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旅人ふちがみの旅ブログ

世界50カ国を放浪したふちがみ猛志が、当時を思い出しながらつづるお気楽ブログ。
政治を目指す原点である旅の記録から、ふちがみの一端を知ってもらえたり、世界に興味を持ってもらえたら、幸い。

昔の話なので、記憶違いがあってもご容赦を願いたい。

ヨーロッパで安宿として重宝するのが、ユースホステル。

たいてい二段ベッドが並ぶドミトリー(相部屋)。


私が行った頃で、イタリアなら日本円で二千円くらい、ドイツやフランスなら三千円くらいだったような。(ただしこの時は1ドル140円ほどの円安だった)



さて、そんなユースホステルだから、町の中心部にはあまりない。

たいてい、中心部から徒歩2、30分とか、電車で数駅とか。


で、このヴェネチアは、、、


隣の島!


ユースホステルまで船で行く!


さすがヴェネチアってかんじでいいね!


たしか、この写真は、そのユースホステルのある島から、メインの島を眺めたもの。
ま、こんな距離感。
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メインの島の中の移動も、船。
隣の島にももちろん、船。
船、船、船。

船以外の乗り物は、町を出る電車くらい。

さすが水の都!


※ヴェネチア市内で、観光エリアでない、別の大きい島は、けっしてそういうわけではないのであしからず。



ちなみにこの写真、

左の色黒の彼はオーストラリア人。
そして、右の二人はなんとなくアメリカだろうなと思って、「サッカー不毛の地の君たちに、サッカーがわかるかね」と、W杯期間中だったこともあり、サッカーについて語っていた私。
語り終わった後に、右の二人がブラジル人だと知り、赤っ恥をかいた、、、

という一枚です。



旅人ふちがみ

私が大好きな町、ヴェネチア。

世界の大好きな町、ベスト5の一つ。


なんといってもその魅力、オンリーワン。
他にはない、この町の景色。


私の大好きな堺も、「東洋のヴェニス(ヴェネチア)」なんて呼ばれたわけですが、いやはや、悔しいけど違いすぎ。
誰がそう呼んだか知らないけど、世界三大美人に小野小町が入ってるくらいの違和感。
ああ、日本人がそう呼んだのかって。

いや、たぶん東洋のヴェニスは、外国人が呼んでくれたのかもしれないけど、だいぶゲタ履いてるよね。

私は目指しますよ。堺をそんなんにしたいですよ。でも、残念ながら、違いすぎますね。現時点では。


さて、前置きが長くなった、ヴェネチア。


この町(旧市街)にあるのは、、


運河と、
路地と、
広場だけ。


車が走れるような道路はない。


旧市街の真ん中を、S字に大きな運河が走り、そこをヴァポレットという船が走る。
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そしてそこから縦横無尽に、毛細血管のように、

やや細い運河、
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かなり細い運河が走る。
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そこには写真のようなゴンドラが。


ゴンドラは概ね観光用。
でもヴァポレットは、住民の足。


町中は迷路のような路地。
運河をまたぐところには、こんな橋が。
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ほんとたまりません。


そして、そんな路地を歩いて最後に行き着くのが、サンマルコ広場。
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この大聖堂も、すごく特徴的。


このサンマルコ広場、大潮の時に浸水することでも有名。


ヴェネチアは海に打ち込まれた杭の上に作られた町。
温暖化で、すでに水没寸前なのだ。


こんなに美しい町。
世界でここだけの景色。

大事にしたいよね。



旅人ふちがみ
私の二度目の海外一人旅、マレーシア~トルコ~ヨーロッパ。
最後の国、イタリア。



なんとなくベタなので、言いづらいのだが、私はイタリアが好きだ。


私が好きな旅先ベスト5に入る。
インド、トルコ、イタリア、ペルー、ブラジル、、、あたりか。

※注 その時の気分で多少変わる。


オススメの国ベスト3にも入る。
トルコ、イタリア、メキシコ

※オススメは「私が好き!」ではなく「誰でも楽しめますよ」的なニュアンス


好きな都市ベスト5に、2都市もランクイン。

イスタンブール、ナポリ、ヴェネツィア、クスコ、ハバナ




そんなわけで大好きなイタリア。


これまで約50カ国旅したが、唯一、がっつり二度訪問した国である。

※「がっつり」は二週間以上くらいのイメージ。韓国は4、5回行ったがみな数日だし。



そんな大好きなイタリア。


とりあえず理由は、、


食べ物がうまい。
人が陽気。
物価がそこそこ安い。
遺跡、街並み、自然、スポーツ、美術、楽しめるものがバラエティに富んでる。


といったところか。



ではイタリア編を書いていくぞ。





約50カ国を旅した私だが、カウントするにはちょっとズルいのが、5カ国くらいある。

行くには行ったが、一泊もせず、日帰りというもの。


ヨーロッパでは、、


デンマーク、
スイス、
バチカン市国。


まあ、バチカンは何というか、宿泊したくてもできないし、

そもそもこういう時に、国としてカウントすべきか否か。

でも、明確な目的を持った旅先である。



デンマークはほぼ「入国」が目的だったが、デニッシュを食ったり、穴の空いた通過にちょっと感動したり、少し楽しんだ。



で、スイス。

たしかドイツからイタリアに向かう途中に、電車に乗り換えがあり、「どうせなら」と半日ほど滞在。

そして町をブラブラ。


昼飯でも食おうかと店をのぞくが、軽く千円を超えてしまう。
マクドでも1300円くらいだった記憶がある。


私はゲンナリし、ドイツから持ち込んだ(友人宅からもらってきた)パンをかじった。


結局、何も食べず、何も買わず。


ピューと、馬鹿でかい噴水が湖から上がったので、

おーっ

と思った。



ただそれくらいの、私のスイス。



だから、ちょっとズルい気もするが、一応、行くには行った。




スイス人の皆さん、申し訳ありません。
いつか、お金をそれなりに使える旅行をした時、堪能させて頂きます。



旅人ふちがみ
クロアチアのあと、私はドイツのミュンヘンに戻った。

そして、留学していた日本人の幼馴染みと、セルビアとドイツのハーフであるサーシャという男と再会した。


このサーシャについては以前に書いた。


ユーゴ紛争で戦った、クロアチアとセルビア。


もちろんセルビアに感情移入しているサーシャには、「クロアチア」という言葉そのものがタブーなのだ。
「アメリカ」もそう。

その言葉を聞いた瞬間、怒り狂って暴れてしまう。



しかしその時点で、その話を聞いてはいたが、信じていない私。


クロアチアのお土産に、彼をちょっとおちょくる意味も込めて、男性誌のプレイボーイを買ってきた。
W杯期間中だったこともあり、表紙には、サッカーのクロアチア代表ユニホームを着た女性の姿。



どんな反応をするだろうか。
ふふふ。



そんな悪巧みをしていた私だったが、

それを知った私の日本人の幼馴染みが必死で止めてきた。

絶対やめろと。
怒り狂うからと。

そして、私がクロアチアに行ってきたことすら、内緒にしろと。


あまりの友人の必死さに、私はその土産を渡すことをやめた。
海で真っ黒に日焼けしていたので、それも「ハンガリーの湖で」と、嘘までつくことにした。



そこまでしなきゃならんのか‥、と思ったものだが、

それだけ戦争で家族や同胞を失った恨み憎しみ、世界の敵にされてしまった悔しさは、計り知れない深さということなのだろう。

なんとも悲しい話だ。



ちなみに、私が買ってきたプレイボーイは、「俺が預かるから」と、私の幼馴染みが引き取ってしまった。

だったら私が持ったままでよかったじゃないか!

と気づいた時には、すでにドイツを出た後だった‥。




旅人ふちがみ




公職を目指す私のブログでこういうタイトルのブログはどうかと思うが、、
まあ、若かれしハタチの頃の話だし、

何より、

「皆さんが想像されるような感じではないです」

という主旨の話なので、それを踏まえて読んで頂きたい。



私は、クロアチアのドゥブログニク沖合の島にある、ヌーディストビーチに行った。

いや、正確に言えば「迷い込んでしまった」。

繰り返す。

「迷い込んでしまった」のだ。

それも、今から、16年も前、ハタチの時の話だ。




「アドリア海の真珠」と呼ばれる、ドゥブログニクに滞在していた私。

城塞都市の城壁から海を覗いても、なかなか綺麗だ。

こうなると、海に入ってみたくなる。


私は、「近くにビーチはないか?」と現地人に訊ねた。

すると、

「船で渡った⚪︎⚪︎島には綺麗なビーチがある。××、そして、△△、ヌーディス××が⚪︎⚪︎で、◻︎◻︎」

ん??ヌーディスト??

決して英語が堪能ではない私。

島に渡ればビーチがあることはわかったが、そのあとがよく理解できなかった。

なんとなく、ヌーディストがどうとか聞こえた気もしたし、その人物はどことなくニヤニヤしている。
でも、聞き直して間違っていたら「何を勘違いしてるんだ、スケベな日本人め」と思われそうだし、「聞き違いだな」と、自分の中で判断。


そして、島へ向かった。
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海から見ても、ドゥブログニクは美しい。



島に到着。
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船にも、島にも、それほど人はおらず、

島は岩だらけ。

野生の孔雀までいる(写真中央)。




正直、拍子抜けだった。

「聞き違い」と自分の中で片付けたものの、しょせんはハタチの若者。

やはり心のどこかで、

「白い砂浜にトップレスの金髪のお姉さんたち」

を、かすかに期待していたのかもしれない。


そんな気配の欠片もない、岩だらけの小さな島。



なんだこりゃ?

と思いながら、私は海パン姿になり、島の周囲を歩いた。
どこか、海に入れる場所はないだろうかと。


ぶらぶら歩くこと、10分少々だったろうか。



ふと足下の岩を見ると、ペンキで、


「↑NUDIST ONLY   NO PHOTO」


と書かれているではないか!!



目の前には大きな岩。
その先が見えない。


ひょ、ひょっとして、この向こう側に、、、


数秒間ためらったのち、私は数歩、前に進んだ。

そして、岩の向こう側を覗いた。


するとそこには、

岩場に寝そべる素っ裸の老夫婦が!


トップレスどころか、下半身も素っ裸!


そして、老夫婦はこちらの存在に気づくも意に介さず、日光浴を続けた。



ど、どうしよう。

目の前の岩のおかげで、老夫婦から私の下半身、つまり履いたままの海パンは見えていない。


このまま進めば、「てめえ、ヌーディストじゃないのに来やがったな!」と怒られるかもしれない。

しかし、引き返せば、「怪しい日本人が覗きに来やがった!」と思われるかもしれない。



こうするしかない!

私はそう思うや否やの、わずか数秒、一瞬にして海パンを脱ぎ捨て、ヌーディストの仲間入りを果たした。



何事もなかったかのように、老夫婦の前を通り過ぎようとするも、本能的に身体は斜めを向き、大事なところが老夫婦に見えにくいように、カニ歩きをしている自分に気づく。

そしてつい、軽く会釈してしまう。


さらに進むこと10m。

海に目をやると、おばさんがこれまた素っ裸で平泳ぎしている。

そして、その向こうには、おじさんがウォークマンを聴きながらひと休み。

誰も私の存在はおろか、(当たり前だが)私が素っ裸であることを気にしない。

そう思っていると、今度は海に突き出た岩に、仁王立ちする若い女性!
もちろん全裸。

いよいよ現れた若い女性!
これぞヌーディストビーチ!

‥と興奮してしまうかと思いきや、、


何も感じない。

全く、いやらしさがない!
エッチなかんじの欠片もない!


なんだろうか。

美術館のミロのビーナスを見てるかのような、、。


当たり前のものを、当たり前に見て、それを喜んだり、興奮する方がおかしい。

というかんじか。



ハーイ


そんなかんじで、私は、その若い女性の横も、難なく通り過ぎた。



そして私は、悟ったように、その向こうの岩場に陣取り、とりあえず泳ぐことにした。

岩場から飛び込み、素っ裸で泳ぐ。


砂浜ではないので、深い。
足はつかない。


360度、青。

自分を覆う一片の布もなく、
ただ、青に包み込まれる。

なんという感覚だろうか。

そして、海流を全身、本当に全身で感じる。



しばらく、泳ぎ、日光浴。

これまた全身で、日の光を浴びる。



ああ、これがヌーディストビーチか。

この解放感か。



老若男女、スケベさなんてものは一切ない。
この解放感。



あとで調べたところ、欧米人の過半数が、ヌーディストビーチを経験したことがあるのだとか。

ビーチに限らず、公園で素っ裸で日光浴している人も、その後に何度も見かけたものだ。



同じものを見ても、環境によって、これほど感じるものが変わるとは。
人間の感情とは、ほんとに奥が深いものだ。



何はともあれ、ヌーディストビーチ。

別にオススメしたりはしないが、スケベ心で行くことだけは、やめた方がいい。

解放感を求めて行くというのならば、あるいは、日本ではできない一つの経験と捉えるのであれば、「どうぞ」とうかんじである。





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アドリア海の真珠、ドゥブロブニクについてもう一つ。

まずはドゥブロブニクの全体像を。
(ネットから失礼)
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角度を変えてもう一枚。
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さて、何か感じた方はいますか?



はい!

魔女の宅急便!!!




このドゥブロブニク。

魔女の宅急便の町のモデルとも噂されているのです。

このオレンジの屋根、そして海、それっぽい!



実はこんな話、旅行者の間にはたくさん転がっている。


ジブリは公式に、スウェーデンのストックホルムと、ヴィスビーという二つの町がモデルだとしているらしいが、


しかし、ここも!あそこも!そこも!
宮崎駿さんが参考にしたはず!

と、出るわ、出るわ。


私が旅行者の間で聞いただけでも、

ドゥブロブニク
ナポリ(イタリア)
ジェノア(イタリア)
タスマニア(オーストラリア)


さらに、いま念のためネットで見たら、

ポルト、シエナ、リスボン、、、

無数にあるみたい。



でも、私は自分が行ったし、このドゥブロブニク推しで!

ほんと、ぽいですよ。



だいたい、次作の「紅の豚」は、アドリア海が舞台。

きっと宮崎駿さんはここに来てるはず!

豚と真珠でも繋がるし、、って無理矢理か。




ちなみに、、

風の谷のナウシカは、、パキスタンのフンザ。

とよく噂されている。

天空の城ラピュタは、、これまた諸説たくさんあるが、私はマチュピチュとカンボジアのタプロームの合体だと思っている。




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「アドリア海の真珠」

と呼ばれる、城塞都市ドゥブロブニク。
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統一された赤い屋根と、青い海が最高に美しい。


「ここからが街ですよ」と、はっきりわかる城塞に囲まれている。


城塞の中は、これまた統一された白い壁の建物で、実に綺麗。

…写真がないのが、実に残念。
当時はデジカメではなく、ケチって写真を撮っていたのだ。



路地裏はこんなかんじで、これまた雰囲気がある。
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そして、こんな路地裏を歩いてあると、、

突然、城塞のヘリに出て、全面海!になったりもする。



私は貧乏旅行者だったから、城塞の外のユースホステルに泊まったけど、中のホテルだったら、さぞロマンチックだったろう。

カフェもレストランも、おしゃれ、おしゃれ。




しかし、この美しいアドリア海の真珠。


この「海に面した城塞都市」ゆえか、クロアチア紛争では、ユーゴ軍による、海からの激しい攻撃に晒されたとか。

この町の建物も、裏路地に入れば無数の銃痕。

おそらく、2014年時点では、そんな痕跡もなくなっているだろうけど。



こんな美しい町に砲撃できる戦争って、なんなんだろうかね。



ともかく、

このドゥブロブニク、

本当に美しい。




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クロアチアは、カタカナの「フ」を左右反転させたような形をしている。

で、その「フ」の水平部分に首都ザグレブがあり、一番下の先っぽに、「アドリア海の真珠」とも呼ばれるドゥブロブニクがある。

そして、「フ」の間に挟まれている国が、ボスニアヘルツェゴビナである。



さて、私は、ザグレブから、ボスニアヘルツェゴビナの都市モスタルを目指し、そこで一泊ほどして、そこからドゥブロブニクに入る予定だった。

モスタルは美しい街並みで知られるものの、ボスニア紛争の激戦地で、紛争を終えて三年、その姿がどうなっているか、この目で見てみたかったのだ。


私はザグレブから国際バスに乗った。

はっきり言って、英語はほとんど通じない。

バスを指差し「モスタル?モスタル?」と聞く。

バスターミナルの職員が頷く。

バスに乗車する時も、念のため、運転手に聞く。
そして、席に座ってからも、隣の乗客にしつこく聞く。


なぜここまでしつこかったかと言えば、このバスがどうも「モスタル行き」ではなく、あくまで「モスタル経由」だったからだ。

「ほんまにモスタルを経由するの?」という確認でもあったし、それ以上に、降りるタイミングがわからないので、とにかくまわりに「私はモスタルに行くんですよ」とアピールしまくり、到着した時に教えてもらおうとしたのだ。

この手は、世界中のあちこちで利用する。



バスはザグレブを出発し、しばらくするとボスニアに入る。

パスポートチェックは記憶にないので、あったとしても、たいしたチェックではなかっただろう。


途中、幾つかの町を経由する。

その度目にするのが、

墓場。

そして銃痕のビル。



郊外から町中に入る直前、広い墓場が目に付く。

宗派にもよるのかもしれないが、亡くなった方の顔写真付きのお墓がたくさんあった。

やたらと若い人が多い。

そして町に入れば、建物という建物には、無数の銃痕。


ああ、これが紛争か。

車窓に、胸が痛くなる。



はっきり覚えていないのだが、たしか5、6時間も走ったころだろうか。

「あれ、まだ着かないのかな?」

そんな不安に駆られ始めた。


そう言えば、少し前にちょっとした規模の町に停車していた。
墓場も銃痕の建物も、ひときわ多く、町に入り始めた時に「ここかな」と思ったのだ。
でも、誰一人、私に「モスタルに着いたぜ」とは教えてくれていない。


そんなはずはない。
いや、ひょっとして、、。

を繰り返しながら、、

「モスタル?」

隣の乗客に聞いてみた。

彼は無言で、後方を指差した。



!!!

私は慌てて、他の乗客にも訊く。

「モスタル!?」

また同じリアクション。


やはりさっきの町がモスタルだったか!

もはや、モスタルは遥か後方。
いまは山の中を走行中。


ああ、私はどこへ行くんだろう。




正直、たいていの国なら、これくらいで動揺したりなんかしない。


しかし、ここは、

英語が通じない。
ガイドブックも持っていない。
都市の名前はモスタルと、首都サラエボ(方向がぜんぜん違う)しか知らない。
紛争直後の国。
治安も決してよくないであろう。


しかもバスで移動中。
(電車ならUターンすればいい)


さらに言えば、すでに日が傾き始め、まったく知らない町、情報のない町での夕方以降の宿探しは、かなりキツいものがある。



私は、運転手に「このバスはどこへ行くんだ?」と、英語が通じないので、必死に身振り手振りで尋ねた。

「おまえがモスタルだって教えてくれないからこうなったんだぞ!」
という怒りを押し殺しながら。

すると、、

「ドゥブロブニク」


発音が難しいので、何度も聞き返した。

「ドゥブロブニク」




や、やったー、ドゥブロブニク。
よかったー。

もともと行く予定だったドゥブロブニク。



もう、モスタルも、ボスニアヘルツェゴビナもいいや。

このままドゥブロブニクに行っちゃおう!



こうして、私のボスニアヘルツェゴビナは、車窓だけで終わった。


それにしても、

このバスに乗っていた人はなんて冷たいんだ。
おそらく、皆が、モスタルに行く外国人旅行者の存在を知っていたはずだ。

否。

このバスの人だけではない。

クロアチアに入ってから、
そしてボスニアでのバス休憩などても
随所で冷たさを感じていた。

正確に言えば、「温かさがない」というか、「人に興味がない」というか、そんなかんじ。

おせっかいに助けられるようなことが皆無。

「ほらほら、ここにちょっと変わった東洋人旅行者がいるぜ!ほら!」

とでも言いたくなる私。

しかし、視線すら感じない。




ああ、紛争って、人の心をこうしちゃうんだろうか。


そんなことを感じた、ボスニア通過劇だった。



ちなみに、私が「◯カ国行った」という時に、このボスニアはカウントしていない。通過だけだし。

ちなみに、ちなみに、私はこれによって、「モスタル~ドゥブロブニク間」の運賃を浮かしてしまった…。

だって、どこでどう払えばいいか、運転手に聞いてもわからなかったし。





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以前、サッカーについて書いている時、クロアチアに触れた。

私は、フランスW杯の、日本vsクロアチア戦を観るために、クロアチアに来たようなものだった。

フランスに行けば生観戦できるかもしれないが、金がない。

テレビ観戦なら、そんなマイナーカード、やってるとは限らない。

ならばクロアチアに行けばいい!

そう思った。

旅行はそのついでだ。



クロアチアで滞在した都市は二つ。

首都のザグレブ。
今では世界遺産となった、ドブログニグ。

あと、滞在というほどではないが、ぶらりとスプリット。



クロアチアで見たのは、

美しい町と、
紛争の傷跡。

あと、スッポンポンのジイさん(笑)。



そんなクロアチアを何回かに分けて書こうと思う。



では、クロアチア編。




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