変わったのは自分。
なのに、智がまえとはちがう人に見える。



今までなにも考えないでできたこと。
そういうことぜんぶできなくなった。



顔みたい。視界に入れたら目が合っちゃいそうで逸らすけど。声ききたい。自分からは話しかけられないけど。店の裏から聞こえてくる智とパートさんたちのにぎやかな会話、キャッキャして盛りあがってるあれ、ちょっとやだ。



智が隣のレジにきたらあいだあける。自分の片側からへんなオーラ出てそうで落ちつかない。新商品の試食のとき食べてるとこ見られたくない。でも智がもふもふ食べてるのは横目で見る。



なにをどうしても意識しちゃって、まえと比べて智との距離感が微妙になってるのが自分でもわかる。わかるんだけど……。



「かず意識しすぎじゃない?避けてるように見えるよそれ? おーちゃんかわいそ」



夜の展望室は恋の相談室。隣に座るまーくんとの秘密の会話も、マスク越しだと周囲には届かない。唐突にやってきた望まない世界の変化に、不謹慎と思いつつ、ほんのすこし感謝してる。



意識しすぎか…。よし、意識しない。意識しない。意識しな。泣。意識しないって意識してる時点でそうとう意識しすぎだってわかってる。しなくていいならこっちだってしたくないよ。



「そんなこと言われても意識するなとかムリだって。ずっと緊張して口からなんか出そ、ほんっとムリ過ぎ、具合わる、しんど」

「ならもう言っちゃえばいいのにぃ」



こ、この男は……。
なんとなく言いそうな気はしたけど。



「勘弁してムリ」

「無理? なんで? じゃ無理な理由どうぞ」

「智、お、男だし」

「ん。ほかは?」

「年上だし」

「ん。あとは?」

「あと、て、店長だしっ」

「なるほどねー、でもそれって俺も当てはまるよ? 翔ちゃん店長じゃないけど」



そういうのは関係ないって言いたいんだろうけど、俺とまーくんじゃ経験値の差がありすぎてぜんぜん比較にも参考にもならない。



「まーいいや。じゃあその無理な理由さ、とりあえずぜんぶこっち置いとこ、ね?」



両手で大きな箱を持ちあげるみたいにそっち側に持っていく。と、めずらしくあらたまった物腰で。



「どう思ってる? おーちゃんのこと」

「………どうって…」



ムリな理由ならいくらでもある。けど、この気持ちだけは理由がない。これがどこから生まれてきたのか、どうしたらいいのか、自分が知りたいくらいだ。



「……すき」



マスク越し。誰にも聞こえない。
言葉にしたい。声に、出したい。




「智が好き」





























「だってー? 聞こえましたかーー??」



まーくんの声が宙を舞いあがって。
ふり返ったすぐそこに座ってる。智が。
で、ニコニコこっちに手をふってる。





???

………………

?!?!?!?!?

………っ………っっっ……………




「……まーくん、」

「ん? なになに?♪」

「っおまえとは絶交だっっ!!!


全身全霊全力全開。周囲の人たちは驚いてこっち見てるし、ザワついてるし、こんなに静かでロマンチックでおとなっぽい場所で『絶交』と絶叫した俺にふたりは腹かかえて爆笑。この状況なに…? ゆめ?まぼろし??



「聞いたか?絶交だってよ死語だぞ?」

「ほらほらおーちゃんこのままだとかずに絶交されちゃうからね、あとよろしく頼むよ♪」



智の背中をポンポンしたまーくんはあっさり帰ってしまった。殴っていいかな。さんざん不慣れなことをしたせいか体がワナワナ震えてるし痺れるし、で、で、……智とふたり……



まーくんが座ってたソファに今は智。窓に映りこむ姿。街の灯りとマスクにさえぎられて、智の表情はわからない。俺は下を向いて、上着のすそをにぎりしめる。



「あいつのこと責めるなよ」

「む、ムリぜったい絶交もう口きかないっ」



焦って早口になって笑われる。
コレって、俺、どうしたらいいんだろ…。
……謝ったほうが、いいのかな…。 



「和」

「……ん」

「さっきの、そのままの意味か?」



……そんなこと、正直に答えられるわけない…。こっち見てる。こわくてうつむいたままでいると、立ちあがった智が俺の目の前にきたから、おもわず見あげた。



「俺もおまえとおなじだ。信じるか?」



見たことない顔。
なに言ってるのか意味がわからない。
まっすぐ俺を見て、信じるか  って。
言葉が、なにも出てこない。




「和、信じるか?」

「、ぇ、   と」

「和」

「    、   しんじるっ」



気づいたら口が勝手に動いてた。
気づいたら智の腕の中にいて。
俺の頭をぎゅっ  て。



「       、  とし、   ちょ       そ   ソー   シャル   」

「あんま深く考えんなよ、今は。……俺もおまえも、おちついたらちゃんと話そうな?」

「  は、はなす  ?」


はなす? はなすの? なにを?


「な?」


な? なにが、な?


「わ、   ……わかった…、はなす」



わかってないけど。なにも。
しんじるって、なにを?
いつになったら、なにをはなすの?
智が体を離したからまた顔をあげたら、






ふにゃ♡






や、  ちがう、ふにゃ  じゃなくて、  
そうじゃないんだってば、けど、でも、
その顔見たら胸が、  きゅぅぅぅ    って、
ちゃんと顔見たの、久しぶりだから…



「またあしたな」



俺の頭にくちびるをくっつけて。
なでなでってして、笑って。
智は行ってしまった。
























汗がどっしゃー。



俺はひとりそこに残されて、なにもしてないのにヘトヘトでソファにぐったり沈みこんで思考停止。オレだいじょうぶ…?生きてる?いま自分に起こったことが理解できなくて、体ぜんぶが熱すぎて……て、



………えっと、なんだっけ? 俺、今、智と、なに話したんだっけ……。たった今起きたことなのに、こんな大事なことこんなぜんぶぶっ飛んじゃうとか、え、……うそでしょ……録音したかった…。



………………しつこいけど…ほんとに現実??言葉の断片だけが窓の向こうの街の灯りにぽこぽこ浮かんでる。『ぜっこう』とか『おなじ』とか。『しんじる』とか。



覚えてることふたつ。
おでこから伝わった智の心臓の音。
あと、パンのあまい匂いがした。




どこをどうやって帰ってきたのか記憶がない。気づいたときには寮の食堂のドアを開けていて、俺が来ることを知っていたみたいに奥のテーブルでまーくんがお茶をすすっていた。大きくぶんぶん手をふってくる。



「俺たち絶交なんですか??」



そばへいくとニヤニヤしながら聞いてくる。口をへの字にして無言でいると、さっき智がしてくれたみたいに頭をなでられた。「がんばったな」って。大きくてあたたかい手。いつから我慢していたのか自分でもわかんない涙が出た。



潤くんから誘いがきたのは翌日。
「今夜は煮込みハンバーグですよ♪」と、笑顔でドアを開けてくれたユウくん。「まーたハンバーグかよ」って文句言う潤くん。「カズさんお久しぶりー♡」ってしがみついてくるハルくん。で、なんにも知らないみんなが乾杯のグラスを口にしたとき、



「智に告白した」



3人まとめてド派手に吹き出した。大成功。みんなパニックになってむせてせきこんでなにかわめき散らしながらすごい苦しそうでごめんだけど、俺は期待通りになってうれしくておもしろくて笑いが止まらなくて。たぶん、いや確実に、今夜は徹夜になる。



智が好き。
たったひと言。それだけ。



たったそれだけで、俺のはじめての片想いはずいぶんとあっけなく幕引きになった。そうして、心の準備とか実感とかなにも追いつかないままに、どうやら世間でいうところの " 両想い " というものになってしまった。




らしい。





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