翔ちゃんと会うの  今日が最後だよ


























「え?」






なにもかも失う。
だからずっと迷ってた。けど、決めた。



唐突な俺の言葉にふりむく。
ため息がでるくらい、今夜もかわいい。
その顔を見たらどうしたって迷う。
失ったら、あしたからどうするんだろ、俺。



「……最後って?」



それでも。
どうしてもこのままじゃいられないから。





「翔ちゃんが好きです」





っ、言っっったぁぁぁぁぁ……。
目をみて言えた。よくやったよ俺。
…えっと、で、翔ちゃん反応ないんだけど…。
今のちゃんと聞こえてた?



「…と、友達としてじゃないからね?」



念のため声をしぼって耳元で補足する。
聞こえなかったは勘弁してほしい。
なのに翔ちゃんはといえば、




(∵)キョトン




て、……う…、かわいい…
じゃなくて。つまりそれくらいの衝撃を与えた、てことなんだよな…。人生最大の決断と告白を秒で後悔していると、ようやく翔ちゃんは腕を組み、首をかしげて口をひらいた。




「……それって、スキだけどもう会いたくない…、ってことなの?」

「え? いや  、そういう意味じゃなくて、」

「えっ、 マジで、そういう意味じゃないの? もしかして俺すげー恥ずかしい勘違いしてる??」

「えっっ!?ちがちがそういう意味じゃなくてっていうのはそうじゃなくて!や、そういう意味でいいの!大丈夫!合ってる合ってる!ぅわーなんかもうホントごめんなさいっ!!」




焦るは叫ぶはゴタゴタ。周囲の人たちこっちジロジロ。俺ひとりでここのいい雰囲気ぶち壊しなんだけど、そのときはじめて翔ちゃんの表情がほころんだ。謝りすぎだ、って。



「……だって、ずっと翔ちゃんのことダマしてたみたいだよね、ごめん。いろいろ考えちゃって、…怒るかなーとか殴られるかなーとか、……いっぱいいろいろ… いろいろ、ホントごめん……」



罪悪感は消えない。焦ってしどろもどろになりながら言い訳ばっかして、結局また謝っちゃう臆病で情けない俺なのに、



「…それでも、勇気出してくれたんだ?」



そう言ってくれる。
勇気。その言葉に目が熱くなる。
だからこの人が好きなんだと思った。




さっき、ふたりでコーヒーをのんだ。『友達』として何度もいっしょにすごした場所で。クリスマスイヴのにぎわいのなかで紙カップを受け取ると、いつものおねえさんのまるっこい文字でスリーブにメッセージが書かれていた。


 "ごゆっくりどうぞ " 


無理無理無理。人生でこんな緊張したことないです。カッサカサののどに流しこんだコーヒーはまったく味がしない。翔ちゃん笑ってる。ため息。かわいい。ため息。その姿を見るたびに何度もよぎった。今日が最後かもしれないって。




翔ちゃんはバカみたいにモテる。俺統計では年下が多くて男女問わずで、おまけにみんな超わかりやすいアプローチしかけてて、なかにはあからさまに俺にマウントしてくる男だってじつはけっこういる。なのに翔ちゃん微妙にズレてて、



「あの子雅紀に気ぃあるんじゃない?」とか
「ワンチャンLINE交換してみれば?」とか
「雅紀のタイプでしょ?」とか



異常に的はずれなうえに謎によその女をすすめてきて俺の心をバキバキに折った。そりゃそうだ。男同士。俺のことなんて眼中にないんだからハナからこの恋が実るなんて思ってない。



「雅紀の気持ちうれしいよ  ありがと」



だからいいんだ。
そう言ってもらえるだけで。



「けど、…いま俺がどんな気持ちかわかる?」



うん、そうなるよね。
うつむいて奥歯を噛む。



「きょう雅紀の誕生日」

「…ん」

「イヴだし、まわりカップルばっかだし、わざわざこんなとこまで連れてこられて……」

「………っ、」

「 今日が最後ってなに?めちゃくちゃ傷ついた」

「……ごめん…」








…………ん?



顔をあげると翔ちゃんはくすくす笑ってて。
次の瞬間、現実がひっくりかえる。



「雅紀は……、ほんとに俺でいいの?」



一瞬、言葉が音になって理解できない。
想像とか予想とか、期待とか不安とか。
なにもかも越えすぎて、うまく、息、が、



翔ちゃん笑ってる。
どうしよ、ぎゅっ てしたい。今すぐ。












自分が告白した。でも。
自分が望んだ現実に自分が混乱してる。
そんなはずないから。うそみたいだから。
これって、ちゃんと伝わってる…?




「待って、なんで?」

「なんで? なんでって?」

「だってそうでしょ? なんでそんなすんなり俺のこと受け入れちゃうの? ちゃんと意味わかってる? 俺オトコなんだよ?」




女には見えないから大丈夫、ってまた笑う。『友達』としてそばにいることに耐えられなくなった。俺がそういうことを望んでる。そのこと、翔ちゃんはきっとわかってない。



「こういうこと、隠し事みたいになったらヤだから言ってもいい?」

「…ん」

「たぶんびっくりするよ?」



そう前置きして、



「オトコとつきあったことある。一度だけ」




びっくり。なんてレベルの話じゃないよ翔ちゃん。女の人との話しか聞いたことない。あたりまえか。けど納得してる。こんなにモテまくる人なのにいつからかそういう話が不思議に途切れていたのは、こういうことだったんだ。



いま自分が感じてるこの感覚って、なんだろ。打ち明けられた事実が、俺にとって望ましいことなのかそうじゃないのかとっさに判別がつかない。それもだけど、どうしても気になってしまうのは、



「…今は、その人どうしてるの?」

「今? ……さぁ ずっと会ってないから…」

「と、友達とかじゃないの?」

「トモダチ?」



眉をさげて、困ったような苦笑い。



「トモダチじゃない。二度と会うことないよ」



迷いなく言い切ってくれた。
なのに、安堵よりも違和感を残した。



一度はつきあって、でも、二度と会わない人。どんなかたちで終わるとそうなるのか。気になったけど聞いちゃいけない気がしたし、聞くのがこわかった。



ふたり並んで街の景色を眺める。想いを伝えた興奮とか叶ってしまった歓喜とか、熱く混乱する頭の片隅で、さっきの翔ちゃんの話がぐるぐるまわる。



知らなかった。いたんだ。
俺より先に翔ちゃんとつきあった男。
俺より先に翔ちゃんを抱きしめた男が。















「……ごめん、背中痛かった?」



まだつながったまま。
申し訳なさそうに恋人は言った。



痛い。けど言わない。最初は思ったんだ。映画のストーリーを話すうちにきもちが昂って、なんとなくその流れで。でもそうじゃない。不穏な感情まかせの行為。



今夜はあまり目を合わせなかった。その代わりみたいに何度も名前を呼ばれた。すこし鼻にかかるかすれた声。快楽のそれよりも、どこか思いつめたものをふくんでいて、呼ばれるたびに責められてる気がした。



うそはついていない。
不都合なことを口にしないだけ。でも。



うそをついていないことが、相手を傷つけないわけじゃない。恋人は傷ついている。いっしょにいるところを見られたあのときから。でも本当は、もっとずっとまえからなのかもしれない。



人はなんでも慣れていく。
俺は恋人を傷つけることに。
恋人は俺に傷つけられることに。



『なんで今さら翔くんがアイのこと気にすんの? もう関係ないじゃん?』

『けど  あのとき、』

『関係ないしよけいなお世話だって。話それだけ? ならもう行くよ、カズと待ち合わせてるから』



ついさっき、ムカシノオトコと話した。
いや、話せなかった。頼んだコーヒーもカフェオレもまだきていない。聞きたいことをなにも聞いてないし、わだかまりもそのままで、立ちあがった潤は一度も俺を見ないで行ってしまったから。



小雨の降るなかを歩いた。帰れば雅紀がいる。いつものように玄関で迎えてくれる。だからコンビニのカフェラテを買って、店のまえでのんで、濡れながら必死にもどろうとした。いつもの自分に。



でも考えてしまう。
俺は潤になにを聞こうとしたのか。
今さら、なにを望んでいるのか。



「シャワー、いっしょに浴びよ?」

「ん……いいの? 俺またしちゃうよ?」

「ふ、なんだよ、まだ足りないの?」

「ん 足りない。ぜんぜん、   足りないよ…」




いまにも泣きだしそうな恋人。
いつからかそれにも慣れてしまった。
人として大切ななにか。俺にはそれがない。







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