「和ー、買い出し行くぞー」






バイトおわりに智に誘われてしまった。どうしよ。うれしい。けどこのあいだのことがあっただけにうれしさよりも緊張感のほうがどうしてもあって、あるんだけど、智に名前を呼ばれて誘われるのは、やっぱりうれし過ぎて。




迷惑かけたくないし、後味悪いのヤダ。

深呼吸。今回は慎重に挑む。




今日は智の部屋に行ってもごはんは食べないし、買い出しのものぱっぱと片づけて、絵のつづきをみせてもらって、万が一お茶してもぎゅっと短い時間にして、そんなこんなですぐに撤収!とにかく、智に迷惑かけるようなことは絶対しないで無事に帰る!よしっ!!





「和」


「………、よしっ!!」


「和」


「……はっ、    あ、な、なに??」




やば、あっちの世界へいってた…。

智に呼ばれて我にかえったのはドラッグストア。例によって例のごとく、カートを押しながら重たいものばかりカゴに入れていく智の隣を歩いていたはずが、本日のミッションで頭いっぱいでひとり売り場をうろうろ腕組みしながらぶつぶつぼそぼそ…自分かなりヤバい人だな…。




「ほしいのか?」


「え?」


「それ」


「それ?」




目の前に……、ッッッ!!!

訂正!!ヤバい人っていうか変態!腕組みしてぶつぶつ言ってる自分ものすごいじっくりと吟味してるみたいじゃんキモチワル!!




「ち、ちが、ほしくないよ!!」


「どれがいい?」


「ほしくないってば!!」


「そうか?たぶん必要だぞ?」




絶句。からの真っ白。

色とりどりのコンドームの棚のまえで、いつになく真剣な表情の智。と、まったく許容範囲を越えた質問に口ぱくぱくな俺。ふいに、後ろから抱きしめられたときの智の腕の感触がよみがえる。












「和也ーーーっ!!!」





突然の叫び声に防御体勢で身構える俺と智。恐る恐る顔を見合わせて叫び声の方へふり向いた。




「おばちゃん!!」


「久しぶりじゃないの元気にしてた? あんたぜーんぜん顔見せないんだもの、ちゃんとごはん食べてんの?」




俺の名前が店内全員に無事知れ渡ったところで再会の挨拶。サンダルつっかけた割烹着姿で酒やら調味料やらトイレットペーパーやら、智よりド派手にカゴからあふれかえってる。




「店長さんこんばんわぁ、和也がいつもお世話になってますねぇ♪」


「こんばんわ」




と、会釈する智。に照れる俺。なにこの感情。バイトをはじめてすぐのころ、うちの店に買い物に来て智とあいさつしたとおばちゃんから聞いてた。あのイケメン店長さんモテるんでしょうねぇ、とかなんとか、適当に聞いて適当に流せたあのころの自分が懐かしい…。




面識があるとはいえ、智といるところを知ってる人に見られることなんてなくて、おまけにこの商品の棚の前って……激しく気まずい…。俺のバカ。久しぶりだしおばちゃんにはわるいけどここは早急に撤収しよ…、




「ごはんこれからでしょ? ならうちで食べていきなさいよハンバーグ作ってあるから。店長さんもいっしょに寄ってってくださいね?ね?」




おばちゃーーーんっっっ?!?!?

うそでしょ?ちょちょ、ままま、ヤババ、今日はそういうのはぜったいダメなんだってばって、う、どどうしよ……




「で、でも、急には…」


「ダメなの? 予定でもあるの?」


「予定、ってわけでもない、けど…」


「なによー 食べてきなさいよー」


「えっとー、さ、智  …どうす    」


「ごちそうになります♪」




智ーーーっっっ?!?!?

即答?!うそでしょ??しかも俺がしゃべってるのちょっと食い気味で入ってきた??ぜったい断ると思ったのに…、そんなにお腹すいてたのかな?仕事あがったばっかりだし?




俺の綿密なミッションインポッシブルがなにもしてないうちにインポッシブルしちゃった。ど、どうしよう。いやむしろここからのほうがよりミッションインポッシブルなんじゃ。急展開が過ぎる。映画みたい。大丈夫じゃない。不安しかない。心配。そわそわ。緊張。わなわな。




今世紀最大にネガティブフルマックスな俺のとなりで、でも智はいつも通りで。なんならちょっとたのしんでいるように、見えなくもない。




友達を連れてきなさいと言われたときには友達がいなくて、ようやく友達らしい友達ができたときには世界が変わっていたから。久しぶりにのぞいたおばちゃんのお店には、それまではやってなかった仕出し弁当がカウンターに並んでいた。




「お店の営業できてる?大丈夫なの?」


「あんたに心配されなくても大丈夫よ。しっかり食べてしっかり寝て、お天道様浴びて動いてればたいていのことはなんとかなるもんよ」




おばちゃんの昔からの口ぐせ。夜の仕事をしながら学校に通って、若くしてお店をもってずっとひとりで切り盛りしてきた人のガンチクあるお言葉。家族で遊びに来るといつもごちそうで迎えてくれた。




「こっちは大丈夫だけど、そっちはどうなの?」


「え?」


「あんたたちはうまくやってんの?」


「……うまくって?」


「おつきあいしてるんでしょ? 店長さんと」




絶句。からの真っ白。再び。




……そ、空耳? 聞きまちがった? 

でもつきあってんでしょって、そういう意味でしかないよね。たぶん。いやでも、でもなんで、なんでおばちゃんが知ってるの?会うの何ヶ月ぶり?衝撃すぎて声出ない。体が、動かない。




ていうかそもそも

俺と智って、つきあってる?





「どうなの?」


「や、えっと…」


「そうなんでしょ?」


「それは、……」


「まどろっこしいわねどっちな     」


「、つきあってますっ!!」





っっっさ、っ、としっっっ?!?!?

ちょ、く、食い気味どころかばっさりぶった斬って宣言しちゃったよこの人…、どうしよ、あ、お、俺もなにか言わな




「つきあってます、俺たち」




挨拶が遅くなってすみません、と、智が静かに言葉をつづけた。俺は呼吸停止。き、きゅーきゅーしゃよんで。口ぱくぱくさせて隣の智とおばちゃんを交互に見あげてるだけ。




「いいのよそんなにかしこまらなくてもー、ほら座んなさい食べなさい」


「や、でも、おばちゃんなんで俺と智のこと…」


「なんで?」




情報の出所がまったくわかんなくてコワ過ぎる。どこから俺のどんな情報が流出しておばちゃんまでたどり着くの??



え、まさかまーくん??

……は、まーくんごめん、そもそもまーくんとおばちゃんまだ面識ないんだった。



え、まさか潤くん??

……は、潤くんごめん、そもそも潤くんとおばちゃんまだ面識ないんだった。



え、まさか翔くん??(以下省略)




でもほかに俺と智のこと知ってる人なんて…え、まさかユウくんとハルくん?(以下略)いや待てよ、さっきアレの売り場にいっしょにいるところ、見られた、から…??




「なんでってなに言ってんの?あんたが私に言ったじゃないの」


「まさか!そんなこと言ってない!ぜんぜん記憶ないんだけど???」


「よっく言うわよ『店長にチョコあげたら喜んでくれたー♡』って、あんためずらしくデレデレうれしそうに言ってくるんだもの、あらまーそういうことなんだわーって思うじゃない?思わない?私が勝手に思いこんだだけ?」




あはははー。

高らかに笑うおばちゃん。ため息。泣いていいですか?なにも流出してません。誰のせいでもありません。ぜんぶ俺のせいでした。いや、これって俺も悪くないよな…。妙齢の女性の勘がスゴすぎて震える。みそ汁すすりながら笑いこらえて肩がぶるぶるしてる智。




「まぁ私の早とちりなんでしょうけど、なにも問題ないわよね?」


「はい、なにも問題ないです」


「そ、ならいいのよ。智くんおかわりは?」


「おねがいします」




問題ない。そう言って最後のひと口を頬張って、カウンターの向こうのおばちゃんに茶碗を差し出してる。俺はといえば、たった今起こった衝撃からまだ抜け出せなくてなんとなく外野。茶碗を受けとった智がおばちゃんに質問してる。




「休みの日ってなにしてるんですか?」


「休みの日?千切りかな?」




おばちゃんの即答に智は爆笑。ずいぶん昔の正月にもまったくおなじ会話を家族でしたことがあったっけ。あのときもみんなで笑い転げた。




「なに笑ってんのよ失礼しちゃうわねー、千切りが好きでこの商売やってんのよこっちは。智くんこそ休みなにしてるの?」


「あ、智ね、絵描いてるの!すごいの!!」


「あんたちょっと邪魔しないでよ私が智くんと話してんだからー、ほらこれ食べなさい、これもこれも食べなさい」


「いやもう食えないって勘弁してー」




おばちゃんが俺のまえにコトコト小鉢を置くたびに智が笑う。んふふ、て、ちいさく。




「智くん 絵描くの?」


「すこしだけ。シロウトの描くものです」


「みんなそこからはじまるのよ」





……智?

それまでたのしそうに話してたのに、どこか気まずそうに眉をさげた笑顔で濁す。絵のこと、もっといっぱい話してくれると思ったのに…。




「姉さんにはあんたから話しなさいよ?」




帰り際のおばちゃんの言葉で、夢みたいな時間から醒める。おばちゃんは知ってるんだ。もうずっと会話らしい会話なんてない俺と母さんのこと。どこかでその話をしなきゃいけないのに、俺がずっと逃げ続けてること。





「和、ひとりで駅まで行けるか?」


「え? …あ、うん大丈夫…、ていうかすぐそこなんですけど?」


「んふふ、ナンパされるなよ?」


「されないってばっ」




   …いつもなら部屋まであがるのに…




心の隅でそう思ってる自分がいる。マンションの下まで来てるのに今日はそうしない。あしたの勤務は午後からのはずなのに…もうごはん食べたから?でもこわくて聞けない。へんな沈黙。視線がおよぐ。向かいのコンビニとか、駐輪場の自転車とか、足元とか。智、俺のこと見ない。




「…あの、ありがとっ」


「ん?」


「…つきあってるって、言ってくれて…」


「……ん…」




どうしよ、気のせいじゃない。俺はまちがえた。わからないけどまちがえたことだけはわかる。言いようのないなにかが襲ってきたとき、智の右手が俺の左手に触れた。




「またあしたな」




一度だけぎゅ と握りしめられて。

そう言った智は、でも、俺を見ない。




ぜったいまちがった。おばちゃんのとこに智を連れてくべきじゃなかった。俺たちの関係がこんなに早く家族に知られるなんて、そんなこと、やっぱりイヤだったんだ。




どうして気づかなかったんだろ。

俺たちの関係はフツウじゃないのに。





『なにも問題ないです』





そう言ってくれた。うれしかった。

俺たちはなにも問題ないんだって。

でも智は、その日から俺を避けるようになった。







*****