Argyris (1977)が、Double-Loop Learning in Organizationsという論文をHarvard Business Reviewに掲載しているのだけど、この冒頭に出てくるケースがとても面白いのでメモしておこう。
ある大きな企業が、ある商品(Xと呼ぶ)の生産を中止することを決めた。このとき、Xによる損失はなんと1億ドルを超えていた。しかし驚くべきことには、この決定が下される6年以上も前に、少なくとも5人の現場関係者とマーケティング担当者が、この製品の致命的な欠陥に気付いていた。
なぜ、この情報がトップマネジメントに伝えられ、正確な判断が下されるまでにそれだけの時間が掛かってしまったのか。理由はいくつかある。
1つ目。現場担当者はまず、その問題を自分たちで解決しようとした。しかし問題は根本的すぎて、彼らの力では、どうにもダメだった。なんにせよ製品にはなり得なかった。
2つ目。社内にこれを伝えようとしたが、この会社では問題は解決策を添えて提出することになっていた。しかも、トップマネジメントは、この商品を次世代の主役と位置づけていた。かなり気を使って資料を作らなきゃならなかった。
3つ目。ミドルマネージャーはこの資料を見て、あからさますぎると感じた。裏を取るためにデータを詳細に調べて、さらに改善策を模索した。また時間が掛かった。
4つ目。調査の結果、ミドルマネージャーは資料の指摘が正しいことを知ったが、いきなりそれを上層部に発表できなかった。怒りを買わないように、致命的すぎる問題点を少しずつ小出しにした。資料を分割し、削り、結論を要約した。
5つ目。トップマネジメントには断片的な情報しか届かなかった。しかも情報はやんわりオブラートに包まれていた。彼は製品に対する熱い想いを語り、追加での財務支援を約束した。
6つ目。現場マネージャは、訳の分からない支援の約束に混乱した。問題は根本的だと言っているのに。ましてや、あれだけがんばって資料も作ったのに。「検討するように」と言われてもどうしようもなく、それ以上の資料も作らなくなった。
現場のスタッフも、現場マネージャに尋ねるのだが、「会社は支援してくれるそうだ」としか返事がもらえない。そして、誰も気に留めなくなった。
一つ一つの判断は、企業の中に於いてとてもよくある話。問題は、この企業が学習不全に陥っていたという点だとArgyris(アージリスと読む)は言う。彼はここからダブル・ループ学習の理論を展開していくのだけど、今回のぼくの課題は、戦略はトップダウンで決定され、これに沿って戦術だとかオペレーションが決定されねばならない、という議論に対して反論することである。
製品Xを主力商品と位置づけるのは、経営レベルの判断であり、これに対して作業レベルのスタッフから疑問を投げかけるというのは、戦略の策定という観点から見ると間違っているけれど、ボトムアップの情報共有と、それによる戦略の調整なしには企業経営は成り立たない、とかいう話に落としたいわけだ。
さらに、ボトムアップで成功する事例と、反対にボトムアップに頼りすぎて、事業がバラバラになる失敗パターンまで見つけられれば、アカデミックにビジネスを研究している人たちが大好きな、至って訳の分からない結論に落とし込むことができる。
戦略にはビジョンに基づいた一貫性が必要だが、それも程度に拠るところが大きく、ボトムアップの情報共有なしには、大きな損失につながる危険性がある、といった感じ。教授でも、博士でも、ましてやまだ院生でもない、Pre-Masterレベルの学生に堂々と言えることは、今のところこの程度なのだ。
それってサルでも言えそうな話だ(言い方はサルより上手だと思いたいが)。