ぼくはストレスが溜まると甘いものを食うので、受験の前、仕事がきついとき、最近ではエッセイの締め切り間際に、太る。目に見えてひどいことになったのは、仕事で店舗から本部に異動になったときで、半年で5キロも増えたのはたぶん人生であのときだけ。将来、どうなるか分かんないけど。
そうそう、結局今の体重というのは、その異動に伴う激太りの前、あるいは就職する前くらいの水準なので、きっとふつーの生活(割と省エネ)を送るにおいては、このくらいがぼくの生活に適しているのだろうとか勝手に思っている。ハワイにいたときには、あの食事によって太ることを覚悟していたのだけど、実際は2-3キロだうんで4ヶ月のハワイ生活を終えた。信じられないほどにストレスフリーであったことと、自炊してたのが原因だと思う。
ロンドンの生活は、ハワイよりはストレスレベルが高いけれど、仕事よりは低い。断然低い。甘いものがほしくなるのは、エッセイで部屋に閉じ込められているときくらいだ。
勉強するためにここに着たのに、エッセイがストレスフルだというのもなんだかダサい話なのだが、正直なところビジネスの課題はそれほどでもない。むしろ面白い。1冊の入門書から参考文献を辿り、いろいろな理論や知識を身につけると、単純にしか認識していなかったことが、それまでよりは多面的に把握できるようになってくる。今回の課題は戦略についてだったが、ミンツバーグの本には戦略を計画だと捉えるだけでは不十分なのだとか書いてあって、これは現代のビジネスにとても当てはまるなぁとか思ったり。もう書き終わったし。
一方で、実際ストレスフルなのはカルチャーの授業の方だ。言語がどの程度牢獄であるかっていう抽象的な問いに答えるために本を読んで気付くことは、ぼくのアタマは、特に英語で読んでいるとき、こういう内容に適していないということ。要するに、読んでもまるでピンと来ないのだ。そして記憶に残らない。
何が言いたくて書かれた文章なのか分からない。単語は難解。これは特に小難しいことを言おうとするときに日本語でも起こる話だけど、要するにその特殊な単語無しに事象を説明できないから。平易な言葉で言い表せない言葉っていうのは、すでに言葉遊びの域に突入していて、専門化同士で遊んでいてくれればいいとぼくは思うので、コレらを読むのは非常に苦痛だ。そこに書かれてあることを知ることに対し、まるで魅力を感じていないから。
とはいえ、書かれていることはどうでも良くても、このエッセイに対する評価というのは、ぼくが大学院へ進学するに当たっての推薦書の内容に大きく影響するのも事実である。それが問題だ。
とはいえ(2回目)、ここであきらめたら大学時代から成長してないことになるので、まぁ何とかしよう。何とかなるまであきらめなければ、何とかならざるを得ないのだから。