最近、息子の中にも少し変化が見えてきたように感じる。中学時代から一緒にゲームをしていたリアルの友達が、大学受験を目指してゲームをやめ、塾に通い始めた。以前は毎日のように一緒にプレーしていた友達だが、今ではほとんどゲームをすることはなくなった。その頃から、息子も「プロゲーマーになる」「YouTuberとして生きていく」と以前ほど強く口にしなくなったように思う。今は、新しいオンラインの友達と新しいゲームを始めたり、「練習」と言ってゲームを続けたりしている。ただ、その様子を見ていると、本気でプロを目指して努力しているというより、ゲームを続ける理由を探しているようにも見えてしまう。本人と将来の話をすると、「ゲーマーになるしかない」という言葉は返ってくる。でも、それ以外の将来について聞くと、言葉が続かない。どんな仕事をしたいのか、どんな生活を送りたいのか、ゲーム以外に興味のあることはあるのか。そう聞いても、答えは返ってこない。本当にゲーマーという夢を追い続けているのか。それとも、今はそれ以外の答えが見つからないだけなのか。親には分からない。ただ、リアルの友達が受験という新しい目標を見つけた一方で、息子はオンラインの世界で新しい仲間を探し続けている。その姿を見ていると、ゲームそのものが好きというよりも、オンラインの世界だけが今の居場所になっているようにも感じる。

   通信制高校の先生から息子への電話も、以前より少なくなったように感じる。もちろん、その理由は、息子が電話に出ないからだ。先生はこれまで何度も連絡をくださり、学校へ来られるように声をかけ続けてくださった。それでも本人が応じない状況が続けば、先生も電話だけでは難しいと感じておられるのかもしれない。電話があるたびに、親は「先生から電話だよ」と息子に伝える。しかし息子は出ない。その繰り返しで、私たちは先生と息子の間の連絡役になっている。

特に妻は、その役割に疲れを感じている。「また電話に出ない」「また先生に申し訳ない」。そんな思いが積み重なり、大きなストレスになっている。先生は息子を見放しているわけではない。息子も先生を嫌っているわけではない。「学校へ行きづらい」「先生に会いづらい」と話していたことがある。だからこそ、お互いに思いはあるのに、その距離を縮めることができない現実にもどかしさを感じる。ゲームを否定したいわけではない。でも、ゲームしか将来を語れなくなってしまっている今の息子を見ていると、ゲーム以外にも自分の居場所を見つけてほしいと、親として願わずにはいられない。

今日は夕食のとき、久しぶりに息子と少しだけ話をすることができた。学校の先生が「一度電話で話したい」と言ってくださっていることもあり、思い切って聞いてみた。

「先生と電話で話すとしたら、いつなら出られそう?」

すると息子は、

「大会の日程が毎日違うから分からない。」

と答えた。

「午後3時や4時なら大会は始まっていないんじゃない?」

そう聞くと、

「友達と練習しているかもしれないから分からない。」

という返事だった。

さらに理由を聞くと、

「先生と電話で話しても、『連絡を見たか』とか、結局同じ話しかしないから、新しく話すこともない。」

と言う。

なるほど、息子なりにそう感じているのかもしれない。私は続けて聞いてみた。

「このまま欠席が続いて、提出物も出さなければ進級できない。学校を続けたいのか、それとも辞めたいのか、お父さんはあなたの考えを聞きたい。」

返ってきた言葉は、いつもと同じだった。

「どうだろう。」

相変わらず、自分の意思をはっきりとは口にしない。ただ、一つ気づいたこともある。

息子は「学校を辞めたい」とは一度も言ったことがない。

また、「このままでは進級できない」という話をすると、否定も反論もせず、黙って聞いていた。

少なくとも、今置かれている状況は理解しているのだと思う。一方で、「先生といつ電話で話せるか」という問いに対して、自分で日時を決めて答えることも難しいように感じた。これは、単に学校へ行きたくないという問題だけではなく、「自分で決めること」そのものに大きな負担を感じているようにも見える。

最近、そんな場面が増えてきた。親として考え込んでしまうことがある。

息子にとっては、

「自分はゲームを頑張りたいのに、どうして高校で勉強をしなければならないの?」

という疑問が根底にあるのではないか。私はその問いに、自信を持って答えられない。

もちろん、「将来のため」「選択肢を増やすため」と説明することはできる。

でも、それは親である私の価値観だ。ゲームで生きていきたいと思っている息子の心に届く言葉になっているかと言われると、正直分からない。学校の先生方は、たくさんの生徒を見てこられている。

ゲームが好きな生徒、勉強への意欲を失った生徒、進路に悩む生徒…。

そんな子どもたちと向き合ってこられた先生だからこそ、親とは違う言葉を持っているのかもしれない。

今の息子には、親の言葉よりも、第三者の言葉のほうが届く場面もあるような気がしている。

私は父親としてできることを続ける。でも、親だけでは届かない部分もある。

だからこそ、学校や病院など、多くの方々の力を借りながら、息子がもう一度、自分の人生を考えるきっかけを見つけてくれたらと願っている。

息子は明日からテストだ。ただ、通信制高校に入学してから、一度も授業に出席していない。スクーリングも結局、前期は一度も行けなかった。本人も「スクーリングは行かないといけないもの」という認識はあるようだ。それでも当日になると足が向かない。頭では分かっていても、体が動かない。そんな状態が続いている。だから最近は、夕食の時間に学校の話題をほとんど出さないようにしている。以前なら、「明日は学校だよ」「テスト頑張ろう」と声をかけていた。でも今は違う。親が何か言えば本人が気づいて学校へ向かう、そんな段階はもう過ぎてしまったように感じている。だから今は、せめて穏やかに夕食を食べ、親子の会話が続くことを大切にしている。一方で、息子の生活は相変わらずだ。今日も部屋から大きな声が聞こえる。オンラインゲームで誰かと話しながら遊んでいる。以前は中学時代のリアルの友達と毎日のようにゲームをしていた。しかし、その友達は高校生になり、志望大学を目指して塾へ通い始めた。「もう一緒にゲームはできないかもしれない」と息子は話していた。私は、その時の息子の気持ちが気になっている。普通なら、親しい友達が自分の前から去っていけば寂しいと思うだろう。そして、「自分も何か始めようかな」と考えるきっかけになることもあるかもしれない。

しかし息子は、「一人で大会に出る」と淡々と言っていた。もちろん、心の中では寂しさを感じているのかもしれない。でも、その寂しさが勉強や学校へ向かうエネルギーには、まだつながっていないように見える。これが発達特性によるものなのか、ゲーム依存によるものなのか、それとも不登校という状態そのものなのか、私には分からない。ただ一つ思うのは、本人が今の生活に疑問を持たない限り、自分から勉強へ向かうことは難しいということだ。中学2年生の頃、校長先生からこんな言葉をいただいた。「できることを一つずつ増やしていきましょう。」当時は、その言葉の意味を十分理解できなかった。今、その言葉を思い返している。現実には、息子はゲーム依存が進み、できることを一つずつ減らしているようにも見える。字を書かなくなって一年近くが過ぎた。先生から届くメールも見ようとしない。中学生の頃は学校のパソコンで連絡を確認していたのに、その習慣もなくなってしまった。社会との接点が、少しずつ細くなっている。今日も部屋からは、ゲームで盛り上がる大きな声が聞こえてくる。その声を聞きながら、私は考える。親として、今できることは何だろう。学校へ行かせることなのか。ゲームをやめさせることなのか。それとも、社会とのつながりを失わないように、親子の会話だけは続けることなのか。

答えはまだ見つからない。それでも、焦って親子関係まで壊してしまえば、本当に何も残らなくなる気がする。だから私は今日も悩んでいる。息子が再び社会へ一歩踏み出す日まで悩むのだろう。

スクーリングは結局、一日も行くことができなかった。正直、ある程度は予想していた。それでも、ここまで学校へ行くことのハードルが高いとは思っていなかった。今週、息子が家の外へ出たのは一度だけ。自分でアラームをかけ、昼前に起きて、バスで駅前の理容室へ髪を切りに行った。実は、「髪を切りたい」と本人が言い始めてから、すでに二週間ほど経っていた。親としては、「いつ行くのだろう」と思いながらも、あえて急かさず見守ることにした。後から息子に聞くと、「切ろうとは思っている。でも、朝起きると『明日でいいや』となってしまう。」と言う。以前読んだ発達特性に関する本には、「やろうという気持ちはあっても、直前になると面倒に感じて先延ばしにしてしまうことがある」と書かれていた。まさにその状態なのだろう。だから、「やる気がない」「怠けている」と決めつけることはできない。本人も困っているのに、特性がブレーキをかけてしまう。そんな状態なのかもしれない。そう考えると、叱るよりも見守るという選択が、今の我が家には合っているように思う。もちろん、親として焦る気持ちはある。それでも、自分の意思で起きて、自分でバスに乗り、理容室へ行けたことは、小さくても確かな一歩だった。そんな中、息子が夕食のときにこんな話をしてくれた。中学校時代から一緒にオンラインゲームをしてきた友達が、高校では志望大学を目指して塾へ通うことになったという。「学校、部活、塾があるから、もう前みたいにはゲームできない。」そう言われたそうだ。さすが進学校だと思った。高校一年生になると、大学受験を意識して生活が変わるとは聞いていたが、息子の友達もその流れの中にいるのだ。これまで二人は、夕方四時頃から深夜二時頃まで、一緒にオンラインゲームをしながら大声で笑い、時には世界大会を目指すと話していた。その時間が、これからはなくなっていく。息子にとっては寂しい出来事だったはずだ。しかし、その話をする息子は意外にも淡々としていた。そして、「これからは一人で大会に出る」と話した。友達は、いつまでも自分と同じ時間を過ごしてくれるわけではない。そんな現実を、息子なりに受け止め始めているようにも感じた。スクーリングには一度も行けなかった。結果だけを見れば、前進はなかったように思える。でも、本当にそうだろうか。自分で髪を切りに行けたこと。ゲーム仲間との環境の変化を受け止め始めたこと。一つひとつは小さな出来事でも、息子の心の中では何かが少しずつ動き始めているのかもしれない。親はどうしても目に見える結果を求めてしまう。けれど、変化というものは、外からは見えないところで少しずつ積み重なっていくものなのだろう。今は、その小さな変化を信じながら、焦らず見守っていきたいと思う。

どうしてスクーリングに行かないのか。夕食のとき、息子に聞いてみた。「スクーリングは行かないといけないやつでしょう。昼は暇だから前日は行こうと思っている。でも当日になると行きたくなくなる。」その言葉を聞いて、少し意外だった。私は、スクーリングそのものに意味を感じていないのではないかと思っていた。しかし、どうやら違うらしい。「行かなければならないもの」という認識は、本人なりに持っているようだった。一方で、「当日になると行きたくなくなる」というのも、きっと本音なのだろう。以前読んだ発達特性に関する本に、「発達特性のある人は、直前になると急に面倒に感じてしまい、行動に移せなくなることがある」と書かれていた。その一文を思い出した。「やっぱりそうなのか……。」そう感じる一方で、「では、どうすれば動き出せるのだろう」と考え込んでしまう。ただ、今回の会話にはもう一つ気になる言葉があった。「昼は暇だから。」これまで息子の口から「暇」という言葉を聞いた記憶はほとんどない。これも以前読んだ不登校に関する本に書かれていたことだが、不登校の子どもは、しばらくすると「暇だな」と感じ始め、その頃から少しずつ自分で行動を起こそうとすることがあるという。もし息子が本当に「暇だ」と感じ始めているのなら、それは小さな変化なのかもしれない。そう考えると、今日、髪を切りに出かけたことにも少し違った意味が見えてくる。本当は、その時間にスクーリングへ行ってほしかった。そんな気持ちはもちろんある。でも、家から出て美容院へ行けたことも、一歩前進と考えていいのではないだろうか。外へ出ること自体が難しかった時期を思えば、その一歩には意味がある。スクーリングも残すところあと2日。ここまで4日間、一度も行くことはできなかった。過ぎてしまった4日間を悔やむより、残された2日間に目を向けたい。まずは一歩踏み出せるかどうか。親としてできることは多くない。焦らせるのではなく、本人が動き出すタイミングを信じて、静かに見守っていきたいと思う。

中学2年生の頃から、息子は少しずつ勉強から離れていった。最初は提出物が出せなくなり、そのうち家庭学習もしなくなった。進学校だったこともあり、授業についていくことが難しくなっていったのだと思う。親としては、「いつかきっかけがあれば変わるだろう」と考えていたが、そのきっかけを見つけることはできなかった。高校に入れば何か変わるかもしれない。そんな期待もあった。しかし現実は厳しい。入学から数か月が経った今も、勉強そのものに強い抵抗感があるように見える。オンライン授業も見られず、スクーリングにも足が向かない。ただ、その一方で不思議に思うこともある。学校には行けないのに、コーチングには参加する。時間は短いが、先生との面談だけは何とか続いている。本人に理由を聞いても多くは語らないが、もしかするとそれが息子なりの学校との最後の接点なのかもしれないと思うことがある。親としてできることは何だろうか。以前は、学校の予定を何度も伝えたり、起こしたり、説得したりしていた。しかし、病院の先生からも親子関係を悪化させないことが大切だと助言を受け、最近は必要な情報だけを伝え、あとは本人の判断に任せるようにしている。もちろん不安はある。ゲームとYouTubeを中心とした生活が続き、学校との距離は広がっているようにも見える。このままでよいのだろうか。本人は今の状況をどう感じているのだろうか。本当は苦しいのか、それとも現状に満足しているのか。親である私にも分からない。ただ一つ言えるのは、親がいくら焦っても本人の代わりに人生を歩くことはできない。だからこそ、私は少しずつ息子の人生を息子に返していかなければならないのだと思う。見守ることと放任することの違いに悩みながらも、親としての関わり方を模索する日々が続いている。

昨日は予約していた病院に行かなかった。今日は午後からのスクーリングだったが、結局参加できなかった。どちらも事前に本人には伝えてあった。時間割も渡したし、病院の予定も知らせていた。それでも起きなかった。私が起こそうとすると、布団を頭からかぶる。時には足で壁を蹴る。そんな状態だ。病院にも学校にも行く気力がないのだと思う。そう考えると、親があれこれ声をかける意味が本当にあるのだろうか、と最近考えるようになった。振り返れば、保育園の頃から息子は少し幼いところがあった。もちろん成長はしているのだが、同年代の子どもたちと比べると、自分で考えて行動する力が弱いように感じることがある。中学に入ってから進学校の勉強についていけなくなり、提出物も出せなくなった。その後、ゲームにのめり込み、不登校になった。考えてみれば、中学2年生以降、息子が大きく成長するきっかけをつかめないまま今に至っているのかもしれない。親としては心配になる。学校はどうするのか。将来はどうするのか。このままで大丈夫なのか。だから声をかける。

起こす。予定を伝える。先生とも連携する。しかし、そのたびに思う。息子は私が心配することを分かったうえで動いていないのではないか、と。そして最近、一つの考えに行き着いた。もしかすると、私が息子のために動き過ぎていたのではないか。朝起こすこともそうだ。学校の日だから起こす。病院の日だから起こす。時には仕事の予定まで変えて起こそうとする。世の中に、高校生の子どもを起こすために仕事を調整している親がどれほどいるだろうか。私はずっと、「親として当然」と思っていた。でも、それは本当に本人のためになっていたのだろうか。食事の時もそうだ。「ご飯だよ」

と声をかける。息子は部屋から降りてくる。でも、自分から時計を見て食卓に向かうことはほとんどない。いつの間にか、親が何かを教えてくれること、親が世話をしてくれることが当たり前になっていたのかもしれない。もちろん、それは息子だけの責任ではない。私自身がそういう関わり方を続けてきた結果でもある。だから最近は、「起こす親」をやめてみようかと思い始めている。学校に行くかどうか。病院に行くかどうか。起きるかどうか。それは本人が決めることだ。私は時間や予定を伝える。でも、それ以上は本人の責任として任せる。起きなかったとしても、会社を休んでまで起こしに行くことはしない。それは見捨てることではない。ただ、本人の人生を本人に返すということだ。もちろん、簡単な話ではない。親としては不安だ。このまま何もしなければ、ゲームばかりして過ごしてしまうのではないか。高校もどうなるか分からない。将来も見えない。だからつい何とかしたくなる。でも、これまで何年も手を出してきた結果が今だとしたら、少し違う関わり方を試してみる時期なのかもしれない。息子が変わるかどうかは分からない。すぐに成長することもないだろう。ただ少なくとも、私自身が少しずつ子離れをしていくことは必要なのだと思う。そして、学校に行く責任は本人に返しても、父親であることまでやめるつもりはない。夕食は一緒に食べる。好きなラーメンの話もする。ゲームの話も聞く。親子のつながりは残しながら、学校や将来の責任だけを少しずつ本人に返していく。今の私にできることは、そのくらいなのかもしれない。

今日は少しだけ、息子の変化を感じる一日だった。昨日、「明日はラーメンを食べてから学校に行こう」と話していたこともあり、息子は自分で朝10時に目覚まし時計をセットしていた。とはいえ、10時にアラームが鳴っても起きることはできなかった。いつものことだ。11時頃に私が声をかけに行く。それでも起きず、ようやく11時15分頃に自分で起きてきた。それでも起きてきたということは、やはりラーメンに行きたい気持ちはあったのだろう。行列を覚悟していたが、実際には10分ほど待っただけで入店できた。私はもっと待つものだと思っていたので少し拍子抜けした。その後は息子は早く学校へ向かいたがっていたが、先生の都合もあり、予定通りの時間で面談を受けた。帰りは電車で一人で帰宅した。こうして文章にすると当たり前の一日にも見える。しかし、不登校になってからの息子を見ていると、「自分で起きる」「家を出る」「電車に乗る」「先生と会う」という一つ一つが決して当たり前ではない。私が帰宅してから夕食の時間に少し話をした。「今日、先生と何を話したの?」と聞いてみた。すると息子は、「忘れた」と一言。何かあるだろうと思ったが、本人にとっては特に印象に残る内容ではなかったのかもしれない。あるいは、単に話したくなかっただけかもしれない。明日は通信制高校になって初めてのスクーリングだ。私は学校からもらった時間割を息子に渡した。すると、「授業開始時間は知ってるよ」という反応だった。そして、そのままゲームに戻っていった。親としては、「本当に行くのか?」「何時に起きるつもりなのか?」「準備は大丈夫なのか?」いろいろ聞きたくなる。だが、ここで何度も確認しても仕方がない気もする。時間を知っていることは確認できた。今はそれで十分なのかもしれない。不登校になってからというもの、親が言えば動くという場面はほとんどなかった。入学式すら行けていない。結局のところ、本人が動く時は本人の意思で動く。今日もそうだった。ラーメンを食べたいと思ったから起きた。家を出た。スクーリングも同じなのだろう。親にできることは、必要な情報を渡しておくことくらい。あとは本人がどう決めるか。さて、明日の朝――いや昼だろうか。息子は自分の意思で起きて、スクーリングへ向かうのだろうか。それは今の私にも分からない。ただ、今日は少なくとも一歩も動かなかった日ではなかった。そんなことを思いながら、一日を終えようとしている。

息子の親友は中高一貫校の高1だ。息子はゲームに溺れて勉強についていけず通信制高校に転出したが、友達はそのまま高1になり、勉強と部活とゲームを両立している。息子はゲームにその友達とはまっている。おそらく友達の方がゲーム歴が長く、息子よりうまい。ただ、息子は昼夜逆転で、昼過ぎに起きてゲームをする。ゲーマーとしてより一層うまくなろうと練習している。友達は学校が終わって部活を終えて、宿題を終えてゲームをする。隣の部屋で息子の話し声がする。どうやら友達は部活があることを理由に息子のゲームの誘いを断っているようだ。息子はヘッドフォンをしているから、自分の声が家に漏れていることをわからない。静かな口調で友達に食い下がる。”この日は部活行かないよな…大会があるよ…部活なにしているの? そっか。。ゲームの大会も大切だよね”、そんな口調だ。以前聞いたが、そのゲームは2人一組で闘う。息子はその友達がいないとペアになれない。ゲームより部活を選ぼうとしている友達に対して、やんわり釘を刺している。一緒にゲームをできないことに忸怩たる思いがあるのだろう。ただ息子も感情的になってその場で声を荒げることはない。柔らかく友達を説得してゲームを優先させようとする。きっと息子も、中学生活を共にした最後のゲーム友達だと思って大切にしている。この友達と縁が切れると、通信制高校に友達がいないので、リアル友達がゼロになる。ゲームも楽しくなくなるはずだ。だからこの友達に対する仲間意識は人一倍強い。ただ、このやりとりを聞いて感じたことがある。息子にとっては、やはりゲームが何よりも優先で、学校や勉強が頭を占める割合がほとんどない。午前中から夕方まではゲームより学校だよね…という、世間の皆さんが、小学校で身につけた優先度の感覚が、今息子にはない。この感覚を息子に身に着けないことには、おそらくこの不登校スパイラルから抜け出せないのだろうと思う。

中学時代、先生が息子に向かって”あなたはどうしたいのか?”と問われれていたことを思い出す。中1の終わりの頃だ。勉強についていけず、宿題も出さなくなった息子に対する言葉だ。ちなみにその頃、息子は好きな科目は体育と答えていた。進学校ではあったが、体育が好きで学校に行くのもいいじゃないか…と親としては勉強をしないことを重く受け止めず、軽く考えていた。その頃はまだ中1だから、中高6年間あるし、いつか勉強に向いてくれると思っていた。ただ中2でもどんどん成績が低下した。最後の面談で先生がマザーテレサの言葉を引用し、”やるかやらないかも自分の判断だ”、とおっしゃた。中3では担任も変わり”これ以上先生が何かを言うと彼がつぶれてしまうかもしれない…”と先生が言い始めた。優しいベテランの先生だ。不登校になることを心配して下さったのかも。結果として中3の10月に不登校になってしまった。振り返れば、進学校という勉強したい学生が集まる周囲の環境で、勉強を好きでないことに対して、”あなたはどうしたいのか?”と問われ続けた中学生活だった。息子が徐々に学校に行きたくなくなる気持ちもわかる。友達と体育の授業が楽しみだったみたいだ。友達と一緒に高校に行きたいから内部進学を希望すると、中3の9月まで言っていた。ただ、勉強はしなかった。高校は留年制度がある。今より勉強科目が増える進学校の内部進学は自分自身難しいと感じたのだろう。10月の面談で内部進学しないと自分で決めた。担任の先生は自分で決めたことを尊重してくれた。ただ、同時に息子は学校に行く意味を感じなくなり、不登校になった。高校は学校の推薦がある通信制高校に行くことになったが、高校のパンフレット等は自分で関心を持って一度も見たことがなかった。息子が選んだ理由は学校推薦があり、勉強しなくても入試に受かるから。まさに流されて決めた学校だ。オンラインがメインの通信制高校なので、学校に行く理由であった、友達と体育の授業もなくなった。だから、息子は4月・5月と通信制高校にも通えていない。今ブログにまとめていると、中学受験でボタンを掛け違えたことで、中1,中2,中3,高1と息子が下流に流されている。ただ、川の流れの一つ一つは理に適っており、なるべくして今の状況に陥っている。今の時点ではデフレスパイラルのように、良くない方向に水が流れている感じがする。なんとか食い止めたいと考える私がいるが、私の力ではどうにもならない感じだ。多分、親が何とかするのはもう難しいのだろう。息子が息子の意思で何かを決めることがやはり大事なのだと思う。今日のブログもそこに行きついた。結局最初に書いた、”あなたはどうしたいのか?”と言うセリフに帰着するのかもしれない。