26・3・20 Fri

 

 

以前から気になっていた三周ヶ岳の北東尾根にある池をM田さんと見にゆくことにした。池を見た後は、其のまま三周ケ岳を経て夜叉ケ池へと抜けるルートで。
広野ダム(6:27)に車を止めて、林道を辿って鈴谷出合へ(7:30)。林道歩きをカットして残雪が消えた急斜の山肌を主尾根の背を目指して直上してゆく。主尾根上は拓けて歩き易いので、早く尾根筋に乗ればその分だけ藪漕ぎの苦労が短く済むからだ。

標高800m付近で残雪が現れ次第に繋がってきて以降はアイゼンを付けて快調に進んでゆく。

 

 

 

 

春の残雪歩きを満喫しながら美濃俣丸に到着(9:54)。思っていた以上に残雪が豊富なのが嬉しい。此処から南東に延びる尾根を下って金ケ丸谷へ下ってゆく。

 

 

 

 

この尾根は特に気を遣う箇所はなく、写真を撮りながら進んでいるうちに心地よい景色が広がる金ケ丸谷の大ヤブレ沢出合へ下り立つことができた(10:50)。

 

 

 

 

対岸の三周ケ岳北東尾根の支尾根に取り付くにあたり、靴を脱がずに沢の対岸へ立ちたかったが適当なポイントが見当たらない(11:00)。仕方がないので靴を脱いで素足で渡った。足の水を拭って靴下を履くまでの合間が寒すぎる…

 

 

 

 

渡渉が終わり、再び尾根を歩いているうちに足がホッとしてきた。残雪が無くても快適に歩けそうな尾根から・998を目指して登ってゆく。

 

 

 

その途中で面白いブナを見つけた。根上がりと言えば僕の中ではヒノキのイメージだが、ここまで根上がりしたブナを見るのは初めてだ。自分の記憶に自信はないけど。

 

 

 

 

地図に記載されている・998近くの池までやってきた(11:55)。池は残雪に埋もれて位置の判別も出来ないが、其処に僕がイメージしていた景色はなかった。もし此処に池があっても周囲の状況から推察してとても小さなものだろうと思う。
その後、尾根に通う山道を拾いながら緩やかで小広い尾根を辿って三周ヶ岳へ進んでゆく。

 

 

 

 

こうして北東尾根から三周ヶ岳に到着(14:06)。雲の多い天候だが視界はあるので善しとしよう。
今回の計画では北東尾根の途中で泊まる予定だったが、順調に進むことができたので先へ進むことにする。

 

 

 

 

 

三周ヶ岳から夜叉ケ池へと向かう途中、気まぐれで高丸(黒壁山)へ登ってみる事にした。M田さんも僕も未だ登ったことのないので、登るなら今回がその機会だと思ったから。
そうと決まればジャンクションピークから東へと延びる尾根に進路をとりテンバになりそうな地形を探しながらて下ってゆく。10分程下った所に適当な緩斜面があったので此処に決定。風下側を掘り込んでブロックを積み上げテンバを整えてゆく。今夜は風が強い予報なので風対策は念入りで。

 

 

26・3・21 Sat

 

 


六時半に起床して朝食を食べた後、テンバを発ち高丸へと向かう(7:30)。いつもとは反対側から眺める県境の山々の景色が新鮮だ。快適な残雪の尾根を歩いて小一時間で山頂に到着(8:20)。

 

 

 

△1316mの高丸は揖斐川源流域にある山々の内では一番高く、範囲を拡げた奥美濃以西でも第三位の高さがあり存在感のある山だ。

奥美濃以西の中では標高第一位の能郷白山、第二位の南端にある伊吹山共に三角点は一等なのに対し、高丸の三角点は三等である。三周ケ岳や夜叉ケ池のように認知度も高くはないが今回の登頂を機に僕の中で親しみがわいた。

 

 

 

 

高丸からの景色を満喫してテント場へ戻り撤収(8:50)。後はノンビリと夜叉ケ池へと向かう。行程や時間に余裕があるので久しぶりに古池に寄り道してみた。

 

 

 

南越郡誌によると「夜叉ケ池の北八丁程峰を渡れば古池あり、尺羅池と称す。長さ一丁、幅三十間、船形を成し、夜叉ケ池の清澄なる水に反し、落葉堆く高く水面に積もり、その中央に十坪足らずの水をみるばかりなり。周囲、山毛欅の深林に包まれ日光を漏らさず陰惨として如何にも龍神の潜む如し」。※ 秘境・奥美濃の山旅から抜粋

 

 

 

 

尾根から凹地を通り抜けて更に一段下って古池に到着(10:00)。残雪で覆われた古池の景色は南越郡誌の其れとは異なり、藪もなく明るくて気持ちのよい所だ。

以前、無雪期に此処を訪れた時は落葉堆く高い水面の景色は浮島の絨毯の様で、その上を恐る恐る歩くとその絨毯が微かに揺らめき、水が滲みあがってきて怖くなった憶えがある。

 

 

 

 

古池を後にして南八丁程峰を渡って夜叉ケ池に到着(10:10)。藪漕ぎがなければ何でもない道程だ。

せっかくなので暖かな陽射しがある池畔で小休止して行動食を摂る。残雪で塞がれた水面が虹彩のような模様となって顕れている景色を眺めながら。

 

 

 

帰路は夜叉ケ丸(10:46)の北西尾根から倉ノ又谷出合の登山口へ下山して車へと戻った(12:47)。

今回、M田さんのおかげで僕の中の課題を一つ片付ける事ができた。M田さんには車の送迎やテントや水作りや御つまみ等のさまざまな場面で厚意に甘えさせて頂くばかりで、其れに対し僕の方は何もお返しするものはなかった。せめて謝意をここで伝えておきたいと思う。今回もありがとう。

 

 

26・3・10 Tue   

 

sさんに誘われて雪洞を掘りに経ヶ岳へ行ってきた。未明に自宅を出発して六時過ぎには登山口に着いたけど、降りしきる雪を眺めていると如何にも登る気がわいてこない。雪が止むまで車内でダラダラと過ごしてから経ヶ岳に向かって出発。

 

 

 

 

さて、そうして経ヶ岳の切窓に到着。ここで当山岳会のメソッドで雪洞の作製にかかる。個人的に雪洞掘りの作業工程の中で一番ツラく感じるのは最初の横穴掘りだ。

入口を決めたら奥へ1m程掘り進んだ所から内部を広げてゆくのだが、洞内で中腰の体勢がとれる位の空間を確保するまで正面の掘り崩した雪を背面側へと排出するため、体を捻じる作業になるからだ。この作業のツラさをいなしつつ、洞内の雪を外へ掻き出し、内部空間を広げてゆくところに経験とコツが要る。

洞中へ中腰で入れたら洞外へと削った雪塊の排出は容易になる。体を捻じる体勢から解放されるので其処からの行程は捗ってゆく。

今回の場合は約小一時間でW140㎝×L250㎝×H130㎝のスペースが完成。とくに床面の仕上げに時間をかけてみた。二人なら快適に過ごせる空間だと思う。

 

 

 

 

早速、中へ入ってラジオを聴きながらラーメンを食べたりコーヒーを飲んだりして二時間ほど過ごしているうちに体が冷えてきた。此れまでの自分なら我慢できる程度の寒さのはずだが、今回は体が冷えてゆくばかり。寒さに耐えかねた僕はとうとう洞内にテント(ゴアライズ2)を張ってしまった(雪洞を掘れなかった場合に備えてバックアップ用で持ってきたもの)。
言うまでもなく雪洞+テントは快適だ。荷物の置き場に困らないし、寒さや濡れを気にせず夕飯を食べれたし、ラジオを聴きながら寛げたし、よく眠れたのだから。

 

 

 

26・3・11 Wed  

 

6時半にsさんに起こされて外へ出ると、昨日とは打って変わって今日は良い天気だ。早速、朝飯(ラーメン)を済ませて経ヶ岳山頂へと向かう。

 

 

 

所々で吹き溜まりがあったものの、アイゼンで快適に登ってゆく事ができた。天気がよいから景色はより良く見える。

 

 

白山連峰を望める山頂に到着。新雪でカバーされた真新しい景色がキレイだ。

 

 

眺望を満喫した後、切窓へと戻って雪洞の荷物を回収して下山。
今日の雪洞山行で僕は自分の衰えを痛感した。以前は雪洞で過ごす事も楽しく思えたものだが、次回の雪洞泊からは温かい装備で挑まなければ自分の体は寒さに耐えられないと実感した山行であった。
今回はsさんが雪洞山行へと誘ってくれたおかげで此のような気付きを得ることができた。ありがとうございました。

 

 

「山と渓谷」87年11月号の記事が目に留まった。そこで此のようなイベントが催されていたことを知った。そして自分が二十歳の頃を懐古する。

 

このフォーメイション、カッコよすぎ✨

 

 

 

 

 

26・2・26 Thu

 

 

今回は24年2月の山行で登った隣の尾根へN尾さん、タイチさんと三人で登ってみた。二月も残すところあと三日という日取りと、計画から山行当日までの間に冬山から春山への移行と融雪とが一気に進んでしまい、期を失したまま山行の当日を迎えてしまった。
上大納に集合して出発(6:40)。三坂谷沿いの林道を辿って三坂谷支流の入り口へ(7:50)。ここから支流を遡って中尾根の取り付きを目指すが、ユルく少なめな残雪で足場には気を遣う。

 

 

 

 

沢沿いに残雪を繋ぎながら進んで中尾根末端の取り付きに到着。二俣出合は一見して雪渓に埋もれている様だが、割れが進んでいて此処でも尾根へ取り付くのに気を遣った(8:45)。
急登で始まった尾根に取り付いてしばらくは、少な目の残雪と残雪下にある空洞に足を取られたりしながら喘ぎ登ってゆく。

 

 

 

 

標高を上げるにつれ残雪は増して登りやすくなってゆく。加えて其れまでガスに包まれた灰色の景色から抜けつつあるようだ。仰ぎ見ると薄らと青空が、振り返ると雲海の広がりが見えてきた。

 

 

 

 

 

雲海を抜けると仰ぎ見る蒼空からの陽射しと雪面からの照り返しでだんだんと暑くなってきた。眼の前の雲海は彼方まで広がり、堂ケ辻山の後ろに御伊勢山や屏風山、能郷白山等へ連なる山並みが島のよう。

 

 

 

尾根の中程まで登るとヒノキが絡んだ露岩が出てきて、此処から痩せ尾根が始まる(10:15)。

 

痩せ尾根は急な斜面ではあるがロープを出す程ではない。適度な緊張感と縫ケ原山南面に広がる断層崖の個性的な景観に喜びながら登ってゆく。

 

 

 

やはりというべきか、断層崖の上に張り出していたはずの雪庇は既に無くなって久しい事が遠目にも分かる光景が頭上に広がっていた。その雪庇の攻略を目的に今日此処へやって来きだけに残念である。

とはいえ、其れを抜きにすれば好天に恵まれた中でこうして痩せ尾根を登ったり展望や景色を楽しみながら過ごせる事は気持ちよいに違いない。

 

 

 


面白かった痩せ尾根が終わった後は、断層崖と並んで山際に広がる雪庇を目指してグサグサの雪斜面を登り詰めてゆく。それにしても本日の空の色は何時もよりも青い。

 

 

 

 

 

最後に残った雪の断壁を登り切れば縫ケ原山の山頂稜線。這い蹲って雪庇を乗り越えた途端、雪稜の北側に横たわっていた荒島岳の山容が圧倒的な鮮明さで僕たちの視界へ飛び込んできた(11:30)。あとは歩いて100m程で縫ケ原山山頂に着く(11:40)。

 

 

 

 

ここから望む福井県側の平野部には雲海が広がっていた。見てる間にも堤体の如き荒島岳南稜へ延びる尾根からは雲が溢れ荒島谷源流域へと流れてゆく。

 

 

一方で縫ケ原山の南側に懸かっていた雲海は消えつつあり、大納や岐阜県側ではどんどんと晴れ間が広がってゆく。コチラの雲海は朝霧だったのだろう。
下山して大納から鯖江へと車で帰る途中で考えた事だが、アチラ側となる大野市街や嶺北の空は雲に覆われて本日は曇り空の一日だったのではかなろうかと。

 

 

時間に余裕があるのでお昼にカップ麺を食べて、コーヒーを飲んでノンビリと過ごした。山頂からは車を止めた麓の駐車場が見えたし、岐阜県の山々を望むこともできた。

 

 

下山する頃になると、雲海が滝雲となって尾根を乗り越えて三坂峠へと流れ込んできていた。堂ケ辻山よりもちょっぴり背が低い人形山が今にも吞み込まれそうな勢いだ。

 

 

山頂を満喫した後は今回登った一本東隣の尾根から下山する。急な斜面に残るグサグサ雪を繋いで行くが雪質はユルユルなので半分滑り落ちながら下ってゆく。そして下るほどに暑さは増してゆき汗が流れ出てきた。

 

 

 

 

林道(13:50)へと降り立った後は今朝の林道を辿って車へ戻る(14:40)。振り返り見る縫ケ原山がいつもより近くに見える大納での一日だった。
今日の山行が冬山ではなく春山となっていた事が心残りだけど、二人のおかげで素晴らしい景色に出逢うことが出来た。今回も遠路はるばる大野まで来てくれてありがとう。

 

 

 

26・2・22 Sun

 

始めに、旧冠山登山道に関する内容は昭和53年3月発行「屏風山脈の旅」を基にして拙いながら要約させてもらった。

旧冠山登山道は昭和三十年ごろ開かれたというから其れほど古い道ではないが、昭和四十五年八月に冠山を中心にして行われた第二十二回福井県県民体育大会山岳部門に伴い冠坂の冠ケ峠道が新しく整備され(冠山登山道Bコース)翌年の昭和四十六年十月には峰越林道が完成。これにより冠山峠から冠平までの登山道が出来て峠から一時間も歩けば誰にでも気軽に登れる山となったので、今では旧登山道は殆ど利用されることがなくなってしまった。

 

 

今回はそれから五十年の歳月を経た旧冠山登山道のルートを辿ってM田さん、sさん、I角さん僕の四人でアラクラ山から冠山へ歩いてみることにした。

池田で集合(6:00)して国道の峰越林道入口から出発(6:35)。3㎞程林道を歩くと宇津井谷にかかる堰堤に到着(7:28)。林道を外れて堰堤の左肩から大きなトチの老樹が高く枝を張る造林小屋跡を経て出合の流れを渡って旧登山道がある宇津井谷支流のシンク谷左岸尾根へと取り付く。積雪のおかげで藪こそ無いものの其れなりに急登なので喘ぎながら登ってゆく。

 

 

 

 

途中にある植林帯を抜けて右側からの尾根と合流すると斜度は緩くなり展望も開けて歩き易くなる。そのまま登りきると郡界嶺の割谷の頭に到着(8:45)。この割谷の頭付近は白一色の霧に閉ざされた時には大変な難所であったらしく、「屏風山脈の旅」にはこう記されてある。

昭和三十年(1955年11月)に福井銀行のパーティが冠山で遭難し二人の犠牲者がでたのも、この尾根の頭で道を見失ったからである。「分岐点にある石標から北西の尾根に下りて下さい」と田代を出るときに教えられた話を思い出すことが出来ず、散々迷ったあげく結局は割谷に下り、連続して現れる滝で動けなくなったのが痛ましい犠牲者を出す直接の原因となったのである。

此処からアラクラ谷を臨みながら冠山側へと一旦下って登り返してゆく。行く手には割谷とアラクラ谷に挟まれた痩尾根の・1059のアラクラという岩峰(9:03)がありこのルート上でのアクセントになっていている。

 

 

 

 

アラクラを越えて下ってゆくと左手にアラクラ谷に懸かるアラクラ大滝の落口とアラクラ山が見える。このまま尾根通しで進んでゆくと県境尾根へと至るが、今回は尾根を脱してアラクラ大滝の落口上で対岸へ渡ってアラクラ山の北側の尾根へ取り付いて山頂を目指す(9:20)。

 

 

 

大滝の落口からアラクラを望む。大滝へと流れ落ちる支流は冠ケ峠を源流とするアマノガワと呼ばれている。

 

 

標高を上げてゆくにつれ視界がだんだんと利かなくなってゆく。そうして辿り着いたアラクラ山の山頂(10:00)は残念ながらガスに閉ざされて何も見えない。今日の天気は晴れ予報だったけど越美国境に近いせいか視界無く、風強く、寒い状況である。三人が居てくれるので頑張るけど気分が滅入りそう。

 

 

 

 

そんなアラクラ山を後にして県境尾根を目指して進んでゆく。ガスで視界が利かない尾根を辿って前山を越えると程なくして県境尾根に付けられた一般トレースに合流した。県境尾根上は風が強いので一枚着込むついでに補給と休憩。あとは快適なトレースを辿って冠山山頂を目指してゆくが、途中でガスがぬけ始めてきて視界が広がってゆく。

 

 

 

 

山頂から下山してくる二人とスライドして誰もいない冠山山頂に到着(11:25)。ガスは薄まりつつあるが眺望はなし。暫し過ごしてから冠平へ下る。

 

 

 

 

冠平を越えて旧登山道の分岐である1190mの台地へ登り返す頃になって漸く青空が広がってきた(11:36)。と同時に景色の全てが鮮明に見えてくる。其れまで見えなかったアラクラ山の山容に僕は真っ先に見入った。

 

 

 

↑正面の郡界尾根の先に繋がる部子山(左)と大野の銀杏峰(右)。 

 

 

旧登山道の分岐から県境尾根のトレースを脱して・1059のアラクラを目指して下ってゆく。アラクラ谷源流域に広がる谷筋と尾根筋とが絡み合う景色やアラクラ山の山容が進む毎に変化してゆく。その度に写真を撮るので僕の足は止まりがち。

 

 

 

 

 

アラクラ手前の鞍部まで下ってくると今朝に辿ってきたトレースと合流(12:08)。
この岩峰を越えて小さな鞍部に下ると後の行程は長閑な尾根歩きに終始する。

此処でようやく強風から解放された様なので、ちょっとした鞍部で昼食のカップ麺を摂った。

 

 

 

 

昼食を終えた後は、再び今朝のトレースを辿って下山してゆく。あんなに喘いで登った道程なのに下る時は早い。

 

 

 

 

郡界尾根を脱して宇津井谷支流のシンク谷左岸尾根を快調に下ってゆく。標高を下げてゆくと俄かに暑くなってきた。今日は最高気温が16℃となる予報だったことを思い出す。

 

尾根の末端が近づいてくると右側にシンク谷の流れが見えてきた。尾根末端に辿り着いた後、そのまま直進して堰堤の左岸から峰越の林道に立ってトチの老樹に別れを告げ、今回の旧冠山登山道を辿る山行を終えた(13:54)。

 

 

 

最後に今朝に歩いた峰越林道を国道入口まで3㎞歩く。田代尾根の中に際立つヒウチグラを眺めたり、足羽川の源流である冠谷の流れを俯瞰したり、自分の気持ちを紛らわしながら車へ戻った(14:24)。
今回はM田さんの安近短のリクエストに合わせて企画した山行に皆で登ることができた。登山をするにあたり足の不自由な僕を送迎していただき、この場をお借りして感謝申し上げます。本日はありがとうございました。

 

 

26・2・17 Tue

 

 

今回はN尾さんと荒島岳のツリガネザコ右稜を登りに行くことになった。勝原登山口から出発(6:35)して、確り踏み固められた雪道を辿ってシャクナゲ平を過ぎた鞍部(8:40)より横谷出合へ下降してゆく。
今回はシャクナゲ平下の鞍部から小ワサビ谷へ下ってゆくトレース跡があり、それを辿ってゆくとヒメマチ稜へと延びていた。これは珍しい。乗越からトレースを脱して横谷(9:20)を遡って取り付きへ。

 

 

 

 

 

ツリガネザコのシンボル的なツリガネ岩壁を見ながら右側の尾根へと取り付いた(10:00)。既視感を覚えながら登っている最中に思い出した。此方のツリガネザコの右尾根は其方のシンナイザコの左尾根であり、それは以前に登ったシンナイザコ左稜だという事に。

今回、ツリガネザコ右稜を登るつもりで此処まで来たけど、僕の認知機能の低下でそんな事にさえ気付けていなかった。

 

 

 

 

 

今となってはそうであったところで何方でもよい。此の雪尾根を登る事に変わりないので、このまま山頂を目指す。

 

 

 

途中には急斜面のような雪壁がある。滑落のリスクを避けて此処はロープを出して通過。40m程ロープを延ばした所で一旦ピッチを切って、次のピッチをN尾さんに交代。仰ぎ見る視界の中でN尾さんが頭上の藪と格闘している。深いしじまに包まれながら、その傍を航跡を曳いて飛行機が通り過ぎてゆく。

 

 

 

 

足元の決まらない積雪と樹木の枝を潜り抜けてきた先には快適な雪稜が延びていた。

 

 

 

 

対岸のシンナイザコ右稜(中左)やヒメマチ稜(右中下)と其処を歩いている人。荒島岳のマイナーな雪尾根と登山者のモンタージュが今の僕には堪らない景色として映る。

 

 

 

 

それなりに傾斜が強いのでスタカットで適当に休める所まで進んでゆく。

 

 

 

 

途中でロープを片付けて雪原状になってゆく尾根を辿ってゆく。

 

 

 

 

雪原の端まで登ると先の視界が開いて、中荒島を行き来する登山者の姿が見えた。

 

 

 

 

 

登山道に合流したら荒島岳の山頂はもうすぐ。

 

 

 

 

 

荒島岳(12:53)の山頂を踏んだ後、前荒島まで下って休憩(13:16)。その後、勝原へと下山した(14:52)。

今回はよい積雪のコンディションでN尾さんも悦んでいたよう。毎度、福井のマイナールートに付き合ってくれて感謝です。お疲れさまでした。

 

 

 

26・2・15 Sun

 

 

今日はT崎さんY本さんI角さん僕の四人で美濃俣丸へ。広野ダムに車を停めて出発(6:34)。取り付きの鈴谷川右岸尾根へはダムからの長い林道歩きなので其れを思うと気がオモい。

取り付きに着くと長かった林道歩きから解放されてホッとした。ここから急登な小尾根から何時もの見慣れた尾根筋に出た。

 

 

 

 

 

このように太くはないブナが疎らに生えている緩やな景色を見ていると美濃俣丸に来たのだなと思う。・912を越えて更に標高を上げてゆくと何時の間にか其のブナの林の事は忘れ去り、目の前に現れた樹木の疎らな雪尾根の景色にワクワクした(10:43)。

 

 

 

 

ズングリとした北峰の存在感を感じながら・1115を越えて本峰への急な斜面を登ってゆく。だんだんと斜度が緩くなり小広くなった雪原が美濃俣丸の山頂(11:40)。
ようやく辿り着いた美濃俣丸の山頂だけど、生憎の曇り空のせいで何だかパッとしせず、トホホ…。

 

 

 

 

晴れていれば此処でお昼ご飯を食べるつもりでしたが、ジッとして居ると風が通って寒いので県境尾根の南にある街道の尾を目指して下って行くことにする。

 

 

 

 

山頂から暫く下った標高1100m地点によい場所があったので、此処でカップ麺を食べコーヒーを飲みながら少しの間を過ごす(12:04)。三年前に此処にテントを張って泊まったのを思い出した。

 

 

 

 

補給を終えた後は再び県境尾根を南下してゆく。何処を向いても素敵な景色が広がっているロケーションだが、近づくにつれて存在感が増してゆく三周ケ岳の山容に目は向かいがち。

 

 

 

 

そうしている間にひっそりとした佇まいのバンドー丸に到着(13:46)。個人的に好きな場所のひとつ。

 

 

 

ジャンクションピークで街道の尾と合流すると多くのトレース跡が残されていた(14:50)。トレースを残した人達は三周ケ岳へと行っていたのだろう。ともあれ有難い此のトレースを辿って黒谷山を経由して広野ダムへと下山(17:10)。車に着くと緊張が緩んで本日の疲れがドッと込み上げてきた。僕はもうフラフラになっていたのだ。

今回は僕の急な誘いにもかかわらずお付き合いいただいた皆さん、ありがとうございました。これに懲りずこんな僕を甘やかして貰えるととても助かります。それではまた。

 

 

26・2・14 Sat

 

 

先週に続き、今週もカゴちゃんが付き合ってくれた。なので今回は二十五年前の二月に登った三日ケ尾を再訪してみた。

下山登山口(6:30)に車を停めて荒島谷の左岸林道へ。朝の冷え込みはあまく雪がユルくガボるので早々にワカンを装着。荒島谷を奥へと進んでゆくと今度は左岸のサコからカチカチに締まったデブリが堆積している。ここでワカンからアイゼンに切り替えた。

 

 

 

 

 

二月とは思えない早春の景色が広がっている荒島谷を進んでゆくと正面に三日ケ尾が近づいてきた。三日ケ尾は尾根端まで雪で繋がっているので端から取り付くことも可能な様だが、ユルい積雪を嫌ってナガアラシ谷の締まったデブリ跡を中程まで遡ってから三日ケ尾に取り付くことにする(7:56)。

 

 

 

 

↑ナガアラシ谷のデブリ跡を辿りますが時々ガボりながら上がってます。

 

 

 

中程にある涸滝の手前で左側の三日ケ尾へと上がって行く。ルート的にはデブリ跡で埋もれた谷をただ登るだけの内容だけど、荒島谷を俯瞰する景色に見応えを感じる僕にとって其れも楽しい。

 

 

 

 

三日ケ尾に乗るとそれまで見えていなかった尾根の向こう側の景色が目に飛びこんできた(9:16)。どうやらこのまま東稜まで緩やかな雪尾根のようなので此処でアイゼンからワカンへと履き替えて進むことにする。

 

 

 

 

ここから見る縫ケ原山はツンとしていて何時もよりカッコよく見える。他所で見るダラダラした山容とはちがって。手間に広がる荒島谷の源流域やスカイラインの南稜へ延びる旧下山コースの西の尾もいい感じです。

 

 

 

 

尾根の標高を上げてゆくと樹林は疎らになってゆく。仰ぎ見る東稜が放つ光景には僕達に後立の景色を思い起こす程のインパクトがある。

 

 

 

 

大ナベに乗り上げて東稜と合流(10:35)。山頂までは気持ちがいい雪稜歩きです。

 

 

 

 

荒島岳の山頂が近づくと沢山の登山者で賑わっているのが伝わってきて面白い。山頂(11:00)に着いて写真を撮った後は早々に東稜へと戻って、適当な場所でお昼ご飯のカップ麺を食べた。

 

 

 

 

 

あとは東稜の下山コースを辿って下山集落へと下山(13:07)。今度は雪洞泊で山に行けるといいですね等と話をしながら春のような陽気の大野の街を後に帰宅した。
今回もカゴちゃんのおかげで行って見たかったルートの一つが叶った。こんなヨロヨロの僕に今回もこうして付き合ってくれて感謝です。

 

26・2・7 Sat

 

以前から気になっていた荒島岳の堂の尾へカゴちゃんと登ってみた。鬼谷川支流の極楽谷と地獄谷との出合からヒメマチへと続く尾根が堂の尾で、昔はこの尾根にお堂が在ったというのが名の由来。
佐開集落端に車を止めて出発(6:17)。先ずは養魚場まで2キロ弱のラッセル。休憩後、堂の尾の取り付きを目指して鬼谷川を遡ってゆく。

 

 

 

 

養魚場から鬼谷川の右岸へ降りて四つある堰堤の内の一つ目を左岸から、二つ目は右岸のカンテ状から高捲く。三つ目の堰堤の手前でヘツリを避けて右岸から高捲き、そのまま山腹をトラバースして四つ目の堰堤も捲いて極楽谷と地獄谷との出合を見下ろす高台へ。

 

 

 

 

両岸の高台に何かの基礎があった。この先は懸崖となっているので極楽谷側へトラバース気味に下降し最後に懸垂10mで極楽谷右岸へと降り立ち、堂の尾の取り付きを探りながら進んだ。

 

 

 

↑右側に堂の尾を望みながら雪で埋まった極楽谷を登ってゆく。

 

↑振り返り見る、極楽谷と地獄谷との出合。

 

↑ここまでの道程に多くの時間を費やして、漸く堂の尾に取り付くことができた(9:15)。

 

 

 

お堂が建っていたと僕が思い込んでいた尾根端の高まりへ行って見ると、太い松が生えた積雪の台地だった。積雪の下にお堂の痕跡はあるだろうか。

帰宅してから「荒島の冬」を読み返してみると、お堂があった場所は標高700mと書いてあるので、此処だと標高は合わないことになる。

 

 

 

 

急登で始まった堂の尾の登りは標高を上げてゆくと斜度は緩やかになってゆく。植林帯の様な杉の木が目立つ小広い尾根をモナカ雪のラッセルに閉口しながら喘ぎ登っていると、左側の樹林の間に見覚えのあるヒメマチ稜下部の岩場が見えた。

 

 

 

 

更に標高をあげてゆくと霧氷で覆われた雑木林の景色になった。時折、ガスの切れ間に荒島岳の稜線が浮かんで見えて小さな満足感を得る。視界と雪質は今一つだが、風は穏やかでそこまで寒く感じず助かる。

 

 

 

 

 

標高1100mを越えてだんだんと雪山らしい景色になってきた。ポツンとした藪と雪稜の概観がヒメマチの近いことを教えてくれた。

 

 

 

 

堂の尾はヒメマチ(11:50)で終わり、此処から先は鎌の尾へ名を変えて南稜と合流する。ヒメマチに着いて写真を撮っていると不意に視界が開けて稜線を行き交う登山者の姿が見えた。

今回の雪質だとワカン装着のままでは不安なので此処でアイゼンに履き替えることにする。

 

 

 

 

鎌の尾をツボ足ラッセルで進んでゆく。ここでも積雪は多いが雪質は悪く、そのせいで足が運び難くとても疲れる。とはいえ終始トップを牽いてくれるカゴちゃんのパワーとセンスには感心しかない。

 

↑2024年一月の同じ場所から

 

 

 

南稜と合流した後はこの雪尾根を辿って荒島岳の山頂へ(13:04)。

 

 

 

写真を撮って早々にシャクナゲ平へと下る。

 

 

 

シャクナゲ平(13:33)でご飯を食べた後は、小荒島から佐開へと下山する。下山時も今回の雪質の悪さに悶えながら下るばかり。

 

 

 

 

養魚場(15:28)に降り立って車へと戻る(16:00)。振り返り見る荒島岳の景色が恰好よい。画像右側の大きな尾根が堂の尾。ヒメマチから左下へと延びるヒメマチ稜も写っているがこの画像での判別は難しい。
今回の道程におけるカゴちゃんのラッセルが九割九分で僕のラッセルは一分。彼は良いトレーニングだと言ってくれるが、こちらとしては一助にもならない体力で申し訳なく思う。とはいえ、今回も山行に付き合ってくれてありがとう。おかげで行きたかったルートを登れて満足だよ。

 

 

 

26・2・1 Sun

 

 

N尾さんのリクエストでH瀬さんと僕の三人で冠山南壁から冠山を登る事にしました。天候は今一つだけど登ってみましょうということで。
良くもない天候だけどそれなりの車と登山者で賑わっている登山口に集合(6:00)。支度を整えて南尾根へと取り付いてひたすら上を目指して登ってゆきます。・948を越えて1080mまで登って漸く南尾根の本筋と合流(10:30)。

 

 

 

 

天候も視界も良くはないけど、こうして南尾根を歩くのは気持ちが良い。時折ガスが薄まって幽かに冠山の山容が見えただけで少し嬉しく、そして少しだけ懐かしい気持ちになる。

 

 

 

 

冠壁を目指して進んでゆくけどその道程が見た目以上に長く遠い。ラッセルがひどいのと強くはない風に晒され続けているのでそう感じるのかもしれない。

 

 

 

 

冠壁の基部(11:30)に到着すると積雪のせいか雪を繋いで上部へ抜けれそうに見えるので取り付いてみた。あの時、登ってみればよかったという思いを後で引きずらない為にも。それに此処から直登できるならそれに越したことはない。
一見、積雪で繋がって登り易くみえるけど岩壁との間は空洞で取り着く事も難しい。前回と同様、今回も僕には無理そうなので早々に諦めた。この状況だと時間的な余裕も無さそうなのでさっさとルンゼの方から捲いてバンドへ上がる事にする。

 

 

 

 

ルンゼの取り付き迄はそのまま冠壁の基部を伝い才ノ谷側へトラバース。此処から南壁上部のバンドへと捲き上がってゆく。

1P目、積雪は豊富だが一度にたくさん積もった積雪と以前の雪との境には大きな空洞や割れがあって今回は気を遣わされたけど、概ね荒島岳のヒメマチ稜上へ抜けるルンゼの短い版みたいな感じ。

 

 

 

 

2P目はガリーを登りきった所にある岩場のバンドから。岩場を回り込んで直ぐの小さなガリー状から下部大岩を抜けると一面積雪の急斜面にでた。積雪を掻き落としながら進んでゆくと傾斜が少し緩んだ辺りで50mロープがイッパイになってしまった。やむなく安定した積雪まで掘り下げてピッケル二本を支点にしてアックスビレー(13:30)。

 

 

 

 

後はコンテで頭上に望む雪斜面を山頂目指して登ってゆく。途中の上部大岩は左側を絡んで。最後は吹き溜まりのツラいラッセル区間だったけど冠山山頂へダイレクトに立てるので登り甲斐があった(14:40)。
漸く辿り着いた山頂だけど日没までの残り時間は決して多くない。ロープをまとめる間に登頂の喜びを味わっておく。ここから往路を引き返したいが、多少の時間を要しても一般ルートから下るのが無難そうなので冠平へ向けて早々に下山開始。

 

 

 

 

山頂から少しばかり下った時点で既に足元や冠平へ下ってゆく方向さえ判り難い状況。視界は無い、あるのは地吹雪と不安だけ。頭がクラクラしそうな感覚を抑え込みながら冠平に到着(15:00)。他人のトレースに期待が持てない今の現状を受け入れ、気持ちを入れ直してひたすら前進してゆく。

雪洞で一泊する装備を担いではいるけど、僕はビバークなんてまっぴら御免だ。

 

 

 

 

結局、他人のトレースに与れたのはh900mまで下ってきた頃になってから。ヘッデンで尾根筋を確かめながら下ってゆき、次第にトレースがハッキリと認識できるようになって漸く其れまでの緊張が少しづつ解けてきた。眼下のトンネルの明かりを眺め、此れで長かった一日を終わらせる事が出来たと安堵しながら登山口に到着(18:50)。

N尾さんとH瀬さん、ありがとうございました。これに懲りず雪山へ行けると嬉しいきです。お疲れさまでした。

 

 

 

 

26・1・18 Sun

 

 

今回はT崎さんI角さん僕と妻の四人で田代尾根から冠山に登る事になりました。池田で六時半に待ち合わせをして田代尾根の取り付きへ(7:00)。
尾根に取り付くと雪はグサグサでその感触は春のよう。早々にワカンを装着して登ってゆきます。

 

 

 

眺望の楽しみもない快適でもない尾根を辿って、先ずは高天井(9:00)と呼ばれる最初のピークを目標に登ります。高天井という名前を知らなければ何でもないただの高まりなのだけれど。
その高天井から少し下った所から田代尾根を横切る峰越林道「2」へ降り立ち、尾根を登り返してゆく辺りから漸く田代尾根の登りがだんだんと愉しく思えるようになってきました。

 

 

 

 

急な斜面を息を弾ませながら登りきると視界が開けた尾根の端に出ました。直ぐそこに見える高まりが・1058/ヒウチグラです(10:14)。

ここに来て朝からかかっていたガスは薄くなって陽も射し込んできました。自ずと足を止めて其の景色を満喫。眺望を遮るような藪や樹木もなく県境の山々や僕が住む平野部が一望できるスッキリとした山頂で。

 

 

 

 

 

ヒウチグラから一旦鞍部へ下って登り返した所がジャンクションピークの・1156/越前峠(田代尾根の頭)。ここで夏道が通う県境尾根と合流した後は、目の前に見える冠山の山容に向かって快適な雪尾根を進んでゆきます。

 

 

 

 

 

 

幾つかの高まりを越えて行くと右側からサイノクラの支流が入り込んできました。其の支流の源頭を絡むように県境稜線を目指し最後の急登を登ってゆきます。多くの人々が憩う冠平を見下ろしながら。

 

 

 

 

 

県境尾根に立つと傾斜は穏やかになり、そのまま雪稜を辿ってゆくと程なく冠平からのトレースと合流して山頂に到着(12:11)。

 

 

 

↑ヒウチグラへの登り返し。

山頂からの眺望を満喫後、途中の尾根の高まりで軽く昼食を摂ってからグサグサ雪に足を取られながら下山しました(15:35)。
T崎さん、I角さん、今日は一日お疲れさまでした。都合が合うときにでも再び一緒に山へ登れると嬉しいです。

 

 

このノリとキレを越えたPegasus fantasyを僕は未だ知らない。