本年5月25日付け産経ニュースによると「世界保健機関(WHO)総会は25日、オンラインゲームやテレビゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を新たな依存症として認定した。」ということである。
WHOといえば、平成21年に単なるインフルエンザの流行を大げさに騒ぎ立て、世界中が迷惑したろくでもない機関である。安易に鵜呑みにすることはできない。

<参考:インフルエンザ狂騒>

https://ameblo.jp/fuchi-902/entry-12438400008.html


私はまず「障害」という言葉が不適当であると感じる。身体障害にも障害を使う、知的障害にも障害を使う、発達障害にも障害を使う、ゲーム障害にも障害を使うのだが、はたしてこれらの障害を「障害」という言葉で一括りにできるのだろうか。

身体障害という場合、その障害はほぼ治らないものとして定義されている。「おかげさまで身体障害が治って元どおり元気になりました。」などということはほとんど考えられない。知的障害も同様で「一所懸命勉強したので知的障害が治りました。」などということはありえない。もしあったとしたら、それは元々の診断の誤りである。

その点、ゲーム障害などというものは極めて軽いもので、生活上いかに深刻な状況を呈していようが治る可能性は十分にある。早い話が、脱出できない無人島でゲーム環境の整わない生活を始めたらすぐに治ってしまう。一生そこで生活すれば再発することもない。これは、アルコール使用障害やギャンブル障害も同様である。一方、身体障害も知的障害も、環境を変えたからといって決して治るものではない。

その一方で、統合失調症(昔の精神分裂病)はゲーム障害よりもはるかに重篤な精神疾患であるが、それは障害ではなく「症」である。また、昔は精神分裂病と対置されていた躁鬱病は気分障害と呼ばれるようになり、こちらは「障害」が用いられる。もう、何が何だか分からない。

身体障害も、知的障害も、気分障害も、ゲーム障害も、ギャンブル障害も全部障害と呼ぶ精神科の常識のなさは異常である。人の正常、異常を判断する精神科が異常などというのはシャレにならない。即刻改める必要があると感じる。ただし、障害はやめて全部「症」にしてしまえなどという安直で乱暴なことはいただけない。

さらに、ゲーム障害やギャンブル障害は脳の問題ではなく、生活習慣の問題であるということや、精神障害にも軽重があって、一生治らないものから、状況さえ整えばすぐにでも治る可能性のある疾患まで、きちんと区分けして患者及び一般人に提示することが必要である。

身体疾患においては、癌が重い病気で風邪は軽いということを常識として皆が知っており、それが治療を円滑に受けるための患者の心構えに結びついている。しかし、精神疾患の場合は基礎知識を持っている者が極めて少ないことから、軽度発達障害などを中心として混乱をきたしている面を指摘できる。

<参考:発達障害(軽度)は利用するもの>

https://ameblo.jp/fuchi-902/entry-12456222712.html

 

次に、一体精神科医はどこまで、どうやって人の人生に関与するつもりなのかという問題がある。アマゾンを検索していたら「現代精神医学を迷路に追い込んだ過剰診断 -人生のあらゆる不幸に診断名をつけるDSMの罪」という本が見つかった。私はこれを読みこなせるだけの能力はないので、表題だけから感じることを書くが、現在、悩み事はもちろん、何かイライラする、面白くないなどのことを感じた人が精神科を受診すると、おそらく何らかの病名をつけてくれるはずである。何かイライラする、面白くないなどのことは誰にでもあることだから、世の中の人は全員精神疾患の病名を持つ資格があるといえる。

精神科のカバーする領域をそこまで広げたのはいいとしても、治療は追いついているのだろうか。精神疾患というものは、診察をして、薬を出して、「お大事に」で完結する病気ではない。しかし現実には医師がきめ細かく対応していたのでは病院の経営が成り立たない。

精神疾患の分類や精神医療は根本的なところから課題山積の未熟な分野である。しかも、それは10年や20年で解決するような簡単なものではない。一般人である我々は、そこのところを理解した上で、精神障害や精神医療と接する必要があると感じる。

 

そういえば最近、引きこもりが大きな社会問題となっている。精神科は「引きこもり障害」を作らないのだろうか。ゲーム障害などとチンケなものを作るよりも、はるかに社会的に意義のあることだと思うが。まあ確かに、金にはなりそうにもないのだけれど。