石造を求めて№100 勝連城跡 沖縄県うるま市勝連南風原
勝連城跡(グスク)は1972年復帰と同時に国指定史跡に指定され1977年から保存整備が進められている。2000年には世界遺産に登録された。
勝連城跡ガイドブックより
勝連グスクの築造年代は古く12~13世紀頃の按司時代によって築造され、幾多の歴史を経て最後の10代目城主、阿麻和利の14~15世紀頃の大交易時代に最盛期を迎え、現在見るグスクに整備されたと推定されています。
グスクは琉球石灰岩の北西から東南の細長い岩盤の自然地形を巧みに利用し、切石の布積みで築かれた山城連郭式の城である。
海抜約98mの最高部に一の郭(曲輪)、二の郭、三の郭、四の郭と上中下と各平場が段状に連なりそして五の郭は再び高くなっています。
五の郭(東の曲輪)からの眺め
四の郭からの眺め(進貢船に見える?)
四の郭からの眺め(ヨーロッパの城?)
三の郭の石積み見上げ、船首に見える
三の郭へ入る階段(傾斜した踏面は段数を稼ぎ、難路でまた
水はけを良くする工夫、奇数段が多い。他のグスクも同様)
三の郭の門跡(木造四脚門があったと推定されている)
二の郭の礎石(14.5m×17mの舎殿跡)
一の郭への入口階段(上るに連れて狭まる、防護機能)
アーチ石が渦巻状に庇が付き他のグスクには見られない。
グスクからの出土品は多彩で大和、朝鮮、中国、東南アジアなど広範囲の遺物が出土しており、そして2013年の遺構調査では10枚のコインが発見され、分析の結果4枚がローマ帝国のコインであり、国内では初めての出土と2016年9月うるま市教育委員会は発表した。当時の勝連グスクの幅広い海外との交易を物語る史料である。グスクは現在も整備、発掘調査が進めれれており、ロマンをかき立てられる。
かつて、民族学者の柳田国男は「海上の道」の著で首里文化に対比して勝連文化を唱えている。









