「妻ばかりでなく、夫も交代で休む」
「妻ばかりでなく、夫も交代で休む」
「誰やる?」
2月16日(金)、総務財政委員会の閉会中審査で、維新の会が提出していました「堺市職員の政治的行為を制限する条例」に関し、参考人招致が行われました。
国際人権法、行政法のそれぞれの著名な大学教授が参考人招致に応じてくださり、同条例への見解を述べられました。
両名ともに、堀越事件(内容は割愛します)の判例を基に、「表現の自由、思想信条の自由、政治活動の自由の重要性」や、「公務員にも政治活動の自由が認められていること」を述べられ、同条例案の問題点を指摘し、違憲の恐れにも言及されていました。
私たち議員の存在・権限もこの憲法に由来しているのです。改憲・護憲の議論はもちろん、この憲法にまつわるあらゆる議論には、私たちは畏敬の念をもって向き合わなければならないと、法学部出身ながら改めて痛感したところです。
さて、気になったのが、提案会派である維新の会の姿勢です。
なんと驚くことに、維新が参考人を呼ばなかったのです。
参考人招致は、議論をより深めるために、有識者を呼ぶものです。
基本的には、それぞれの会派(や政党)が、自身の主張を補強する目的もあります。ですから、この条例案を通したい維新こそが、真っ先に参考人を呼ぶべきなのです。
これまでの本条例案の質疑における、維新の会の答弁は、かなり杜撰なものでした。このところ、明らかに本条例案の議論が維新にとって不利な方向に進みつつありましたが、ここで有識者が、条例案を後押しする論陣を張ったならば、ひょっとすると流れが変わったかもしれません。参考人を呼ばなかったのは、形勢逆転のチャンスをみすみす放棄したのと同じです。呼ばなかったばかりか、呼ぼうとする気すらなかったように思います(委員間協議を見る限り)。
そもそもこの条例案は、提案当初からやる気が感じられませんでした。
府の条例をコピペし、ろくにチェックもせず、条文に「市町村」という文言が残ってしまっていたり(堺市内に市町村はない、当たり前ですが)、質疑で指摘した問題点が、再提案の際に修正されていなかったり、合意を得るための事前協議が一切なかったり・・・。
そして、今回の「参考人を招致せず」です。
細かいことを言えば、この日の参考人招致で、総務財政委員でない議員が何人も傍聴に来ていましたが、ついに維新の議員は一人も現れませんでした。
例え否定的なものであっても(いや、否定的なものだらこそ)、有識者の条例案への見解を学ぶことは、条例案の弱点を克服し、成立を目指していく上で、またとない機会だったと思います。
なのに・・・、です。
おそらくこうした姿勢は、この条例案の提案を、やりたくてやっているのではなく、上からやらされているからなのでしょう。準備不足、身が入らない、通す努力をしないのも当然です。
しかし、そんな内部事情があったとしても、こちらの知ったことではありません。
条例案を提出するということは、議会に対して、「議論してください」とお願いをする立場です。
主義主張が違えども、誠実であってもらいたいですし、それがこの態度というのは、議会を冒涜しているようにしか思えません。
「身を切る改革」を唱えるならば、通す気もない条例案に付き合わされる、議会事務局や関連部局の職員、我々議員の身にもなってもらいたいものです。これを改めるだけで、随分と経費が浮くのではないでしょうか。
ぜひ、真摯な姿勢で、議論し合いたいものです。
と、本論はここまでなのですが、蛇足ながら、少し書き加えます。
ここまで書くと、間違いなく維新の会の支持者の皆さんが、SNS上で私に反論してくると思います。それはそれで結構ですが、ぜひそのエネルギーを維新議員にも向けてもらいたいと思います。
支持者の皆さんは、維新の政策を支持されているのでしょうし、その政策実現の重要なターニングポイントで、参考人を呼びもしないというのは、まさに支持者の皆さんへの背信行為ではないでしょうか。「やる気をもって、政策実現に取り組め!こんなこと言われて悔しくないのか!」と、私が維新支持者だったら叱咤するところだと思います。
そうしたことには目をつむり、「維新を批判する奴は、みな敵」とばかりに、維新議員への批判の防波堤になり、批判者へ批判返しばかりされるのならば、ますますその内側にいる議員は安心し、「議会の中まで見られてやいまい」と、そのいい加減な姿勢は改まらないでしょう。そして、支持者が望む政策実現(議会での合意形成)は、ますます遠のいていくでしょう。
私は維新そのものが嫌いなのではありません。これはと思う主張や、議会で注目している議員さんもいます。委員会で維新の議員さんの主張に同調したことだってあります。ただ、(堺の維新の)組織としてのこうした議会への不誠実な姿勢には、強い憤りを覚えるわけです。
ただただ、お互い誠実に議会に臨み、議論を交わしたい。
そのことを付け加えて、終わりたいと思います。
ふちがみ猛志
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私が議員になって間もなく3年ですが、中に入ってみて、そこでつくづく感じたことがあります。
頑張って活動している議員と、そうでない議員の差が非常に大きいこと。
頑張っている活動している議員の存在が、市民にとって大変有用であること。
そうした議員に限って、活動費の持ち出しが多く、手元にお金が残らないこと。
逆に、活動しなければ持ち出しもなく、手元に大きなお金が残ること。
といったことです。
頑張って活動している議員にとっては、今の報酬が高いとは思いませんし、むしろ、年金制度の不備などが、こうした議員を増やしていく足かせになっていることを感じます。
一方で、そうではない議員にとっては、「なんでこの人に、こんなに報酬が?」と思ってしまうこともあります。
その時に、前者に目を向けて、「ある程度報酬は維持しよう」「頑張りを維持できる仕組みにしよう」とするのか、後者に目を向けて、「報酬は減らすべき」とするかは人それぞれですが、私は前者の方がよほど建設的だと思います。
報酬をいくら減らしても「世のため人のため」で頑張ってくれる優秀な議員はいるかもしれませんが、それには限界があります。
人は霞を食って生きてはいけません。
生活にかかるお金は人それぞれで、子どもの有無や、被介護者の有無や、障害や病気の有無などで大きく変わります。議員が特定の、経済的環境に恵まれた方だけの仕事にするのでなく、色んな立場の、広い範囲の方々が、ある程度生活を維持しながら目指すことのできる、躊躇せずに挑戦できる、そんな仕事になればと思っています。政党や組織の後ろ盾がなくとも、それができるようになればと思っています。
また、いくら「金のかからない活動」と言っても、ゼロにはなりません。
例えば、私は年4回、議会定例会ごとに約7万枚の議会活動報告を発行し、堺区のほぼ全戸にポスティングし、年2回以上は5千人ほどの方に郵送もしています。これくらいは、議員としての責務だと思っていますが、普通にやればこれだけで500万円くらいはかかります。そこをプロの手をかけず、自分でデザインしたり、ご支援の皆様に毎回2万枚を完全ボランティアでポスティングしてもらったり・・、そんなこんなで経費を半分ほどに抑えています。どれだけ抑える努力をしても、かかるものはかかるのです。
私は運よく、家族の理解を得、この立場に就くことができました。
ここで私がやるのは、単純に報酬を下げて、これからここを目指す人にとっての敷居を高くすることではなく、頑張りたい人が頑張れる仕組み、目指したい人が目指すことのできる仕組みを作ることだと思います。
それが、先のブログ「議員の処遇② ~報酬に対する私の考え~」「議員の処遇③ ~年金に対する私の考え~」で述べた内容です。
そうした中で、私などより、もっともっと優秀な人材がこの世界に集まればと思いますし、そうなると、ある意味、議員としての私の身も危うくなるかもしれません。しかし、時間はかかるものの、それこそが前向きで、建設的な「身を切る改革」ではないでしょうか。
そして、何より大事なのは、「市民の皆様のチェックの目」です。
報酬が高いことが問題ではなく、報酬に見合った仕事をしていないことが問題なのです。
見合った仕事をする人を選ぶことです。
そのために、私ができることは、議員活動をもっともっと市民の皆様に見えやすくすることです。
手元に残るお金を減らしてでも、年4回、各約7万枚の議会活動報告を発行・配布しているのもその一環ですし、ブログをまめに書いているのもそうです。
また、それは私だけがやるのでなく、仕組みとして作らなければと思っており、先のブログで提案した、政務活動費の一層の透明化も、その一つです。
年俸1億円のプロ野球選手が、来季の抱負を問われ、
「身を切って、8000万円にします!」と言うのか、
「3割30本打ちます!」と言うのか。
(もちろんプロ野球選手と議員は違いますが)私は、後者のような意気込みで、議員活動に向き合いたいと思っています。
優秀な議員がもっと増えて、その頑張りがもっと引き出されれば、それは必ず、市民生活の向上に繋がりますし、市民の政治への信頼にも繋がります。
私はそう強く確信しています。
※欧米諸国で一部見られる、限りなくボランティアに近い議員や、夜間議会も、「将来的な姿」として選択肢に入れていいと思っています。ただし、政令市の所管事務の多さから考えて、現時点では現実的ではないと思っています。この点はいつかまた述べたいと思います。
かつて、「特権的な」地方議員年金制度がありました。厚生年金、共済年金などと比べて、掛け率がよかったり、(当時は)受給資格期間が短かったり、他の年金と並行して掛けられたりしました。
この「特権的な」地方議員年金制度は、2011年にすでに廃止され、現在は、地方議員は国民年金です。私は、かつてあった特権的な年金制度の復活には、大反対です。
一方で、いま創設が検討されている地方議員年金制度は、厚生年金への加入であって、決して「特権的なもの」ではありません。(よって、報道にありがちな「地方議員年金復活」の「復活」という表現は間違いです。)
私は、現在創設が検討されている、厚生年金への加入には、賛成です。
理由は…、
サラリーマンから、政治の世界との敷居を低くする。
そして、
政治の世界から、サラリーマンへの敷居を低くする。
ということです。
政治の世界への、入口も、出口も敷居を低くしたいのです。
優秀な人材を政治の世界にどんどん集め(入口の敷居を低くする)、かつ、「政治の常識は世間の非常識」とも言えるこの世界に滞留させ過ぎず、戻れる方にはどんどん元の世界に戻ってもらって(出口の敷居を低くする)、人材の流動性を高めるのです。そして、政治に、世間の新しい風が次々に吹き込めばいいと思っています。
私は、色んな人が政治に挑戦してほしいと思っています。
老いも若きも、男性も女性も、健常者も障害者も、サラリーマンも自営業者もフリーターも。
その中でも、特に労働人口の大半を占めるサラリーマンこそが、そして政治の最重要課題(と私が思う)である少子化対策・子育て支援の当事者である、子育て世代こそが、もっともっと政治に挑戦してほしいと思っています。
子育てをして、行政に疑問を持った優秀な人材が、会社を休職して、3期12年だけ議員をやり、新しい制度を作り、一仕事終えて、会社に戻り、またそこで活躍する。そんなことがもっとあってもいいと思っています。
しかし、現実はなかなかそうもいきません。
理由は色々あり、第一線で活躍するサラリーマンからすれば、議員はあまりにリスクが大きく、手元に残るお金が少ないこともあるでしょう。そして、サラリーマンと違って被用者年金がなく、将来に不安が残るということもあるはずです。
志もあり、非常に優秀で、サラリーマンとして社会の第一線で活躍していても、家族のいる身で、そうしたリスク、将来不安を考え、政治を諦めた若い人材を、私は何人も見てきました。
例えば、サラリーマンになって(厚生年金に加入して)8、9年、まさに脂の乗る時期です。受給資格を満たさないその時点で辞めて、国民年金のみの政治の世界に来たら、それまでの掛け金もパーになる可能性大です。
しかし、地方議員が厚生年金に加入できれば、それまでサラリーマン時代に掛けた分も引き継げるのです。
地方議員の厚生年金への加入は、サラリーマンから政治の世界への敷居を、必ず下げてくれるはずです。
「お金を心配して政治の世界を躊躇するなら、初めからそんな人材はいらない」という人は、「サラリーマン社会で十分な報酬を得て(得られるだけの成果を上げて)」、そして「子育てもしている」、そんな人の身になって想像してみてください。
私自身は、第一子が生まれたその月に、会社を辞めて、世帯年収を大きく減らしながらも、この世界に飛び込みました。家族が了承してくれた私はラッキーでしたし、そうした状況で家族の了承を得られず、この世界を諦める人のことも、十分に理解できます。
そしてもう一つが、政治の世界からサラリーマンへの、つまり出口の敷居を低くすることです。
私たちはよく自営業と比較されます。「自営業も国民年金なんだから」という声もあり、それはそれでよくわかります。私も零細自営業の家庭で育ちました。
しかし、決定的に違うのは、一般的に「頑張れば頑張るほど収入が増える」のが自営業で、その逆に「減る」のが議員ということです(ブログ「議員の処遇① ~前提としての現実~」参照)。
そして、もう一つは「長く続いた方がいいかどうか」です。
自営業をして、顧客に愛され、事業が長く続くのは、誰が考えても「いいこと」です。(その事業主個人が働き続けるかどうかは別として)
一方で、いくら議員が有権者に選ばれたとしても、あまりに長期間議員であり続けるのは、必ずしもいいことだとは限りません。
もちろん、何十年と議員をされて、大活躍されているベテラン議員さんもいらっしゃいます。しかし、辞め時を失い、漫然と議員を続け、たいした活動もできず、しかし後援組織が盤石で、選挙は通る(通ってしまう)、なんて方が、全国の地方議会の場には少なからずいらっしゃるように感じます。有権者が選んでいるのだから、一概に否定はできませんが、政治の世界が「長くやればやるほどいいわけではない」のは確かです。(余談ですが、公明党さんが定年制度を設けているのは、素晴らしいことだと思います)
この辺りは、「辞めた後の保障がない(国民年金のみ)」ということも影響していると思います。せめて厚生年金があれば、もっと辞めやすくなるはずです。繰り返しますが、素晴らしいベテラン議員さんはたくさんいます。しかし、活力を失い、漫然と議員を続けている方も現実としてはいるはずですし、厚生年金制度は、そうした方の背中をそっと押すことができると思います。
また、それは高齢議員だけでなく、若手にとっても、「サラリーマン ⇒ 議員 ⇒ サラリーマン」と一気通貫で掛け続けられる厚生年金は、出口の敷居を低くするはずです。
世間の在り方を決める政治の世界です。世間の新しい風が、次々と吹き込むように、優秀な人材が集まるように、人材の流動性をもっともっと高めなければなりません。
一番大事なのは「有権者の厳しいチェックの目」ですが、仕組みとしては、この「議員の厚生年金の加入」や、「立候補休職制度」などが有効だと思います。
唯一、厚生年金の加入に反対する理由があるとすれば、それは「行政コストが増えること」です。
個人的には、それで優秀な人材が集まれば、最終的には十分にペイできる、いわば民主主義の経費だと思っています。しかし、それがなかなか許されない社会情勢であることも理解しています。
ですから、これで増える行政コストの分を、全議員の報酬削減でカバーするのはアリだと思います。これなら行政コストの増加はなくなり、反対する理由はないはずです。
議員の厚生年金加入制度を作った時に、その恩恵を受けるのは、主に「専業議員」です。
会社や組織に所属するお抱えの「兼業議員」、「片手間議員」は、すでに厚生年金に加入しているので、対象となりません。また、厚生年金は70才までですから、それ以上の方も対象外です。私の提案だと、こうした方は「議員の厚生年金加入」の恩恵を受けず、報酬の純減になります。要は、後ろ盾がなく、議員活動に専念する議員が今よりもある程度守られ、かつ若い優秀な人材の挑戦を促す制度となり、その制度の負担を「兼業議員」や「高齢議員」も含めた「全体でカバー」する。
それでいいんじゃないでしょうか?
「議員の処遇①」で書いた前提を基に、私は、議員報酬には下記のように考えています。
1.議員報酬自体は、2割程度は削減できる(してもいよい)
2.ただし、その分、政務活動費を増やす
3.その上で、政務活動費の自由度を高める
4.ただし、政務活動費の使途の透明性を高める
という、4点セットです。
あくまで「セット」です。
「『削減できる』って言うなら、それから先にやればいいだろ!」という意見があると思います。
しかし、私はそれだけが先行するのには反対です。
それ『だけ』では、「頑張る議員に厳しく、頑張らない議員にはそうでないから」、あるいは、「頑張る議員の頑張りを抑制するから」です。
一つ前のブログ「議員の処遇① 〜前提としての現実〜」をご確認ください。
活動を「頑張っている議員」については、実質的に「年間手取り4~500万程度の感覚」と書かせてもらいました。(私の場合)「共働きで」です。
そこから仮に「額面1300万の報酬」を2割削減したとしましょう。どうなるでしょうか?
実質的に生活費に充てられるお金が、年間2〜300万円ということになりかねません。
「生活できない」とまでは申しませんが、とりわけ子育て中の議員は、厳しい生活を強いられることでしょう。
そうなるとすると、残念ながら多くの「頑張っている議員」が、「活動を抑制して(頑張りを減らして)、活動費を削減することで、ある程度の生活水準を維持する」ことを選ぶでしょう(選ばざるをえないでしょう)。
私自身、仮にそうなっても議員活動は抑制したくありませんが、家族にも苦労を掛けながら議員活動をし、3人の子どもを持つ身です。活動を維持しつつ、生活費だけを下げるのは簡単ではありません。
またこうした単純値下げは、これから政治を目指そうとする人たちにも影響を与えます。社会の第一線で活躍し、相応の報酬を得ている有意な人材にとって(特に子育て世代にとって)、このような状況が、議員活動を十分に頑張ることを前提に、リスクを冒して政治の世界に飛び込めるだけの環境だと、果たして言えるでしょうか。
一方で、「ろくに活動をしていない(活動費の持ち出しがない)議員」からすれば、1000万円にもなる手取りが、7~800万円になったところで、そのインパクトは前者に比べると、ずいぶんと小さいものです。
堺市議会でも、報酬削減を訴える議員の中にも、ろくにチラシも作っていない方がいるもんですから、「そりゃ、それだけ活動してなけりゃ、できるよね」と思ってしまうわけです。
単純な報酬削減を進めていけば、頑張る議員の頑張り(活動)を抑制するだけでなく、相対的に「頑張らない議員」や、「他に十分な副収入がある議員」「資産家の議員」「生活費がそれほど必要ない議員(ex.独身や、子育てが終わった世代)」が有利になり、そうした議員の割合が増えていくでしょう。それが、市民の望む方向性ではないはずです。
そこで、私の2の提案です。
報酬を削減した分、政務活動費を増額するのです。
「増額なんてとんでもない」と思うかもしれませんが、政務活動費は報酬と違い、議員としての活動にしか使えませんから、本来は市政推進(=市民のため)に返ってくる経費です。議員の生活費や遊興費には充てられません。活動しない(頑張らない)議員は、使いたくても使えないのです。
よって、この「報酬減、政務活動費増」という措置は、実質的に「全員の報酬を減らして、活動する議員だけ政務活動費増」ですから、議会経費を減らすことができます。
そして、活動しない議員にとっては、手取りの純減です。
一方、頑張って活動し、自己資金から持ち出している議員にとっては、その持ち出しを増えた政務活動費にある程度転化できれば、報酬を減らしたとしても、決して高くない手取り(生活水準)をそれほど落とさずに済みますし、何よりも頑張り(活動)を抑制せずに済みます。
しかし、ここで問題なのは、これまでの活動への自己資金の持ち出しを、政務活動費が増えたからといって、それに転化するのが難しいことです。
なぜならば、近年の相次ぐ政務活動費の不祥事で、政務活動費の使途について、厳しすぎるきらいがあるからです。正確に言えば、運用指針では認めらえている支出でも、議員や、議会事務局が抑制的になりすぎて、「念のため、これはNGで」「この支出なら、政務活動費と自己資金を半々で」という具合になりがちです。
本来は、議員の活動は相当に自由であるべきで、それに付随する政務活動費も同様に、広い裁量が認められて然るべきです。ただし!それは、市民がしっかりチェックできることが前提です。
そこで、私の3と4の提案です。
3の詳細は割愛しますが、要するに「できる限り自由に」ということです。
ただし、それだけでは、ろくな使い方をしない議員だって現れるはずです。
だから、とにかく透明化するのです(提案4)。
領収書だけでなく、視察のレポートや、チラシや、どこに配布したか、などなどです。
すでに堺市では、それらはネット公開されていますが、すべてが一つのPDFファイルになっており、簡単にチェックできるものではありません。
少なくとも、領収書は費目ごとにし、レポートはレポート、チラシはチラシで、個別に確認できるようにしなければならないと思います。
そうして、市民のチェックの目が届きやすくなれば、政務活動費の自由度を高めても、おかしな使い方をする議員は、早々出てこないでしょうし、出てきても、相応の審判が下せるのではないでしょうか。
纏めますと、
頑張る議員の頑張りは抑制すべきでない。
頑張る議員の実質的な手取りはさして多くなく、減らす余地が少ない(減らすべきでない)。
頑張らない議員は余裕があり、手取りを減らす余地が十分にある。
1人当たり、同額の報酬減と政務活動費増をすれば、議会経費は減る。
これらを総合したのが、冒頭の4点セットの提案です。
ご理解頂けましたでしょうか?
「身を切る改革」が一部で持て囃されているここ数年ですが、私はかねてより、これには懐疑的な立場を取っています。このテーマについては、堺市議会でもずいぶんと議論されていますが、市井の反応を見ていても、なかなか本意が伝わらず、例えば、「報酬削減に反対 = 保身」といった、単純なものが多く見受けられました。
そこで議員の処遇について、これから4回シリーズで、できるだけ丁寧に、わかりやすくブログに綴りたいと思います。
第一回目では、これから私の考えをお伝えしていく前に、その大前提となる現実を、先にお伝えしたいと思います。
ここでお伝えしたいことは、
・議員とは、頑張れば頑張るほど、手元に残るお金が減る仕事だということ。
・頑張る議員は、世間が想像しているほど、そのお金が多くないということ。
この2点です。
では、以下、現実をお示しします。(数字は概算です)
①堺市議会議員の年間報酬額は、約1300万円です。扶養家族等にもよりますが、いわゆる手取りは1000万円前後になると思います。
・・・と、この段階では、大半の方が「多い!羨ましい!」と思うかもしれません。肝心なのはここからです。
②私の場合、議員としての活動経費として、年間300万円ほどの支出があります。①から差し引けば、実質的な年間手取りは約700万円です。この支出は、政務活動費とは別(※1)で、自己資金の持ち出し額です。事務所家賃や、チラシの発行・配布など使途は様々です。この金額は、活動をすればするほど、頑張れば頑張るほど増えていきます(つまり、手元に残るお金は減っていく)。
③4年に1度の選挙では、数百万円の費用がかかり(※2)、私の場合、毎年150万円をこの費用として積み立てています。②から差し引けば、実質的な年間手取りは約550万円です。
・・・と、ここまでくると、「羨ましい!」という声がかなり減ってくるのですが、まだまだこんなもんではありません。
④議員には、退職金がありません。
「40年働けば、退職金は2000万円」、それくらいを期待する労働者は多いと思います。それが全くないということは、そうした労働者に比べ、実際の手取りよりも、年間50万円少ないのと同じです。③から差し引けば、実質的な年間手取りは約500万円です。
⑤議員には、失業保険がありません。
4年に1度、失業リスクのある議員です。独り身ならともかく、私の場合、3人の子どもがいますし、これを考慮した生活設計が当然必要です。
⑥多くの議員は、ローンが組めません。
4年に1度、失業リスクのある議員には、銀行もお金を貸してくれません。当選直後にローン組んで最大4年です。もちろん、保証人がいれば…、高金利であれば…、当選回数を重ねていれば…、と状況によりますが、一般論としてはそうです。
⑦実質的な所得に比べ、受けられない行政サービスが増えます。
「実質的な」所得は500万円でも、「額面上」は1000万円ですから、一般の年間所得500万円の方に比べると、行政サービスが低下し、負担が増えます。
例えば、保育所の保育料は、年収500万円ではなく、1000万円なりの高額なものになります。
例えば、高額医療費制度も、適用されにくくなります。ちなみに私の妻は持病の治療で、保険適用してもなお、月4~5万円の治療費がかかっています。年間所得500万円ならば、その多くが返ってきますが、見かけ上1000万円なので、全額自己負担です。
その他、児童手当など、所得制限のある行政サービスが沢山ありますが、実質500万円でも、額面が1000万円ならば、ほとんどがその制限に引っ掛かってしまうのです。
これら、⑤⑥⑦は算出しづらいのですが、当然、いずれも家計を圧迫します。この状況を加味して、サラリーマンに例えると、年間手取り4~500万円、額面では年収600万円くらいの感覚だと思います。
・・・となると、「羨ましい!」の声はほとんどなくなりますが、それでもまだ、世間の平均年収より上です。ここからは私なりの事情も含んで紹介します。
⑧身内がタダ働き(というケースが多い)
私の場合、妻が平日毎日、無報酬で事務所業務をすることで、私の活動をサポートしています。こうして、家族が無報酬で支えることによって、活動が成り立っている議員は多いのです。仮にそれがなければ、秘書を雇用することも多く、②はさらに膨みます(さらに実質的手取りが下がる)。
言うなれば、「議員報酬1300万円」というのは…、
「サラリーマンの年収1300万円」よりも、「個人商店の売上高1300万円」に近く、それを(私の場合)「夫婦共働きで実現し」、「そこから経費を差し引いて、4~500万円が手元に残る」という感覚です。
1人で可処分所得4~500万円でしたら平均以上ですが、夫婦共働きでそれならば、決して高水準ではありませんし、私も妻と会社勤めだった頃は、今の可処分所得を優に超えていました。(ですから、少なくとも私は「お金のためにこの世界に来たわけではない」と声を大にして言いたいです)
さらに言えば、
⑨土日も含めて、ほとんど休みなし
⑩地元にいれば、常に衆人環視
といった大変さ、息苦しさもあります。
ここまでお伝えして、「それでも羨ましい」と言われたことは、一度もありません。
しかし、世間には、もっと大変な生活をされている方がいくらでもいます。
一方で、私は今でも十分に生活ができており、困窮しているわけではありません。
私が伝えたかったのは、「世間が想像しているほど、手元に残るお金が多くないということ」です。
そして、もう一つ。
それはあくまでも「頑張る議員の場合」だということです。
「普段活動していない議員」「頑張らない議員」だと、②の支出がほとんどない場合もあります。
また、選挙前にポスターを貼ればそれで当選してしまう政党・候補も、現実としては存在しますし、②(活動費)はおろか、③(選挙費用)もほとんど掛かっていないケースがあります。
そうなると、先述の例に比べ、実質的な手取りがグッと上がり、「世間の想像通りに、手元に残るお金が多い」という議員もいるはずです。
・議員とは、頑張れば頑張るほど、手元に残るお金が減る仕事だということ。
(逆に、活動しなければしないほど、手元にお金が残る・・)
・頑張る議員は、世間が想像しているほど、そのお金が多くないということ。
この二つの事実をまずはご確認頂き、次のブログ(私の考え)へと進んで頂ければと思います。
(※1)政務活動費は、最大で年間360万円ですが、その使途は様々な不祥事を経て厳格になっており(当然です)、例えば事務所家賃に充てられるのは、多くの場合、50%までです。例えば、事務所家賃が10万円なら、5万円が政務活動費、残り5万円が自己資金という具合です。よって、政務活動費があっても、活動するには自己資金が必要です。
(※2)候補者によって大きく違います。1000万円を超える人もザラにいます。一方で、ほとんどお金をかけない方もいますが、政党に頼らない選挙で当選を目指すならば、多くの場合、少なくとも数百万円は必要だと思います。
森のようちえんは、「園舎のない幼稚園」「毎日が遠足の幼稚園」です。
毎日、「フィールド」と呼ばれる自然の中で子どもたちを保育(教育)しています。
1950年代にデンマークで始まり、日本でも広がりつつありますが、その多くが認可外施設となっています。認証制度を設け、公的な助成のもとに運営しているのは、鳥取県、長野県が最初であり、広島県、東京都でもその検討が進んでいるところです。
堺市内にはまだなく、百聞は一見に如かずで、現地視察してきました。
【1日の流れ】
9:30 園児集合。福祉施設の駐車場を無償で借り、集合場所としている。各保護者がそこまで送迎。到着し、時間になると、園児はワゴンに乗り込んでいきます。
10:00 フィールドに到着。この日は雪深い里山でした。フィールドはこの他、10数か所あり、海、山、川、砂丘と様々です。その日の天候や、季節などを考慮しながら廻っています。
雪の中、車座になり朝の会は、ロケーションこそ違えど、通常の園と同様、歌ったりして楽しそうです。
この日の園児は16名。指導員3名でした。
10:20 里山をのぼり始めます。ペースはすべて子ども次第。「自由に子どもが遊ぶ」「子どもの世界を大事にする」が基本です。登り始める前に、四つの禁句「ダメ」「危ない」「汚い」「早く」を教えられました。子どもがケンカをしても、絶対に仲裁してはいけないとも。あくまで大人は、自由な子どもの世界の補助的な立場でしかありません。子どもらは里山を進みながらも、興味のままにすぐに寄り道し、遊び始めてしまいます。
12:00すぎ 三々五々、展望台に到着し、昼食へ。先着から最後尾までに20分ほどの差がありました。このあたりの管理は難しく、指導員(幼稚園教諭)の配置は手厚くならざるを得ません。しかし、途中でいなくなるようなことはなく、「大人の見えるところにいる」というルールが、子どもたちの身についているようです。子どもたちはみな活発で人懐こく、常に自然に身を置くだけあって、いわゆる「野生児」ですが、自由に遊ぶ中、子どもたちの中にも自然と序列やルールが生まれていくそうです。
13:00すぎ 下山を開始。途中、新雪の斜面を見つけ、すべり台替わりに遊ぶ子どもたち。
14:30 里山の駐車場に到着。ワゴンに乗って、最初の集合場所で15時頃、お迎えの保護者と合流し、1日の予定が終わります。
【所感】
生き生きと自然の中で過ごす子どもたちを見て、「堺でもぜひ」と、子を持つ父として強く感じました。
一方で、そもそもここまでの取り組みができるのは、鳥取県の豊かな自然があればこそだと感じました。
堺で置き換えるならば、すぐに同様の「森のようちえん」の認証制度を設けるより、まずは通常の保育所、幼稚園の「自然体験活動の支援」が、真っ先に取り組むべき施策だと考えます。
また、自然体験活動に至らずとも、園庭のビオトープ化など、身近に自然に触れられる環境を推進したいと思います。さらには、未就学児だけでなく、多くの子どもが「自然に触れながら自由に遊べる空間」として、プレーパークの整備も有効だと考えます。
そうした環境を整え、子どもが自然に関わる機会を増やす先に、「森のようちえん」の認証制度を目指していきたいものです。
こうした取り組みに触れる中で、初日の鳥取県庁で紹介してもらった言葉が、改めて頭をよぎりました。
「豊かな自然に関わるのではなく、自然に豊かに関わる」
豊かな自然があるとは言い難い堺でも、自然に豊かに関わることはできるはずです。
子どもと自然との関わりをどう増やしていくか、鳥取の取り組みをおおいに参考にしながらも、堺なりの進め方を模索していきたいと思います。
ふちがみ猛志
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2月8、9日に鳥取県に視察に行ってきました。
一番の目的は「森のようちえん」の現地視察です。「森のようちえん」とは、わかりやすく表現するならば、「園舎のない幼稚園」、「毎日が自然の中で遠足の幼稚園」です。
その現地視察を9日に控え、前日の8日は鳥取県庁にて、「森のようちえん」認証制度の他、子育て支援施策全般について説明を受けてきました。
鳥取県では10年前に合計特殊出生率が1.43にまで低下し、本格的に子育て支援の強化に乗り出し、平成28年には1.60にまで回復しています。参考までに案内しますと、全国平均が1.45、大阪府が1.36、大阪市が1.26、堺市は1.49です。
鳥取県の取り組みを聞き、私が感じたのは以下の3点です。
①イメージの打ち出しの大事さ
②やるべき範囲の切り分け
③広域自治体としての役割
それぞれについて説明します。
①イメージの打ち出しの大事さ
鳥取県では、「子育て王国とっとり条例」を制定し、「子育て王国とっとり会議」を設置、「結婚、妊娠、出産支援」、「子育てと学びの支援」、「職業生活と家庭生活の両立支援」、「地域子育てへの支援」、「要支援の子ども、家庭への支援」を推進すべき施策の柱としました。
あくまで同条例は理念条例でしょうが、子育てに注力すること、その具体性を広く示すことに繋がり、同県のイメージアップに寄与しているはずです。
同様に、全国で真っ先に「森のようちえん」認証制度を設け、これを県内に広めたことは、これを目的に移住してきた人数以上に、「鳥取は自然の中で子育てができる」というイメージを広めたことに、その成果があったはずです。
②やるべき範囲の切り分け
子育て支援施策を数多く実施している同県ですが、一方で、「やるべきだろうか」と感じるものも、わずかながらありました。
一つは婚活支援です。婚活イベントや、出会いサポートセンターの運営ですが、こうした事業は十分に民間企業が行っていますし、わざわざ後発で行政が乗り出すことには違和感がありました。
二つ目は、在宅育児世帯への支援です。1才までの在宅育児に月額3万円を支給していますが、考えようによっては、女性の社会進出を抑制しかねない施策であって、これにも疑問を感じました。
堺市は、より財源に限りのある基礎自治体ですから、あれもこれもではなく、施策の取捨選択は不可欠です。
③広域自治体としての役割
鳥取県と大阪府では、自治体規模も違えば、域内の市町村の規模も違います。鳥取県内の19市町村中、市はわずか4です。よって、広域自治体の役割を単純には比較はできません。しかし、そうだとしても、子育て支援への取り組みは、雲泥の差としか言いようがありません。
例えば子ども医療費助成制度は、下記の通りです。
大阪府 … 小学校入学まで。所得制限あり(子ども2人だと年収319万まで)。
鳥取県 … 高校卒業まで。所得制限なし。
一般的に市町村は、都道府県の制度に上乗せして助成しています。
例えば、堺市では中学校3年生まで所得制限なしで助成しています。大阪府との差額分は、堺市負担です。つまり、小学生、中学生のすべてと、未就学児の年収300万円前後(子どもの数により変わる)を超える人、その医療費助成は堺市負担です(って、ほとんどやん!)。
一方で、仮に堺市が鳥取県内の自治体ならば、堺市負担はゼロです。それどころか、いま堺市やろうとしている18歳までの拡充も、県がすでにやってくれているのです。
ここまで県がやってくれているなら、浮いた財源を、様々な取り組みにまわせることでしょう。
子ども医療費助成だけでなく、多子家庭支援や、不妊治療費助成など、大阪府にはない子育て支援施策が目白押しでした。
まったく規模や環境の違う自治体ですから、単純比較はできませんが、少子化対策や子育て支援がこれほどにクローズアップされている時代ですから、大阪府も子育て支援を市町村任せにせず、域内の底上げにもっと本気になってもらいたいものです。
堺市としてもこれから子育て支援に一層注力していくのはもちろんのこと、他市町村と協力して、府にも働きかけていかなければならないと、強く感じました。
ずいぶんと長くなりましたので、視察の主目的である「森のようちえん」の現地視察は、次のブログにて!
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