石造を求めて№52
沖縄県八重瀬町志多伯 神谷家の石門
神谷家の石門は蔡温(唐名)が風水思想(玄武、青龍、白虎、朱雀)によって設計したと言われている。
屋敷は戦争により破壊され、また屋敷林のふくぎは戦後の木材不足によって切り倒されてしまって風水景観は薄れてしまっている。

石畳のスージ(小路)を行くと左手に門がある(石壁は勾配がついている)

門口は外に向かって末広がりになっていて、壁も勾配がついていて上側に末広がりになっている。
矩折り(L型)になっているアプローチの幅も一定ではなく末広がりの設計となっていて、かつスロープで段数を稼ぎ石段も奇数段となっている?(1996年一部修復)

L型部分(左手に進んでゆく)

石段の段数(奇数)を稼ぐためにスロープにするのが琉球の石工の技術?(風水)
奥にはヒンプンが見える。

アプローチの石壁は高くなく眺めのいい設計となっている(南低)
同町安里にある上江門家と似た矩折り手法である。低い石壁は圧迫感がなく誘い込むアプローチになっている。

ヒンプンの高さは1350、幅は4250、石積みは台形で下部広がり部は800、安定感あり魅力的である。

蔡温(1682~1761) (具志頭親方文若) 琉球王国の三司官として活躍した。