26・9・12 Sat

 

 

今回はH詰さんと小広谷から上谷山を目指した。三十年程前に小広谷を下った事はあるが遡るのは初めてだ。
旧岩谷集落に車を止め、林道を歩いて小広谷出合から入渓(7:10)。谷に入ると昔の記憶や地図上から想像していたよりも明るく小広いことに少し驚いた。

 

 

小広谷の下部には小滝が幾つかあるものの通過困難な箇所はない。捲くのも簡単だ。せっかくなので登れそうな滝を登ってみたがホイールドやスタンスはヌメっていて気を遣った。

 

 

小広谷上部で地形図とコンパスで・1169直下に繋がる枝沢を確認して入ったつもりだったが、標高800m辺りまで登った所で・1169県境尾根の南側にズレた地点に上がる枝沢である事に気が付いた。戻るのはイヤなので其のまま尾根に上がることにする

 

 

尾根に上がると県境尾根(9:53)だ。此処から県境尾根を辿ってゆく。目指す上谷山を横目に見ながら尾根を二十分程辿って・1169に到着(10:12)。藪は薄く、藪漕ぎという程ではなかったので良かった。

 

 

・1069から上谷山へ向かう。一見藪漕ぎの尾根に見えるが実際には小径があり藪も薄く快適に進むことができた。
南に琵琶湖や竹生島が見えて、ちょっと嬉しい。

 

 

上谷山を喘いで登ってゆく。北側にはホノケ山や僕のホームである日野山が見える。陽が射すと暑くて堪らないが、吹く風には秋の近きを感じる。

 

 

上谷山に到着(10:42)。山頂は藪に囲まれていて見晴らしは良くない。なので途中にあった見晴らしの良い所まで戻って、其処で午食を食べることにした。
今日は涼しいと思ってカップ麺とホットコーヒーを持ってきた事を後悔する。この暑い陽射しの下では冷たいゼリーやCoca-Colaの方が良かった。H詰さんから安価堂の琥珀糖(桃)を頂いた。涼しげなお菓子が体に沁みる。

 

 

再び・1069に到着。此処から手倉尾根を辿って手倉山を目指す。手倉尾根も藪漕ぎは薄い。天気の状況にもよるがコツさえ掴めば快適に歩ける好ルートだ。ブナ林になってくれば一安心。

 

 

手倉山(12:30)で小休止後、岩谷川出合を目指して手倉上を下ってゆく。手倉上の下り始めはなかなかの急斜面だった。なので下降ルートを沢筋から尾根筋に変えて標高830mの枝沢出合へ下り立った。

 

 

後はそのまま手倉上を下って行く。途中に滝が幾つかあるが困難な箇所はない。捲いて下るのが面倒なので一カ所だけ懸垂で降りたくらい。

此処の沢も地図上から想像していたスケールよりも長く感じた。疲労からそう感じるのかもしれないが。

 

 

手倉下との出合に到着(14:09)。此処まで下りて来れば後は岩谷川に出ると思っていたら最後に10m程の滝で足が止まった。懸垂かと思ったが右岸によい捲き道があって簡単に下る事ができた。

後は岩内川(14:24)を渡って車道に上がりトボトボ歩いて車へと戻った。

今回はお手軽な山行のつもりだったのに普通に疲れた。そんな山行に付き合ってくれたH詰さんに感謝お願い

 

そして翌日の夕方。N君からヤマモとムラサキヤマモの試食会をしましょうとの連絡があったので行ってきた(正:ベニイグチ)。
自分からは獲ってまで食べようとは思わない種のキノコだが、こうして振る舞ってくれる事はよい経験になる。
お味の方は普通に美味しい。食感はイグチ系に共通の柄のショキショキと傘のモチモチな感じだった。

 

 

N君、ごちそうさまでしたお願い

26・9・2 Wed

昨シーズンまでは概ね夏前にはビワイチを済ませていた。今シーズンはビワイチへの気持ちが入らずダラダラと過ごしているうちに暑い季節になっていた。
そんな日々の中、ビワイチを実行しようと思える条件がたまたま揃った。気が変わらない内に車で木之本(23:30)に入って車内で仮眠。ウトウトしけど眠れないので出発(2:30)した。今回は反時計回りで。

 

 

夜明け前でも気温は高めだ。走っていると夜気は心地よく感じる。日の出までに何処まで進めるだろう。
北小松を越えた辺りで湖東の山際の雲が朱色に染まり始め、志賀で夜が明けた。堅田へと近づくにつれ交通量は増えてゆく。主要道を避けてなるべく湖岸側の道を選んで進んでゆく。雄琴で主要道と合流して以後はそのまま大津港へひたすら走る。

 

 

大津港に出来たビワコモニュメントの写真を撮る(6:45)。実はこれを見るのは僕は初めて。ちょっぴり感動。

 

 

大津港を後に瀬田の大橋(7:15)へ。此処でビワイチの折り返しとする。

昨年までの自分なら奈良や京都へ足を延ばすところだが、この一年の間に気力や体力がすっかり喪われていた。

 

 

湖岸のCRを時速22㎞前後で忠実に北上してゆく。今日食べたものは🍙二個だけなのでお腹が空いた。足休めを兼ねて大橋東詰めのローソンで食パン、プロテイン飲料を補給。

 

 

ゴールの木之本に着くまでの間、割とこまめに休憩を挟みながら進んだ。そうでもしないと今にも足が攣りそうだし、足が攣って走れなくなる事だけは避けたかった。なので足が攣ることも無く木之本(12:28)に着いた時は本当にホッとした。

だが、帰宅して車から下り立った瞬間に足が攣った。攣りは瞬く間に両足に広がり痛みへ変わった。その症状が直るまでの間、近所の目を気にしながら其の体勢のまま固まっていた僕。そういう自分を労わりながら余命を過ごすほかないだろう。

Dst 192㎞  

 

 

26・8・11 Tue

 

お盆の山行はシバちゃんとH詰さんと三人で北ノ俣岳登山口から真川源流を経て黒部源流を歩いてきた。

おりしも関東地方に台風が上陸する日と入山日とが重なり逡巡したが、良いテンバで台風をやり過ごそうという皆の意気込みの方が勝ったようだ。予定通りに福井を出発(5:00)。

北ノ俣岳登山口(8:50)から歩いて有峰林道に入り、東谷から真川源流を目指す。

 

東谷から小尾根を乗越(11:40)して真川源流へ入り、小一時間ほど穏やかな源流を下ると真川の本流に出た。
せっかくなので此処から直ぐの所にあるシンノ谷湿原(12:50)を探訪した後にテンバを探しながら真川を下ってゆくことにする。

 

図らずもシンノ谷湿原の探訪後、良いテンバを見つける事ができた。時間は早いが本日の行動はこれにて終了。午後からは雨予報なので早くテンバが見つかって善かった。

早速、焚火の為の雨対策でタープを張った。おかげで小雨が降り出しても快適にやり過ごす事ができた。
その後、のんびりと焚火をしながら過ごし、夕飯を食べて、二十時に就寝。

 

26・8・12 Wed  

 

四時半に起床。朝食を摂って六時過ぎにテンバを出発。真川を下ってヤクシ谷出合へ(6:50)。

 

 

 

ヤクシ谷に懸かる10m程の滝はいづれも右側から捲いた。滝の上は見応えのあるスラブ状の沢床が続いていた。

 

 

ヤクシ谷を詰めてゆくと草原の真っ只中に出た。池塘を眺めながらキンコウカが咲き乱れる草原を登り詰めて太郎山の登山道と合流(10:00)。

その後、薬師沢の登山道を下って黒部の源流へ。

 

 

 

スッキリしない曇り空の下、黒部の源流を遡って赤木沢出合(13:10)に到着。

途中までは今日中に赤木沢を抜けてしまおうと思っていたが、先刻河原で転んだ際に強打した左腿が痛むので適当な場所でテンバをとることにした。明日の天気は良いらしいので赤木沢の景色も映えてよかろう等と考えながら。

今夜も二十時に就寝。

 

26・8・13 Thu

 

四時に起床。朝食を摂り出発(6:10)。
左腿がいたい。登りの動作は何とかなるが、下りの動作となると正直とてもツラい。とにかく天気に恵まれた赤木沢の景色に元気を貰いながら登ってゆく。

 

 

滝はホールドスタンス共に大きく確りしているので今の僕には助かる。テンバから源流までの行程が然程大きく感じないのは幸いだ。

 

 

大滝(7:36)を捲いた後、支流へ入ると適度に小滝が現れて飽きない内容の源流だった。標高2400m手前の枝沢から池塘ポイントへ。

 

 

黒部源流の山々に囲まれた広い草原に池塘が点在している。水鏡には青空が映り、仲間の姿が映る。

池塘の景色に満足した後、稜線の登山道を目指してガレた源流を登ってゆく。

 

 

辿り着いた北ノ俣岳(9:56)で靴を履き替えて飛越新道から車(15:05)へと戻った。
当然だが下りの動作を強いられる下山はとてもツラかった。段差に左足を置き、右足に動作を移すと左足だけでは体を支え切れず苦痛と共に転倒しそうになる。

二人には、そんな僕の遅々としたペースに付き合わせてしまい申し訳なさと同時に感謝しきりである。おかげで如何にか下山を凌ぐことができたのだから。
昨日より今日の結果が明日へと繋がる。一日一日を丁寧に過ごしてゆこう。

 

 

26・8・3 Mon

 

今年の三月一日以来、五ケ月ぶりに東尋坊までバイクで走ってきた。五カ月前は自宅から三国辺りなら休憩無しで走れていたが、今日は違った。途中で喉が渇いて堪らなくなった。やむなく大安寺のコンビニでハイポトニック飲料を補給し、三国まで凌いだ。

 


 

イーザで買った昼飯を遊歩道沿いの東屋で食べた後で東尋坊へ。今日も賑わいの景色が其処に広がっていた。陽射しを浴びたままでは暑いので、休む時は日陰を選んで過ごした。
往路は何とかなる、が復路はツラい。予想していた事とは云え、お尻はイタイし、汗で体中が濡れて怠い。帰宅後、快適だったのは風が抜けるクロックスの足元だけだった。

手頃な活動だったはずの東尋坊サイクリングが五カ月を経た今では自分の手に余るようになっていた。そんな自分の姿が自分でも哀れに思う。スキルの後退を内省する一日であった。

Dst 87㎞

 

 

26・8・1 Sat

 

 


以前に野々小屋谷から滝波山を登ったのは1993年7月の会山行だった。それから三十三年を経た今、あの頃の景色が何かの切欠で蘇った。

人生を振り返るとあの時があの景色の「見納め」だったと気付く事がある。其の一つ一つの景色が既に自分の中で喪われていた事を。其れは何も山の事だけではないけれど。

僕のそんな勝手な思いに今回も付き合ってくれる、H詰さんI角さんと三人で荷暮集落から延びる林道の終点近くから入渓(8:00)。

 

 

野々小屋谷に入渓すると穏やかな地形と景色に包まれた。残念ながら流れる水量は少なめのようだが、僕好みのスラブ状の沢床が点在している。

 

 

何度か休憩をはさみながら遡っている途中で高野槙を見つけた。ちょっと嬉しい。

 

 

野々小屋谷の映えスポットだったスラブ滝には倒木が横たわっていた。

 

 

快適に沢筋を詰めてゆく。途中h1200m辺りで水が涸れた。沢筋は明瞭で辺りの藪も気にならない。

 

 

 

沢筋から県境尾根に辿って進んで行く。県境尾根の藪は薄く快適に歩いて行けた。

途中、良い具合に目についた獣道にルートを取って進んで行ったら激藪のヌタ場へ誘い込まれる形になり、県境尾根を忠実に辿っていれば良かったと少し後悔した。

再び藪の薄いルートに復帰して進んで行くとポツポツ大きな檜が目に付くようになってきた。そろそろ山頂は近いはずだが。

 

 

滝波山の山頂周辺はなだらかな地形で全体が藪に囲まれている。山頂は何処かと辺りを見回すと小高い地形の空の箇所だけが明るく開けていた。そこが山頂だった(11:07)。
三角点の周囲が切り開かれているだけの山頂からの展望は岐阜県側に開けている他は何もない。

此処で午食を摂る。三人が座ると其れで山頂の切開きは満員となった。

 

 

帰路はh1230mの凹地を目指して下ってゆく。

h1230mの凹地には浅い水溜まりがあった(12:10)。その上の樹枝にモリアオガエルの卵があった。もう少し早い時期に訪れていれば今回より水量は多いだろうと思う。期待はしていなかったが、こうして凹地の様子を確認できて満足だ。

 

 

凹地から右俣の涸れた枝沢に下り立ちそのまま下ってゆく。1050m辺りで伏流していた沢の水が出てきた。水はとても冷たい。見ると岩の隙間から地表へ流れ出ている。暑いので此処で涼みながら休憩。

右俣を下って行くと両岸のどちらかに獣道があるので其れらを利用して下って行った。左俣との出合を過ぎた植林帯から林道に出て、今回の遡行は終了(14:04)。

今回の「野々小屋谷から滝波山の景色」が僕の中での野々小屋谷から滝波山の景色の見納めになるだろう、と思っておこう。
今回も付き合ってくれた二人に感謝。ありがとう。

 

 

26・7・25 Sat

 

 

ミノヤ谷を詰めて・1144のピークに立っても面白味に欠ける。だが・1144のピークから金ケ丸谷源流へ下り、三周ヶ岳へ繋いでみるなら如何だろう。ということでシバちゃんと登ってみることにした。

岩谷集落の外れに車を止めて出発(6:00)。岩谷川を渡ってミノヤ谷へ入渓。

 

 

ミノヤ谷は開けた平沢だ。気ままにラインを取りながら歩いてゆける。途中に三つ四つの小滝があるが通過困難な箇所はない。

・1144へのルーファイも順調に進み大した藪漕ぎも無いままピークについた(8:13)。

 

 

ミノヤ谷から県境を跨いで金ケ丸谷側に入ると穏やかで開けた景色が広がっていた。蛇行する沢筋はその景色の奥へと延びてゆく。

 

金ケ丸谷源流との出合で休憩(8:45)。先程の沢筋の水とは異なり、此処の水はキレイでひんやりとしていて気持ちが良い。

朝食に塩昆布と梅干しの🍙お握りを一つ食べる。それからボトルに水を補給する。

 

 

素晴らしいブナ林の景色に癒されながら金ケ丸谷源流を遡ってゆく。下草が少ないので歩き易いし快適だ。

 

 

源流最後の詰めは三周ヶ岳南側の鞍部と決めている。なので地図と枝沢を照らし合わせながら慎重に詰めてゆく。

 

 

 

地形図から読み取れる枝沢の確認と予想を繰り返しながら現在地を特定し、整合性を確かめながら詰めてゆく。最期の詰めに入っても藪漕ぎの気配はないようだ。
先を歩いていたシバちゃんがポツリと「此れって登山道かな」と云う。藪漕ぎなしで登山道が通う稜線の鞍部に出たようだ。其処で沢登りは終了(10:06)。

後は足元の登山道を辿って三周ヶ岳へ向かう。

 

 

三周ヶ岳に到着(10:14)。無雪期に此処へ来たのは久しぶりだ。

此処で登山靴に履き替え、装備を片付け、その後、持参してきた冷たいゼリーを食べ、今日のルートを振り返った。

 

 

三周ヶ岳を後にして夜叉ケ池の畔で再び休憩(11:17)。その後、岩谷に止めてある車へと戻って本日の山行は終了(12:52)。
帰路に倉ノ又谷の下降も考えたが、今の僕には其れを実行するだけの気力も体力も在りはしない。今更言うまでもない事だが此処にお伝えしておく。
シバちゃん、今回も僕に付き合ってくれてありがとう。

 

 

26・7・17 Sat

 

AIに拠ると、

笠羽湿原は標高の高い順に「檜(ひのき)笠羽湿原」「うえ田湿原」「笠羽湿原」と呼ばれる複数の湿原が連なっています。周囲を深い笹に囲まれた隠れた名所で、春にはミズバショウ、夏にはニッコウキスゲ、モウセンゴケ などの高山植物が咲き誇る「天上の桃源郷」とも呼ばれます。

というとだそうだ。確かに三つのエリアに分けられると思う。天上の桃源郷ではないにせよ。

 

 

前回訪れた時はデジカメ画像だったので、今回はAiphoneでその景色を撮るためにH詰さんと再訪することにした
美濃禅定道登山口(7:46)から笠羽谷に沿って林道を辿ってゆく。林道は帰化が進んで草木が茂り放題になってる。かなり荒れた状態なので気を遣いながら踏み跡を辿る。標高1100m辺りから林道を脱して笠羽谷へ入渓(8:30)。

 

 

沢筋に藪が被さる笠羽谷源頭を詰め上がってゆく。その直前で笠羽谷を脱して深い藪を漕いで探索してみたかったポイントへ向かった。
ポイント(11:07)に着くと、其処は拓けてはいたが湿原ではないという事が分かった。

先ずは今回の課題の一つ目を片付けることが出来たので、次のポイントのへ向かう。

 

 

この画像は笠羽湿原の北にある開けた湿地だ(11:24)。笠羽湿原の池はここから少し南下した所と北上した所の二ケ所がある。天気が良くないので北側の池を経由して次の湿原へ向かうことにする。

 

 

笠羽湿原の北側の池(11:33)。だが今回は水面はなかった。水面の有無でトキメキの度合いが大きく異なるだけにザンネンだ。
なので湿原の画像だけ撮ったら次の湿原へと進もう。

 

藪を掻き分けて進んで行く。地図上では拾い難い源頭の沢筋を辿れたこともあり思いの外、少ない労力で「うえ田湿原」に到着できた(11:54)。四年ぶりの再訪だ。

 

 

水量は少なめだが此処にきて漸く湿原の中に水面を見ることができた。お花の時期は既に過ぎていて、湿原を彩るものは何もない。空の一角に少しの時間現れた青空の他に。

 

 

さて、湿原の画像だけ撮ったら次へ進む。次の湿原まで標高差110mある。目の前に塞がる笹藪に覆われた丘を登らなければならない。

分かってはいるが心が折れそう。

 

藪を掻き分けて登る。そして振り返り見る「うえ田湿原」。同行のH詰さんの姿は笹に没して見えず💦

 

 

笹薮を登り切った所に在るのは「繋ぎぶしの檜」。笹から顔を出している上半分以外は笹藪に埋もれて全容を見て取れないのが残念だ。これを見て嬉しいのは僕だけのようだ(12:45)。

 

 

 

「繋ぎぶしの檜」から少し下ると「檜(ひのき)笠羽湿原」に到着(12:50)。此処には小さな池塘が点在している。
此処でゆっくりとお昼ご飯を食べようと思っていたが、俄かにガスで視界が悪くなり冷たい雨まで降り出してきた。既に濡れた衣服のままの僕達の体は一気に冷え、寒くなってゆく。なのでそそくさと雨具を着込んで稜線の登山道を目指して進むことにする。

 

 

檜笠羽湿原から登山道までの標高差は90m。先程とは異なりガスで視界は悪い。雨で濡れた笹薮の藪漕ぎを思うと藪の中へ入るだけでも気が重い。だが其れを越えなきゃ帰れない。

観念して藪へと分け入り稜線を目指して登ってゆく。登山道に辿り着くと藪漕ぎの不快さから解放されホッとした(13:47)。
銚子ケ峰山頂(14:04)で沢靴から登山靴に履き替えた後は、気楽に登山道を下って行く。

 

最期に「石徹白の大杉」を眺める。じっと眺める。笠羽湿原をめぐる山行の締め括りに、ちょうどよい名所だな思いながら(15:35)。

今回もH詰さんにとっては不遇の内容だったと思う。にもかかわらず車での長い運転や僕の山行に快く付き合ってくれてありがとう。 

 

 

26・7・9 Thu

 

 

N尾さんから久しぶりにお誘いがあったので、越戸ノ池を見に行くことにした。せっかくだし和佐谷を遡るついでに御伊勢山の山頂へも足を延ばしてみることにして。

六時半に大納で待ち合わせをして車で早稲谷林道の二股へ(7:00)。支度を済ませて左俣林道を辿ってゆく。
和佐谷左俣に入るのは三十年ぶりくらい。滝が多いことだけは憶えていたが他は忘れた。

 

 

滝は多いが手懸りも其れなりにあるので楽しく登ってゆける。だが水勢に圧されてしまう滝もある。そんな場面ではN尾さんが引き上げてくれるので心強い。
 

 

標高900mを越えた所で大きめの滝がでてきた。水流の少ない左側から登ってみる。下部はA0で何とか越えたが中程で思い切りがつかず、登るのを諦めて下降。
その後、N尾さんと交代して登って貰った。上部の岩溝にトライカムを決めて落ち口を抜けた(9:50)。頼もしい。

 

 

その後も小滝は続き、標高1000m辺りで其れまでの連爆帯から穏やかな流れへと一転する。

越戸ノ池への枝沢を見送り、先ずは御伊勢山△1286mへと向かう。穏やかな流れだが、その途中に小滝を挟みながら高度はジワジワと上がってゆく。先程までシャワーを浴びた体が冷えて震えていたのに、今はとても暑い。そしてダルい。

 

 

源流の平沢が御伊勢山直下を通う地点で沢筋を脱する。30m程の登り返して御伊勢山山頂に到着(12:20)。

緩やかな地形には灌木の藪が広がっていた。眺望は全く効かない。暫しの休憩後、今歩いてきた沢を下って標高1050mの枝沢出合まで戻る。

 

 

標高1050mの枝沢から・1151から500m程南側の鞍部に降り立ち、泥っぽい斜面を降りて緩やかな沢床に立った。沢に沿って歩いてゆくと目の前の大きな樹木に目が向いた。更に進むと藪越しに越戸の池の水面が見えた(14:15)。

 

 

 

越戸ノ池は北側と南側の二つの水溜まりから成っているが、真ん中の浅い箇所で目ん玉つながりみたいに繋がった形をしている。規模は此の二つを合わせて夜叉ケ池よりも一回り小さめな感じ。
久しぶりに此処へ来ることが出来たので小休止をとし、僕は散策をする。

 

 

さざ波がいい。

 

 

池の東側へ回り込んでみた。

 

 

北側の池と南側の池のつなぎ目近くでの眺め。傍らの樹木にはカエルの卵が沢山あった。

満足したので旧登山道を利用して下山する。だが僕はその登山道を歩いたことは無い。先ずは池の北側から・1151(越戸谷山)へ小尾根を登り返す。尾根に出るまでの藪が煩わしい。尾根上には微かだが踏み跡が・1151(越戸谷山)まである。
 

 

 

・1151(越戸谷山)からの和佐谷の林道に延びる尾根の下り口が判り難い。尾根筋に乗ると旧登山道が出てきたので一安心したが、下るにつれ踏み跡は再び薄れてゆく。下部の植林帯で再び不明瞭となったので其のまま尾根筋を辿って林道に降り立った(16:08)。後は長い林道を歩いて車が止めてある左俣林道入口に到着(16:38)。
今回の行程は10㎞程だったが沢山歩いた気がした。そしてとても疲れた。N尾さんも満足してくれたようで良かった。お疲れさま。

 

 

26・7・4 Sat

 

シバちゃんH詰さんと三人で以前から気になっていた次郎九郎の池へ行くことにした。
とはいえ其処は池の存在がなければ足を踏み入れようとは思わない笹又峠エリアだ。

入渓前から藪沢だという心づもりで何処から登るのが良いかを考えあぐねた末に池の北側斜面の沢に決めた。標高600mの二俣の堰堤上まで林道の利用でき、遡行の短縮にもなるという算段で。

 


林道入口に車を止めて出発(6:45)。まずは快適な林道を辿ってゆく。途中で林道は分岐し新旧に別れる。此処は沢沿いに延びる古い林道へ入る。其れまでの快適さから藪藪の不快な林道歩きになった。其のまま最終堰堤(7:44)まで辿ってゆく。

 

 

堰堤を越えて入渓。続いてもう一つ堰堤が出てきた。小さなバックウォーターを越えて小滝で始まる沢床から漸く遡行開始。

 

 

予想していたよりも藪は少ない。藪沢には違いないが事前に思い描いていた程の不快さはなく一安心といったところ。蜘蛛の巣さえなければ色眼鏡を外してもよいとさえ思う。

 

標高900mを越えた辺りから其れまでの地味にツラい登りから、穏やかで先の景色の展開が楽しみな地形へと変わってゆく。逸る気持ちを抑えながら枝沢の同定を欠かさずに進んで行く。

 

 

標高1000mを越えた所で予想外の小さな枝沢が顕れた。現在地と地図とを見比べて目の前の枝沢を確認するが判然としない。目的地の池へ行くよりも10mコンターの歪みから其の枝沢の存在を読み解く方がよほど難解だ。

 

本流を進んで行くと最後に小さな二股に辿り着いた。藪が薄く快適そうな左の広い方に入る。沢筋が消えた処で小さな丘陵地のような地形に出た。藪を漕いで進んで行くと梢の隙間に池の広がりが見えてきた(9:15)。
※最後の二股は右隣の狭い方へ入るのが正解だろう。上の画像の10m程右横の位置に池の水が水路となって源流をなしていたから。

 

 

 

灌木越しに見た時は藻に覆われた池なのかと思ったが、飛び出してみると夜叉ケ池の古池のように水生植物が池の水面のほぼ全てを覆いつくしていた。大きさは夜叉が池の半分程だろうか。そろりそろりと水面を歩いてみる。足元はユラリと揺れるが踏み貫きは免れそうな感触がある。だが油断はできない。

※此れが次郎の池なのか九郎の池なのか、それとも次郎九郎の池なのかは僕には分からない。もし知っている方がおられたら教えて下さい。

 



 

とりあえず池の中を泥沼にはまらないように注意しながら北側から南側へと移動した。其処で再び池の景色を十分に眺めた。

それから次の池のポイントへと丘陵の筋を辿って移動する。

 

 

丘陵を下ると今度は更に広い湿原に出た(9:35)。此の湿原の中の何処かに池はあるだろうか。足元に流れる細い水路に先ず目が向いた。湿原側から南へと流れているようだ。湿原の泥濘や泥沼に足をとられないよう気を遣いながら奥へと進んで行く。
湿原の片隅で赤いヤマボウシが咲いていた。

 

 

 

湿原の中を進んで行くと所々で池塘みたいに見える水溜まりが在った。想像していた様な池らしい池は此処にも見当たらない(9:50)。更に湿原の端へ近づいて行くと湿原に流れ込む細い水路となって終わっていた。その奥へ目を向けると灌木と藪で遮られた・1087からの緩やかな尾根だった。
ということは此処を源流とし、此の湿原を経て南側の笹又側へと流れ出ているのだろうか。そう考えると其の出口を確認しておけばよかった等と帰宅した今頃になってから思った。
帰路は・1087からの緩い丘を乗り越えて北側の谷を下って車に戻ることにする。

 

 

 

下降した谷の感想だが、下り始めは快適だったが暫くで藪沢になった。途中で植林帯が現れてくると沢床を歩くよりは植林帯の中を谷に沿って下る方が楽であった。
此の谷でも標高600m辺りで堰堤が現れた。二つの堰堤を越えた処で右岸に廃道となった林道を見つけた。此れを注意深く拾いながら下って行くと今朝の林道と合流した。車に着いたところで本日の山行は終了(11:29)。

今回も池と呼べそうな景色には出会えなかったが、僕のささやかな山歩きに付き合ってくれてありがとう。

 

26・6・28 Sun

 

 

U師匠との最後のお別れ山行となったのは昨年九月の池探し山行だった。一旦はそういう形になっていたのだが、今回一緒に歩く機会を得られたので同行させて貰った。
今回のU師匠の山行の目的はブナ林の探索だ。その山行にお供する形で僕は池や池塘を探しながら登る事にした。
今庄の麓に車を止めて出発(7:00)。尾根に取り付いてひたすら尾根道を拾いながら登ってゆく。

 

 

 

尾根を辿ること二時間ほどで最初の心地よいブナ林帯に到達。生憎の天候だがそれを差し引いても素晴らしい林だ。

 

 

 

快適なブナ林の途中には陥没したような凹地が見られた。直径は5m程。他にもっと規模の大きな凹地が二つほどあった。水が溜れば池になりそうに見えるが、残念ながら其のようにはなら無い地盤なのだろう。

 

 

 

山頂(10:25)を越えて更に奥へと尾根を進んで行くと太いブナに出逢った。目通りで約120㎝。

 

 

更に進んで行くと次第に藪が濃くなってきた。緩やかな尾根の源頭から続く平原状の沢筋に達したところで本日の探索山行の折り返し地点とする。
今回、新たな池や池塘の発見には至らなかったが、僕が求めている池や池塘の存在が此処には無いという事を確かめることが出来た。そう思いながら此処で午食を摂った(11:50)。

 

 

 

帰路は同じルートを辿って下山する。その途中、僅かな時間だったが陽射しを受けて美しく浮かび上がるブナの景色に出会う事ができた。
昨年につづき今回もU師匠から此れが最期の山行となりそうだと告げられた。この先もU師匠と山に登る機会を得られるようにと願わずにはいられない自分だが、一旦はそういう事にしておこう。何しろ僕の池探しの気持ちはまだ暫くは続きそうだから。