この連休中に、

 

家族で外出して、

 

やっと行けた初詣、浅草寺。

 

あまりの外国人観光客の波に

 

「日本語が聞こえない」状態。

 

娘は「スマホで写メしてほしい」と

 

英語か中国語か判別しづらい方に頼まれている。

 

一回終わるとまた頼まれ、

 

once more 二回重ねられていた。

 

雷門は大丈夫であったが、

 

寺の山門の提灯にタッチして揺らしている人がいて、

 

一人浮かれてやらかすと、

 

また、チャレンジャーが増える。

 

その提灯はそんなことするためのもんじゃないと

 

言いたいところだが、通じそうにないし、勇気もない。

 

ただ、もう面倒なので、通過。

 

で、お参りであるが、

 

ここも、外国人観光客のるつぼ。

 

お賽銭はわかるらしいが、

 

家族で例年通りの五円を投げて祈った後、

 

定番のおみくじ売り場で驚いた。

 

ひらりと、置き去りにされた「凶」のおみくじ。

 

もちろん、ひいてもいない自分が読めるのだから、

 

畳まれてすらいない。

 

ヲイヲイ…

 

そして、fumikonの右には、

 

一度ひいたおみくじの番号の漢数字が

 

「数字」ではなく「記号」にしか見えていなかろう

 

外国のお方が、目指すべき「記号」を必死に探している。

 

私がひいた番号の二つ上だったので、

 

十の位の「記号」の場所がようやく判明したらしく、

 

なんとか、探していた引き出しを開けていた。

 

で、

 

そのお方のひいたのも「凶」。

 

でも、

 

そのお方は作法がわかっていたようで、

 

畳んで結ぶ支度を始めた様子であった。

 

確かに、

 

浅草寺では「凶」のおみくじは細長く畳んで、

 

所定の場所に結んでお返しするのであるが、

 

長年伺っていて、

 

ひらりとそのまま放置しているものには

 

初めて遭遇した。

 

お願いだから、

 

お参りする前に作法、

 

確かめておいてほしいものである。

 

 

今年は静脈瘤の治療のため、

 

左右一本ずつ伏在静脈を焼灼したので、

 

健康第一でお参りしたかったが、

 

「ぽっかり」そのことを忘れていた。

 

自分が預かっている学年を含め

 

なんか仕事の安泰も見届けて・・・

 

とかも祈っとけばよかったのに、

 

「ぽっかり」そのことも忘れていた。

 

なんだか、

 

今までである意味、一番の「無心」。

 

でも、それは、

 

今は亡き父がよく言っていた

 

「俺が俺が、というのはよくない」

 

という言葉から

 

最近感じ取るようになったこと。

 

年齢重ねてきたし、

 

少しだけ責任ある立場になってもうすぐ一年。

 

私自身は自己判断で独善的に生きるのではなく、

 

できることは後輩に任せ、

 

「寄せ鍋の昆布だし」になろう、

 

という決意がそうさせているのかもしれない。

 

今のところは主任が「ぽっかり」な方が、

 

後輩たちは働くのではないだろうか、と思っている。

 

今まで出会った中で

 

最も安心して仕事が任せられる人たちだから。

 

私が育てたわけではないので、

 

これは環境に恵まれただけなのであるが。

 

私は人見知りなので

 

わかりにくいだろうと思うけれど、

 

私が「ぽっかり」なスタンスでいられるほど、

 

全体的に信頼できる仕事場に恵まれた今。

 

総合的に神仏にすがって愚痴ることはない。

 

むしろ、

 

心の準備が充足していない状況で

 

外国の方々をお迎えしているこの国の

 

現在と未来が心配。

 

そして、

 

急激に言語能力が落ちている感じの

 

今の小さきもの達がとても心配。

 

 

昨日、

 

義兄(同い年)と義弟と久し振りに家族で夕食。

 

その時に、

 

同感だと思ったこと。

 

「今時の若い人は、失敗を避けて生きてきてるから、

 

就職しても、ちょっとしたことで辞めてしまうし、

 

仕事で汗をかくことを嫌がるんだよね。

 

三か月働いて辞められると、

 

辞めた方は

 

大して迷惑かけてないと思っているみたいだけど、

 

会社は入社してもらった時点で

 

その人に給料の数倍の投資をしているから、

 

けっこうな損害なんだよね。

 

働くっていうことを、

 

もう少しよく理解しておいてほしいね。」

 

義兄の言葉に同感だが、

 

これは、キャリア教育が不全なこともあるので、

 

こちらの仕事柄、責任を感じてもいる。

 

ただ、それ以前に、

 

学校でも同様のことは起きている。

 

学校は、生きていくために必要なことを学ぶべきところ。

 

そして、私は

 

分からないこと・解らないこと・判らないことを

 

少しでも減らすために授業をしているつもり。

 

しかし、

 

果たして、小さきもの達の一部は

 

気持ちがそこまで追いついているわけではない。

 

諸行無常、まだ、ピンときてないらしい。

 

必要だと思わないと、人って変われないのに、

 

そう思う何かのエネルギーが足りていない。

 

この国で生きていくために心が揺さぶられるような

 

魅力が今、足りてないのかもしれない。

 

これから、どうなっていくのやら。

 

 

 

もう、人生の後半生のfumikonは

 

アラフィフからアラ還への過渡期なので、

 

そろそろこの世のことを少しずつ

 

後輩たちにバトンタッチして

 

自分の身の丈と

 

老いていく体力に見合った生き方を

 

していこうと思っている。

 

もちろん、

 

自分なりの全力を出すべきときは出すけれど。

 

でも、もう、無駄に出しゃばるのはやめる。

 

 

そう思い始めた今日この頃。

 

…だから、お参りしても

 

「ぽっかり」だったのかも。

 

 

お守り買い忘れて、これも「ぽっかり」。

 

fumikon@余生の目的手探り中…でした。

 

 

仕事始め

昨日、新年初日は日直始まり。

 

fumikonです。

 

8割の方々は休暇なので、

 

部活もほんの1、2しかやっていない。

 

そういふわけで

 

職員室にポツン…。

 

淋しそうなイメージを持たれるところだが、

 

ある意味、

 

たまった仕事は片づけやすい。

 

来週から戻ってくる喧噪を思ひ浮かべると、

 

こういう日々の方が貴重。

 

 

 

平成最後の正月明けは、

 

年末の足の静脈瘤の日帰り手術後初出勤。

 

奮発して両足に施してもらった。

 

術後ちょうど一週間で

 

足自体は内出血だらけである。

 

でも、

 

早速、

 

大規模こむら返りは起こらなくなり、

 

無言で耐える夜中の激痛は

 

このままなくなってほしいところ。

 

ただ、

 

そう簡単に細くならないので

 

久し振りに着圧タイツのお世話になっている。

 

 

 

いろいろな意味でそんな始まり。

 

無事に仕事一日目は終わったわけで、

 

何とか生きていけそうだと自覚した。

 

 

 

右肩上がりの成長はしないが、

 

余生を楽しむ方法を模索する

 

50代中盤の一年が始まる。

 

 

 

たまにしか更新しませんが、

 

生きてます。

 

 

 

fumikon@今年は春から忙しそうだ・・・でした。

何事も「無常」…

今、授業で「平家物語」に触れている。

 

教員になって9回目の関わり。

 

そして、必ず暗唱させる「祇園精舎」。

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・

 

冒頭は

 

全国の中二担当の国語教師なら、

 

必ずといっていいほど

 

イヤというほど

 

触れるところである。

 

「無常」

 

「常=いつも・ずっと」 など 「無い」

 

 

 

けれど、

 

今日に関しては、

 

「西郷どん」である。

 

fumikonにとっては

 

この件の「無常」=「最終回終わったから、来週からもうない」

 

ということ。

 

録画したから、何度も見ることはできるけど、

 

もう、更新はないのだ。

 

 

ただ、

 

今回の大河ドラマで、

 

人生半世紀以上生きてきて、

 

一番、

 

江戸末期から明治初期まで

 

真面目に垣間見た感じである。

 

史実はどうあれ、

 

西郷どんにも一蔵どんにも、

 

そして、

 

この時代を生き、

 

この時代に関わった人たちのことにも

 

心を寄せることができた。

 

・・・視聴者をそうもっていった時点で

 

制作に携わった皆さんすべてがexcellentである。

 

そして、やっぱり確かめることができたこと・・・

 

どんなことも「無常」。

 

「昨日」と同じ「今日」はなく、

 

「今日」と同じ「明日」もなし。

 

わかってはいるのだが・・・

 

自分のブログで、

 

なんか爪痕遺したかったfumikonでした。

最近びっくりした話

まさか、お返事いただけるとは・・・

 

リアルな雨漏りの水滴をどう作っているのか・・・

気になったんで、質問してみたら、

一生懸命お答えいただき、ありがとうございました。

 

昭和の時代のイメージだと、

テキトーに屋根に隙間でも開けて、

上からホースで放水でもしているのだろうか、

という感じにしか思っていなかったのですが、

デジタルで精細な画面に、

リアルな水滴がポタポタと落ちてきて・・・

うまく垂れてるなあ・・・と思ったもので。

棒を配して調整しているとは・・・

美術さん、エクセレントです。

 

そして、そのことを

ちゃんと見ている西郷どんから直接説明いただける幸せ。

小栗旬さんの「鼻に当たる水滴」はスポイトだということも知ることができて、

テレビ画面の工夫だなぁ・・・とつくづく感心した次第です。

 

あと何年アマチュアの舞台作りに携われるかわかりませんが、

台本書いて、生徒に上演させる際には

舞台装置や道具作りもやっているもので勉強になりました。

(こちらのレベルでは本水使用禁止なので、雨漏りシーンはできませんが。)

 

動画に取り上げていただいたのを家族で見ていて、

大学生の娘に

「西郷どん、かなり困ってないか?」とツッコまれました。

 

西郷どん、いや、鈴木亮平さん、こんな質問でごめんなさい。

誠実なご回答、ありがとうございました。

 

fumikon@中学校で演劇部の顧問やってます・・・でした。

2018年残り100日の運勢

 
残り100日の運勢は・・・
紅葉2018年ラストスパート!紅葉
あと100日でしたいことは?
 
だといいね。

初めての試みが同時多発の2018

いろんな意味でこれからは逃げない。

 

そういう気持ちで取り組んでいることがいくつかある。

 

だけど、その中身は、あえての・・・ ヒ ・ ミ ・ ツ。

 

 

 

やってみたかったことは手当たり次第にやる。

 

一つだけ紹介。

 

今年書いている台本のSEは、

 

娘の友人に作成を依頼している。

 

 

他にもいろいろあるけれど、

 

fumikonは酷暑の夏休みも生き抜いております。

 

 

fumikon@ちょっとだけ近況報告みたいに更新・・・でした。

間違いなく「西郷どん」推し。

視聴率など気にしないでいい時代になったと思う。

 

fumikonです。

 

 

 

今年のfumikonは間違いなく「西郷どん」推し。

 

けふの石橋蓮司さんの手作り「革命」旗、

 

カッコよかった。

 

 

昔は、

 

大河ドラマを家族皆で見るとなれば、

 

ビデオ録画もできないから

 

タイムリーにテレビの前に集まっていたが、

 

今は、

 

チャンネル録画している我が家では、

 

自分一人で

 

好きな時間にチェックして観ている。

 

 

個人にヤサシイジダイ。

 

だから、視聴率なんてまとめようがないのではないだろうか。

 

 

次回からは有名どころがドシドシ出てくる。

 

これも楽しみ。

 

 

台本書く身としては、

 

あまりドラマ見ないようにしているのだが、

 

鈴木亮平さん推しのfumikonは、

 

これからも自分の好きな時間に

 

自分の好きなように

 

「西郷どん」観てます。

 

 

ちなみに、

 

「俺物語」は

 

実家の母に貸そうと思っている。

 

 

何ハマってんだか。

 

 

fumikon@スピーチテスト、チェスト! 気張れ!…と我が学年に叫びたい…でした。