大工の修行っていらなくね?つーか将来職人は全滅するからね | しょうかんのうだうだ

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仏絵師藤野正観(66)の備忘録・・・っといっても、ほとんどどこにも出かけないので、ふだん、ぐだぐだ思ったり考えていることを書き連ねることになるのは必至。

ホーキンス博士

 


「大工の修行っていらなくね?つーか将来職人は全滅するからね」
ホリエモン(堀江貴文さん)は、「僕は、最終的には“職人の技”は機械で再現できると思っている」と話す・・・。

このホリエモンの発言の記事へのシェア投稿に対して、Facebookでブーイングをする記事が多くあった。

たぶん彼の言っているのは、中途半端で、職人という立場を売り物にしている人(職人)のことを言っているのではないかと思う。
中途半端な職人仕事は、優秀な機械に任せている時代が、すでに来ているということだと思います。

私たち職人絵師にしても、修行時代には、なかった機械が数多くあります。

例えば、大幅に時間短縮できるアイテムとして、コピー機、拡大、縮小が瞬時できるわけですから、半日から1日、いや、ものによっては、一か月ぐらい短縮できることもありますから、大助かりです。
すぐに画像を確認できるデジタルカメラもそうです。
パソコンでのデジタル描画や加工も今では欠かせない作画ツールですし、調べ物など、たいていはネットで済んでしまいますし、集めた多くの蔵書もデジタル化してしまえば、検索ですぐに出したいものが出てきます。

それでも、機械にはできないことができたり、または、機械と同じように機械より安価でできる人が、職人で居られるというわけです。

と、いうわけで、実は、機械にはできないことをやってのける人こそが「本来の職人」なんですけどね。 

でも、費用は掛かりますが、その卓越した技術や知識を放り込んだ機械(ロボット)が、その職人技を再現している工場が、多くあることは、誰でもすでにご存じのはずですが、この堀江氏の発言の行きつくところは、『人口知能』だと思います。

人工知能搭載のロボットなら再現で留まらず、新しい技術も創造してくれるところまでいくであろうと予言しているのだと思います。

ほんとにさみしいことですが、優秀な人工知能が登場するようになれば、職人どころか、人も要らなくなります。

あの理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士(写真)も人工知能の危険性を説いております。

人類が便利さだけを幸福として追求してきた価値観の延長線を同じように人工知能が辿るのなら、弱々しい生身の肉体など不必要と判断し、人が望む望まないに関わらず、人工知能が人に代わって何かを遂行することになるでしょう。
そして、人工知能はどんどん進化し、私たち人類をどう見るか?どう扱うか?

そして私たち人類は、自分の作った人工知能に、私たち人類が、まだ気づかせてもらえない何かにとって、まだ必要であるかどうか判断される時が来るのです。

私たち人類は、何をするために、何処に向かうために「便利さを追求」しているのか、ただ、「楽」がしたいだけで便利さを追求しているのでしょうか・・・。

そのうち、優秀な人工知能は、その疑問を解決してくれるかもしれません。 最後の審判ですね。

そうなれば、もう神様ですね(^o^)

そんな時代が、加速をつけて現実のものになろうとしているのを感じます。


※一か月間何も書かず放っていたのでCMが表示されていました。CMを消すために慌てて書きましたが、「人工知能と神」、「人は何のために存在するのか?」なかなか奥の深いテーマであることに気づかされました。
もっと深く考えてみたいので、また改めて書いてみたいと思います。