大体において、政治家なんていうものは品性下劣で卑しい奴らなんですよね。試しに麻生太郎の写真を、そうとは知らない外国人に見せて、「これが日本のヤクザの大親分だ」と説明してやれば、みなさん「なるほど」と納得するのではないでしょうか。
さて、そんなヤクザ者ばかりが集まったような組織が自民党になりますが、いつでしたかね、派閥を解散しました。派閥ができたりなくなったりはこれまでも度々あったようですが、最後は昨年の6月に自民党6派閥のうち、麻生派以外の5派閥が解散したそうです。
私は全くの政治の素人なものですから、なぜ派閥が解散しなければならないか全く理解できません。なぜなら、国会議員一人一人がバラバラでは何の活動もできないはずだからです。
また、自民党といっても政治的な姿勢は右から左までかなり違っています。そうなるとどうしても、考えの近い議員が集まって意見交換をしたり、問題点を出し合ったり、今後の方針を立てたりする必要が出てきます。さらにそのような話し合いが煮詰まっていけば、法律案を出そうとか、内閣不信任案を出そうなどの流れにもなるはずです。
派閥の功徳は他にもあります。政治家はヤクザに毛の生えたような連中ですから、社会常識がありません。礼儀も作法も心得ていません。そのような政治家がたくさんいるのですから、そこは派閥で面倒を見てやる必要があります。つまり躾や訓練を行うわけです。いってみれば教育ですね。それがなければ社会人として通用しません。特に世襲政治家はチヤホヤされすぎですから、世の中というものを教えてやらならなければなりません。
高市早苗を見てください。あんなのには岩下志麻風のものの分かった監視役兼指導係をつけて、「誰にでも……男やったら色目使うてええ思てるんやな。……浅ましいわ。」とピシッと言ってやらなくてはいけません。
また、政治家には政治家なりの知恵や語り継がれている逸話などもたくさんあるはずです。そのようなものは、インフォーマルな場でこそ語り継がれていくべきものであって、例えば議事録などにしてしまうと世間から総攻撃されるでしょう。しかも、そのようなインフォーマルな知識こそ、政治家の血となり肉となっていくものです。
そもそも、政治家のまとまりを切り崩していくのは危険でもあります。ヤクザのことを考えてみてください。例えば山口組に解散命令が出されて、律儀にもその命令に忠実に従ったとします。どうなるでしょうか。
組織を離れたヤクザは半グレになってしまいます。仁義もスジも義理や人情もありません。単なる乱暴者です。組織の息がかかっていてこそ、ヤクザなりの節度やケジメというものが生じるわけで、政治家の派閥だって同じことです。
さらに、派閥を率いるリーダーの中から大物政治家が育つという面も見逃せません。政治家は人格の低い者たちの集まりですから、わきまえがありません。そんな中途半端な人間を集めて派閥を作り、率いていくのは並大抵の苦労ではありません。それが派閥の上位者の人格形成に役立つのです。
また、派閥の長にはいずれ総理大臣という目標も見えてきます。そうなれば自分を律して総理大臣にふさわしい人格を身につけようとする意識も生じてきます。派閥の長を務めることが総理大臣になるための格好の訓練になります。自覚も生まれてきます。
派閥というものは自然発生的なものです。誰かの剛腕で無理やり作り出すものではありません。常識で考えても分かります。1000人なら1000人の集団があったとして、「みんな一緒に頑張りましょう」でうまくいくと思いますか? うまくいきません。
政治に限らず人間社会はそういうものです。組織の人数がある程度多くなると、部だの、課だのに分かれて仕事をするようになります。それぞれに"長"がいます。組織というものはそのように細分化しなくては機能を発揮できないのです。部長がいて、課長がいて、係長がいて、係がいてですね。
自民党はこれまで派閥という形で"部・課"を作り、自民党全体を機能させてきました。派閥の長や重鎮たちは、若手の議員の指導をしたり、面倒も見てやっていたはずです。そんな派閥を解消してしまったら、自民党は「うど(独活)の大木」になってしまいます。いや、実際問題、現在の自民党はうどの大木化しつつあるのではないでしょうか。
少し考えるだけでそのようなことは分かってくると思いますが、ではなぜ派閥を解消したのでしょうか。少し前に書いたと思いますが、日本が何か「へええ」ということをする場合には、必ず背後にアメリカがいます。昨年6月の派閥の解散もおそらくアメリカの指示なのでしょう。単なる想像に過ぎませんが。
アメリカという国は伝統的に他国に入り込んで行っては、内政に干渉してクーデターを起こさせたり、仲間割れをさせたり、アメリカに従わないグループを潰したりします。これは、アメリカ・インディアンと戦っていたときからそうです。自民党が派閥を解消したのもそのような視点から考えることが適切でしょう。
では、派閥の解消はアメリカにとってどのようなメリットがあるのでしょうか。想像するしかありませんが、おそらく派閥があると意見が一つにまとまらず、アメリカの指示に対して素直に従おうとしないのだと思います。アメリカはそれを嫌ったのでしょう。
そのように考えると、麻生派だけがなぜ解散しなかったのかも見えてきますね。麻生派はアメリカの忠実な犬になること、つまりスパイになることを確約したのでしょう。それであるならば、アメリカとしては麻生派を潰す必要はないわけです。日本にとっては裏切り者ですが、そもそも"薩長"というのはイギリスにそそのかされて江戸幕府を裏切った連中ですから、今更裏切ることに抵抗はないのでしょう。
しかし、派閥がなくなってしまうと、自民党は形だけの無力な存在になってしまいます。血の通わない政治が行われるようになります。日本は2大政党が政権交代をしながら国政を行うという方法をとってきませんでしたが、その代わりとして、派閥同士が争って独裁を防いできました。
一つの派閥が失敗をすれば、他の派閥が乗り出してきて代わりを務めました。そのようにして実質的な政権交代を行なってきたのです。しかし、派閥がなくなってしまった現在、自民党は麻生派独裁状態です。
これは大変に脆い状態です。政治に厚みがなく、薄っぺらい状態です。アメリカとしては日本の政治を無力化して、意のままに操りたいがゆえの派閥の解散でしょうが、現在のアメリカに操られることは大変に危険です。
何回も書いていることですが、現在のアメリカは衰退している帝国です。20世紀の頃のような勢いはもうどこを探してもありません。世界を制覇するどころか、アメリカ自身が自己崩壊を起こさないように守るだけで精一杯の状態が続いています。
そんなアメリカに操られていると、日本はアメリカ以上に衰退してしまいます。アメリカは自国を救おうとして日本を捨て石に使うでしょう。当然ですね。どこの国だって他国よりは自国が大切です。
「アメリカについて行きさえすれば日本は安泰」というのが自民党のテーゼ(基本方針)でしょうが、もはやそれだけでは乗り切っていけない時代になっています。残念なことに麻生太郎にはそこに気がつくだけの能力がありません。かといって他の誰が気がつくのかといえば、そんな気の利いたのはどうでしょう、日本の政治家にいるでしょうかね。
私はいっそのこと、派閥を公認の制度にした方がいいのではないかと思います。諸外国はそうしているようです。そうですねえ、例えば公認した上で派閥討論会などというのもあっていいのではないでしょうか。派閥といっても自民党の派閥は野党以上の人数や政策決定力を持っているのですから、派閥討論会は党首討論並みの質が期待できるのではないでしょうか。
国民からすると、自民党の派閥による政策の違い、基本的な価値観の違い、重点の置き方の違いなど、よりきめ細かく政治を知ることのできるチャンスになります。また、陰に隠れて料亭などで行われる裏取引、これは人事や金(カネ)のやり取りなども含めてですが、少なくなるというかやりにくくなるのではないでしょうか。
派閥を公認することで一番心配されるのは、おそらく不法な金銭の授受だと思います。それが日本の政治の一番の腐敗原因になっています。そこだけはしっかり法制化して、金(カネ)の流れが把握できるように透明化しなくてはなりません。とはいっても、政治家は腐っていますから、必ず抜け道を作って不正をすることは間違いないのですが、現在すでに賄賂などがいくらでも飛び交っていることを考え併せると、少しでもそれに歯止めをかけることを目標にして新制度を作ってはいかがでしょうか。
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