石造を求めて№58
沖縄県糸満市 幸地腹門中墓(コウチバラ モンチュウ バカ)

門中墓とは始祖を共通する父系の血縁が集団で所有する共同墓である。幸地腹の碑には康煕23年の(1684年)の銘がある(幸地腹と赤比儀腹の共同墓)

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全景  敷地は約5400㎡(1600坪)あり沖縄最大の門中墓と言われている。
手前の左右に4つのシルヒラシ(仮墓)、中央にあるのがトーシー(本墓)の合計五基の破風墓が配置されている。他にワラビ墓、納骨堂などがある。

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入口から墓庭に至る円弧の参道、高齢者にも優しい設計となっている。

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参道の突き当たりのヒンプン(H:1.15 W:4.29) 中央に見えるのはトーシー(本墓)

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西側からの眺め、手前4基はシルヒラシ(仮墓)、右手に見えるのがヒンプン

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東側からの眺め

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トーシー(本墓)の軒の彫刻は二重垂木の意匠となっている。玉陵と同じ手法

1684年創建当初は亀甲墓であったのを1935年に改修して現在見られるは破風形式の墓となっていて約300年の歴史と5千人の納骨堂となっています。

4月はシ-ミー(清明祭)シーズン、沖縄本島中南部を中心に祖先供養のまつりが盛大に行われています。シーミーは琉球王国時代に中国から渡来したと言われている。

我が家のルーツは糸満幸地腹、祖父の時代にヤンバルに寄留した。今は家族墓であるが年に数回幸地腹の墓を健康願いのために御拝する。