「ねねね♡おーちゃんとなに話したの?♡」



まぜまぜまぜまぜ。見てるこっちの腕が痛くなりそうな勢いで納豆をかき混ぜながら、俺の耳に顔面ビタづけで話しかけてくるまーくん。内緒話のつもりらしいけどここ寮の食堂。みんな見てる。



「え?」

「ゆうべっ、あれからなに話したっ?♡」



なに話したんだろーか。
それは俺がいちばん知りたいです。



まーくんと智に仕掛けられた壮大な罠で、自分でも気づかないうちに人生初の告白にいたってしまった壮絶にチョロい俺。その後の展開が地味にすごすぎて、会話の内容がほとんどが消滅してしまった。うそみたいに。



「まぁ野暮なことはきかないけど♡ふたりがつきあうのは兄としても超うれしいし♡♡あ、翔ちゃんにはちゃんと自分から報告しなよっ♡♡♡翔ちゃんびっくりするだろなぁぁぁ♡♡♡♡もう超たのしみ早く翔ちゃんに会いたいんですけどーーー♡♡♡♡♡」



内緒話の意味がないほどのテンションでこれでもかってくらいハートマークをくっつけてデレンデレンにデレてる平和な兄。途中から俺じゃなくて翔くんのことでよろこんでるのは気づいてない。



ていうか、俺と智、つきあってる?『つきあう』ってどこからカウントはじまるの?俺は好きって言ったけど智はおなじって言っただけ……それってどうなの?



きのうのきょうでさっそくもう不安…。
俺と智って、どういう関係……。









・・・・・









はじめて人を好きになったら
はじめてのことばかり経験する
あたりまえなんだけど



真冬の深夜。繁華街のはずれの喫茶店。
つきあいたての恋人の兄とコーヒー。サシで話してみれば独特に癒やしの男。頼んでもいないのに熱心に弟の営業活動。潤さんまじめなんで、とか、やさしいんで、とか、正直なんで、とかなんとか。



『検査したの半年前だけど、気にする?』



はじめての夜。すべてを脱がされて、裸で向かいあってから飛び出した言葉に面食らったことは忘れられない。その状況でそのことが少しもよぎらなかった自分を恥じたことも。



『…俺、そういうの受けたことない…』

『そっか。ちゃんとつけてた?』



ちいさくうなずくと抱きしめられて、なら問題ないでしょ、と、ちいさなキスをもらうとそのまま行為を続けてくれた。どっちにしてももう止まんないけどね、とも言った。兄の言う通り。まじめでやさしくて、正直。



潤の告白からすこしして、恋人の家族が暮らす家へ朝食に招かれた。というより、潤の部屋ですごした翌朝、弟たちに会ってほしいと強引にユウに連れていかれた、というのがより正しい。



アイ。血縁を感じさせないユウとの造形のちがいについては半分だけの繋がりで、話し方にクセがあるのはいろいろと事情があるらしく、やや重めな家族紹介。あ、コイツは勝手についてきただけです。そう軽めに説明されて憤慨するハル。




想像もおよばない生いたちを経て、施設を出て共に暮らす家族。幼いころからいつもそばにいた彼らには彼らだけの習慣やルールや秩序があった。使う食器や座る位置やその距離感。共有する言葉。思い出。



「ショウくん、あした、くる?」



滞りない食卓の会話のなか、なんの脈絡もなく唐突にアイが言った。真顔で抑揚のない声。兄たちにむけていた笑顔を俺には封印してる。なにか気に障ることを言ってしまったのか、機嫌がよさそうには見えない。




「あしたは来ない…、学校あるから」


答えると、アイはくちびるを真一文字にした。


「わかった」



弟の言葉に兄たちは笑ったが、俺は困惑した。ユウがふるまってくれた食事は毎日でも味わいたいと思えたけど、具だくさんのみそ汁より、甘い玉子焼きより、食後のコーヒーより、居心地のわるさのほうが色濃く残った。




春の正午。繁華街のドーナツショップ。
アイが行方不明。兄3人で捜索。連絡を受け俺も駆けつけたところで、写真付きでナナさんからユウに一報がはいる。アイとデートなう。脱力。



「コラ酔っぱらいじじい、人んちの子ども拉致してんじゃねーぞ通報するぞ」

「うるせーなぁ、昼間っから制服でウロウロしてんの補導してやったんだろうが、な? じじいと孫が仲良くこーひーたいむしてんの邪魔すんのか? おまえの兄貴ケチだなー、な?」



同意を求められて「けちだなー♪」とナナさんの口調を得意気に真似るアイ。カフェオレをすする手元には砂糖の袋が3つも空いてる。弟の無事に安堵した兄たちはしきりに頭を撫で、抱擁する。



「アイ、ナナさんにご馳走になったのか?」

「うん、おだんご、おいしい」

「いいな、アイが一番好きなやつだな」

「うん、これショウくんの、はい」



まるく連なったかたちのドーナツの、2つをちぎり分けて差し出してくる。「おいしい」と、たべていないアイがつぶやく。高校の制服姿にはあまりにも不釣り合いな、幼い子どもの粘土遊びのよう。



「え、あ、ありがと…」

「翔くんずるいなー、アイ、俺の分は?」



おなじように2つを潤に、2つをユウに。残りの2つになるとしばらくそれを見つめ、神妙な顔つきで考えこんだ末にひとつずつにちぎり分け、



「こっち、おぢさん」



ひとつをナナさんの手の平に。残りのひとつを両手で大事そうにつまむと、ハルの顔を一瞥して、自分の口に押し込んだ。



「オイ!俺の分じじいにあげんなコラッ、アイよこせ!おまえの吐き出せ!」



どこにでもある家族の風景。
俺だけがいつもすこし外側にいる。
笑っていてもたのしくても。潤がそばにいても。



夏の夕暮れ。繁華街のはずれの喫茶店再び。
このころには潤よりユウとのコーヒーが増えていた。ドアが開いて入ってきたのはでもユウではなく、ナナさんだった。会うたびにいじられて面倒くさい。



「なんだ、潤とデートか?」

「うるせぇなユウだよ、もう酔ってんの?」

「カレシのアニキと浮気か? な?」

「……殴っていい?」



にらみつければ赤い顔して冗談だと笑う。酒臭いしうっとうしい。背中合わせに座られて、しわがれた低い声に話しかけられるのが気配でわかる。



「翔、ちゃんと言葉にして言ってやんねーとアイツ頭わるいんだから伝わんねーぞ? な?」

「…っ、よけいなお世話」



……潤、おまえこんな酔っぱらいじじい相手に恋愛相談してんのかよ…。せめてユウでとどめておけよめんどくせーなぁ…。



「情緒もセンスもねーなーオイ、愛情表現なんていくらでもあんだろーが、な?」

「……愛情表現て…、たとえば?」

「つべこべ言わねーで花でもやれ。愛情でも感謝でも敬意でもな、太古の昔っから花贈るって決まってんだ人間は、な?」

「……ハナって…マジで冗談キツすぎ」



世代のちがいがあるにしても参考のカケラにもならないし、あいかわらずなーなーうるさい。けど、



「な? なんも言われねーほうはさみしいぞ? 言わねーおまえだってしんどいだろ? それでいーなんて思ってねーだろ、な?」



腹の底をのぞかれてる気分。わかってる。潤が望んでること。大切な家族や仲間と俺が親しくなること。俺からの「好き」という言葉。望んでいるとわかっていて、どちらも望むように叶えてあげられない。




ときどき兄の話し相手をするくらい。弟たちも、広すぎる交友関係も、親代わりのようなこの酔っぱらいも面倒で苦手で関わりたくないのが本音。一度も「好き」だと言葉にしたことのない自分が、花を贈るなんてできるはずもない。




なぜ言葉にするのことをためらうのか。
それは自分でもわからないけれど。





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