小牧・長久手の戦い。
徳川軍が本陣を置いた小牧山城より直線距離にして約10km…
今回は対する羽柴軍が本陣を置いたという
犬山城。
2019年以来、二度目の犬山城。
前回は日曜日だったのでかなり混雑してましてね…
今回は平日なのでそこまで混雑は…
混雑は…
なんか廻縁にすげー人が居るように見えるんですが…
赤い体育帽が…
またしても修学旅行か社会科見学どちらか知らんけどカチ当たってしまったか!!
国宝 犬山城
大手道
そういや前回は全然気にしてなかったんですが
犬山城は三の丸→二の丸→本丸という近世城郭的な縄張りではなく
大手道から各曲輪へ繋がると中世城郭的な縄張りなんですよね。
前回、ピンク色のオーラを放ちまくってた三光稲荷神社(右)はほとんど人がおらず
餓狼の如き目をした女子達は居らずw
近寄り難いピンク色のオーラは鳴りを潜めていました。
矢来門跡付近の城内唯一の空堀跡。
前方の石垣の上は櫓ではなく鉢綱神社の社務所ですw
なんか新しい説明板が立ってる
黒門跡の虎口
岩坂門
本丸
そして、国宝・犬山城天守
前回は木が邪魔で全体がよく見えなかったんだけど、葉が散っていい感じに。
これぞ望楼型と言わんばかりにわかり易い望楼型。
そして次から次へとやって来る赤い体育帽達…
これはちょっと時間置いた方が良さそう…
という事で先に土産を物色しつつ時間調整。
改めて天守前。
時は今 天守降りし 体育帽
体育帽達が捌けた今が絶好の機会である。
いきなり体育帽の残党とすれ違うw
外から見ると混雑は落ち着いてそうに見えたが中へ入るとそんな事はなかった…
列に戻れなくなりそうなので地下はスルー
一階
四戦場の図屏風
長湫(長久手)、関ヶ原 、姉川、梁瀬(賤ヶ岳)の四合戦。
展示物はたぶん変わってなさそうw
甲冑その一
小牧山合戦着用 鎧
旧犬山藩士・遠藤関雄氏所用との事だが
小牧山合戦時のものなので寄付者ではなかろうか。
藍韋威腹巻
所有者等は不明
やはりケースに色々反射してマトモな写真が撮れぬわ!!
前回の方がまだマシだった気がするなぁ…
桟唐戸
出土した瓦
甲冑その二
旧成瀬藩 御殿医鈴木家着用鎧
これはあれですね犬山の名医、鈴木玄道所用の甲冑ですね。
武家の典医は武士に準ずる身分が与えられるのだ。
鎧
所用者は旧犬山藩士・金森治樹氏
こちらも寄付者名の様な気がするなぁ…
やはりこの位置は酷い写真しか撮れん様だ…
前方の小部屋が石落としの間
鯱と鬼瓦
前回よりはマシに撮れた。あくまで前回よりは…
鬼瓦
上段の間
2019年の記事で珍しく畳が撤去されていないとかアホなこと書いたきがするけど
そもそも天守に畳が敷かれていることが珍しいんですよね。
天守とはそもそも軍事拠点としての司令塔に始まり、
太平の世では城郭のシンボル・権威の象徴としての役割りだったので
どちらの時代も内装は板敷の簡素なものがほとんど。
国宝犬山城天守模型
やはりというか階段で混雑するんですよね…
二階
武具の間
前回は全然気にしてなかったけど
武具置きと思わしき棚も残ってるんですよ。
三階
やはりここで並ぶか…
しかし、前回ほど長蛇の列ではないので一旦列から離れまして…
唐破風の間
前回、ここに長時間居座って占拠するクソ迷惑なボケ共の所為でマトモに見れなかったんです。
窓から
入母屋破風の間その一
やはり立入禁止か…
前回、謎の立ち入り禁止ゾーンとか書いた気がするけど
天守の外観から考えると入母屋破風の位置ですよねここ。
カメラだけ突っ込んでw
入母屋破風の間その二
入母屋破風はどちらも立ち入り禁止
唐破風の間その二
こちら側にも前回は長時間居座るクソ迷惑なカス共が居やがったのでね…
列へ並び直して
最上階
階段から続くこの赤い絨毯は保護の為か何かかと思っていたのですが
どうやら江戸時代から敷かれていた物らしいですよ。
しかしまあ、混んでますw
廻縁と高欄がある現存天守は犬山城と高知城だけだとか前回の記事に書いてたんですが
これ、何処かで聞いた情報だったんですけど誤まりなんですよ…
今回の旅行の二日目に訪れた丸岡城にも廻縁と高欄はある。
廻縁からの眺め
南側
南西側
小牧山城方面なんですが…
真ん中に見える山が小牧山。白飛びして歴史館は全く見えませんw
眩しすぎるぜ太陽さんよぉ
西側
木曽川対岸の山が伊木山城址。
北西側
こちら側には金華山と岐阜城。
真ん中の奥の山が金華山。
山頂になんとなく突き出て見えるのが岐阜城天守。
北側
北東側
橋の側に見える小高い山が鵜沼城址。
そして山の向こうの雲の下にうっすらと見えるのが御嶽山
東側
南東側
前回訪れたのが2019年12月に完了した保存修理工事前でしてこの廻縁が本当に恐ろしかったw
しかし、膝くらいの高さしかない恐ろしい高欄は相変わらずだが
明らかに外側に傾いていた廻縁の底板が真っ直ぐになり、恐ろしさはかなり軽減されていました。
それでも恐ろしいものは恐ろしいので壁にピタリとくっつきながら写真撮ってましたがw
流れに乗って登りで行き損ねた地下一階。
この梁の巨大さよw
以上、犬山城天守でした。
昨日の彦根城といい平日と言えどオープン一時間も経てば混雑することがよくわかりました。
国宝と言えども平日であればそんなに混まないの法則は通じなくなってしまったか…
明らかにコロナ以前よりも観光客が増えてますからね。
…とはいえ日曜日だった前回ほど混雑しておらず、
それなりにじっくりと見られたのでまあ良しとしましょう。
最後に三の丸からもう一度。
現存最古の天守とされていた丸岡城が1628年の築城という事が判明し、
1601年築城の犬山城が最古の現存天守になったわけなんですよね。
クルマを少々路駐させてもらい犬山橋へ。
橋の向こうが廻縁から見えた鵜沼城址。
向こうまで渡る時間的余裕が無かったのでここからしか撮ってないですけど
三方が木曽川に面した岩山で、非常におもしろい形をしている。
犬山橋からの眺め
こんな絶景が拝めるわけですよ。
犬山城と伊木山城
前回もこの橋を通ったんだけど咄嗟のカメラが間に合わなく、これが一番の心残りだった…
これで国宝五天守の内で松本城を除く四天守は二度以上訪れ、
犬山城を除く四天守はライトアップも見ている…
2025年も愛知・岐阜周辺へ行く予定なのでなんとか頑張ってライトアップ見れないもんだろか。
本日の昼食
以前も訪れたうな神さんでうなぎリベンジ!!
不伝流語り継がれる伝説その二、長篠で食った鰻のリベンジ!!
はい、これでマムシの蒲焼の忌まわしき記憶は上書きされましたw
しかし、上書きされようが長篠で食った鰻伝説は永遠に語り継がれるのだw
小牧・長久手の戦いはまだ続く。




















































































