今回より六日目、最終日。

そして朝から頭が痛い…

これも前日に身体を酷使し過ぎた所為であるw

 

今回は三木城跡。

かの有名な「三木の干殺し」 の舞台ですよ。

 

城主、別所長治の像

播磨国東部の国衆だった別所氏を戦国大名へと押し上げた人物だが、

大名家としての別所氏を滅亡させたのもこの人。

父・安治の代から信長へと臣従していたが、

長治の代になり織田氏の播磨平定が始まると秀吉が派遣され、

第一次上月城の戦いを経て毛利攻めの先鋒を務めると確約するも突如離反し毛利方につく。

三木城に籠城し、二年に渡り秀吉相手に戦うも最後は孤立無援の飢餓地獄へと陥り、

一族の自害を条件に降伏。享年23、または26とも。

 

現在は本丸跡のみ公園として整備され

僅かに遺構が残るのみとなっています。

 

天守台跡

天守台と伝わっていますが

石垣は崩れ落ちてしまったのか撤去されたのか、現在は土塁になってますが…

別所時代は中世城郭だったため天守は存在せず、

その後も姫路城の六つ支城の内の一つで池田氏の家老・伊木忠次が城代。

そのため、天守が築かれたのかどうかは怪しいと思うんですがね…

因みに天守構造は資料が無く不明だそうです。

やはりこれは…

 

別所長治 辞世の句碑

「今はただ うらみもあらじ 諸人の いのちにかはる 我身とおもへば 」

「今はもう恨みなどはない 私の命が多くの命の代わりになると思えば」の意。

 

一族の辞世の句碑まで…

 

天守台(?)からの眺め

この下は中嶋丸という曲輪だったそうです。その前方に美嚢川。

南岸の河岸段丘上に城が築かれてまして、甲州築城術に通ずるものがある。

この地は姫路と有馬の東西中間地点という交通の要衝だそうです。

 

それらしい塀が建てられてますが、これも別所時代には無いものだったり…

 

碑の周りの石は本丸石垣の残骸なんでしょうかね?

まあ、別所時代はまだ石垣は築かれていないんですがね。

 

 

 

三木合戦四百年記念碑

 

天守台(?)を降りて北側へ。

 

 

現代の塀ですが丸狭間は結構珍しいw

 

かんかん井戸

石を投げ込むと「カンカン」と音が鳴るのが由来だそうです。

この井戸から城外への抜け穴があったとも。

 

この辺りまでが現在の城郭。

この先は右に三の丸跡、左に中嶋丸跡の境目あたり。

 

謎の神社

情報が全く無いという…

 

南側へ戻り

稲荷神社

稲荷神社と紹介されていることが多い様ですが「上の丸 稲荷神社」が正式名称。

なんか凄い数の注連縄の石やら鳥居が…

 

 

 

拝殿

正一位稲荷神社

この正一位は人臣における位階ではなく、神社の神階です。

神様に位階を付けるのもどうかと思うんですがねぇ当時のお上さんよぉ。

 

こちら側が正面だったらしいw

三の鳥居と後ろに能舞台。

一の鳥居は麓にあり、そこからずっと参道が続いてるらしい。

 

ここから二の丸跡

ですが、遺構は残っておらず

現在は歴史資料館になっています。

 

三木市立 みき歴史資料館

 

久留美大池7号墳の1/25模型

6世紀前半~後半の古墳です。

 

古川城の模型

三木城の東に位置する城ですが恐ろしく情報が少ないですはい。

戦国時代末期だけでも井口氏→伊藤氏→古河氏と城主が入れ替わってる。

 

大宮八幡宮例大祭の神輿のダウンサイジング版でしょうかね。

 

展示コーナーは大半が出土品になります。

後期石器時代~縄文時代

 

弥生時代

 

 

 

 

古墳時代

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛鳥時代~奈良時代

 

平安時代

 

鎌倉時代~室町時代

 

 

 

 

三木合戦軍図絵解き 附 軍図3幅2組

こちらは市指定文化財

 

三木合戦の模型

 

ここから三木城の展示

本丸跡の出土品

 

 

 

 

二の丸の出土品

 

 

 

新城跡の出土品

新城とは新城曲輪と呼ばれる曲輪で別所時代には無かったそう。

近世城郭への改修の際に新たに築かれたのではないでしょうかね。

 

高木大塚城跡、大塚八幡宮付城跡の出土品

ともに織田信忠の築いた城ではないかと考えられているそうです。

 

二位奥付城跡、君ヶ峰城跡の出土品

秀吉による三木城包囲陣の付け城。

君ヶ峰城には羽柴秀長が陣を敷いたとか。

 

三木城地図の写し

 

中川氏時代の本丸出土品

 

本町滑原遺跡の出土品

 

新城曲輪から出土した大甕

 

二の丸から出土した大甕

備前焼だそうです。

一国一城令によって三木城は廃城となっており、武具や道具一式は持って行かれてるだろうし

やはり出土品くらいしか残っていないかも…

明石城の築城に三木城の古材も使用されたという説もある。

 

戦国時代~江戸時代初期

羽柴秀吉制札写

 

小笠原右近大夫子免許状

 

幕府勘定奉行地子免許指達状

 

播州三木攻撃図

 

江戸時代

三木町地子免許願書

 

三木町屋敷検地帳写

 

三木町諸色明細帳控

 

前挽値段書

 

鋸鍛冶仲間扣

 

三木の染形紙

 

 

 

 

近代(幕末~昭和)

御切手御会所扣と切手札

 

備忘録

 

株式会社三木銀行定款

(美嚢郡庁開庁につき案内)

三木電気鉄道株式会社設立に就いて

 

北陸視察復命書

商品録(三木金物組合商会)

製品カタログ(三木ショベル製造株式会社)

 

三木鉄道乗車券

 

昭和二十六年三木町久留美村合併申請書(覚書)

 

市制施行申請書

 

現代

山田錦のさと-よかわ物語 古川町制50周年記念誌

 

三木飛行場の展示

 

この辺りで頭痛がピークに…

これ、いつもなら一機ずつ撮ってたんだろうけど。

 

続いて二階

六社神社の秋祭りの展示

上:六社神社屋台 先代水引幕「見返り龍」

下:六社神社屋台 先代高欄掛「退治物」

 

六社神社屋台 先代布団締め「竹に虎」

 

こちらは

御酒神社の春祭りの展示

上:御酒神社 先代水引幕「須佐男尊八股大蛇退治」

下:御酒神社 先代高欄掛「合戦の武者」

 

御酒神社 先代雲板「賤ケ岳の合戦」

 

 

御酒神社実写図

 

什物

 

御酒神社 先代布団締め「唐獅子牡丹」

 

六社神社屋台 先代布団締め「竹に虎」

 

御酒神社 先代木鼻「獏」

以上、みき歴史資料館でした。

頭痛がやばくて一足先に車へ戻り薬物を…!薬物をよこせぇぇぇ…!!

 

続いて雲龍寺

薬飲んで少し楽になったような気がする(人間の感覚なんてそんなもん)

 

この石垣は三木城の外堀に使用されていた石だそうです。

 

 

別所長治首塚

自刃した長治夫妻の首は安土の信長の元へと送り届けられ、

首実検の後、雲龍寺の住職が安土に赴いて貰い受けたものと伝わっています。

 

長治と照子夫人の五輪塔

別所長治の離反が第二次上月城の戦いの原因となり、

秀吉は荒木村重らと共に救援に向かうも

信長は三木城の攻略を優先するよう命を下す。

これにより上月城は孤立無援となり城を任せられていた尼子再興軍は全滅。

続いて三木城攻略に加わっていた村重は有岡城で反旗を翻す。

村重の離反には諸説あるが使い捨てられた尼子再興軍に明日は我が身と感じたのかもしれない。

これが援護射撃なったかは不明だが、同時期に三木城では毛利と本願寺からの援軍で一時的に織田軍の包囲網を崩している。

しかし、その後の包囲はより厳重になり、城下町は焼かれ周囲の支城は全て陥落、補給路も絶たれて三木城も孤立無援状態に。

籠城から二年、長治・友之・吉親の切腹を引き換えに城兵を助命する条件で遂に降伏する。

これ以降、大軍による完全包囲が秀吉の常套戦術となる。

 

時勢は毛利にありと読み違えたのか、

それとも信長・秀吉を信用していなかったのか。

 

同年、村重は有岡城を捨て花隈城へ移って戦うが、これも放棄。

最後は毛利氏を頼り尾道に隠遁したとされている。

その後、堺へ移り茶人として復活。

天下人を裏切り敗北したにも関わらず天寿を全うした非常に珍しい例w

 

更に三木合戦・花隈城の戦いの翌年、本能寺の変が勃発。

最早、説明不要の光秀の離反によって信長は横死する。

 

因みに三木合戦の一年前の本願寺攻めの際に松永弾正が信長から離反している。

謀反に成功した光秀が圧倒的に有名なのであって、織田から離反した家臣は多い。

 

 

 

最後にこちら

竹中半兵衛重治の墓所

黒田官兵衛考高とともに「両兵衛」「二兵衛」と称されるが

半兵衛は美濃平定後に秀吉の家臣(信長の直臣となることを拒否している)となり

官兵衛は長篠の戦いの後に織田家臣となっており、実は半兵衛の方がずっと先輩だったりする。

秀吉が中国攻めの総大将に任じられると、半兵衛もそれに従い中国遠征に参加するが、三木合戦の最中に病に倒れる。

京で養生していたところ(秀吉から京で養生を勧められるも断った説もあり)死期を悟ったのか

「陣中で死ぬ事こそ武士の本望」と戦線へ復帰。

天正7年(1579年)6月13日、三木城攻囲の陣中で死去します。享年36。

秀吉を未来の天下人と予言して息を引き取ったそうですが

後年、予言通り秀吉は天下人となるが

晩年の老害と化した秀吉を見る事なく逝った半兵衛は

ある意味で幸せだったのかもしれない。

 

以上、三木城でした。

次回は第二次西国乃旅路最終回。