電車の中   間違えて暖房

傘持った   おじさんと攻防

仕様がない  しばらくの辛抱


梅雨ですから


一週間くらいどうもダメでした。

壊れてしまった先週の金曜日以来。


でも金曜の借りは金曜で返す。


某西武線、ご近所仲間に高田馬場でSOCORROを叫んだら

来てくれるコたちが居て、しっぽりとタンタカタン飲みながら一晩過ごしたわけです。


愛想ナシの君が笑ったら

肝心なものが何かって気付くわけです。


・・反芻

周りに人が居ることが、何よりも何よりも大切なことなんだって思います。


そうだよねぇ


『対話を望むイスラエルとパレスチナの学生の為にその場所を設けたい』


2003年の夏、そんな思いを持つ学生が集まり、

「日本・イスラエル・パレスチナ学生会議」はスタートした。


イスラエルとパレスチナ、どうやら仲が悪いらしい、

でも話す場所さえ持てずにいるなら

日本人の学生がその場所をセッティングしちゃえばいいじゃないか。

そんな単純な思いつきからはじめたプロジェクトだった。


最初は本当に何もかも手探りで、

何しろ学生会議の中には

イスラエルとパレスチナが何処にあるのかさえわからないメンバーもいたし、

薄っぺらい新書を二、三冊読んだだけで何もかもわかったような気になってただやみくもに正義感に突き動かされているメンバーも多かった。


今さらながら本音を言えば、

引くに引けない意地とかもあったんだと思う。


何しろ何もかもはじめての学生会議だから、

実際にやろうという段になって

どうやら自分達がとんでもないものに手を出していることに初めて気がついた。

日本に誰か呼べばお金もかかる、人手もいる、責任も発生する。

過激な団体に狙われるなんてこともあるかもしれないし、

そもそもパレスチナから参加者が無事に日本に来られる保証なんてどこにもない。

そんな中で団体が崩壊していったり、

政治家や研究者の方々にプロジェクトの主旨そのものに疑問を提示されたり、

もう実現は無理かもしれないという、断念ぎりぎりのところまで、

メンバー全員何度も追い込まれたと思う。


そんな中で少しずつ少しずつ、

支えてくれる人々や、共にやろうと立ち上がってくれた仲間達が集まってきて、

日本・イスラエル・パレスチナ学生会議はプロジェクトを達成することができた。


続けるかわかんないけど、

このブログで

学生会議の経験を通して、当時僕が感じたこと、考えたことをなんか

少しずつ紹介していきたいと思う。


それはきっと今の自分を整理するのにも役に立つはずだから。





夢中で泳いで

後ろを振り返ってみたら


まだ島影はすぐそこにあって


それでなんだか安心して漂流してたら

ふと、僕は今どこにいるんだろうと思った。



最近、イヤな自分にまた遭遇するようになりました。

もう何年も会わなかったのに。

いなくなったわけじゃなかったんだね。

最近よく「ふんばば?」って疑問を呈されるので少しだけ。


・ふんばばはギルがメッシュ神話の森の王様に由来しています。

・スペルは適当です。

・名前が間抜けな割に主人公のエンキドゥやギルがメッシュより強いところや

・攻撃の方法が鼻息なところ

・なんとなく名前がカブるところに惹かれ

・高校生の時になんとなく携帯のアドレスに使い始めました。

・「もののけ姫」のシシ神様のモデルだとかなんだろかいうウワサもあります。

・大学一年の時に女の子に「夢を食べる怪獣かと思った」と言われましたが

・それは「獏」だと思います。ちなみに英語では“a tapir”です。

・僕らの世代によくある勘違いなのですが

・某カリスマ予備校講師の「うんぼぼ」とは違います。

・一度「フンババ教」なるものを授業のRole Playで布教して

・本気で怪しい宗教の名前だと思われたことがあります。

・アドレス交換するときに微妙に時々恥ずかしかったりします。

・スペリングは名前とかけてfumbabaです。

・世界の誰に言っても「プッ」って笑われます。


以上



金曜日の夜はパーティ。

毎週アニマルになる。


6時過ぎるともうワタワタ。

上司に出す報告書の後ろに、

間違えて全然関係ない某企業の決算短信書とかくっつけて

提出⇒発覚⇒拳骨⇒ごめんちゃい


ロビーで待たせた同期girlがちょっと不機嫌なのとか

全然気付かない振りをして丸の内線のホームにダッシュ。目指すは新宿。

きっとおなかが減ってるんだろう。


7時10分、遅れ気味にピアノコンサートに到着。

珍しいことにスタイルはデュオ。

メンデルスゾーンで心蕩ける。


お次も待ったなし。すかさずタクシーを捕まえて大久保へ。

コンサートで見かけた後輩を伴いフラメンコ。

中途半端にラテン系な自分としてはとても居心地よく。

ワインを飲みすぎ酔いの淵へ。

Ole Bonita!Vila bien!


それでも終わらないのがFriday Night

新宿のバーみたいなところで

日本VSバーレーン戦を観戦。

なんだかダメな雰囲気だったので

哀れな後輩氏を引きとめ生贄に。


こちらは眠気と酔いでアタマくるんくるん。

試合なんか見ちゃいない。

見知らぬ女の子にやたらに親切にされるも

まともに会話もできない有様。


国民的遊戯を前に盛り上がる皆様の声を聞きつつ

ついついウツラウツラ。


試合後バーを出て未だに飲む気満々な同期menを残して

同期girlと一緒に後輩氏の家にタクシーでなだれ込む。


サンクスで焼酎を購入のウチラを尻目に

後輩氏は厭きれた目をしながら即効就寝。

しょうがないので残された社会人2名もスーツのまま折り重なるように就寝。


翌日授業に出かける後輩氏より

はるかに堕落した社会人2名は

「いってらっしゃーい」

なんて寝ぼけた声出しながらもお昼過ぎまで蒲団の虫。


起きて5センチの距離に同期girlの顔を見て

なんとなくお互い

偽恋人気分で3時までだらだら。


くしゃくしゃのスーツを身につけ

黄色い太陽に目を細めながら神田川を渡ってなぜかラーメン屋へ。


そして夜は志し高きNGOの人たちと白木屋で馬鹿騒ぎ。



嗚呼なんて素敵に自堕落でどうしようもないウィークエンド



角田 光代
東京ゲスト・ハウス 河出書房 1999年


自分の中に居るもう1人の自分

「薄ら笑いを貼り付けたもう1人」


“そいつはいつも中途半端な笑みを浮かべて、

ぼく自身が何かか考えたり疑ったりするより先に、

あてがわれた場所にいち早くなじんでみせ、

条件反射的に言葉をつなぎ、おもしろくもないのに馬鹿笑いをし、

それでうまくやっていると信じてる。

実際そいつに立ち回らせておけば日々はとどこおりなく過ぎていくのだ”



・・ふと考えてみる。


旅に出てると、


うまく立ち回る必要も、飾る必要もない。

毎日起こることをひたすら見て聞いて感じて

感覚を取り戻す。


あ、生きてる、しっかり生きてるじゃん自分。

何の修飾もなく 笑えてるし怒ってるし哀しんでるし楽しんでる自分に気付くことがある。

生きることに対して誠実になってる自分に気付くことがある。


そんな感覚を取り戻したくて旅に出てた。。のかも。


それってやっぱり心地よくて、

何よりもやっぱり自分が自分で居られるから

いつだってホントは旅に出たい自分が居る。


(あるいはそんな旅だから

自分は誰にだってなれちゃうし

どんなふうにだって振舞えちゃうから。

それもとっても気楽に)



でも考えてみると、やっぱり自分の家は東京にあって

悔しいけど僕は結局City Boyだから

帰るべき場所はここと思う。



ここでしっかり生きていかないといけない。


生きていくことから逃げちゃいけないと思う。


生きることを「薄笑いをはりつけた自分」に任せちゃもったいないから。

僕はこの街で、僕らしく生きて生きたいと思う。



最後の5ページでストーリーは展開する。


“おみやげなんかいらない、私の知らない場所の話なんか聞きたくない

私が聞きたいのは、あんたが何を見たかってこと

私のいない場所で、たった一人で、何を見て、どう思ったかってこと”



毎日埋没しないように必死で生きていくからこそ

悔しかった。

もうダメだと思って、もう1人の自分に生きることを委ねたりもした。


旅に出る方 送る方 迎える方・・・

とってもとっても感じてしまいました。



僕は今ある業界のデータを作成する仕事をしている。


ここんとこやってたのは

「設備投資」について世界中の主要企業やマーケットの動向をまとめること。


それでアフリカをみる。東欧もみる。

湾岸をみて、南米をみて、ロシア含んだ西欧も、アジアもオセアニアも北米もみる。



まとめる。


この計画で、いくら投資してて、この設備の生産能力はどれくらい上がって下がって、誰が儲かって損して、何を作れるようになって捨てることになって、政治情勢はどうなってて、マクロ的に俯瞰したときに業界に対するインパクトはどれくらいで、そんな設備投資の状況からこんな最近のトレンドが浮かび上がって、、、


せいぜい半年分くらいしかやってないんだけど信じられないような量のソースに目を通した。


情報化社会なんて、せいぜいがGoogle位しか使ってこなかった自分的には、へぇぇっそうなん?

って感じだったけど本気で調べるとマジで情報洪水。


その量に比してなんと自分のちっぽけなこと。


問題は物事の背景を伝えられないジレンマに陥ること。


こっちは膨大な量の情報に目を通しているからわかった気にはなっている。


でも残念ながら、

1トピックにつき、まとめるスペースはせいぜいがエクセル1行4項目+備考。


例えば、こんなニュース。


某国で昨年の某企業民営化。司法判断二転三転だって。民営化の場合によっちゃ某M社にとって相当おっきなチャンスが転がり込むかも。これって設備投資ではないだども。トピックスとして注目すべきだわな。

しかしそういえばあそこ最近政権交代合ったからなぁ。政治的にも混乱の極みだし、経済的にはキッツキツだろうな。そんなんで外資入って民営化だなんだって、住んでる人的には全く腹の立つ話だろうな。あ、やっぱり国営企業のクセしてレイオフして暴動起きてら。お、地元労働者の父ちゃんの話だって。うんうん。ひでぇなぁ。学校行けないんだ子供。だいじょぶかね、てか不条理だよなぁ。ひでぇなぁ。


まとめる。


某国:某企業民営化計画:20XX年売却:施設能力値:

備考⇒司法判断未定。買収にはM社の他数社が関心。某国はOOによりXXリスクを抱えることにも留意。




・・・・・。


まとまるかー!!!



情報の海から掬っているのは自分の手なのに、

こんなんじゃ、色々選んでいるうちにたいせつなものがみんな零れ落ちてしまう気がして。


そこに暮らしてる人の生活や笑顔泣き顔、

想像できるかな、自分。

 

そりゃ営業データにはなるかも知れないけど。。

人の顔が見えないんだよそれじゃ。


確かにそれぞれの顔想像しながら世界中のニュース全て追っかけてたら

パンクしちゃうだろうけどさ。



でも現実はシビア。そんなことを頭の片隅で思いながらも。

デキリーマンになるために淡々と事務的に情報の洪水をデータ化していく。


いや、逆か。

そんなことを頭の大部分で考えながらも、

ちょこっと片隅だけつかって淡々とデータ化。



軽く自動書記状態トランス系。



でもそんな自分の葛藤する感覚や想像力は

ずっと大事に持ち続けたいと思う。

かぼちゃ


草間彌生 
Pumpkin(黄)  2002年 表参道にて



The Pumpkin is everywhere.

ある海岸でも見たし、今はこうして表参道に鎮座ましましている。


時には台風で海に流されたり

こんな箱に都会で収まってたり

赤かったり

青かったり

緑のもある



大きさもシチュエーションも色もバラバラなのに

かぼちゃはいつもかぼちゃ


6月になった。



先日久々英語まとめてを使う機会があった。


久しぶりに危機感を感じた。


わ、やばいなと。


数ヵ月後、誤魔化しの聞かない英語圏で

ちょいとハードなプログラムを計画している身としては改善が不可欠。


実は学生時代に付き合ってたあるカナダ人に言われたことがある。

言語その他ノンバーバルな能力含めてあなたのコミュニケーション能力はすごいけど、 

話すことと、通じることは違う。私はあなたと話がしたい。


愛や友情や気合は確かに言語の壁を越えられるけど

その壁は決してなくなるわけじゃない。

コトバは人間の一部だし、血だし肉体だ。


そんな時、私はpure Japaneseなんです。

なんて全然言い訳にもならない。


ちょっと頑張ろうっと。