石造を求めて №101 中城城跡   沖縄県中城村・北中城村

 

 中城城跡(グスク)は中城村と北中城村にまたがる標高約150m~170mの琉球石灰岩の丘陵地に立地し、北東から南西に長いグスクで、城郭面積は14.473㎡(約4300坪)となっている。

 グスクは一の郭、二の郭、三の郭、北の郭、南の郭、西の郭の六つの郭からなる連郭式の山城である。

 

 城壁は南の郭は野面積み。一の郭、二の郭、西の郭は布積み。三の郭、北の郭はあいかた積み(亀甲乱れ積み)の手法となっいる。

 創建年代は明らかでないが14世紀前半に先中城按司によって築かれた後、1440年から1458年の間に護佐丸が三の郭、北の郭を増築して現在見られる形になったようだ。

三の郭東側からの眺め(右手は裏門)

 

 グスクは沖縄戦の戦禍が少なく御嶽や井戸、拝所なども残っており、県内のグスクのなかでは最も遺構がよく残っていると言われています(戦後琉球政府による修理が行われている)。

三の郭、東城壁(あいかた積み)

 

三の郭より二の郭城壁の眺め(布積み)

 

二の郭城壁(布積み)

 

西の郭、裏門東側からの眺め

 

一の郭、城門(東側)

 

一の郭(西側からの眺め)

 

一の郭から二の郭の眺め(東側)

 

正門、西側向き、アーチはなく櫓門であったと推定されている。

 

 かつて1853年琉球にたち寄ったペリー提督は中城城を視察調査しており「要塞の資材は石灰岩でありその石造建築は称賛すべきものであった…非常に注意深く刻まれてつなぎ合わされているので、漆喰もセメントも用いていないがこの工事の耐久性を損なうようにも思わなかった」と当時の石造技術を高く評価している。

 

 2019年1月には一の郭、北側壁修理のため石積みを解体したところ内側から古い城壁が発見された。それはおよそ700年前の先中城按司時代に造られたものと分かった。二重の石積みは強度を増す技術で大変珍しい構成である。

 

一の郭、北壁から発見された古い石積み(白い部分、積み直されて今は見ることができない)

 

 琉球のグスクの石垣は、自然の地形を巧みに利用し、内側に湾曲させながら、うねるような曲線を多用し、自立型の総石垣造りとなっているのに対して、日本本土の城は周囲に堀をめぐらし、直線と直角に石垣を積む擁壁的機能を持たせる構成となっている。

 

 琉球(沖縄)の石積みは日本本土よりもおよそ200年早く盛行したと言われている。