【駄文】自己物語の件 | ●○ 駄文2.0 ○●

●○ 駄文2.0 ○●

大阪 → ホノルル → ロンドン → ボストン。日々の由無しごとや思いついた事だとかを。

日本を離れる直前、大好きな友人たちと飲んで、語って、帰って来て書いた文章。きっと新しいスタートを切る前に、これまでの自分を振り返っておきたかったのだと思う。

以下引用(参照: http://ameblo.jp/fuku21/day-20070517.html)

一般に、これまでの自分の人生っていうのは、ストーリー性を持って語られるらしい。自分の物語っていうのは単なる経験と事象の寄せ集めではなく、エピソードを意図的に選別し、それぞれ何らかの意味 を持たせるという作業をぼくらは無意識に行っている。こうしてみんな自らの意志で自分自身というものを構成していることになる。言い換えれば、自己とはストーリー を語る中で構築されるものだということになる。この自己に対する認識が物語論的自己っていうものらしい。

過去を語ることって、昔の体験に新しい意味づけを行うって側面がある。過去を共有している人に対して過去への自分の認識を語り、相手からの承認を得る。そ うすることで自分自身の人生を今の視点から語り直し、自分の人生の物語を練り直している。もう少し具体的には、学生時代を知る友人と当時のバカを話すこ とって言うのは、当時の自分の経験に対し、新たな意味づけをしているわけだと思う。昨日の場合なら、すっかり笑って済ませられる体験として片付けちゃった ような。いろいろあったけど、今のぼくこそがぼくだよ、みたいな感じで、自分物語に妥当性と過去からの一貫性を手に入れたような。

こうやって傷ついてしまったり、楽しかったりしたことを、語り、承認され、自己物語を練り直しながらみんな生きている。時が経つにつれ、語り得なかった自 分にとってイヤな体験が、時間を経て、笑い話になる。抱え切れなかったことが、ほんのちっぽけな失敗に変わる。そうしていろいろ乗り越えた自分が今日から を生きていける。
(引用ここまで)

なんとなく最後の部分に救われる気分になったのは、きっと今のこの時間も、近い未来には過去になって語りの対象となるのだと分かったから。アタマを悩ませることが多い今日この頃と一緒で、今までにもうじうじしてた時間はたくさんあったけど、後から振り返れば、自分の人生って全然悪くない(好き放題させてもらってる)。
がんばれ、自分。