ECCに通い始めたのは、ヨーロッパ放浪から帰国して1週間以内。Berlitz、NOVA、ECCに相談に行き、いちばん雰囲気が良かったので決めた。NOVAは断りの電話を入れた後、しつこく電話を掛けてきたのでブラックリスト入り。
ECCの授業は電話で予約を入れて、レベル別のグループで講師と生徒が1:3くらいで、ムダな話ばっかりするあの形式。ちょうど就職活動の始まる前の9月から、就職活動の終わる3-4月頃まで、毎週2回くらい、各回40分×2コマくらいで通っていた。
このときに思ったことなのだけど、英語を話すのがムツカシイのは、まず何を話すか、そしてどう話すかっていう2段階のハードルがあるからなんだよな、と。日本語でも知らないヒトと面と向かって、さあ話してくださいと言われたら、お見合いかよ、と一言で精一杯だもの(シャイだから)。
何を話すかっていう時点で困ってしまうようなネタについて話すことは、アタマを鍛える良いトレーニングになると思う。
例えば、政治について。日本人は政治と経済の話が苦手だとぼくは思う。自分も例外じゃない。理由を考えたら簡単で、それは誰か知らない人に任せておけばいいことだし、そもそもぼくは政治についても、経済についても知らないからだ。知らないことについて話すのは、ぼくは苦手だ。
たぶんみんな苦手だ、と思っていたら、ハワイにいたときにサウジのオマルが俺は得意だと言っていてビックリした。つうか笑った。彼は実際、すげー適当だった。思うがままに言葉が出てくる。もちろん知らないのだから、含蓄のあることを言っているわけではない。ただ、基本的な質問だとか、もしこうであればこうだよな、ああであるならああだよな、と適当なことばかりずうっと話すことができた。なんだか感動的ですらあった。
話がずれた。オマルのせいだ。
よく知らないことについて話す場合、知っている事例を挙げる、関係しそうなことについて話す、根本的なところで質問を投げる、代替の話題を振る、などの方法があると思う。日本にいるときであれば、黙ってやり過ごす、というのがいちばん簡単な方法なのだが、英会話教室でコレはお薦めできない。お金のムダだからだ。とにかく、切り返すなりなんなりして、話す方法、黙らない方法を見つけることは、英語の上達になる。
いや、冗談じゃなくて、真剣に。
「何を」のバリエーションを増やすこと。その中から、なるべくシンプルな内容を選ぶこと。ここまでできれば、コレを英語にする作業は、ここまでの工程よりずっと易しい。英語でどう言うか、にはコツがあって、ムツカシイ、慣れない単語や、訳せない微妙なニュアンスを含んだ日本語を忘れること。あとは日常から周りにあるものを英語で把握する練習をすること。
1つ目。典型的なのは、「微妙」。これを「英語でなんて言うんだっけ?」とか聞かれても知らない。文脈により意味が違いすぎるし、なにより日本語では文脈を無視して使われることが多すぎる。「どーする?」「ビミョー」の「ビミョー」って、そもそも日本語としておかしいわけだから、これを英訳しようが何しようがどこまで行ってもおかしい。正しく日本語で「気が乗らない」というのなら、英語にすれば「NO」である。
いつもアタマの中で繰り返すのは、「その日本語、要するに何が言いたいの?」という質問。思考をシンプルにすれば、翻訳もシンプルで済むわけだから(だから人の通訳という作業はひどくムツカシイ)。
2つ目。周りにあるものを英語で把握する。これはみんな日本語では無意識にやっている作業なのだけど、モノを見る、名前を付ける(ラベリング)という行動。これを日常からしているから、会話するときにいちいちモノの名前を探すところから始めなくて済むわけ。「あのハガキ入れる赤い箱、なんていう名前やったかな」なんていつも考えてたら会話できないわけだから。
じゃあ、ほんとに英語を上達させたいなら、見るものを1つずつ英語で覚えていけるようにすればいいじゃん、と。もちろんそれは面倒くさいだけど、別に決まったシチュエーションのみ、例えばキッチンだけ、電車の中だけ、とかでやってもいいと思う。実際、子供ってこうやって言葉を覚えるわけだし。あ、物語を読むと、場面ごとに関連した言葉が出てくるから、それもいいと思う。
ええと、そんなことをやっていたのが、大学5年生の後半のこと。こんなことを考えているのが、今。