続・伊予松山城
小天守から筋鉄門櫓へ。
連立櫓群を一周して大天守へ戻って来ました。
大天守一階
大天守内唯一の展示スペース。
こちらは久松松平家の展示。
裃、葵紋付火事羽織・胸当て、蒔絵衣桁
葵紋付火事頭巾
浦屋家の展示
鎖帷子
刀の大小
打刀は無銘、脇差は播磨守輝廣の在銘。
初代輝廣であれば新刀期の上々作だが、播磨守と切っているので二代目か三代目。
刀箪笥と水呑碗、陣笠
短刀、小柄、笄、懐剣
短刀は精龍斉長光の在銘。
幕末~明治にかけての刀工だそうで、かの長船長光とは一切関係ありませぬ。
こちらも浦屋家の展示
十八間筋兜五段桶側具足
浦家伝来の具足で長州征伐等の出陣で着用されたそう。
旗差物(紺)
名が入った布が縫い付けてありまして、
こちらは松山藩の祐筆を務めた浦屋雲林(本名・寛制)の旗差物。
明治維新後は私塾・桃源黌を開き、正岡子規もここで漢詩の指導を受けていたとか。
旗差物(白)
右上の梅鉢紋は合印(あいじるし:他者と区別するための印)
展示はこの一角のみとちょっと少ない。
まあ、現存建築の保存を考えるとこれが正解ですよね。
重たいショーケースが増えるとその分だけ負荷がかかるわけなので。
立ち入り禁止ゾーンを柵の上から
石落しの間だろか?
下り方面の階段
三重天守で階段が二つあるのは珍しいんじゃないだろうか。
内陣
武者走り
連立式且つ間取りが上手いのか実際の大きさよりも広くという。
階段の脇に撮影スポット
oh~トノ!トノ!!と、楽しそうにしてる海外の人達w
二階へ。
それなりに急階段だが、慶長期の階段のキツさを知っていれば楽なものw
武者走り
二階の窓から
内陣へ
天守内には高確率で鬼滅パネルが設置されている。
しかも専用パネルかよw
破風…の間…なのか?
こちらも小天守同様に砲狭間がある。
こちらも破風の間(…と呼んでいいのか?)だが、
仕切られてるので帰り道ルートらしい。
三階へ
三階
先行してた戸田宗家と雷神様がツアー客らしき人達と話し込んでました。
どうやら松江から来た人達だったらしい。松江トークで盛り上がってた様です。
因みに現存十二天守中、四天守が松の字から始まるというw
松江城
松本城
松山城(伊予)
松山城(備中)
北東方面
艮門と艮門東続櫓
櫓の下にシートがかかっている通り崩落現場の真上です。
さすがに現場までは見えなかった…
東方面
左に艮門・艮門東続櫓、右手前が二ノ門南櫓。
南東方面
手前に二ノ門南櫓、奥に本丸曲輪
南東方面ちょい西側へ移動
左から二ノ門南櫓、一ノ門東塀、一ノ門南櫓
南方面
左から二ノ門南櫓、一ノ門東塀、一ノ門南櫓、小天守
南西方面
左から小天守、多聞櫓、南隅櫓
ここからだと二ノ丸が見えないらしい…
西方面
左から南隅櫓、十間廊下、北隅櫓、奥に乾櫓、真下に中庭
やはり二の丸が南隅櫓と被って見えんのだ。
野原櫓も北隅櫓と被って見えない…
…ふと思ったんだけど、スルーした北隅櫓からならば野原櫓が真上からハッキリと見れたんじゃね…?
北西方面
北方面
北側から全体
あ、南側からの全体撮ってなかった…
いつも最上階は四隅から全体撮る様にしてるんですが…
四階に戻り
帰路ルートへ。
さっきの破風の間など頭からすっぽ抜けてそのまま進むw
以上、大天守でした。
内門の看板しか撮ってなかったので前々回の再利用w
仕切門と仕切門内塀
仕切門は安政元年(1854年)、仕切門内塀は嘉永五年(1852年)頃の再建の重要文化財。
仕切門出て来た道を…
戻って
戻って
戻って…
何か忘れてたのを思い出す!!
北隅櫓の二階登ってなかったわ!!
そうだった…二階は展示を見てから登ろうと思ってたら、
撮影に夢中でそのまま道なりに進んでしまい見事にスルーしてしまったという。
あれ?なんか忘れてなかったっけ…?
最後に振り返ってもう一度。
撮り忘れてた井戸の遺構。
見ての通り柵で近寄れないんですが
深さは44.2m
太鼓門
撮り忘れてた太鼓櫓はそのまま忘れられるとw
夜に撮ったからまあええか。
最後にフェイクルートから天守を望む。
歩いて下山しようかとも考えたんだけど往復チケット買ってしまっていたんだよなぁ…
損はしたくないのでロープウェーで下山。
そして、この判断は正しかったのだ(後述)
ここのロープウェーはそんなに高くないので下見ても平気だったりする。
途中に曲輪の遺構の様な場所が。
一見石垣の様な物が見えるがよく見ると偽石垣。
それと、本日はトシゾー教授が別行動でして、
子規記念博物館へ寄ってからこちらへ来るとのことで
丁度トシゾー教授がリフトに乗って上がって来るのが見えたのだ。
ロープウェー乗り場にあった水琴窟。
まあ、周りがクソうるさくてほとんど聞こえんなかったんですがね。
道後温泉本館の1/30縮尺模型
鯱のレプリカ
松山ロープウェー商店街をしばらく歩き
松山東雲中学校前
どう見ても石垣の遺構ですね。
どうやら松山城の東曲輪跡に中学校が建ってるそうですよ。
しかし、ロープウェー商店街は思ったよりも店が少なくてですね…
ロープウェー乗り場へ戻る。
坊ちゃん像
そして、11時30分を過ぎ各店の前に座席待ちの列が出来始める…
鯛めしが食べたい雷神様は気が気じゃない。
予定していた集合時間までまだ1時間もあるが、
遂にトシゾー教授を呼び戻すという暴挙に出るw
登ってからまだ一時間くらいしか経っていないのにw
本日の昼食
鯛めし
つゆが美味くてツボに入りましてね
これだけで飯食えるわってことで白米おかわり。
電車通りを走ってると…
小さな路面電車…いや汽車?
運転手さんがこっち見てめっちゃ笑ってましたw
楽しそうに写真撮ってるの見られたか
煙出てないのでSLっぽい電車ですね。
そして、帰ってからふと思ったんですよ…
土産を物色するならロープウェー商店街ではなく道後湯之町の方だったんじゃないのか?と。
はい、まったくその通りでして道後商店街というアーケードがあるそうですw
うわぁ…やっちまったぁ…
子規記念博物館(湯築城跡に建っている)もこのすぐ近くにあり、当然ながら鯛めしの店もある。
朝イチに全員で松山城へ登り、降りたら道後湯之町へ移動ってルートが正解でしたね。
思えば昨日の大雨で色々と予定が狂わされたんだよ…
すべて雨が悪い。
以上、色々とやらかした松山でした。






















































































