昔こんなコントがあったように思います。
「いいかお前たち、これからは親分と呼ぶな。社長と呼べ。わかったな。」
「へい、わかりやした、親分!」
(動画を探そうと思ったのですが、見つかりませんでした。)
私は当然のこととして、ヤクザと付き合いはありませんし、ヤクザの知り合いもいません。ですから詳しいことは分からないのですが、日本のヤクザは色々な面で象徴的なものを含んでいます。
上のコントは、おそらく昔のヤクザが"切った張った"の乱暴者から、経済ヤクザと呼ばれるような、経済力や資金力で勝負するようなヤクザに変わる途中でできたものなのでしょう。
ヤクザといえばヤクザ映画でしょうか。高倉健、菅原文太、鶴田浩二などですね。女性も負けていません。藤純子、岩下志麻、かたせ梨乃などがいましたね。「男には兵隊、女には娼婦をやらせると大根役者はいなくなる」と言われますが、ヤクザをやらせてもみなさん上手ですよね。日本人全体に染みついた文化というか、風土というか、空気のようなものがあるのでしょう。
そのような日本のヤクザも大きく変化しました。昔のヤクザは高倉健が出るようなヤクザ映画を見るとよく分かるような気がします。渋いですよねえ。耐えて耐えて、最後には刀を振り回してのチャンバラでしょうか。
日本人的といえば日本人的ですが、マカロニウエスタンでも、「荒野の用心棒」に出ていたクリント・イーストウッドなどは高倉健とずいぶんかぶっているように感じます。案外日本映画を真似しましたかね。あるいは、イタリアはもともとそのような風土を持っているのでしょうか。あ、今調べたらクリント・イーストウッド主演の「荒野の用心棒」は、黒澤明監督・三船敏郎主演の「用心棒」のパクリだったんですね。なるほど。
さて、ヤクザ映画全般に共通するストーリー、あるいはシナリオというのはどのようなものでしょうか。まずは暴力ですね。高倉健さんは圧倒的に強い役回りでしょう。それがなければ、ヤクザ映画は成立しないと思います。
そしてもう一つが勧善懲悪で、しかも善が敗れそうなところでヒーローが活躍することになっています。そのために、ヤクザ映画でも、西部劇でも、敵がいかに"悪"であるかをしっかり描きます。敵が悪であればあるほど、観客はドラマに夢中になります。
実は、アメリカの世界戦略というのは、昔のヤクザ映画や西部劇のストーリーそのままであるような気がします。アメリカ・インディアンは間違いなく大変な被害者なのですが、私が子供の頃のアメリカ映画などでは必ず悪役として描かれていました。さらに、そこで必要となるのが、味方側には2枚目男優と可憐な美人女優でした。
日米戦争も同じでした。「無法にも真珠湾を奇襲攻撃した悪逆非道な日本を叩き潰す必要がある」とのプロパガンダが世界中で行われ、実際問題としても、日本は血祭りに上げられました。判断を誤った時の政府や軍部は血祭りに上げられて当然でしたが、犠牲になった何百万人もの一般国民は気の毒としかいいようがありません。
このことは、現在のアメリカにも当てはまります。ベネズエラ、イラン、グリーンランドなどをアメリカは狙っていますが、アメリカは正義であり、ベネズエラ、イラン、グリーンランドなどは悪であるとの理由をなんとかこじつけようと、稚拙な嘘を展開します。
そして、その背景にあるのはヤクザ映画や西部劇同様、暴力です。軍事力です。しかしながら、皮肉なことにアメリカの経済がおかしくなっているのは、その軍事力に金をかけすぎているからです。軍事力に金をかけすぎて国が傾いてきました。
考えてみればすぐわかります。驚くべきことに、世界各地に米軍基地が549か所もあるそうです。自国領土以外にです。そんなことをしていますから、国が左前になるのも当然です。とっとと引き払うのがアメリカ自身のためです。
おまけに、あの巨大な原子力空母を見てください。乗組員が5000人ほどもいるのですから、食べさせるだけでも大変です。50年間運用するとして、1隻で建造費も含めて総額4兆円かかるそうです。1年換算800億円になります。アメリカでは11隻の原子力空母が運用されているといいますから、1年間で空母だけで8800億円が必要になります。
しかも、巨大なアメリカの原子力空母は張子の虎です。見せかけの格好良さによって脅迫することを目的にしていますから、実際には軍事力の助けになりません。現在はミサイルやドローンを用いての戦いが主流ですから、原子力空母は役に立たないばかりではなく、本気で戦ってしまうと簡単に敵の餌食になってしまいます。
それでも、アメリカは昔のヤクザ映画の世界に生きていますから、ヤクザ映画が高倉健さん的なヒーローを失うことができないのと同様に、金食い虫の原子力空母を廃棄することができません。哀れなものです。
現在、軍事力世界ナンバーワンはロシアになりました。アメリカでは歯が立ちません。そのことを理解したアメリカは、ロシアを非難しなくなりました。面白いですね。正義というのは暴力的な強さが相手よりも上回っていることが前提条件のようです。正義の正体が見えるような気がします。
まあ、そういうことなのでしょう。いくら高倉健さんが正義の味方であったとしても、簡単に切り殺されてしまうようでは、映画として成立しません。つまり、"正義=暴力的な強さ"ということになりそうです。なんだかアホらしくなってきますね。
そして、実際問題として、アメリカ的な帝国主義、つまり、軍事力を背景にして正義を振りかざし、他国を脅迫して自分だけの利益を追求するというスタイルは滅びてきているように感じます。なぜなら、中国やロシアが新しいスタイルを採用したからです。
大変に面白いことに、日本のヤクザもそうなのですよ。どれだけ刃物や拳銃を振り回したところで、それで見えを張ることはできません。ヤクザなら高級外車を乗り回し、服装に金をかけ、美人を2、3人自分の女として囲うくらいを必要とするのでしょうが、それには多くの資金が必要になります。暴力では資金を得ることはできません。
仮に、暴力的な手段で相手の"島"を奪い取るなどしようものなら、延々と抗争の世界に入り込むことになってしまいます。逆効果です。実際にアメリカはそれで何度も失敗しています。
私はプーチンは天才ではないかと思っています。一旦崩壊してしまったソ連を現在のロシアにまで復興させた手腕も実に見事でしたが、ウクライナ戦争も天才的でした。どこが天才的だったかというと、軍事力でNATOを圧倒したことではありません。それを行いながら、同時に経済的に破綻していないことです。そんなことができるのですね。
経済的に破綻しつつあるのは、むしろ戦争を仕掛けたNATO側の方です。まるで笑い話のようですが、それが故にNATO諸国の中国詣でが続いているわけです。戦争という軍事力勝負は、実は経済力の支えなしには成立しないようです。それは、太平洋戦争(大東亜戦争)の経過を知っている人であれば実感できることかと思います。日本は、戦争を続けたくても、弾も燃料も食料もなくなってしまいました。
ウクライナ戦争のはるか以前に、日本のヤクザはそれを理解して、方向転換したというのがこれまた面白いですね。日本のヤクザはプーチン以上の天才かもしれません。
ただし、日本のヤクザが経済ヤクザ化する頃にいわれていたことがあります。1980年頃でしょうか。それは、日本の高度成長は軍事費に金をかける必要がなかったからというものでした。当時ソ連は、世界一の軍事大国でしたが、経済的に持ちこたえられずに1991年に崩壊してしまいました。自滅でした。しかし、プーチンをはじめとするロシア人はしっかり日本を見ていたのではないでしょうか。中国もそうだと思います。
日本政府は中国の軍事的脅威をしきりに日本国民に対して訴えてきましたが、中国は身を削って軍事力を強化してきたのではありません。そこがアメリカや北朝鮮と違うところです。経済を壊さないことを前提に置いて、軍事費の伸びを抑えています。ロシア同様大変に賢いやり方です。それでも経済規模が大きいものですから、軍事力を強化しているように見えるんですね。
そして、現在はどのようなことになっているでしょうか。実に皮肉なことが生じています。高市早苗はかつては経済力で発展していた日本忘れたかのように軍事力強化に大変熱心で、この先増税をしてまで軍備を増強しようとしています。なんなら、核兵器も所持したいとまで考えているようです。遅れています。日本のヤクザよりもはるかに頭が古いですね。オールドスタイルのヤクザ映画の信奉者であるかのようです。
このまま軍事費を増大させていくと、今でさえ衰退している日本は、ますます困窮し始めます。つまり、日本人一人一人が現在よりももっと貧乏になってしまいます。しかも、仮にそのようにして軍事力を強化したならば、中国やロシアに対抗できるようになるのでしょうか? 残念ながら、日本が逆立ちしても中国やロシアに軍事力で対抗できるようにはなりません。
ロシアを見習う必要があります。ロシアがウクライナ戦争に勝てるのは自国の経済を犠牲にしなかったからです。NATO側は何とかしてロシアを経済的に崩壊させることを狙いましたが、プーチンロシアは持ちこたえました。武器や兵器の力ではなく、経済的に屈服しなかったのがロシアの一番の勝因です。
いずれ、アメリカは戦わずして中国の軍門に下るでしょう。アメリカをアメリカとして成立させている軍事力を維持することは、経済的に不可能だからです。また、ミサイルやドローンなどの安上がりな兵器が現れたことによって、アメリカの軍事的優位性も失われてきています。もう、巨大原子力空母やF35のような高性能戦闘機(1機222億円)は必要とされない時代になってきました。
そうであるならば国としての方針を変更すれば良さそうですが、そこはアメリカであっても利権が邪魔をします。既得権益が方針転換を許そうとしないのは日本と同じです。その結果、アメリカは日本の古いヤクザのようなスタイルを進化させることができません。
高市早苗を見ていると私は「この人は実質的に仕事に取り組んだことがない」と感じてしまいます。人間というもの、真面目に仕事に取り組むと、自分の業務だけをこなしていればいいというわけにはいかなくなります。実に様々な雑事に忙殺されるものです。しかし、その雑事が人間の幅を広げてくれます。考えようによっては、雑事の方が勉強になるくらいです。
しかし、どうも高市早苗はお嬢さん芸とヤンキーしかしてこなかった人なのでしょう。子育ての経験もありませんし、主婦も満足にしなかったのでしょう。人生勉強が不足しています。そのことが、総理大臣となった今、内政面でも外交面でも大変な欠陥として表面化しているように感じます。あの陳腐な街頭演説、あの軽薄な政治方針、聞くに耐えません、見るに耐えません、鑑賞に耐えません。
大体において、作り笑顔一つで、嘘泣き一つで、国民を騙せると思うその浅薄さには空いた口が塞がりません。「もっと本気になって仕事に取り組め」と言いたいところですが、そう言ってやったところで、苦しい思いをしながら本気で仕事に取り組んだ経験のない人には通じませんね。
いいかげん古いヤクザスタイルを追い求めるのはやめるべきでしょう。これは多くの日本人に対しても、アメリカに対してもいえることです。日本のヤクザが経済ヤクザにモデルチェンジしたように、現在は世界全体がその方向に動いています。時代に逆行している高市早苗や日本人は時代錯誤も甚だしいですね。古すぎます。
