自慢じゃないけど。

俺がつきあう男は料理ができる。

そしてなぜか、異常に麺にこだわる。





「そこのコンビニで買えるじゃん」


「ダメダメー、いつもの3食入りのちぢれ麺のじゃないとタレと絡まないし、せっかくならおいしいほうがいいでしょ?だから買い物行こーよ♪ドンキドンキ♪」




冷やし中華が食いたいと言いだしたのは俺。作ってくれるのは恋人。だから俺が行かない選択肢はない。それにたぶん、恋人は休日前夜をささやかな夜遊びデートで満喫したいのだと思う。




「翔ちゃん、ねぇ 花火の匂いしない?」


「マジで?…する?雅紀って嗅覚よくない?」


「するする、あっちから風にのってきてる」




軽快に自転車をこぐ細身だけど広い背中。腰に腕をまわすとやっぱり細い。どこにあんなスタミナがひそんでいるのか、さっきまでの行為が不思議に思える。





生まれてはじめての経験に途方もなく混乱していたあのころより、できることが増えた。言葉で伝えたり、ふれてたしかめたり、多少の人目はスルーしたり。今でもときどき思う。あのころ言葉にしていたら、ちがう未来があったんだろうか。




「翔ちゃん ただいまぁ♪」

「おかえりー」

「ただいまぁ♪ はい♪♪」

「え? …あ、あぁ」



今夜、恋人がうちに来たとき。玄関で大きく両腕を広げて待っているから、おとなしく開かれた胸におさまって背中に腕をまわした。ぎゅ。「ふふ、ただいまぁ♪」と、もう一度耳元で言われたとき、なんとなく、あれ?



いつもなら自分でドアを開けるのに、なぜか今夜はインターホンを鳴らされて俺がドアを開けた。もしやこれは。



「雅紀ー」

「なーにー?」

「さっきなんでピンポンしたー? 合鍵失くしてないだろなー?」

「まさかーちゃんと持ってるよほらー♪でもこれは使わないでおくんだー♪未来のー、りょこうれんしゅうだからー♪」

「えぇー?」



うまく聞き取れなくて体を離す。
体をよじってななめ後ろからのぞきこむ。



「りょこうれんしゅうしてんのー!!」

「あーっ?! なんつったー?」

「だーかーらー、いっしょに暮らすときのために今からやっとくんだってばー♪」

「……それってさー、予行演習のことー?」

「えーなにー?なんてーー??」



ふたりとも前を向いてるから、真夏の夜の風や行き交う車たちが、俺たちの大切な話や恋人の語彙力をみんなさらっていってしまう。



あのころも今も変わらずに思う。この世界に終夜営業のディスカウントショップがあることは救いだと。灯りを求めて真夜中でも多くの人たちがやってくる。



目的のものをカゴに入れながらムダに売り場をうろうろしてしまうのは、さっきの恋人の発言に少なからず戸惑っているから。



" りょこうれんしゅう " じゃなくて。
" いっしょに暮らす " ほう。



まだ交際数ヶ月。大学生の彼がもうそんなことを考えているなんて、さすがにせっかちだと思ったけど、どこか照れくさくも感じて。袋菓子の棚をたのしげに物色してる恋人の横顔をこっそりのぞき見してたら、



「あっ櫻井くんだーっ♡なにしてんのー♡」

「久しぶりじゃーんなんか買ってー!」

「このイケメンだれ?翔の友達??」



またか。週末の夜にここでむかつくヤツら回避するアプリないのか。目が痛くなるような臭いを放ってあいかわらず貸し切りとかんちがいしてる騒々しさ。男がいないだけまだマシかと思ったのもつかの間、潤のときに居合わせた女がひとり、したり顔で混ざってる。



「…大学んときの」



小声で恋人に伝えれば、いつもとかわらず礼儀正しくあいさつしていてむしろ謝りたい。となりにいる男がちがうだけであのときとほぼおなじ状況。潤が俺の『友達』じゃないと気づいていただろうその女が、ど真ん中にきれいに投げてくる。



「超イケメンのトモダチ、元気?」

「…トモダチ? だれ?」

「いたじゃん、オンナで勃たないトモダチ」



消えろ。人としての尊厳どこにおいてきたんだこいつ。酒売り場だったらおまえの頭ボトルで割ってるぞ。ほかの女たちも前のめりになって半笑いでその話題に食いついたとき、となりにいる恋人が大きな声をあげた。



「それ、俺ですっ!俺俺!!翔ちゃんの友達で超イケメンて確実にぜったい俺しかいないですから!ほかみんな超ブッサイクなんで!!」



「ね、そうだよね♪」と、同意を求められて「おまえ激しく失敬だな?」と返せば、笑いにして盛りあげてその場をおさめてくれたのも、彼氏ができないと愚痴る女たちをなだめすかしてくれたのも、そんなことしなくていいはずの恋人だった。



さんざん無礼と不愉快のかぎりを尽くしておいて、カラオケにいる友達に呼ばれたとかなんとか言って女たちはいなくなった。ちょうどいい暇潰しが終わったみたいに涼しい顔して。



「雅紀ごめん」

「なんで翔ちゃんが謝るの?」

「………」

「ふふ、俺は平気だよ。翔ちゃんのことが好きでいじわるしてんの丸出しだもんねあの子。俺たちがイチャイチャしてんのうらやましがってるだけじゃん、それはそれでかわいくない?」

「……………」



彼の受けとめ方にはまるで共感できなかった。俺や潤のこと。そして雅紀のことも。『オンナで勃たない』俺たちへ向けられた男に見向きもされないオンナたちの蔑んだ目。純粋でやさしすぎるその見解は、あまりにも俺とちがいすぎる。



女が口にした『超イケメンのトモダチ』が、かつての俺の恋人だと気づいてる。俺が話さないことを他人の口から聞かされて気分がいいわけないのに、そのことには触れないでいてくれる恋人。




「そう言う雅紀さんもしっかりロックオンされてましたよ?気づいてた?」

「げ マジで?だれ?どの子?」

「茶髪ロング」

「げげ、マジで?!たぶんだけど香水クサイのあの茶髪でしょ?マジムリなんですけどあれは公害だって!となりに立ったら本人のまえでぜったい吐くよ俺、おえー」




まわりの友達なんで平気なの? と、純粋ゆえに感想が辛辣が過ぎる恋人。茶髪ロングには気の毒だけど、聞いているぶんにはけっこうおもしろい。



帰り道は歩いた。恋人が自転車を押して、俺は両手にガリガリ君を持って恋人の口まで運んであげる。ひとくちかじるたびに顔をほころばせる。どれほどこの笑顔にすくわれてきただろう。




「雅紀」

「なーにー」

「鍵失くすなよ。今からりょこうれんしゅうすんのもいいけど、いつかいっしょに暮らすときには使うんだからな」

「もちろん!ぜったい失くさないよ。翔ちゃんからもらった宝物だもん」




ポケットから取り出したキーリングを俺に見せてくれる。宝物。ありがとう。それは俺のムカシノオトコとお揃いだよ。もちろんそんな不都合なことは言わないし、言えないし、これからも一生知らないでいてほしい。




「考えてくれてるの?」

「なにを?」

「いっしょに暮らすこと」

「…雅紀の就職が先。それからだろ?」

「ほんと?わかった!俺がんばる♪」




こっちの両手がふさがっているのをいいことに、ソーダ味のキスを不意打ちされる。たくさんのことをふたりで積み重ねた。ひとつひとつ。少しずつ。そうやって俺たちは仲を深めていった。






はずだったんだけど。






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