「来てくれるだけでいい」





恋人のその願いを叶えてあげたくて、無理をしたのは事実。彼の広大な交遊関係の大海原で漂流中。苦痛じゃないと言えば嘘だけど、今夜の主賓はゲストに囲まれてそれどころではなさそう。誰にも紹介するな。俺がそう言ったから仕方ないけれど。




「翔さん、コーヒーのみに行きましょう♪」




所在なげにしている俺を見つけてくれて、主賓の目を盗んで息苦しいそこから連れ出してくれた恋人の兄をあやうく好きになりかける。「かけおちみたいですね♪」と、意味不明にわくわくしているのもわるくない。




潤よりもユウとコーヒーを共にする時間が増えていた。潤のことを話せる唯一の存在。心の拠り所にしていたはずが、どこからともなく情報が筒抜けになっている事実が判明。




「ナナさんに教わったこと実践してますか?」


「……あのじじい、次会ったら殴る…」




愛情表現について授かったクソほども役に立たないアドバイス。その進捗状況をわざわざ報告する義務はないけれど、どうすればいいか八方塞がりなのは今も変わらない。




「花なんて贈れるか。それができたらそもそも悩んでねーよこっちは」


「うれしい。潤さんのことで悩んでる翔さんかわいいです。潤さんに見せてあげたいなぁ」




おもいきり睨めばホールドアップ。「そんなに怒らないでください」となだめられた舌の根も乾かないうちに「怒った顔もかわいい♡」と。話しながらけっこう消耗する。




「" 花を贈る "にもいろんなかたちがあると思うんですよね。ほらここにも」




コーヒーカップを持ちあげてほほえむ兄。花柄のそれは特別めずらしいものではなく、これまでに訪れた喫茶店で幾度となく目にしてきた。




壁一面に飾られたカップとソーサー。それらを背にカウンターに立つバリスタのそばで、銀のポットから細くたちのぼる湯気。しばし考え、声をかける。検索する。しばし考える。考える。考える。再び声をかけ事情を説明する。と、彼は快くこちらの要望に応じてくれた。




気づかないならそれでいい。

でもほかに方法が思いつかないから。

言葉で伝えること、その代わりに。




「ユウ」


「はい」



ひとつ深呼吸。



「いいか?ぜっ、  たい潤にバラすなよ?」


「ふふ、もちろんですよ♪」


「ぜっっっ、             たいだからなっ??」




細い目をもっと細めて「ちゃんと墓場までもっていきますよ♪」と、恋人の兄がほほえむと、店のドアベルが鳴り響いた。




「ユウ、弟のカレシ拉致して楽しいか?」


「拉致じゃないですよ?かけおちです♪」


「よけームカつくなっ!!」




“本日の主役”のたすきを掛けた本日の主役は輝かしくご立腹全開で登場した。パーティー会場からほど近いとはいえ、そのたすきをかけたままやってくるところに真面目で妙に律儀でやや天然な性質がうかがえる。




「おまえその格好で歩いてきたの?だっせ」


「潤さんよく似合ってますよ♪」


「??……あ、…、うっせーな!」




弟が不機嫌なほど兄は上機嫌。この男より潤の扱いがうまい人間はいない。これから仕事だと言う兄はこちらに腕時計を見せながら席を立つと、恋人と入れ代わるようにドアベルを鳴らして帰っていった。もうすぐ日付が変わる。




「おまえは?」


「なにが?」


「おまえの誕生日パーティーなのにおまえが行方不明でいいのか?」


「いいのいいの、あいつらただ集まって騒ぎたいだけだから。撤収」




それなら自分が招待された意味は?聞くのも面倒になった。氷の溶け切った俺のアイスカフェオレを勢いよくすすれば「うす」と感想をもらすことは忘れない。伏せたまつげに見惚れる。いまだに慣れないもののひとつ。




「懐かしい」


「なにが?」


「翔くんいつもこんくらいの時間に勉強してたよなーって、思いだした。懐かしい」




脈絡もなく唐突。数ヶ月前のことを懐かしいと表現するのが適当なのかはともかく。潤とはじめて話したのも真夜中の喫茶店だった。話したというよりほぼナンパ。いや、あれはからまれたというほうがより正しい。




「おまえどんだけ俺のこと見てたんだよマジでストーカーだな?ヒマ過ぎ」


「よく言うよ、俺むちゃくちゃガン見してたのにぜんぜん気づいてくれなかったじゃん」


「そこ威張るとこじゃないねーからな?あ、おまえのドンキダッシュ動画まだあるけどYouTubeにあげるか?」


「だからそれは忘れろって!つーか消せ!」




あんな印象的な出会いをどうやったら忘れられるのか。人生に分岐点とよべるものが存在するなら、あのときが俺のそれであることはまちがいない。




「真夜中の喫茶店に救われたから」


「…すくわれた?」


「そう、救われた。ずーっと自分のことがわからなくて苦しくて、苦しくて眠れないから真夜中に逃げてくるんだよ、こういう場所に」




頬杖をつきながら、飾られたいくつものカップとソーサーを眺めるともなく眺める。二度ともどりたくない過去はふり返りたくもないけれど、なぜか止まれなかった。




「それらしくまともな人間演じて自分のこと保つしかなかっただけ、なんだけど、……おまえには俺がどんなふうに見えてたの?」




つもりはなくてもずいぶん皮肉に響いた。見つめられるその目を避けるように、ここではないどこかを眺めてるフリをしたのに、




「今も苦しい?」




そのひと言にはうまく答えることも適当にかわすこともできなくて、席を立った。





「忘れてた、これ」





細い路地を選んでそれを渡せば、ちいさな包みの中身はわからなくても、どんな意味合いの贈り物かは伝わったらしい。一瞬驚いてから笑顔になったし、日付はとっくに変わっていたから。





「苦しくない」


「え?」


「おまえがいるから、…今は苦しくない」


「…そっか、ならよかった」





のぞき込むようにくちびるを寄せられる。人がいないのをいいことに舌まで入れられて、人がいないのをいいことにその舌に吸いついた。時間をかけて、ゆっくりと。ほのかなコーヒーと、ミルクと。





聞かれなければ気づかなかったかもしれない。あれほど苦しかった日々が遠い記憶。目の前にいる年下の男が過去にしてくれた。本当の俺にしてくれたのは潤で、潤しか本当の俺を知らない。





「ねぇ、なんでこれ選んでくれたの?」


「べつに、気に入ってたみたいだし……ずっと使えるだろ?」






ずっと。ずっと。


 






・・・・・







「おまえの行きたいとこ行こう」





誕生日なんだから。そう言ってくれたのは翔くんなのに、到着すると微妙に納得いってないというか不満そうっていうか。




「おまえなにしてんの?」


「あ、翔くんちょっとちょっと来てよ、ほらふたりとも自己紹介は?」


「キキです♪」


「ララです♪」


「ハイふたりそろってーー??」


「「キキララでーーーす♪♪」」


「……………」




真顔で無言とかないわー。

不満そうにしてたわりに翔くんはそっちで砂場男児どもを束ねてトンネル開通工事の陣頭指揮。俺はこっちで次世代のトップアイドルをプロデュースしてたから、まぁ眼中になかったんだろうけど。




平日真っ昼間の公園。まわりから見たらさすがに俺たちだいぶヤバイお兄サンかと思いきや、俺たちが爆イケ過ぎたこともあってかママたちがキャッキャしながら遠巻きにあたたかーく見守ってくれてる。平和ってこれ。むしろベビーシッター代わり?




「ちょっと翔くんなにそのリアクション?超ノリわるいんですけどー」


「「わるいんですけどーー♪♪」」


「え、ごめ、だからなによ?」


「しょおくんはじゅんくんのかれし?」


「そ♪俺の彼氏♡ かっこいーだろ?」


「「ちょうかっこいーっっ♡♡じゅんくんもかっこいーよ♡♡」」


「だろ?だろ?な?きのう俺の誕生日会に連れてったらさ、あの超イケメン誰だよってまわりがうるせーから俺の彼氏だから絶対手ぇ出すなって(ペシッ)いってー、キキララ見たか?この人殴ったー、ひでーだろ?」


「だめだよしょおくん!それははんざい!」


「そうだよはんざい!こいびとたたいたらいーでぃーになるんだよ!」


「ED? バカんなわけねーって翔くんちゃんと勃つぞ? ゆうべだってバッキバキに超絶元気でぜんぜん寝かしてくんなかったし、ね?」




同意を求めればさっき感動の開通式を行ったばかりのトンネルに押し倒されて大崩落からの殴るわ蹴るわの「EDじゃねーよDVだよっ!!」ってこんなとこでそんなデカイ声で訂正しなくてもとのんきに思いつつ砂場男児もトップアイドルもわーきゃーわーきゃーの大騒ぎ。




ゆうべさんざんいやらしいことして泣き過ぎて声掠れてるクセにさ、こんなちっちゃい子たちのまえで顔真っ赤にしてなに怒ってんだか。ホントかわいーんだからこの人は。




「だめーけんかしないでー!」


「しないでー!なかなおりしてー!」


「「なかなおりのちゅーしてー♪♪」」




キキララグッジョブ。親の顔が見てみたい。

こいつらデキる。頼む。絶対デビューしろ。




「翔くんほら、して?」「殴るぞ?」「いいじゃんとっととやんないとママたちに見られたら大騒ぎだってめんどくせーよ? いいの?して?俺のこと好きでしょ?俺も好きだよ?して?」「っっ、蹴るぞ?」「“こどもに嘘つくな”なんでしょ?やべ、ほら早くママたち来ちゃうって!」「……/////」「ほら早く♪」「っっっ/////」♡♡♡「わ、ぺ、ぺぺっ、おえー、おまえ砂食ってない?なんかジャリジャリすんだけど?」「いや食ってねーし、なんでちゅーしたあとにソレすんの??」





砂食ったのぜったい翔くんのせいだし…。







帰り道。公園で拾ってきた木の枝でガードレールをペシペシしながら翔くんがボヤいてる。結局どこも行かなかったじゃん、とか、計画性がねーから、とか、おまえのんびりしすぎ、とかね。





この人はぜんぜんわかってない。

俺がずっとしたかったこと。

誕生日にいくつも叶えてもらったのに。





レザーのベルトがついたキーリングは翔くんがずっと愛用してるものと色ちがい。わざわざオーダーしてくれてた。わかりやすくお揃いのものなんて、ぜったい持ってくれないと思ってたのに。





この人が俺の彼氏ですってたくさんの人たちに見せびらかした。すっごくかっこいいねってほめられたし、抱き寄せてキスしたし、コンビニのアイスコーヒー半分こしながらただ歩いた。暗闇にまぎれて人目を避けたりしないで、この太陽の下で。





いつかその言葉を口にしてくれる。

そのときを待ちながらいっしょにいる。

あなたとならそれもわるくない。





そうやってずっと、ずっとずっと。

いっしょに生きていくと思ってた。








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