上田城、大河ドラマ館オープン | 2016年は、真田丸

2016年は、真田丸

使い方がよく分かりませんが、自分のメモとして

2月1日上田城に行きました。
青春時代を過ごしたところであり、1年に2回位は来るが、最近は来るたびに色々と、新しい発見があります。

それではご案内いたします。
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南櫓(やぐら)と奥に見えるのは北櫓です。
今は駐車場ですが、当時の千曲川の水面の位置から見上げた写真です。
上田城に、初めて来られた方は必見スポットだと思います。

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南櫓
石垣の反対側は堀になっており、右上の石垣に見える穴は、その排水口です。
(1月2日ブラタモリでやっていた)

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石垣に注目
真田昌幸築城の上田城は関ヶ原の合戦の後破却され、その後、江戸時代、仙石氏によって作り直された。
そのため石垣は、作られた年代が錯綜し、複雑な形をしている。(これもブラタモリの再確認、凝灰岩と安山岩)

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西櫓
これも大変な、崖の上に立っている。
400年この状態を維持しているとは言え、心配になってしまう。大河ドラマが終わったら耐震補強したほうがいいと思う。

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駐車場
月曜日だけれど観光バスが来ている。

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西側の本丸堀
この堀から、真田昌幸時代の金箔瓦が出土している。天守閣相当の建物があったと考えられる。
右側が、本丸。正面が太郎山。

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本丸北側の上手
左下に見えるのは堀。
高校生の頃、授業をサボり、ここのベンチに座り、ぼーっとしていたことが懐かしい。ここからの景色は変わらない。
奇しくも翌日、2月2日八重洲地下で高校の時の仲間4人で飲んだ。(K君、A君、H君)やはり変わらない。

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本丸から見た北東、鬼門の方向
昌幸は、この方向に寺社を置いたという。

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本丸内にある真田神社
右側の新しい建物は、(おみくじ売り場等)は、去年10月できたとのこと。驚いた。
文化財の中にこのような建物を作って、いかがなものかと思う。

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真田石
いつも抱きつきパワーをもらっている。

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正面の門は平成になり復元されたもの


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左、猿飛佐助さん、右、穴山小助さんです。
今日の出勤はもう1人幸村さんですが食事に行ってるそうです。
ブログアップにオーケーの許可をいただいています。(サスケさんは美女.小助さんはイケメンです)
『小助さん生まれは?』
『山梨甲府です。オジの、穴山梅雪は、伊賀越えで、明智光秀軍により、命を落としましたが、私は、幸村様に、仕え ております。』
なるほど、小助さんは、穴山梅雪の一族だったのか。10勇士の中では、名前のでにくい小助さん、今日は1つ勉強になりました。

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案内図
野球場も陸上競技場も、かっては堀だったらしい。
案内図と古図を対比して、ここに掲示していただくとありがたい。

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二の丸にある上田市立博物館
初めて来た人は必見です。
3つの櫓の入場もセットになっています。

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壊す予定だった市民会館(二の丸にある)
急遽大河ドラマ館として活用
今年だけの開館らしいが、楽しませてもらつた。

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入場料は、6文ならぬ、600円

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甲冑のみ撮影オーケー