26・5・17 Sun

 

 

五月も中半となり気になっていた別山から三ノ峰間をS木さんと歩いてきた。
市ノ瀬(5:40)からチブリ尾根へ。黙々と樹林帯を抜ける。尾根に出ると眺望が広がり清々しい。

避難小屋(8:05)に着くと不意に声を掛けられ驚いた。Sサイクル店へ出入りしていた頃の知人だった。ふとその頃を懐かしく思いだした。

此処を過ぎた辺りからアイゼンを着けて登ってゆく。

 

 

 

 

御舎利山の手前で残雪は消えた。アイゼンを外し登山道を歩いて別山へ(9:40)。予定より早く着いたので三ノ峰を経由して下山することにした。

 

 

 

別山平(10:22)に着くと久しぶりに訪れた実感がわいた。後は春のハイキングを満喫しながら歩いた。
三ノ峰の避難小屋で休憩(11:20)。午食を摂った後、杉峠を目指して六本檜へ。此処から杉峠の間は登山道が藪に覆われ辟易した。疲れているので尚更だ。

 

 

 

杉峠(14:12)から途中にある展望所辺り迄も藪が酷かった(来月になれば草も刈られて快適に歩けるだろう)。長く感じる道程と時間を経て登山口(15:23)の林道に下り立ち、市ノ瀬(16:07)へ戻った。
今日はs木さんのおかげで三ノ峰を歩けた。付き合ってくれてありがとう。

 

 

26・5・4 Mon

 

三時にカゴちゃんが迎えに来てくれた。その後T岸さんと福井で合流して馬場島へ向かう。今回は二泊三日で小窓尾根を登る計画だ。

六時過ぎに馬場島に着いたものの、車内で降りしきる雨を見ているだけで気持ちは萎えた。なので仮眠して雨が止むのを待つことにした。
雨が小止みの時をついて馬場島(8:35)を出発するが、その後も雨は降り続いた。昨日からの雨天で増水した白萩川の様子から今回予定していた小窓尾根は諦めた。その代わり渡渉せずに北方稜線に乗れるブナクラ峠から剱岳を目指すことにした。

 

標高を上がるほど気温は下がり視界は悪く、風雨が激しくなってゆく。ブナクラ峠を目前に自分の我慢も限界に達した(13:10)。幸運な事に峠に着くと折尾谷側は風下の穏やかな雪原だった。此処で本日の行動を終え、明日からの好天に期待して早々にテントを張った。

外からの雨と内からの湿気で快適からは程遠い中、着干しを兼ねてガスを焚いて過ごす。雨が幕を叩き、風が鳴りながら鞍部を吹き抜ける状況の中、五時に夕飯を摂り、そして就寝(19:30)。いまは明日の好天だけが頼みだ。

 

26・5・5 Tue

 

夜中に目が覚めると昨夜からの風雨は止んでいた。外へ出ると星が見える。月が辺りの真っ新な積雪を白く照らしていた。

四時に起床し、朝飯を摂って出発(6:00)。快晴の稜線を辿って赤谷山山頂へ。濡れた靴が不快な他は良い感じだ。

 

 

 

赤谷山を越えて白萩山へ歩き出すと北方稜線が始まった気持ちになる。残雪は多くないが藪漕ぎはない。剱岳の景色に歓声をあげながら赤ハゲを越えてゆく。

 

 

白ハゲから見る剱岳の姿は素晴らしい(9:00)。北方稜線ならではの光景だ。

 

 

 

白ハゲから大窓へ下ってゆく。踏み抜きに気を遣いながら這松の中の無雪期ラインを強引に辿った。何処を辿っても北方稜線の景色は心に沁みる。

 

 

 

大窓(10:00)から大窓ノ頭(11:07)までの高度差300mの間は辛かった。とにかく足を一歩ずつ上げてゆくだけで精いっぱい。写真を撮ったり景色を愉しむ余裕が僕にはなかった。
登りきると剱岳が少し近づいたよう。嬉しくて良い気分になる。大窓ノ頭を越えてゆくと景色がだんだんと険しくなってきた。

 

 

 

岩稜を伝い鞍部に下り立ってローソク岩へ(11:35)。此処は基部の残雪を辿って捲いてゆく。捲き終えて直ぐに登り返す雪壁上部が立っていて緊張した。僕の中にある滑落への恐怖がそうさせる。

 

 

 

池平山北峰の登りには固定ロープが残っていた(12:20)。南峰の下りも固定ロープが核心区間の殆どに残置されていたのでクライムダウンで小窓ノコル(13:27)へと下り立つことができた。

 

 

 

小窓から小窓ノ頭(14:50)までの標高差250mを登るが、前を歩くカゴちゃんのステップを一歩一歩と辿るだけでも精一杯の状態だ。進まなければ本日のテント場には着かないので全力を尽くして登った。僕なりに。

 

 

 

小窓ノ頭から小窓ノ王の基部(15:48)へ。そこから25mを懸垂して三ノ窓に到着。今日の内に池ノ谷ガリーを登っておきたかったが、僕の体力は限界だ。なので本日の行動は此れにて終了。

 

 

 


三ノ窓で泊るのも久しぶりだ。昨日の濡れた装備等を干している間に、雪斜面を削って壁を築きテント場を確保する。今日は寛いでても結露や濡れもなく快適。短い時間だったが風に当てただけでも感触はよい。唯一、靴下やダウンシューズが湿った侭で不快なこと以外は。夕飯を摂って就寝(19:20)。

 

26・5・6 Wed

 

 

四時に起床して朝食を摂り、五時半に三ノ窓を出発。初っ端から池ノ谷ガリーを登る。万全を期してガリー内に点在するハンガーで支点をとりながらコンテで登り詰めてゆく。約一時間で右俣のコル(6:47)に出た。更に長次郎ノ頭を目指して雪壁を登ってゆく。

 

 

 

長次郎ノ頭までは残雪を辿れたので無雪期よりも早く着いたように感じた。頭から25mの懸垂をして左俣のコルへ(8:00)。

 

 

 

最後にコルから本峰への登り返せば山頂は目前だ。目の前のルートである雪壁は長く斜度も登るにつれ立ってくるので、此処も万全を期して岩角に支点を取りながらコンテで通過した(8:37)。

 

 

 

後は緩やかな雪尾根を辿ってゆく。ちょうど源次郎尾根から登山者が続々と合流する、賑やかな剱岳山頂に着いた(8:57)。後は確りしたトレースを辿って早月尾根を下るだけだ。

 

 

 

早月小屋で装備を外して残雪を繋ぎながら尾根を下ってゆく。

 

 

汗を掻きながらヘロヘロになって漸く馬場島に下山(13:40)。こうして短いようで長いGWの山行を終えた。
カゴちゃんT岸さんが共同装備を担ぎ、且つトップを牽いてくれたおかげで僕にも歩き通すことができた。二人に感謝だ。ありがとう。

 

 

26・4・25 Sat

 

 

上小池への往来は2023年春に善五郎橋が被災して以降、今も通行止めはつづいている。今春から始まった本橋の架け替え工事は今秋に終わる予定のようだが、上小池への往来が一日でも早くできる環境が整う事を願うばかり。
今回はその上小池に池田の部活のメンバー達とバイクで久しぶりに訪れてみることにした。
大野の道の駅に集合してバイクで出発(8:00)。勝原でR158を離れて打波川沿いの上小池勝原線に入ると三年ぶりの懐かしい景色が広がっていた。

 

 

 

 

鳩ケ湯(9:30)で小休止をして善五郎橋を越えて急登を終えた道端で再び小休止(10:20)。足腰を労わりつつパンやお菓子等を補給。
此処から望む願教寺やよも太郎山に残雪はない。何気ない景色だが四月とは思えない様相だ。

 

 

 

ようやく上小池に到着(11:00)。此処にきて思いがけず春の名残を満喫。

 

 

 

本日の折り返し地点の三ノ峰登山口駐車場に到着。ちょうどキャンプ場の管理人さん夫婦がおられたので少し挨拶を交わす。その後、此処で午食を摂ってから下山(12:00)。

 

 

 

あんなに喘いで登った往路だが、復路は早い。当たり前だ。余りに早いので途中にある旧中村の石灰華(黄土色)に立ち寄ってみる。こんな時でないとそんな気は起きないから、今日は其のよい機会だ。
規模は小さいが確かな石灰華の感触と景色を前に、ふと北アの硫黄沢の白い石灰華の思い出が懐かしく甦った。

 

 

 

 

最後に勝原園地にも立ち寄ってみた。閑散としているだろうという僕の予想に反し、園内は其れなりに賑わっていた。何となく始まった岸辺での「水切り」に我を忘れてひと汗掻いたらお腹が空いたので道の駅へと戻り、それから解散した(13:30)。
偶には此のような野外活動も愉しい。おかげで心の洗濯をしたような気分になれた。今日は皆さん、お疲れさま。

 

Dst 53㎞

 

26・4・14 Tue

 

朝倉遺跡を目指して自宅を出発(9:20)。文殊山を越えたところで気持ちが変わり朝倉遺跡から永平寺に行き先を変えることにした。越美北線沿の越前高田駅近くまで来た処でまたまた気持ちが変わり、少し考えて林道大仏線を走ることにした。昔に走った時の淡い記憶が甦ってきたから。それで足羽川右岸沿いを走って皿谷を目指した。

 

 

 

皿谷(11:00)で芦見川を離れて大仏線へと上がって行く道に入った途端、荒れ気味の舗装路面になった。枝葉や小石が散乱し、見える限り急坂がつづいていて早々に心が折れそうになる。

 

 

ようやく稜線に乗越が見えてきた(11:27)。大仏線と合流だ。ツラい道程が延々と続くような感覚に苛まれながら其れに耐えつつ自分なりに頑張っていたから嬉しい。

 

 

 

乗越で大仏線と合流すると此れまでの舗装路からダートとなる。荒れてはいるが仙尾山辺りから再び舗装路が現れて安堵する。大仏寺山登山道との交差点を少し過ぎたところで舗装路は平滑となり街乗りタイヤでも快適に走行できるようになった。

 

 

 

林道とはいえ舗装路の快適さはありがたいものだ。おかげで時折望むことができる白山の眺望に感激したり、意図せず見つけてしまう春の恵みに足止めをくらいながらも順調に駆けてゆくことができた。

 

 

 

大仏線の途中にある芳野ケ岳の登山口(13:40)にバイクを止めて山頂(14:00)へ向かう。白山展望台でおやつとcolaを補給してから、山頂を後に帰路についた。


Dst 約80㎞

 

 

26・4・12 Sun

 

桜の見ごろを終え、暖かい日がつづき、強張っていた自分の体が少しづつ楽になってきたようなので、二週間ぶりの夜叉ケ池を目指してバイクで自宅を発つ(7:07)。
広野ダム(8:52)を越えて岩谷への林道に入ると路面は相変わらず土砂や落石が散乱しているが、二週間前の状況に比べれば残雪がなく快適だ。順調に登山口に到着(9:28)。

 

 

 

夜叉ケ池(10:53)に着くと水面を覆っていた雪は一部を残して殆ど消えていた。その景色を眺めながら朝出がけに家で詰めてきた梅干し弁当を食べ、それで満足したので下山する。
長い時間をかけて喘ぎながら登った登山道だが、こうして下る時は短いものだという思いが頭の中で何度と浮かんでくる。

 

 

 

登山を終え、登山口(12:05)から再びバイクに乗って帰路につく。今庄の街外れの辺りで体に力が入らなくなってクラクラしてきたので、最寄りのコンビニでファミチキとコーラを補給してから帰宅した(14:30)。
ともあれ、バイクで夜叉ケ池登山口まで走り、池まで登山して、其れなりに満足できた。

 

 

26・3・30 Mon

 

 

数年前の自分と比べると体は重く感じるし、疲れるのも早くなった。それに一旦疲れると其の疲れが抜けるまでに此れまでよりも長い時間を要する。

その感じが解消するか如何かは分からないが、如何にかしたいので取り合えずバイクで海まで走ってみた。いわゆる積極的休養のつもりで。

というわけで自宅を発って江波から熊谷を経て越前海岸の厨に出て、米ノから千合谷を経て広瀬から自宅へと戻った。

 

 

帰路の途中、なんにもなかったところにダム湖ができて、なんにもない水面にただ風が吹いてた。

 

 

 

前日(29日)は妻と二人で夜叉ケ池へ。なんにもなかった雪面に、何かの兆しがみえていた。

 

 

26・3・20 Fri

 

 

以前から気になっていた三周ヶ岳の北東尾根にある池をM田さんと見にゆくことにした。池を見た後は、其のまま三周ケ岳を経て夜叉ケ池へと抜けるルートで。
広野ダム(6:27)に車を止めて、林道を辿って鈴谷出合へ(7:30)。林道歩きをカットして残雪が消えた急斜の山肌を主尾根の背を目指して直上してゆく。主尾根上は拓けて歩き易いので、早く尾根筋に乗ればその分だけ藪漕ぎの苦労が短く済むからだ。

標高800m付近で残雪が現れ次第に繋がってきて以降はアイゼンを付けて快調に進んでゆく。

 

 

 

春の残雪歩きを満喫しながら美濃俣丸に到着(9:54)。思っていた以上に残雪が豊富なのが嬉しい。此処から南東に延びる尾根を下って金ケ丸谷へ下ってゆく。

 

 

 

この尾根は特に気を遣う箇所はなく、写真を撮りながら進んでいるうちに心地よい景色が広がる金ケ丸谷の大ヤブレ沢出合へ下り立つことができた(10:50)。

 

 

 

対岸の三周ケ岳北東尾根の支尾根に取り付くにあたり、靴を脱がずに沢の対岸へ立ちたかったが適当なポイントが見当たらない(11:00)。仕方がないので靴を脱いで素足で渡った。足の水を拭って靴下を履くまでの合間が寒すぎる。

 

 

 

渡渉が終わり、再び尾根を歩いているうちに足がホッとしてきた。残雪が無くても快適に歩けそうな尾根から・998を目指して登ってゆく。

 

 

 

その途中で面白いブナを見つけた。根上がりと言えば僕の中ではヒノキのイメージだが、ここまで根上がりしたブナを見るのは初めてだ。自分の記憶に自信はないけど。

 

 

 

地図に記載されている・998近くの池までやってきた(11:55)。池は残雪に埋もれて位置の判別も出来ないが、其処に僕がイメージしていた景色はなかった。もし此処に池があっても周囲の状況から推察してとても小さなものだろうと思う。
その後、尾根に通う山道を拾いながら緩やかで小広い尾根を辿って三周ヶ岳へ進んでゆく。

 

 

 

こうして北東尾根から三周ヶ岳に到着(14:06)。雲の多い天候だが視界はあるので善しとしよう。
今回の計画では北東尾根の途中で泊まる予定だったが、順調に進むことができたので先へ進むことにする。

 

 

 

 

三周ヶ岳から夜叉ケ池へと向かう途中、気まぐれで高丸(黒壁山)へ登ってみる事にした。M田さんも僕も未だ登ったことのないので、登るなら今回がその機会だと思ったから。
そうと決まればジャンクションピークから東へと延びる尾根に進路をとりテンバになりそうな地形を探しながらて下ってゆく。10分程下った所に適当な緩斜面があったので此処に決定。風下側を掘り込んでブロックを積み上げテンバを整えてゆく。今夜は風が強い予報なので風対策は念入りで。

 

 

26・3・21 Sat

 

 


六時半に起床して朝食を食べた後、テンバを発ち高丸へと向かう(7:30)。いつもとは反対側から眺める県境の山々の景色が新鮮だ。快適な残雪の尾根を歩いて小一時間で山頂に到着(8:20)。

 

 

 

△1316mの高丸は揖斐川源流域にある山々の内では一番高く、範囲を拡げた奥美濃以西でも第三位の高さがあり存在感のある山だ。

奥美濃以西の中では標高第一位の能郷白山、第二位の南端にある伊吹山共に三角点は一等なのに対し、高丸の三角点は三等である。三周ケ岳や夜叉ケ池のように認知度も高くはないが今回の登頂を機に僕の中で親しみがわいた。

 

 

 

高丸からの景色を満喫してテント場へ戻り撤収(8:50)。後はノンビリと夜叉ケ池へと向かう。行程や時間に余裕があるので久しぶりに古池に寄り道してみた。

 

 

南越郡誌によると「夜叉ケ池の北八丁程峰を渡れば古池あり、尺羅池と称す。長さ一丁、幅三十間、船形を成し、夜叉ケ池の清澄なる水に反し、落葉堆く高く水面に積もり、その中央に十坪足らずの水をみるばかりなり。周囲、山毛欅の深林に包まれ日光を漏らさず陰惨として如何にも龍神の潜む如し」。※ 秘境・奥美濃の山旅から抜粋

 

 

 

尾根から凹地を通り抜けて更に一段下って古池に到着(10:00)。残雪で覆われた古池の景色は南越郡誌の其れとは異なり、藪もなく明るくて気持ちのよい所だ。

以前、無雪期に此処を訪れた時は落葉堆く高い水面の景色は浮島の絨毯の様で、その上を恐る恐る歩くとその絨毯が微かに揺らめき、水が滲みあがってきて怖くなった憶えがある。

 

 

 

古池を後にして南八丁程峰を渡って夜叉ケ池に到着(10:10)。藪漕ぎがなければ何でもない道程だ。

せっかくなので暖かな陽射しがある池畔で小休止して行動食を摂る。残雪で塞がれた水面が虹彩のような模様となって顕れている景色を眺めながら。

 

 

帰路は夜叉ケ丸(10:46)の北西尾根から倉ノ又谷出合の登山口へ下山して車へと戻った(12:47)。

今回、M田さんのおかげで僕の中の課題を一つ片付ける事ができた。M田さんには車の送迎やテントや水作りや御つまみ等のさまざまな場面で厚意に甘えさせて頂くばかりで、其れに対し僕の方は何もお返しするものはなかった。せめて謝意をここで伝えておきたいと思う。今回もありがとう。

 

 

26・3・10 Tue   

 

sさんに誘われて雪洞を掘りに経ヶ岳へ行ってきた。未明に自宅を出発して六時過ぎには登山口に着いたけど、降りしきる雪を眺めていると如何にも登る気がわいてこない。雪が止むまで車内でダラダラと過ごしてから経ヶ岳に向かって出発。

 

 

 

 

さて、そうして経ヶ岳の切窓に到着。ここで当山岳会のメソッドで雪洞の作製にかかる。個人的に雪洞掘りの作業工程の中で一番ツラく感じるのは最初の横穴掘りだ。

入口を決めたら奥へ1m程掘り進んだ所から内部を広げてゆくのだが、洞内で中腰の体勢がとれる位の空間を確保するまで正面の掘り崩した雪を背面側へと排出するため、体を捻じる作業になるからだ。この作業のツラさをいなしつつ、洞内の雪を外へ掻き出し、内部空間を広げてゆくところに経験とコツが要る。

洞中へ中腰で入れたら洞外へと削った雪塊の排出は容易になる。体を捻じる体勢から解放されるので其処からの行程は捗ってゆく。

今回の場合は約小一時間でW140㎝×L250㎝×H130㎝のスペースが完成。とくに床面の仕上げに時間をかけてみた。二人なら快適に過ごせる空間だと思う。

 

 

 

 

早速、中へ入ってラジオを聴きながらラーメンを食べたりコーヒーを飲んだりして二時間ほど過ごしているうちに体が冷えてきた。此れまでの自分なら我慢できる程度の寒さのはずだが、今回は体が冷えてゆくばかり。寒さに耐えかねた僕はとうとう洞内にテント(ゴアライズ2)を張ってしまった(雪洞を掘れなかった場合に備えてバックアップ用で持ってきたもの)。
言うまでもなく雪洞+テントは快適だ。荷物の置き場に困らないし、寒さや濡れを気にせず夕飯を食べれたし、ラジオを聴きながら寛げたし、よく眠れたのだから。

 

 

 

26・3・11 Wed  

 

6時半にsさんに起こされて外へ出ると、昨日とは打って変わって今日は良い天気だ。早速、朝飯(ラーメン)を済ませて経ヶ岳山頂へと向かう。

 

 

 

所々で吹き溜まりがあったものの、アイゼンで快適に登ってゆく事ができた。天気がよいから景色はより良く見える。

 

 

白山連峰を望める山頂に到着。新雪でカバーされた真新しい景色がキレイだ。

 

 

眺望を満喫した後、切窓へと戻って雪洞の荷物を回収して下山。
今日の雪洞山行で僕は自分の衰えを痛感した。以前は雪洞で過ごす事も楽しく思えたものだが、次回の雪洞泊からは温かい装備で挑まなければ自分の体は寒さに耐えられないと実感した山行であった。
今回はsさんが雪洞山行へと誘ってくれたおかげで此のような気付きを得ることができた。ありがとうございました。

 

 

「山と渓谷」87年11月号の記事が目に留まった。そこで此のようなイベントが催されていたことを知った。そして自分が二十歳の頃を懐古する。

 

このフォーメイション、カッコよすぎ✨

26・2・26 Thu

 

 

今回は24年2月の山行で登った隣の尾根へN尾さん、タイチさんと三人で登ってみた。二月も残すところあと三日という日取りと、計画から山行当日までの間に冬山から春山への移行と融雪とが一気に進んでしまい、期を失したまま山行の当日を迎えてしまった。
上大納に集合して出発(6:40)。三坂谷沿いの林道を辿って三坂谷支流の入り口へ(7:50)。ここから支流を遡って中尾根の取り付きを目指すが、ユルく少なめな残雪で足場には気を遣う。

 

 

 

沢沿いに残雪を繋ぎながら進んで中尾根末端の取り付きに到着。二俣出合は一見して雪渓に埋もれている様だが、割れが進んでいて此処でも尾根へ取り付くのに気を遣った(8:45)。
急登で始まった尾根に取り付いてしばらくは、少な目の残雪と残雪下にある空洞に足を取られたりしながら喘ぎ登ってゆく。

 

 

 

標高を上げるにつれ残雪は増して登りやすくなってゆく。加えて其れまでガスに包まれた灰色の景色から抜けつつあるようだ。仰ぎ見ると薄らと青空が、振り返ると雲海の広がりが見えてきた。

 

 

 

 

雲海を抜けると仰ぎ見る蒼空からの陽射しと雪面からの照り返しでだんだんと暑くなってきた。眼の前の雲海は彼方まで広がり、堂ケ辻山の後ろに御伊勢山や屏風山、能郷白山等へ連なる山並みが島のよう。

 

 

尾根の中程まで登るとヒノキが絡んだ露岩が出てきて、此処から痩せ尾根が始まる(10:15)。

 

痩せ尾根は急な斜面ではあるがロープを出す程ではない。適度な緊張感と縫ケ原山南面に広がる断層崖の個性的な景観に喜びながら登ってゆく。

 

 

やはりというべきか、断層崖の上に張り出していたはずの雪庇は既に無くなって久しい事が遠目にも分かる光景が頭上に広がっていた。その雪庇の攻略を目的に今日此処へやって来きだけに残念だ。

とはいえ、其れを抜きにすれば好天に恵まれた中でこうして痩せ尾根を登ったり展望や景色を楽しみながら過ごせる事は気持ちよいに違いない。

 

 


面白かった痩せ尾根が終わった後は、断層崖と並んで山際に広がる雪庇を目指してグサグサの雪斜面を登り詰めてゆく。それにしても本日の空の色は何時もよりも青い。

 

 

 

 

最後に残った雪の断壁を登り切れば縫ケ原山の山頂稜線。這い蹲って雪庇を乗り越えた途端、雪稜の北側に横たわっていた荒島岳の山容が圧倒的な鮮明さで僕たちの視界へ飛び込んできた(11:30)。あとは歩いて100m程で縫ケ原山山頂に着く(11:40)。

 

 

 

ここから望む福井県側の平野部には雲海が広がっていた。見てる間にも堤体の如き荒島岳南稜へ延びる尾根から雲が溢れ荒島谷源流域へと流れてゆく。

 

 

一方で縫ケ原山の南側に懸かっていた雲海は消えつつあり、大納や岐阜県側ではどんどんと晴れ間が広がってゆく。コチラの雲海は朝霧だったのだろう。
下山して大納から鯖江へと車で帰る途中で考えた事だが、アチラ側となる大野市街や嶺北の空は雲に覆われて本日は曇り空の一日だったのではかなろうか。

 

 

時間に余裕があるのでお昼にカップ麺を食べて、コーヒーを飲んでノンビリと過ごした。山頂からは車を止めた麓の駐車場が見えたし、岐阜県の山々を望むこともできた。

 

 

下山する頃になると、雲海が滝雲となって尾根を乗り越えて三坂峠へと流れ込んできていた。堂ケ辻山よりもちょっぴり背が低い人形山が今にも吞み込まれそうな勢いだ。

 

 

山頂を満喫した後は今回登った一本東隣の尾根から下山する。急な斜面に残るグサグサ雪を繋いで行くが雪質はユルユルなので半分滑り落ちながら下ってゆく。そして下るほどに暑さは増してゆき汗が流れ出てきた。

 

 

 

林道(13:50)へと降り立った後は今朝の林道を辿って車へ戻る(14:40)。振り返り見る縫ケ原山がいつもより近くに見える大納での一日だった。
今日の山行が冬山ではなく春山となっていた事が心残りだけど、二人のおかげで素晴らしい景色に出逢うことが出来た。今回も遠路はるばる大野まで来てくれてありがとう。

 

 

 

26・2・22 Sun

 

始めに、旧冠山登山道に関する内容は昭和53年3月発行「屏風山脈の旅」を基にして拙いながら要約させてもらった。

旧冠山登山道は昭和三十年ごろ開かれたというから其れほど古い道ではないが、昭和四十五年八月に冠山を中心にして行われた第二十二回福井県県民体育大会山岳部門に伴い冠坂の冠ケ峠道が新しく整備され(冠山登山道Bコース)翌年の昭和四十六年十月には峰越林道が完成。これにより冠山峠から冠平までの登山道が出来て峠から一時間も歩けば誰にでも気軽に登れる山となったので、今では旧登山道は殆ど利用されることがなくなってしまった。

 

 

今回はそれから五十年の歳月を経た旧冠山登山道のルートを辿ってM田さん、sさん、I角さん僕の四人でアラクラ山から冠山へと歩いてみた。

池田で集合(6:00)して国道の峰越林道入口から出発(6:35)。3㎞程林道を歩くと宇津井谷にかかる堰堤に到着(7:28)。林道を外れて堰堤の左肩から大きなトチの老樹が高く枝を張る造林小屋跡を経て出合の流れを渡って旧登山道がある宇津井谷支流のシンク谷左岸尾根へと取り付く。積雪のおかげで藪こそ無いものの其れなりに急登なので喘ぎながら登ってゆく。

 

 

 

途中にある植林帯を抜けて右側からの尾根と合流すると斜度は緩くなり展望も開けて歩き易くなる。そのまま登りきると郡界嶺の割谷の頭に到着(8:45)。この割谷の頭付近は白一色の霧に閉ざされた時には大変な難所であったらしく、「屏風山脈の旅」にはこう記されてある。

昭和三十年(1955年11月)に福井銀行のパーティが冠山で遭難し二人の犠牲者がでたのも、この尾根の頭で道を見失ったからである。「分岐点にある石標から北西の尾根に下りて下さい」と田代を出るときに教えられた話を思い出すことが出来ず、散々迷ったあげく結局は割谷に下り、連続して現れる滝で動けなくなったのが痛ましい犠牲者を出す直接の原因となったのである。

此処からアラクラ谷を臨みながら冠山側へと一旦下って登り返してゆく。行く手には割谷とアラクラ谷に挟まれた痩尾根の・1059のアラクラという岩峰(9:03)がありこのルート上でのアクセントになっていている。

 

 

 

アラクラを越えて下ってゆくと左手にアラクラ谷に懸かるアラクラ大滝の落口とアラクラ山が見える。このまま尾根通しで進んでゆくと県境尾根へと至るが、今回は尾根を脱してアラクラ大滝の落口上で対岸へ渡ってアラクラ山の北側の尾根へ取り付いて山頂を目指す(9:20)。

 

 

大滝の落口からアラクラを望む。大滝へと流れ落ちる支流は冠ケ峠を源流とするアマノガワだ。

 

 

標高を上げてゆくにつれ視界がだんだんと利かなくなってゆく。そうして辿り着いたアラクラ山の山頂(10:00)は残念ながらガスに閉ざされて何も見えない。今日の天気は晴れ予報だったけど越美国境に近いせいか視界無く、風強く、寒い状況である。三人が居てくれるので頑張れるが、気分が滅入りそう。

 

 

 

そんなアラクラ山を後にして県境尾根を目指して進んでゆく。ガスで視界が利かない尾根を辿って前山を越えると程なくして県境尾根に付けられた一般トレースに合流した。県境尾根上は風が強いので一枚着込むついでに補給と休憩。あとは快適なトレースを辿って冠山山頂を目指してゆくが、途中でガスがぬけ始めてきて視界は広がってゆく。

 

 

 

山頂から下山してくる二人とスライドして誰もいない冠山山頂に到着(11:25)。ガスは薄まりつつあるが眺望はなし。暫し過ごしてから冠平へ下る。

 

 

 

冠平を越えて旧登山道の分岐である1190mの台地へ登り返す頃になって漸く青空が広がってきた(11:36)。と同時に景色の全てが鮮明に見えてくる。其れまで見えなかったアラクラ山の山容に僕は真っ先に見入った。

 

 

↑正面の郡界尾根の先に繋がる部子山(左)と大野の銀杏峰(右)。 

 

 

旧登山道の分岐から県境尾根のトレースを脱して・1059のアラクラを目指して下ってゆく。アラクラ谷源流域に広がる谷筋と尾根筋とが絡み合う景色やアラクラ山の山容が進む毎に変化してゆく。その度に写真を撮るので僕の足は止まりがち。

 

 

 

 

アラクラ手前の鞍部まで下ってくると今朝に辿ってきたトレースと合流(12:08)。
この岩峰を越えて小さな鞍部に下ると後の行程は長閑な尾根歩きに終始する。

此処でようやく強風から解放された様なので、ちょっとした鞍部で昼食のカップ麺を摂った。

 

 

 

昼食を終えた後は、再び今朝のトレースを辿って下山してゆく。あんなに喘いで登った道程なのに下る時は早い。

 

 

 

郡界尾根を脱して宇津井谷支流のシンク谷左岸尾根を快調に下ってゆく。標高を下げてゆくと俄かに暑くなってきた。今日は最高気温が16℃となる予報だったことを思い出す。

 

尾根の末端が近づいてくると右側にシンク谷の流れが見えてきた。尾根末端に辿り着いた後、そのまま直進して堰堤の左岸から峰越の林道に立ってトチの老樹に別れを告げ、今回の旧冠山登山道を辿る山行を終えた(13:54)。

 

 

最後に今朝に歩いた峰越林道を国道入口まで3㎞歩く。田代尾根の中に際立つヒウチグラを眺めたり、足羽川の源流である冠谷の流れを俯瞰したり、自分の気持ちを紛らわしながら車へ戻った(14:24)。
今回はM田さんの安近短のリクエストに合わせて企画した山行に皆で登ることができた。登山をするにあたり足の不自由な僕を送迎していただき、この場をお借りして感謝申し上げる。今日ははありがとう。