石造を求めて№90
渡嘉敷村根元家の石垣
 
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現地案内板
 
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屋敷囲いの石積み、西側から東を望む2mあまりある(石積みはかさ上げされている。上部に水平ラインが見える)
 
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南側(門、奥にヒンプンが見える、道から入口は3段(奇数)で上がっている、他の古い民家は風を避けるために敷地を道より低くしているのが多い)
 
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東側石積み(沖縄の屋敷囲いの石垣は出隅部は決まったように曲面意匠になっている。隅角部の上部には「隅頭石(魔除け)」が設置されている。このような意匠は王族の屋敷囲いにしか見られない。
 
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屋敷内ヒンプン空間(西側からの眺め)ヒンプンの幅も長い。石垣のあちこちある小穴は戦争時の弾丸の傷跡らしい)
 
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ヒンプン空間(東側からの眺め、西側より入口幅は狭まっている。ヒンプンの台形石積みの精巧さは、まるでインカの石積みを見ているような錯覚に陥る)
 
 屋敷内にあったであろう木造民家はない・・・多くの文化財が沖縄戦で消失した。今年10月には玉陵(タマウドゥン)が戦後初めて国宝に指定された。
 
 戦前の沖縄には22件の国宝があり京都や奈良に次ぐ規模だったと言われている。先人の石工は素晴らしい仕事をしています。