最近息子に何時に起きるのか聞いてみた。午後1時30分、とのこと。朝ではなく、もう昼。。何時に寝るのか聞いてみると午前2時30分。差し引きすると睡眠時間は11時間。こんなに寝れるはずがないと思って、思い切って息子に確認してみた。そうすると10時頃一度目が覚めるとのこと。ただ、やることがないので、ぼーっとして2度寝をするそうだ。10時に一度目が覚めるなら、睡眠時間は7時間30分なので納得感がある。10時に目が覚めて、やることがなくて、もう一度寝るという気持ちも何となく理解できる。やることがないと寝てしまうのは、親の私も一緒だ。通信制高校のオンライン授業は始まっている。やることがないわけではないが、一度もオンライン授業を受けたことがない息子は、授業を受けるという自覚がない。朝早く目覚めると気持ちいいとか、そんな感情もないのだろう。早起きは三文の徳、ということわざは小学生の頃に本を読んで覚えた。朝早く起きると得する、と言うメッセージだ。何度も本を読む中で、このことわざが頭に刷り込まれた。子どもながら、早起きすることはよいことだし、気持ちがいいことだと思った。なんなら早朝からランニングすることもあった。家の近くに中学校がある。家から学生が見える。朝6時には学校に来て朝練をしている生徒も多い。朝からつらい練習を楽しそうにしている。今の息子は高校生であり、やるべきことはある。ただ自覚がない。卒業するためにやるべきことを認識してもらうためにはどうすればよいのだろうか。日々悩む。

不登校の息子が髪を切りたいと言った。自分の意思表示だ。いいことだ。私も思わず、”いつ行くの?”と聞いた。”どうしよう”と息子は答えた。”明日行けば?”と私が言う。息子は”できれば行く”、そう答える。ただ、その後、”髪を切るお金を欲しい”、とも言わず、結局、髪を切りに行かなかった。息子は、髪が伸びたのは時折気になるが、日中はゲームの誘惑が勝つ、そんな感じだ。思えば、このような親子の会話がここ数年続いてきた。今日改めて考えたら、気づくことがあった。息子が考えたり、悩んだりするとき、いつも私から息子に提案をしている。今回も髪を切る日をいつにしよう、と息子が悩んでいる時に、私から矢継ぎ早に、”明日行けば?”と、提案をしている。親としては軽い気持ちでの発言だ。ただ、裏を返せば、子どもが自発的に日程を決める思考を遮っている。本来、”髪を切りたい”、と言ったは息子だし、いつ行くかは、息子が決めればよいもの。親としては、つい自分の思いで提案している。”じゃあそうしよう!”、と明るく提案を受け入れるような息子だったら、問題なかったかもしれない。一方で、我が家のように自律性がない息子は親の提案を受け入れるかどうかの判断になり、そこに息子の意思はあまりない。私が提案することで、髪を切る意欲が逆に減ったのかもしれない。結果的に行かないのは、もしかすると自分の意思で髪を切る日を決めていないからだと思った。こういう些細な日々の親子の会話でも、過干渉や先回りの提案を自分が知らず知らずしていたことに反省している。まずは息子が自ら提案することを待つ姿勢が大切だと学んだ。

息子は深夜3時くらいに寝ている理由を聞いてみた。ゲームは1時くらいに終わって、フォートナイト世界大会のYoutube配信をみているとのこと。Youtubeを配信してくれる親切な方がいるそうだ。。配信なら翌朝見たらと言うと、リアルタイムで見る方が楽しいとのこと。サッカーのワールドカップと同じと言われた。早く寝るモチベーションはない。学校があるから早く寝ようとか、そういう意思がない。親が子どもに対して、明日学校だから早く寝なさい、成長に悪いから早く寝なさい!と言って、子どもは言うことを聞くのが当然だと思っていた。それが昭和世代だ。。息子と会話していると常識が覆される。学校に行かなくてもよいから、考え方をスタートすると、朝早く起きる必然性がなくなる。ゆっくり寝れるから、夜遅くまでYoutubeを見る、というのが息子のロジックだ。学校に行かなくてもよいから考え方がスタートするこのロジックを覆すのは難しい。中学3年生で不登校になった時に、子どもがなぜ学校に行くのかわからないようなので、学校に行く必要性をどう伝えたらよいか教えてほしい、と学校の先生に聞いてみた。当時は中高一貫校。先生からは、”疲れているので、そっとしておきましょう。”と言う感じの回答であった。まさに、真正面からとらえず、かわす回答であった。親としては、その回答にがっかりした。学校の先生も、実は子どもがなぜ学校にいかないといけないのか…という点について、きちんと子どもに対して答えられないのではないかと思った。池上彰の本で、私の悩みにこたえるタイトルがあったので、アマゾンで買ってみた。ただ、この本、社会人とか大学生が対象なんだよな。。もっと10代の不登校の息子が理解できる本があれば良いのに…と思った。

通信制高校の先生との3者面談。4月に入学式に行けず、もう5月だ。6月からスクーリング。面談数回以外、まだ学校に行けていない。課題も出せていない。そもそも授業の登録もできていない。先生から、いくつか授業選択の照会があった。息子は先生の話に耳を傾ける。選択制授業なので、自分で選べるが、渡された紙には小さい字で授業科目が山のように記載されており、一つ一つの授業が何の授業かわからない。授業数が多いのは分かるが、読めるサイズのフォントで紙を渡してほしかった。横にいる親の私でも何が書かれているかわからない。視力0.1の息子はおそらくもっと見えていない。だけど、期限を過ぎているので、一週間の授業を選択する必要がある。本来なら自分自身で時間割や授業内容を調べたうえで、興味を持った科目を選ぶ。息子はこれまで周りに流されて生きてきたので、自分で考えて、自分で選ぶという行為が苦手だ。まじめなのか、先生からいくつかの授業選択を推薦されたが、その場ですぐに同意することはなかった。見知らぬことに敏感で、選択することに躊躇していたようだ。結局先生の面談時間も限られており、家に持ち帰って考えることになった。先生とのやり取りのなかで、“先生が勧める授業を選択するかどうか、友達に聞いてみる”という発言が何度かあった。大学生のオンラインゲーム友達もいるみたいで、授業が楽しいかどうかを聞いてみるとのこと。東北の方の大学に通っていて、頭が良いと聞いている、とネット友達を頼りにしている発言あり。一方で、大学生の割に、自分と同じくゲームばかりしているので暇なのだろうという発言もあり。この発言は、その場しのぎの嘘かもしれない。もし真実だとすれば、両親や学校の先生、病院の先生の発言もあまり信頼できておらず、信頼できるのはオンラインネット友達になっている。1日10時間くらいゲームの世界にいると、そうなるのかもしれない。会話をしているのがゲーム友達だけだから。思えば、中学時代から、わからないことは、自分で調べるのではなく、友達に聞くというスタイルだった。今でも同じスタイルだ。ただ、中高一貫校から離脱したので、質問できる友達に変化が生じている。会ったこともない友達を頼って、自分の高校生活を決めようとしている。息子の姿を見て、ここでもやはり自分で判断をできないんだな…と思うと、息子がかわいそうに思えてくる。うまく育てられなかったことを申し訳なく思う。同時に、親や学校の先生や病院の先生は、まだ息子から信頼されていないんだな…と改めて感じ、ここを何とかしないといけないと思った。

 

 

 

息子は部屋で遅い昼食でカップ麺を食べることが多い。そのためか、自分で窓を開けて換気をしている。きっとにおいが部屋に充満するのが嫌なのだろう。昨日、私が庭掃除をしている時に息子の声が庭に聞こえた。ヘッドセットをして友人と大きな声で会話をしている。少し気になったので、夕食時に、”家の外に声が響いている。夜は近所の方に迷惑になるから窓を閉めて。”と伝えた。息子からは、”分かった。”と返事。翌朝、庭から2階の息子の部屋を見上げると、窓が閉められていた。きっと近所の方に迷惑になるという言葉の意味を理解してくれたのだろう。久しぶりに一発で親の指示が息子の頭に入ってうれしかった。中学時代から学校や塾の先生と気まずくなりたくない、という発言が何度かあった。気まずくなると、学校も塾も行きたくなくなるみたいだ。先日はラーメン店で、注文をもたもたしていると店員に嫌がられるかもしれない、との発言もあった。このことから察するに、息子は周りの大人との関係に敏感になっている。今回も近所の大人と気まずくなるのは嫌みたいだ。まあ、うるさくて周りから苦情を言われると、責任が自分にあることが明白で逃げようもないからね。15歳という年齢はそうなのかもしれない。ただ、周りとの関係を大切にする考え方は良いことなので、うまくこの考え方が学校に行くことにつながればよいのに、と思う今日この頃である。

息子が”明日は何時に起きればよい?”って聞いてきた。先日私が、来週の月曜日は一蘭食べて、3時からの学校の面談に行くと伝えたことを、忘れていないみたいだ。私が、”3時から面談だから、2時に駅につけばよいのでは?”と言うと、“食べるのにもう少しかかるかもしれない。1時30分に駅到着がよいのでは?”と、30分早めてきた。私としては、深夜3時に寝る生活を送っている息子に対し、朝起きれないかもしれないと少し気を使って、2時でよいと言ったのに、息子から1時30分の到着がよいのではという提案が出てきてビックリした。気兼ねなくゆっくりと一蘭でラーメンが食べたいのだろう。おそらく、行列の待ち時間や注文時間を気にしている。平日なのでそんなに混んでいないと思うのだが、私もそこで食べたことがないので、息子の意見に従う。息子曰く、”一蘭は注文を紙に書くスタイルだけど自分ができるか心配。赤いマークが10個あって、辛さをいれるらしい。4辛くらいにしようかな。。”、とのこと。私も注文システムまでは分かっておらず、先ほどネットで調べたところ、券売機と紙の併用みたいだ。辛さの選択については情報が載っていない。豚骨ラーメンでそんな辛さを選択するのかしらと思ったが、それは明日現地で分かることだろう。親は注文が簡単だと思っても、息子にはハードルがあるのだろう。後ろのおじさんや店員から”早くしろよ・・・”、と言われると思っているのかもしれない。不登校で世間と触れ合っていないとこう感じるのかも。明日は息子と一蘭を食べて、その後面談に行ければよい。ただ、息子の登校に限っては、親の願い・期待はかなわないことが多い。いつも通り、学校に行かないことも覚悟したうえで、明日を迎えよう。

息子が高校に行かない理由に、”学校に行っても、友達がいない”という理由が一つある。そういう発言が先日あった。もともと小学生の時は友達と夕方まで遊ぶのが好きだった。中学受験に合格し、勉強はできなかったが、体育と友達と話すために学校に行っていた。親としては中学校の時は、勉強ができなくても、友達と話すのが好きで学校に行っていればよいと思っていた。楽しければいいじゃないか…と。今考えると、この考え方には前提条件があると思う。たとえば、公立中学で、友達と一緒に高校受験をする場合か、学力は低くても中高一貫校で高校3年生まで同じ学校に行って卒業する場合である。いずれのケースも中高で友達との関係が切れない。一方で、我が家の場合は、どちらにもあてはまらない。友達と遊ぶ目的で私立中学校に行っていたが、転出する通信制高校では友達がいないので、学校に行きたくない…となった。学校に行っていたのは友達と遊ぶためだったら、友達と会えないから学校に行かない。。。うーん。理に適っている。親としては、通信制高校で新しい友達をつくればいいではないか‥と思っていたが、そう簡単でもないみたい。発達特性があると同じ友達と深く付き合う傾向がある。あと、自分で行きたいと思って通信制高校を選んだわけではない、学校の先生が勧めるから選んだ、という言葉から察するに、通信制高校に通うこと自体を受け止め切れていれないのだと思う。通信制高校を受け止め切れていないのは中3の時も少し感じていたが、学力的に現在の進学校の高校に残るという選択肢はなかった。そう考えると通信制高校に通うか、中卒かの判断だったので、通信制高校を選択するのは親としては間違っていない。この状態で通信制高校に通いだすきっかけはなんだろうか。。難しい。。発達特性があると実年齢よりかなり考え方が幼い。考え方は年齢×0.6くらいとの情報があった。そうすると今息子は10歳くらいなのか。。もしそうだと、高校に仲の良い友達がいないから行こうとしないことも理解できる気がする。今通信制高校に通えていない状況も、ここまで振り返れば気づく点も多いが、だからと言って、このまま行かなくてよいというわけではなく、親としても通信制高校の先生の力も借りながら考えていかないといけない。

息子が寝る時間が2時から3時、4時に遅くなっている。深夜に息子が風呂に入る時に、寝ている私が音で気づく。病院の先生からは0時には寝るようにと言われたが、到底守れていない。守るつもりもないみたいだ。3時に寝て昼の13時に起きる。そんな生活だ。学校の先生が息子の生活リズムに気を使って下さり、面談時間を13時30分にセットして下さった。12時に起きれば間に合うが13時におきれば間に合わない。この1時間はとても大切だ。なんとか寝る時間を2時より前にしたいと思い、2時にスマホのWi-Fi切断した。PCゲームは深夜2時までできるから、PC終わりにそのまま寝てくれることを期待して。翌日、息子からの手紙があった。スマホのWi-Fiを切断したから、学校には行かないとのこと。。中3の時にWi-Fi切断が原因で不登校になったが、私もまた同じ過ちを犯してしまった。インターネットではこう書かれている。息子と相談してWi-Fiを切断する時間を決めないと。。。それは頭でわかっているが、息子と相談して寝る時間を受け入れないからこうなっている。気づいたこともある。息子にとって親のWi-Fi切断という行為が、親に支配されていると捉えて嫌なようだ。親は、子どもの健康とか面談時間とか、子どものことを思ってWi-Fiを切断したが、やはり、この切断行為は息子から親は敵に見えるようだ。メモ書きに、”2時に切断しても、3時-4時まで起きるよ。” と追記があった。ああ。。そういう考え方になるのね。。残念だが、やっぱり、学校に行くか行かないかは、少し早く寝させようという親の小細工ではなく、学校に行こうという本人の意思が必要であることを感じた。

ブログを拝見していると、気づくことがある。不登校にはいろいろなタイプがある。よくあるパタンとして、きっかけはいろいろだが、学校嫌いの兆候が見られ、徐々に不登校になる。勉強もしなくなる。ゲームにはまる。昼夜逆転。親が心配から見守りに。数か月から1年くらい経過。このままでよいのか、と子どもが疑問を感じ始める。外出等、勉強以外の行動開始。少しずつ勉強再スタート。でも昼夜逆転・ゲーム生活は変わらない。つまづきながらも前に進む。学校生活を楽しみ始める。これまでで不登校開始から2年くらい?(その後なんとか大学進学の方もいらっしゃる。。)このパタンの方の話を拝見し、うちの息子のケースを考えてみる。親の干渉で中学受験を体験。奇跡的に合格するが、ここが勉強のスタートではなく、ゴールに。。ここから勉強をしなくなる。親の目をかいくぐり、スマホ・ゲーム依存。昼夜逆転。中2で勉強脱落。進学校なので授業はどんどん先に進む。勉強をあきらめ、Youtuberを志望。通信制高校に入学するも、推薦で流されて選んだ高校なので、自ら学ぶ意欲がない。不登校を継続。。典型的な不登校パタンは勉強をあまりせずに不登校になり、なんとなく勉強をしないといけないと思い、復活して高校や大学を目指すマインドに切り替わる。一方、息子の場合は、中学受験で燃え尽きて、勉強はもういいや…と思って不登校になったので、もう一度勉強に向き合うきっかけが難しい。自分から鉛筆を持つことがなかなか想像できない。不登校のパタンでもいろいろあるんだなと思った。ただ、典型的なパタンのお子さまでも、学校に行けるようになるまで1-2年かかるパタンが多いみたい。また、学校に行ってからもまた行かなくなるなど紆余曲折があるようだ。我が家は学校にいななくなって7か月。まだまだ不登校の真っ只中にいるだけなのかもしれない。ブログを通じて皆さんの経験談として、数年の単位で不登校の一連の回復過程を知ることができ、私自身が息子との接し方を考える際に、救われているところも多い。一人だとわからないことも、ブログを通じていろいろ知ることができる。いつか私のブログも誰かの力になればいいなと思いつつ、息子のことを自分なりに考えてこれからも綴りたい。

 

 

ゲーム依存には病院外来があり、息子と行ったことがある。検査に加えて、問診がある。先生からいろいろな質問を受けて、一つ一つ息子が回答する。さすがに知らない医師に対しては息子も敬語で回答していた。礼儀を忘れておらず、少しほっとした。先生の質問は生活や学校のことで中心であるが、当然のことながら息子にとっては、あまり楽しい質疑応答ではない。寝る時間は?、学校に行けているか、友達はいるのか?、ゲームの時間は…などなど。回答がほぼネガティブ。次第に息子もイライラし始め、適当に受け答えする悪い癖が出始めた。”はい、わかりました、そう思います”、そんな感じの受け流し回答を始めると、心ここにあらずだ。スマホを少し触り始めた。帰宅が遅くなると友達とのオンラインゲーム開始に影響があるのだろうと思った。問診も終わり、帰りの車の中で息子が、”いろいろ質問されたけど、答える意味があるのか?”とつぶやいた。つまり、問診の質疑応答の意味を問うている。予想はしていたが、息子はなぜ病院に来ているかわかっていない。。一方で、それがわからないからこそ、何も考えず病院について来てくれているのも確かだ。学校は好きでないから、親が行こうと言ってもいかない。。なんてったって、入学式も行っていないから。。病院は学校ほどは息子のプレッシャーになっていないだろう。先生から寝る時間を聞かれたとき、2時30分と答えていた。いくらなんでも遅すぎると言われると、頑張って1時30分と息子は言い直した。先生からはゲームをすることは否定しないが、やめるのは22時-23時だろう…と、正論を伝えられた。横で聞いていても息子と先生の乖離がありすぎる。。最後は先生は遅くても24時に終わるように、と伝えた。息子はいつもの”わかりました”の回答。ああ。。すでに心ここにあらずだ。。その日、24時に息子の部屋に行くとゲームをしていた。私からは、”先生から24時と言われたんだろう…”と1回だけ伝えた。やっぱり病院の先生の言葉も息子に響かないのか…と思った。無念だと思ったが、病院の先生の言葉が息子の心に届かないのであれば、親の私が言って届かないのも仕方ないかもと、妙な納得感も同時に感じた。