アラビア語を改めて振り返る【再・フスハーとアーンミーヤ】 | 藤坂託実の語学散策 ~アラビア語とその他諸々~

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これまで趣味程度に10以上の外国語を学んできたわたくし藤坂託実が、語学に関することを多角的に自分勝手に、独り言として吐いていくブログです。

アラビア語に関する記事が、おそらく最も多くなるでしょう。なのでこのサブタイトルです。

(旧ブログからの転載。新記事投稿またはリニューアルの後消去します)


前回の投稿からだいぶ間が空いてしまいました。すみません。
懺悔のしるし……って訳では全くないのですが(笑)、今回の記事はかなり長いです。
気をつけてお読みください。


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さて、昨年度もそうですし、今まで学んできた言語を振り返るって企画を常々考えてはいるのですが、何せ時間が足りない!というか、アラビア語の文法記事も含めて書きたいことが多すぎるので、結果的に色々と追い付いていないのが現状です。



しかしながら、新年度をとっくに迎えて、アラビア語だけは振り返る必要があるな、と思い至りました。
改めて、しっかり書くべきことがあるので。



いちおう、去年の夏にも、半期の学習が終わって振り返る記事を書きました。
〔「改めて、アラビア語って何だ!?」(2013.08.01)→リンクはこちら
………一応リンクは張りましたけど、出来の悪い文章なのであんまり見てもらいたくないんですが(笑)。

この時に書いた事の要点は、
①アラビア文字の把握
②アラビア語の母音はa,i,uの3つのみ
③アラビア語における『フスハー・アーンミーヤ』の存在。
④アラビア語が実はかなり「論理的・数理的」な構造であること。

以上の4点です。①はもはや言わずもがな。あとは文字把握の記事を完成させなきゃいけませんね。
とばして④について。もっと早く書きたいことなんですが、自分の中で扱う順番があるのでもうちょっと待っててほしいです。アラビア語を理解する上で一番核になる部分なので。


②の「アラビア語は3母音のみ」ですが、少し補足します。
確かにa,i,uの3つではありますが、アラビア語の"a"の発音は、日本語の「ア」とはやや違って聞こえます。
「ア」と「エ」が混ざったというか中間のような感じで、英語のcatの"a"[æ]とも違うような…。
私独自の感覚では、「ア」の口の形で「エ」と発音するような感じでしょうか。

だから「アッサラームアイクム」とか「ッカ(イスラム教の聖地)」などのように、
アラビア語では"a"の母音に該当する箇所が、他の言語表記・発音では「エ(e)」になっていることもよくあります。


ただ、昨年8月の記事にも書いたように、アラビア語の母音の発音は結構ゆるいので(格・性変化を示す箇所などを除いて)、そこまで神経質になることもないと思います。実際、ネイティブでも人によってばらつきはあるようです。
なので、最近の高校の教科書等ではメッカを「マッカ」と表記するらしいですが、私から言わせればそんなの正直どっちでもいいんです。

とにかく、自分が話す際は「ア」で十分良いですが、聞き取る際は注意が必要ということですね。




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さて、今回の本題は③『フスハーとアーンミーヤ』です。これについては、以前に記事にしました。〔「アラビア語、最初の授業【フスハーとアーンミーヤ】」(2013.06.01)→リンクはこちら
まあ、これも文章力が未熟だった昔の記事なので見なくて結構ですけど(笑)



ただ文章力云々の前に、なぜ今、このテーマを再考するかというと、、、


アメーバでブログをお書きの方はご存知でしょうが、自分のブログへの訪問者がどんなワードで検索してやってきたか分かる機能がありますよね。

私もこんなブログをやっているもので、お陰様でアラビア語関連の検索ワードで来て下さる方が多くいらっしゃるのですが、以前から『フスハー』『アーンミーヤ』にまつわる検索ワードが定期的に現れてくるのです。(週に1、2回位)
そのためか、リンクにも貼った上記の記事がすごくアクセスが多いのです。
おそらく、アルファベット一覧ページと同じくらい閲覧されていると思われます。こんな昔の記事なんですが。


これは自分にとって意外なことでした。それだけ関心を集めている事項になっていて、しかしながら学び始めに書いた、認識の浅い上の記事をずっと検索者に読ませていたのは忍びないので、ここで改めてしっかりと、学習2年目の今の段階でどう捉えているかについて書いてみます。





〔ちなみに、関心を集めるといえば、今年のうちの大学のアラビア語入門クラスが、驚くことに1回目の受講科目申請の段階で定員いっぱいになってたということがありました。去年はまだ空きがあって、2次募集もしていたのに。
アラビア語に注目している人が意外に増えているのかもしれません。
東京五輪も決まり、イスラム圏からの観光客も増えてハラール対策がメディアに取り上げられることも最近多いので、意識が高まっている人が増えてるならば良いことです。

そのうち「ハラール(حلال)」についても何か書いてみたいですね。……なんか忙しいですけど(笑)〕


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本題に戻ります。改めて、ものすごくざっくりと大まかに言えば、
アラビア語圏において『フスハー』は標準語、『アーンミーヤ』は方言というふうによく言われます。
そういう捉え方で別にかまわないと思います。学習に差し障りは特にありませんし。



でも今回はもう少し深く考えてみます。


去年使っていた教科書にこんな文がありました。和訳の練習問題でしたが。
.أَمَّا اللَّهْجَاتُ الْعَامِّيَّةُ فَهِيَ لُغَةُ التَّخَاطُبِ

(意味)民衆の言葉(方言)についていえば、それは会話の言語である。


まずは『アーンミーヤ』から。
そもそも「アーンミーヤ」という単語の意味は何なのかというと、上記の太字・下線部の

اللَّهْجَاتُ الْعَامِّيَّةُ:「民(たみ)の言葉」(al-lahjātu-l‘āmmīyatu:アッラフジャートゥルアーンミーヤトゥ)

の後ろの形容詞عَامِّيَّةٌ(‘āmmīyatun)から来ているのでしょう。
◇文法編◇#9等でも書いてますが、女性形を表す語尾のター・マルブータ(ة)は実際の口語ではほとんど発音されません。なので「アーンミーヤトゥン」ではなく「アーンミーヤ」なのです。〉

そして「عَامِّيَّةٌ(‘āmmīyatun:アーンミーヤ)」は、
「民衆の、大衆の」を意味する「عَامِّيٌّ(‘āmmīyun:アーンミー)」の女性形であり、
元を辿ると「عَامٌّ(āmmun:公共の、一般の)」、さらに動詞「عَمَّ(‘amma(アンマ):行き渡る、広がる)」からきています。

(因みに「لَهْجَاتٌ(単数形لَهْجَةٌ)」は口調、語調という意味ですがここでは「言葉」と意訳してます。
というか今では「لَهْجَةٌ(ラフジャ)」の1語で方言という意味にもなりますけどね。)


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一方、上の文と対になる形で次の文も和訳問題としてありました。
.أَمَّا أَشْكَالُ الْفُصْحَى فَلَمْ تَتَغَيَّرْ تَغَيُّرًا كَبِيرًا

(意味)フスハー(正則語)の形式についていえば、それは大きく変わらなかった。


続いては『フスハー』です。同じように、太字・下線部が「フスハー」を表すアラビア語表記です。
普通は、下線部のように定冠詞ال付きで"al-fuSHā"(アルフスハー)と呼びます。

日本語だと『正則アラビア語』という風にいわれます。(「標準アラビア語」と言ったりもしますが)
辞書で確認したところ「正則」とは「規則にかなっていること。正式。正規。」とあります。



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「フスハー」「アーンミーヤ」という言葉の意味はそういう感じですが、
それぞれの違いは、私たち日本人がイメージする標準語と方言の差異とは質が違います。


昨年度、1回オマケ的にアーンミーヤを扱った授業で、やはり違うものだなという実感はありました。



発音の面では、フスハーの3母音のみ(a,i,u)に対してeやoの母音もよく使われること。
これは以前から知識としてありましたし、日本人にとっては別に苦じゃないので気にならないんですが。

驚いたのは、アラビア語圏の多くの地域で、「ق(q:カーフ)」を「ع(‘:アイン)」と同じように発音するそうです。フスハーのようにقを「重いカ行」として発音するのは、アーンミーヤではむしろ少数派なんだとか。
ということは、例えば現地の人はカタール(قَطَرُ)を「アタル(‘aTar)」と発音しているのかもしれません…。
(もしかしたら、の話です。実際に聞いたわけではないので…)



語彙もやはり諸々違ってます。タイプとしては、①フスハーの単語を簡略化or変形したような語②全く根本的に違う語、の2つがあると感じます。
①の例でいうと典型的なのは指示詞ですね。フスハーだと「これ、この(this)」はهٰذِهِ،هٰذَا(ハーザー、ハーズィヒ)ですが、例えばエジプトのアーンミーヤだとده،دا(ダー、ディヒ)とか。他にも一部子音や母音が落ちたり変わる等の変化をする単語もありますが、フスハーをやっていれば苦労は少ないでしょう。ただし②に関してはどうしようもないので、それぞれの地域で生活しながら一つ一つ吸収していくしかなさそうです。



以上のように発音・語彙だけならイメージしやすいでしょうけど、驚くべきは
フスハーとアーンミーヤで一部文法が違う、ということですね。これは日本語の標準語・方言の感覚ではちょっと捉えにくいところでしょう。どっちかというと【古語(フスハー)⇔現代語(アーンミーヤ)】的な比較のほうが日本人的にはハマると思います。

有名なのは、『フスハー文法には無い「進行形」(英語のbe+-ing形)がアーンミーヤにある』という話。
…厳密に言えばフスハーにも進行形みたいな表現はあるにはありますが、アーンミーヤの方がずっとシンプルのようです。

また、先の授業で驚いたのが、フスハーでは前置詞のفِي(フィー;英語のinに相当)が、アーンミーヤだと「いる、ある」を表す動詞になるというものでした。スペイン語でいうestarのようになるのだろうか…?ただ恐らく活用はしないでしょうし、実際にはどういう使われ方をしているのかはネイティブのみぞ知る、ってところかもしれません。少なくとも今の自分にはまだ分からないことです。





もちろん、話者が2億人を超え、広大な地域で話されるアラビア語(アーンミーヤ)なので、地域によって色々なスタイルや表現があって当然です。アラビア語が入り込む以前からあった土着の言語や、隣接する地域・文化に影響を受けて多様化してるはずで、上で述べたのもそのごく一部のまた一部にすぎないと思います。

上記の6月の記事にも書いたように、アーンミーヤは大きく分けるとマグレブ(北アフリカ)、エジプト、湾岸(イラク)、アラビア半島、東アラブ(シリア等)方言等のように分類されますが、実際には下の図のように細かく何種類もあるのがわかります。

[画像はWikipedia"アラビア語/アラビア語の方言"より転載]


方言の種類という点では、日本語でも北は北海道弁から津軽弁、秋田弁、福島弁……………南の博多長崎宮崎鹿児島奄美琉球宮古八重山などなど、細かく分ければキリがないといえるし、それはどこの言語でも当てはまることでしょう。
なのでその「数」についてはあまり難しく考え過ぎないのがいいと私は思います。



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一方、フスハーの話ですが。




ここで話は脱線しますが、私の大好きだった番組「笑っていいとも!」で、歌手のMay J.さんがテレフォンショッキングに出てた時、彼女の母がイラン系ということもあって、ペルシア語の話になったのを覚えています。
「May J.」の「J」はミドルネームの「ジャミーレ」だそうです。私はすぐにアラビア語のجَمِيلٌ(jamīlun:ジャミール。「美しい」の意)を思い出して、「いい名前だなぁ、日本語的には『美麗』とか、そんな感じかな?」なんて考えたりしたものでした(^^)
ただしペルシア語の「美しい」はجمال(ジャマール)のようで、微妙に違っていましたけどね…。



なぜこんな話かというと、そのテレフォンの中で「ペルシア語って神の言語なんだよね?」というタモリさんの言葉がありました。「ウキウキウォッチング♪」なお昼の番組でそんな話題を出すタモリさんの博学さ・空気の読まなさが大好きだし、今年からペルシア語を始めたのも実はその言葉に触発されたのもありますが、これは(アラビア語話者かつムスリムにとっての)アラビア語にも共通する認識があります。
(だから対照的にアーンミーヤをあえて「民の言葉」などと格式ばった訳をつけてみたんですが。)



タモリさんが放った「神の言語」が言語(ペルシア語orアラビア語)そのものを指してるのか、あるいは文字表記やその他の何かを意味してたのか分かりませんが、アラビア語についてそのように呼ばれることはあります。 というかペルシア語よりアラビア語のほうがそう言われる気がします。イスラム教とアラビア語の歴史的な拡がりとつながりを考えれば合点がいきますし、それに当てはまるのがまさに「フスハー」であると思うのです。


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イスラム教の誕生とイスラーム世界の拡大については各自で高校の世界史の教科書等を確認していただくとして、それに付随するように、アラビア半島の土着言語だった原始アラビア語が広まっていきます。

で、いずれイスラームの教えを聖典にまとめるわけですが、これについて再度Wikipediaから引用させてもらうと、



【 イスラームの聖典であるクルアーンは古典アラビア語で書かれているが、これはムハンマドがいたヒジャーズ地方のアラビア語をかなり反映していると考えられる。クルアーンの記述によれば、イスラームを伝えるために神が選んだのがアラビア語だったことから、ムスリムはこれを「アッラーの言葉」としてとらえている。】[Wikipedia"アラビア語/概要"より引用]



とあります。アラビア語をマスターした人は現地の人からも一目置かれる、と聞いたことがありますが、この記述にもある通り、まさに「神の言語」とされているのでしょう。もちろん、それは「民の言葉」のアーンミーヤではなく、正則とか純正といった意味を含み聖典クルアーンの言語であるフスハーだからこそと言えます。



そして特筆すべきは、上のアラビア語の文にもある通り、千年以上も前から、言語体系や語彙が大きく変わっていないことです。もちろん時代が進むにつれて、フスハーにも新語開発や外来語の流入・定着は継続されていて(今でも、ですが)、その点を考慮して「古典アラビア語」「現代(標準)アラビア語」と区別することもあります。しかしながら文法や基本語彙はそれほど変わっておらず、だからこそ『正則』であり、イスラームの教えとともに絶対的な存在としてフスハーは君臨しているのでしょう。





先ほどアーンミーヤの所で【古語(フスハー)⇔現代語(アーンミーヤ)】という比較が考えやすいと書きましたが、フスハーはまさに『現代に生きる古語』といえます。

数々の参考書の解説を見る限りですが、フスハーについては従来通り『堅苦しい』『古くさい』というのと、対照的に『カッコいい』『coolだ!』という印象も持たれているようです。もちろん人によるのでしょうし、 実際に現地の人の考えを聞いてみたいのですが…。

フスハーがニュースや演説など公式な場面での書き・話し言葉として使われるというのは多くの方の知るところですが、最近では、子供たちに普及・定着させるために、テレビで子ども向け番組やアニメの吹き替えをフスハーでやることもよくあるようです。そういった方針がcoolというポジティブな見方につながっているのでしょう。


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ただそうはいっても、普段の生活でフスハーばかり使っているネイティブはいないはずなので、現地でカジュアルなコミュニケーションを図ろうとするならば、ある程度のアーンミーヤは覚えていく必要があります。
これこそがほとんどのアラビア語学習者の最大のジレンマでしょう。つまり、



【『アラビア語という1つの言語』を修得する心構えだったはずが、実際には
2種類(またはそれ以上)の異系統のことばをマスターしないとアラビア語として実用性が高くない】



という、『氷山の一角』的な現実を知ってしまった時のやるせなさや絶望感?のようなものが、アラビア語学習を続けるモチベーションの邪魔をしてくるのです……。←これはあくまでも私の主観的意見ですが、結構共感してくれる人は多いと思いますよ。


私もそうでしたが、そんな言い知れぬ不安を(特に初心者の頃は)抱かざるを得ないので、
検索ワードにもこのテーマがよく出てくるのかな、と個人的には思います。




もっとも、フスハーの基本文法を学んで、他の外国語をいくつも節操なくやっている今の自分にとっては、
「ま、そんなもんか」と自然に受け入れるようになってますけれどもね。
それに新しい外国語の1つとして、近いうちエジプト・アーンミーヤでもやってみようか、なんて気楽に考えたりもしてます。(ただしアーンミーヤを日本でちゃんと学ぶにはいろいろな面で難しいと思いますが。)


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長~~~~い文章で申し訳ありません。よくぞここまでたどり着かれました(笑)


フスハーとアーンミーヤというのは、数あるアラビア語の謎の中でも代表的なテーマだと思うんですね。
仮に「アラビア語七不思議」みたいなのがあるとしたら確実に入ってくると断言します。論文にするなら10万字以上は余裕で書けちゃいそうな、そんな奥が深いテーマでしょう。  

実際、フスハーを1年余学んでみてようやくそれなりに、何となく把握できるような感じになりました。
……いやお前まだ全然把握できてないぞ!!ってツッコミが入りそうですが。



「フスハー」「アーンミーヤ」で検索・来訪された皆様、こんなものでよろしいでしょうか?
これ以上のものをお望みであれば、ご自身で図書館等で学術的文献を探して調べることをお奨めします。アラビア語はもちろん、フランス語・ドイツ語・英語あたりに良い文献・論文が多く存在すると思います。(アラビア語辞書の代表格がフランス語とドイツ語のもの(Hans Wehr)という私の認識からですが。)
再度書きますが非常に奥が深いテーマなので、まだまだ未熟者の自分が、一介のブログで書くにはこのくらいが限度です。


また普段からの読者の皆様、だいぶ間があいてすみません。また更新頻度を上げていきます。
今後ともよろしゅうm(_ _)m