”仕事探し?自分探し⁈”シリーズもまだネタは尽いていないのだが、仕事に慣れてきたのは良いのだが、疲れが出て来て持病が悪化し長時間PCの前に座れないのでえーん、しばらくはお休みして寝転がってスマホでも打てる短文シリーズにしようと思う。

まずは発想の転換について。

 

人間、年を取ると丸くなると言われるが、私も御多分に漏れず随分と丸くなった。ニコニコ

何かしら怒りの感情があったりして、文句ばかり付けるのが基本姿勢だった気がする。

前も述べたかも知れないが、クレーマーの一人が

「怒るのも疲れるんだよ、このトシになると…」

と言っていたのを思い出すように、本当に怒りの感情というのはスタミナを消費するものだと思う。

なので、年寄りは怒らなくなるというのも自然なのだ。(笑)

それは真理だが、私はある時点で考え方が大きく変わったと思っている。!!

東京に住んでいた頃は、まあバリバリのサラリーマンでもあったのだろう、”クール”な人間だった。

最近はクール=COOLと言うと”格好いい”という意味で使われる事が多いが、その当時は”冷淡な”という意味合いが強く、どちらかと言うとネガティブな形容詞だった。真顔

新宿、渋谷で飲み会の帰り道、路上で人が酔いつぶれていても素通りするのは勿論、通勤電車内に年寄が乗ってきた時も「この時間帯に乗ってくるという事はそれなりに覚悟しているのだから」と席を譲るのも”格好悪い”という考えだった。うーん

ある帰宅途中、都内の主要駅に向かう交差点で何だか忘れたが、配達用の3輪バイクが赤信号でブレーキをかけた。あいにく、雨上がりで路上がまだ濡れた状態だったので後輪が滑ってしまい、危うく転倒の危機。幸い、事故なく運転手も大事なかったのだが、積んでいた荷物が小物だったため、路上あちこちにぶちまけてしまう。自転車

が、青信号で渡っているサラリーマン・OLの誰一人それを拾ってあげる人間がいなかった。

当然、私もその中の一人だったが、通り過ぎてからも

「拾うの手伝ってあげた方がよかったかなぁもやもや

と思いつつ駅に向かったのだった。

このような発想が出るのは何十年ぶりかだったので、記憶に残っているのだろう。

それからしばらく経ってからの事。

地元で家人とランチの帰りだったのか歩いていたところ、年の頃はそうだな、50~60歳くらいだと思うが、作業着姿の男性が路上でへたり込んでいて、ご婦人が一人介抱していた。

”クール”な私は心配する家人に

「どうせ酔っ払っているだけだ。あの奥さん(と勝手に解釈)が何とかするだろう」

と何もせずに去って行った。あしあと

が、帰宅してからも気になり、さらにご婦人が通り過ぎる私達を見ていた目が忘れられなかったのだ。目

その時、件のバイクの記憶も出てくる。

「これは俺の生き方と何か違う」雷

”東京人はクール(冷淡な方)でなければならない”

というのが、何とはなしに共通した”常識”が今もある思う。

いやまて。

俺は今、埼玉県人だからホットで行くべきではないのか?

そもそも”他人がやらない事をやる”というのが俺の信念ではなかったか!?

と考えを新たにし、これからは変えて行こうと決意したのだった。

これからでなく、おじさんを介抱しに戻れよって話だよなぁショボーン

まあ、できる事からやって行こう。

まず最初に行ったのはクルマを運転している時に信号機のない横断歩道を見て、渡りたい人がいたら必ず止まるようにした。

そもそも、法律上はそうしなければならないのだが、止まらない人は現在も少なくない。

同じ運転関係ではゼブラゾーンには入らない。

これは法律違反にはならないが、それなりの必要があっての事なので守るようにしている。車

そして、満席の電車に年配者、障害者が乗ってきた時は席を譲る。

でも結構埼玉では席を譲る人いるんだよねぇ。

先を越される事が多い。

そもそも私も譲られるトシなんだよなぁ、場合によっては(笑)。

まあ、それはともかく置いておいて…

よく考えれば当然の事と言ったらそれまでなのだが、実践できている人って案外多くないと思いませんか?

こういう小さい事から始めるとこれまでの自分の考え方が大きく変わってきた事に気付くのだった。

今回は長くなったな爆  笑