「何度も言うけどさ、なに食いたいって聞かれたから俺はハンバーグって答えたんだよ?」
「何度も言うけどな、なんで毎回ハンバーグなんだよほかにいくらでもあるよな?おまえたぶんハンバーグに呪われてるぞ?」
「そうなの?おいしいから呪いでも祟りでもいいよ」
潤くんと食事に行くとき恒例のやりとり。それを今日も飽きずにマンションのエレベーターで。さんざん文句言うくせに結局はハンバーグにつきあってくれることを俺は知ってる。平和。
「お、智さんだ、おつかれっす♪」
マンションの玄関を出たところで、たったいま仕事から帰宅したらしい智とはち合わせ。き、緊張。お店じゃないところで見る智は、なんていうか、智の生放送みたいでちょっとちがう。私服だし。すぐそこのスーパーの袋さげてるし。
「おか、おかえり……なさいっ」
情けないほどドモりだす俺。
潤くんも智も笑ってる。
「おー、遊びにいくのか?」
「あー、…智さんてこのあと予定ありますか?俺これから仕事はいっちゃって、急ですけどカズ置いてってもいいですか?」
「えっ?!ちょっ、」
「ひとりで帰すとすぐナンパされるんで♪」
「、ちょちょちょ 潤くんっ!」
眉間にしわを寄せて無言になる智。
こーわ。潤くんめ、よけーなことを…。
「…メシ食ったか?」
「え? えっと、まだ…です…」
「食ってくか? カレーあるぞ?」
「あ、うん、食べたい……です…」
なぞにカタコト敬語な俺。「じゃあな♪」って俺の背中をぽんぽんして、智に会釈して潤くんは行っちゃった。これってもしかして、智との時間をつくってくれたのかな…。それってつまり、突然のお宅訪問…。
エレベーターではお互い無言だった。さっきの潤くんとのバカな会話が懐かしい。部屋にあがるや観覧車が見たいとさっそくベランダへ避難する自分。ヘタレすぎないか?深呼吸しながら緊張をほぐしてると、部屋の中からいい匂いが漂ってくる。
スパイスとかハーブかな。胸が透くようなきもちのいい匂いを吸い込んだら、コーヒーの匂いもしてきて。おいしい。で、好きな人の部屋の匂いをやたらクンクンしてる自分に引いた。
「和ーできたぞー」
「え もう?ごめんなんも手伝わなくて…」
「あっためただけだ」
コーヒー牛乳にガムシロップ入れてくれる智。野菜も食えってピクルス山盛りにしてくれる智。ルーの真ん中に温泉卵おとしてくれる智。おもてなし智。…なんかかわいいかも。
「おいしー♪ まえと味ちがう?気のせい?」
「なんでか同じ味にならん。なんでだ?」
「へー、スパイスの配合同じなのに?」
「いや、勘で」
秒で原因判明。だいぶ攻めた作り方してる。なのにちゃんとおいしくできてる。料理上手。智ってなんでもできるんだな。……かっこいい…。
「和」
「んー?」
「ナンパされたのか?」
「ぶふっ!えっ?!やっ、ち、ちがうから!さっき潤くんが言ったのアレ冗談だからね!酔っぱらいに絡まれただけだから…それだけだから…」
「そうなのか?」
「そ、そうなの…です…」
…気にしてくれてる?まったく潤くんがよけいなこと言うから…。でもあれがきっかけで潤くんと知り合ったんだっけ。最初はずいぶん強引な人だと思ったなぁ…、いや今もそんな変わんないか…。
「ふふ」
「なんだ?」
「潤くんと知り合ったのその酔っぱらいに助けてもらったときだったなぁって、思い出した。いきなり超こわかったから今こうやって友達なのなんか不思議」
「かんじいいな。顔濃いけどな」
「んー、友達の家に泊まらしてもらったのって潤くんがはじめてだし、就活とかいろいろ相談のってくれてやさしいし、超頼れるアニキってかんじ♪」
泣きながら智のこと相談しました。
なんて口が裂けても言えない。
「雅紀より頼りになるな」
「はは、それまーくん怒るよ?」
……て、俺しゃべりすぎてない?でもいい雰囲気?なんか恋人っぽくない?て浮かれたとたん智と視線がバチンッ。からのしばし見つめあう。汗。
……汗汗汗。
無言の空気に耐えかねて食べ終わった智の食器たちも引ったくって洗い物に避難。したはずなのに、智が俺の真横に来てしまった。う。
……えと、並んでる智と肩がくっついてるのは気のせいじゃないです。ド緊張。智はいつもどおり。かな。女の人とおつきあいしたことあるなら、こういうこともきっと緊張しないだろうし…。なんて内心いじけてたら、ふいに智が俺の後ろに立った。
「さ、さっとしっ?!」
「横にいたらせまいだろ」
背後から俺の腰に腕をまわされた。ので、抱き、しめられてるということでまちがいない。です。左手にスポンジ。右手に皿。両手が泡だらけで身動きがとれない俺。ふり向いたらそこに智の顔、という距離なことは、それだけはわかる。
どうしよ、ってどうしようもないけど、
智、なんで急に、さ、さわってくるんだろ…
どうしよ、どうしよ、ど……ぅわからんっ
「、さ 智っ、絵みたい!絵みていい?!」
お、思わず大きな声が出てしまった。すこしして、名残惜しそうに智の両腕がほどかれたとき、そそ、て耳たぶあたりになにか触れた。一瞬のことで、それがなにかわからなくて、わからないけどたぶんだけど、智のくちびる、だったかもしれなくて……やーっ!!…どどどうしよ、汗がっ、どうしよ、ど、ど、
だからわからんっ!!もんのすごいスピードで洗い物を終えて手を洗ってシンク周りをガシガシ拭いて智から逃げるようにベッドのほうへ駆け込んで体育座り。歩いて5歩くらいのとこ。そこ。なんだけど。
あ、
「これ、新しい絵? いま描いてるの?」
「まだ下書きだ。和、なんに見える?」
「えーわかんない、なにかのかたまりかな…やわらかそうにみえるけど……、マシュマロ??」
答えると智は笑った。
「んふふ、マシュマロか」
「ちがう? あ、わかった、パンだ!正解?」
「まだ時間かかる。完成したらな」
その言葉にドキッとした。
絵が完成したらみせてくれるんだ…。
俺、みせてもらってもいい存在なんだ…。
壁を埋め尽くす絵をみあげながら、いくつか質問してみた。あれはどこ、とか、あれはなんの花、とか、なにつかって描いてるの、とか。俺は体育座りして智はあぐらかいてて、いっしょにコーヒーのみながら知らないこといっぱい教えてくれる。
智も俺も笑ってる。なんか不思議。
好きな人といる時間てこんなに幸せなんだ。
ずっと、こうしていられたらいいのに…。
ほとんど怒りにも似た感情だった。
なんで。なんで今なんだよ。
条件がそろってたっていえばそれまでだけど。部屋があったかくてお腹いっぱいで、香ばしいコーヒーの匂いがして、となりに智がいてくれた。
ゆめの内容はよく覚えてない。けど、泣きわめきながらしがみついたらしいことは、智の顔を見たらなんとなくわかった。心配すんなって言ってくれた。寝ながら走る人間だって世の中にはいるんだって。ひとりで平気だって断ったけど、智は駅まで送ってくれた。
「またあしたな」
別れ際、笑ってそう言ってくれた智の背中を見送りながら後悔してた。智は仕事を終えて疲れてたはずなのに、自分の時間を過ごしたかったはずなのに。俺は突然家に押しかけて、勝手にひとりで浮かれて迷惑かけただけ。こんなはずじゃなかった。
なにやってんだよ。俺。
*****