上江州家住宅は久米島町字西銘にある。上江州家は旧具志川城主の末裔といわれ、代々具志川間切の地頭代を務めた旧家。
当時の地方豪族の邸宅形式をよく残しており、1972年に国の重要文化財に指定された。
屋敷は琉球石灰岩の立派な石垣で囲み、南側を緩やかにカーブさせ、その中央部に正門と矩折ヒンプンに中門を設け、西寄りには脇門を設けている。
屋敷四隅の石垣は丸め、隅頭石(けーしいし)を取り付けている。そして、北、東西側には抱護林として福木を植栽している。これらは風水に基づき「背山得水」の理想の地で、17世紀頃中国から琉球にもたらせた風水理論によって建築されたと言われている。
主屋は「うふや:約157㎡」と「とんぐゎ:約69㎡」からなり、瓦葺き棟違いの寄棟造りとなっています。うふやの軒回りは化粧垂木を使用し、四隅を反り上げているのは琉球にも社寺建築が導入され始めた頃なのだろうか。一段下げて雨端屋根(二重屋根=あまだいがーら)を葺いている。
建物は柱数が多く、使用部材はちゃーぎを初め福木などを使用している。柱、床、貫などは大きい木割りになっていて、天井竿縁は全て南北にかけている。なお雨端柱は根付丸太を使用。
主屋(うふやー:居住部)の間取りは南側の東から一番座、二番座、三番座を配し北側には一番座裏座、二番座裏座を置く。
主屋の西側には(とんぐゎ:台所)があり、西北部は土間で土かまどがある。そのほかに主屋の東側に殿内、南西側にはめーぬやー、東北側には、ふーるが別棟で建っている。
南西からの眺め 南東からの眺め
正門及び中門(ひんぷん) 東からの眺め(右側:ひんぷん)
西から中門の眺め(矩折の植栽) 同左の誘い込むようなアプローチ
東側(一番座)から南庭を望む。軒廻りは化粧垂木を使用している。
1992年(平成4年)から1994年(平成6年)度にかけて、住宅や石垣などの半解体修理が行われた。修理に伴う調査及び古文書調査で判明したことは、建造が1754年(約270年前)で現存する沖縄の最古の民家であること。かつては、茅葺(あなや)の分棟型であった。屋根の解体でうふやの雨端=土庇(二重屋根)は当初付いていなかった。内部に地炉(じーる)が四カ所あり、それぞれ使い分けていた。屋敷東側に自然石を利用した客用便所跡が発掘された等々。琉球の建築史に残る発見が相次いだ。
なお、今回の半解体修理では、明治36年(1903年)の姿に修復整備していると言われています。
南西からの眺め
南東からの眺め










